#8
後で分かった事なのだが意識を失っていた時に酷く魘されていたらしく、そんな私を見かね傍で介抱してくれていたらしい。
彼女の住居はあろうことか高層マンションの最上階に位置し、窓から見える景色は星空の様で天地がひっくり返ったと錯覚する程。専用のルームサービス・手入れされた純銀のカトラリー・プライベートプール、その他諸々、見渡す限りの贅沢がここには広がっていた。
こんな生活スタイルを彼女一人で賄えるとは到底思えない。聞きたいことは他にもたくさんあったが、それも今はどうだっていい・・・・・・今後、始まるとされる無理難題に比べれば可愛いものだ。極度の緊張感からの解放と過剰な疲労が災いし力が抜けてしまった。
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バスルームを借りて、身に付けていた衣服を一枚・・・また一枚と脱いでゆく。
「血・・・? 制服って結構、高いのよ・・・・・・全く・・・」
ブラウスに飛び散った血が指先にヌメヌメとした感触を伝える。人間のモノとは思えない赤黒い色味と鼻を突く脂の異臭に強い嫌悪感を覚え、すぐさま脱ぎ捨てた。籠っていた体温が一気に解放される。
汗ばんだワイシャツのボタンを一つずつ外しながら、働きの遅い思考をただただ動かしていた。
澪の事、ネファスの事、これからの事・・・・・・考えるだけでも頭痛がしてくる。
(普段から人とあまり関わってこなかった私に、どうしろとッ____!?)
いやいや、可笑しいよね?どう考えても、被害者は私なのに何で、そんな面倒な事しなくちゃいけないの?ねぇ?ねぇ?っと、声には出さない悶えをシャワーを浴びながら起こしていた。
火照った体を垂れて行く水滴をタオルでなぞり、鏡の前の身体を見た。
傷一つ無い体にキズを知らない身体。
シルクの様な滑らかな肌に幼さと大人っぽさを感じる顔、繭糸の様な長い髪。まじまじと自身の容姿を見るのはいつぶりだろう。高校に入ってからは一人暮らしで身なりに気を使う時間を割くことはおろか、睡眠でさえ、しっかりととった覚えがない。意識を失ったとはいえ、寝ていたことには変わりない。そう言う意味では突発的な休養は出来たと思う。
いつの間にか置かれて着替えに袖を通すと、サイズはピッタリだった。彼女の私物だろうか?
(ほんと、体型は一緒なんだ・・・・・・)
そして、サラサラとした肌心地の良い衣装に身を包み、落ち着いたところでバスルームを後にした。
「お疲れー」
早速、彼女に声をかけられた。
「うん、ありがとう」
私は被ったバスタオルで髪を拭きながら前髪から伝った水滴を指で払いのけた。気づけばリビングの液晶テレビが点いており、流れる情報は明日の天気予報だった。私はソファに座る彼女の後ろからそれを眺め、ある事を気にかけていた。
「友達の事が心配?」
心配かと聞かれても返答に困る。安否が不明だとか行方不明とはわけが違う。
「ごめん、言葉選び間違えた」
「私は別に・・・・・・」
言われなくても分かってる。
「これだけは先に言ってておくけど、この先、ニュースになる事はないと思う。 ネファス関連で表立った報道をされた事は今までに一度もないから」
「____なんとなく分かってた」
「あら、物分かりのいい娘ね。 ふふっ____」
「何、笑ってるの? それに、口調変わってるし」
「いや、べっつにぃ____?」
「・・・・・・・・・わざとらしい言い方」
どことなく彼女は会話を楽しんでいる様に見えた。ミステリアスな雰囲気が標準なだけに、不慣れながらに私に気を使っている感じが汲み取れた。
事情を知らない人間から見れば、彼女はただの女子高生で勉学に励んだり友達と過ごしたり、年相応の生活があったかもしれない。
だからこそ、知る由も無かった世界に足を踏み入れてしまった私には何故、彼女が夜の街に駆け出す道を選んだのかが分からなかった。
「麗亡もこっち来て座ろうよ。 アイス食べよ」
ソファの左側座面をトントンッと叩き、誘いを促された、。
(・・・なんか、手懐けられてる気分)
と、思いつつも私は彼女の横に座り手渡されたチョコレートアイスに口に含んだ。甘みとほんのりとした苦みが味覚に触れ、香りが鼻に抜ける。
「美味しい」
「でしょ? 糖分補給は大事だよねー」
隣で楽し気に甘味を嗜む少女。こうしてみると、彼女は実年齢より随分と幼く、とてもじゃないが、あの大鎌を振り回して夜な夜なネファスと対峙している様には見えない。
「食べ過ぎで太らない様に・・・ね?」
「何でそんな事、言うのっ! 麗亡って人の気持ちとか分からないでしょ! 絶対そう! だって、冷たそうだしっ!」
「____っ!」
咄嗟に返ってきた反撃に不覚にも、驚き瞳孔が収縮する。無論、比喩的な意味で・・・・・・。
「あ! 図星かぁー?」
ニヤニヤと悪戯に表情を作る少女に私は数秒堪えてから、ゆっくりと視線を向けた。静かな圧をかける様に鋭い眼光を宿し____
「あ゛っ?」
____っと、一言だけ。
「____ッ」
(あっ、不味い・・・)と、言わんばかりの動作を顔に残し後退する彼女・・・・・・・・・
「なんてね」
仕返しのつもりで遊んでみた。
「もう! 本当に怒ったのかと思ったじゃん!」
「____怒ってはいるよ」
「・・・・・・え?」
再度、あたふたと青ざめる彼女の目尻には少量の涙を浮かんでおり、私はその姿が見れただけで満足してしまっていた。出会った数時間前の彼女とは違い、これが素なんだろうと心のどこかで思った。
ちょっとだけ、ちょっとだけだけど____
「____いいな」
ぽつりと呟いた。
「え、何が?」
「いや、べっつにぃ____?」
「あ! それ私の真似!!!」
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その後、ベランダに出た私は街の方に目をやった。灯りの点灯や光の移動、数秒単位で切り替わる景色を風に当たりながら今日の出来事を思い出していた。日常が非日常に切り替わった瞬間、私の何かが終り、何かが始まったあの光景が今にも襲い掛かってきそうになる。
(・・・・・・フラッシュバックってやつかな)
隣で風にさらわれた髪を靡かせる少女を横目にそんなことを考えていた。




