#9
高校進学と共に私は一人暮らしを始めた。
最初の内は通学・買い物、洗濯と自分の世話をするだけで精一杯で、家に人を招くなんてことは一度も無かった。
教室ではいつも一人で読書をし、休み時間も友達と話すことはなく、ただ、授業の始まりと終わりを繰り返す。とてもじゃないが他者との関わりを率先してする余裕なんて無い。
窓側の一番後ろ、目立たず・見られず・当てられずの三拍子が揃った都合のいい座席に私は優越感を覚えていた。適度な日光と窓の隙間から入る涼やかな風が顔に当たって気持ちいい。ここが唯一誰にも干渉されない聖域だったはずだと思っていたのに・・・・・・・・・。
(今日を乗り切ったら明日は休み・・・まだ午前中・・・・・・早く終わらないかな)
授業中に時折、外を眺める癖があった。退屈な時間は早く終わることはなく、意識する事で余計に長く感じる。ノートをとりながら、そんな当たり前の現象に頭を悩ませていた。
五十分間の拘束を終え、十分間の休息。読みかけの本を取り出し、漠然と文字の羅列を目で追いながら時間を潰す。平凡で特に変わり映えの無い学校生活を送っていた。
でも、そんな私に必要以上に関わってくる少女がいた。
「何読んでるの?」
最初に掛けられた言葉はそれだった。いつも通り、自分だけの世界に逃げ込んでいた私は届いた声に反応できなかった。いや、反応することすら忘れていた。それが自分に向けられた問いだと思いもしなかったからだ。
「おーい、聞こえてるー?」
もう一度・・・至近距離で聞こえたソレは紛れもなく私に向けられたものだと理解し、本に落とした視線を少し上げた。
すると、目先にいつしか少女が立っていた。
「わっ・・・・・・・・・!」
不意打ちにも程がある。
「あ、ごめん!? 驚かせちゃった・・・?」
向こうも私の反応を見るや否や、驚いた顔でそう言った。
オレンジ色の髪に血色のいい肌。インドアで肌の白い私とは正反対の存在が出現したのだ。
「・・・・・・別に」
素っ気なく、そして関係を拡げない様に冷たくあしらう。一人でいたい気持ちに変わりはなく友達がいない事への劣等感は微塵も無かった。
だから、今こうして私の前に姿を見せ、気さくに声を掛けてきた少女の行動原理に付き合う程、私はお人好しではない。友好的にしたからといって、それが誰にでも通用するっと思うのは間違いだ。
「あっ____ちょっと!」
しかし、彼女に関してはそうではなかった・・・・・・。
ひょいっと本を奪い、彼女は表紙を見た後に「小説かぁ__」と、関心にも意外にもとれる表情で呟いた。
「読書、好きなの?」
「べつ・・・・・・に・・・・・・・・・」
「他にはどんなの読んでるの? 漫画とかラノベは? 好きなアニメは?」
質問攻めとは、まさにこういう事をいうんだろうなぁっと諦めた思考回路で少女を見て思っていた。
(何か答えないと、かえってくれないよな・・・・・・)
突然の出来事に意表を突かれた私は、されるがままに受け答えを強要された。僅かな休み時間を誰かと過ごしたのはこれが初めてだ。しかし、彼女は何故、私を相手に選んだのだろう?見た所、人当たりも良く明るい性格でクラスメイト以外からも人気はありそうだ。
「何で私に声を掛けたの?」
チャイムの鳴る前に私は彼女に聞いた。
「仲良くなりたかったから・・・かな」
単純な理由と気恥ずかしくなるような答えがそこにはあった。迷いなく発せられた言葉に嘘はなく、純粋な気持ちを含んだ願望。
「あ、そうだ! 私の名前は雨野 澪。 よろしくね」
当たり前かの様に一連の接触を終えると雨野 澪と名乗った少女は私に背を向け左手を微かに振ってみせた。突如として起きた出来事は風の様にサッと現れ、雲の様にフワッと消え去っていた。
「・・・・・・・・・名乗っておいて、私の名前は聞かないんだ・・・」
忘れているのか故意なのか、一方的な友好の押し付けに合った私は机に置かれた本に目もくれず、数秒前まで彼女のいた方向をただじっと見つめていた。
____これが私と澪との最初の出会いだった。
今思えば、澪はいつも一人でいた私を気遣って声を掛けてくれたんだと思う。お陰で私は彼女の気まぐれに付き合わされる事になるのだが・・・・・・。それはそれで、退屈をしないという意味では良かったのかな。
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「____言いそびれちゃったなぁ」
「どうかした?」
「ううん、何でもない。 昔の事を思い出してただけ」
「昔の事?」
「友達にね、名前を言いそびれた事があって。 まぁ、後で話せたんだけど」
懐かしむ間も終わり、今はこれからの事に目を向ける時間だ。
「そうなんだぁ」
少女は右手の人差し指を何かを考える様に顎に当てていた。
「そう言えば、あなたの名前は?」
「私? 名乗ってなかったね・・・・・・・・・あはは」
すっかり忘れていたと言わんばかりの空笑いをし、目線を斜め右下に落とし再び向き直り、真っ直ぐな藍色の瞳が私を捉えた。
その両眼を見ていると、引き込まれそうになる。深い深い、闇の中____二度とは戻って来れない現在とは違う何処か_______。
美しくも妖しい少女。
整った容姿に綺麗な髪。
触れてしまう事さえ憚られる神秘さ。
そう人間に感じさせてしまう事こそが、彼女が私とは違う別の何かであると決定づけている様にも思えた。
「私の名前は夜ノ舞 零祓」
「夜ノ舞 零祓____良い名前だね。 えっと・・・・・・夜ノ舞・・・」
名は体を表すと言うが、まさにその通りだ。その名前しかありえないと心のどこかで納得してしまっている自分がいた。
でも、彼女はそんな事よりも他に気になることがあったらしい。
「零祓でいいよ?」
「・・・じゃあ、零祓・・・・・・その、よろしく」
「うん、よろしくね」
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高層階の風に吹かれ、冷え切った体を零祓は両手で抱きしめる様にし肩をすくめた。
「うぅ・・・寒くなってきたね。 そろそろ中に入ろっか」
私は零祓の提案に賛同すると踵を返した。その際、室内へと歩みを寄せる私に零祓は、ふと立ち止まり背後から声を掛けた。
____あなたの名前を教えてよ。
____知ってるじゃん?
生徒手帳を見ているのなら、わざわざもう一度、聞く必要は無いはずだ。
____ちゃんと、言って欲しい。
あぁ、そうか_______そういうことか____
レモンイエローの感情を解放する様に静かに安らぐように口を開いた。
「終繭 麗亡。 それが私の名前_______」




