#32
高らかと放たれた死神の素性。契約少女にとって日常を知られる事は死活問題に等しいはず。一方的な知識の閲覧は、それだけで大きな脅威となる。
「調べたの・・・随分と暇な人ね」
興味無しと言わんばかりの素振りで冷たくあしらい顔を逸らす零祓。
「それが、どういう意味か分からないわけじゃない__わよね?」
「《クビキリ》だよね♪ いいよいいよー! 殺し合おうよ〜♪」
威圧を灯した彼女の口ぶりは皮肉にも、相手の期待に応えていた。
この展開を望んでいたと高揚する表情は、まごうことなき殺人狂そのもの。
「____あなたじゃ私を殺せない」
バサッ____と右手で薙ぎ払った髪が夜風に舞う。
「あーはいはい、そういう態度なんだー。 前置きはこれくらいにして、さっさと始めよ?」
切断姫は腰のポケットに隠していた、ナイフを取り出し構えて見せた。目に見えて、鎌との差は明確で射程も威力も劣っているというのに、死神の前で無邪気に振る舞う仕草に気味の悪さを感じざるを得なかった。
「言い忘れてたけど、百一人だから・・・死神を入れてねッ____!!!」
脱力した体勢から地面を抉り取る脚力で弾丸の如く射出する身体。
キィィィィィィィィィィィィィィィッ____!
三秒後に、それが聴覚を刺激する。
(これが契約者である少女たちの戦い____)
壁を蹴って跳躍し、すぐさま隣のビルへ移動。上空から地上へと急降下する常軌を逸した機動力が死神_零祓、ただ一点に降り注ぐ。
(・・・あんなの・・・・・・零祓はアレから私を____)
____思い出した零祓との契約。
一回だけと言っておきながら、私は彼女に何度も救われた。
(・・・・・・最初から・・・私を・・・____)
元々、この契約自体に違和感があったんだ。
(切断姫も零祓と同じ願いと引き換えに契約した少女・・・・・・・・・だとすれば、この戦いに何の意味があるの?)
彼女は対象から私を守ることが問題の解決になる様な言い回しをしていたが、仮に排除できたとしてそれが、本当の解決になるのか?
ネファスは一度逃した獲物は逃がさないという特性がある以上、私を一度守った所で何の意味も無い。
そう、切断姫を倒したとしても____私はネファスの呪いから解放されることはない。
____【じゃあ、零祓が私を救けた本当の理由は何?】
どうしそこまでするの____。
ドンッ____!
(____零祓!)
近くの壁に全身を打ち付けた零祓。
数歩で手の届く距離。ここからなら彼女が私を認識できるはずだ。
「がはっ゛_」
乾いた咳と共に飛び散った血液。障害物への接触も考えられるが、ボロボロになった衣服の様子から腹部を強く蹴られたことによる内蔵の損傷が致命傷になっていると思われる。肩で息をして、必死に酸素を供給させようとする少女に「もう・・・やめて____」と悲痛な心の叫びを発していた。
「あれぇ~もう終わりなのー? 随分と動作きが鈍かったけど・・・私って相手にされてないのかなー・・・シクシク____」
軽快な足取りで近づき、持っていたナイフを投げ捨てた切断姫。丸腰で挑発を繰り返していく。
「うる、さいっ__」
すぐさま大鎌で振り払う。
「おっと! 危ない危ない・・・♪」
後方ワンステップの間合いを取った。
「終わらせよ。 飽きてきちゃった・・・ネファスを狩りも単純でアレだけど、契約少女だけ襲うのも、それはそれで面倒だし____ねぇ、零祓ちゃん・・・ほんとに契約破棄の?」
「さあ?」
「まあいいや、アレを狙ってる少女はたくさんいても、実行に移そうって考えるのは無謀だからね」
「・・・どの口が」
「たかが、百人でしょ?♪ 私は愉しみながら殺っていきたいからねぇ~。 あんな大それたこと普通の人間には出来ないよ。 ま、私達は人間じゃないんだけどね」
ジャキッ__。
どこからともなく聞こえた歪音。
懐から取り出した____というより、出現させた中華包丁。無数の粒子が集まり形成されるそれは恐らく、彼女のデスサイズだ。長方形の刃に、こびりついた血と脂が持ち主の醜悪さを表していた。
「切断はいいよね。 スパッ_!と切れて、爽快な感じ・・・癖になっちゃう。 ねぇ、零祓ちゃん・・・・・・どこから切断して欲しい?」
零祓の顔を品定めしながら、手首のスナップを効かせ凶器を震わせる。
「____名前の・・・通りの・・・・・・狂気っぷりね」
「ははっ_! 死神にそんなこと言われるなんて思っても見なかったよ。 でもね、私の通り名はそれだけじゃないんだよ?」
そう言って、顎に人差し指を当て考え込んでから「はっ!」と口を開いた。
「もう一つは_ 狂兎♪ 私が考えたんだよ! いい名前だと思わない?」
着ていた薄手のシャツを摘まみ上げ、ウサギのシルエットがあしらわれた胸元をさりげなくチラつかせる。
「ちょーっとだけ、アイデアは貰ったんだけど・・・・・・女の子達の間で流行ってるよねっ♪ 前、殺した子もストラップ付けてたなぁ」
「興味ないわ。 そもそも、通り名って・・・自分で付けるものじゃ・・・・・・・・・ないでしょ?」
「うっさいなぁ____そんなんだから、いつも一人なんじゃないのッ_!」
荒げた声に乗せて空間を切断した中華包丁が零祓の顔面数ミリ手前を通る。交わされる事を予期していたのか顔色一つ変えない狂気。
満身創痍の死神には攻撃を避け続ける事だけが戦況を長引かせる唯一の手段とされていた。
(・・・逃げて____もう、いい・・・・・・____もういいからっ____!」
心臓を破って口から溢れた感情は少女同士の激しい衝突で搔き消されてゆく。
あぁ、蚊帳の外だったんだ・・・零祓が言っていたことは本当だったんだ____と。どんなに関わろうとしても、契約少女じゃない私は関われない。
「うぐっ゛____!」
枝の折れる鈍い音がした。
地面を見ていた私の視線は自ずと、その方へ向く。
「____ッ! れい・・・は・・・・・・!」
そこには、右腕が力なく垂れ下がり、鎌を杖代わりに辛うじて立っている少女の姿が在った。
「____」
声すらも発することの無くなった彼女に私は言葉を失い____。
「そろそろ、持久力切れなんじゃない?」
「____」
「なに? 今度はだんまり・・・? さっきまでの生意気で涼しそうな口調はどこにいったのかなぁ~?」
「____い」
「えぇ?」
「____ない」
「なに言ってるか、分かんなぁ~い。 もっと、はっきり喋ってぇー?」
_______『【あの子は誰にも殺させないッ____!】』
その瞬間、切断姫の鋭利が音を立てて砕け散った。
「えっ____」
一秒にも満たない時間の結果に思わず素の表情を露にした狂兎。
「____デスサイズを失った以上、あなたは私を殺せない」
しかし____
「誰がデスサイズなんて言った?」
無感情で話す彼女の左手に結ばれていた一本の透明な糸。妖しく光るそれを手繰り寄せた。
そして____
____グサッ_______。
「私が刃物で傷を付けたのは最初の一回。 不意打ちじゃないとやっぱり、切らせてくれないんだね~。 だから、隙を見せるその時まで隠してたんだよ」
「____」
「私も今の今までどこに行ったか分からなかったけど・・・・・・糸付けといて良かったよ」
____それが私のデスサイズ。
瞳に映ったのは背中から心臓をサバイバルナイフで貫かれた、夜ノ舞 零祓の姿だった。
_______零・・・祓・・・・・・?




