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黒少女  作者: 真冬 白雪


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30/32

#28

 「はああああぁぁぁぁぁぁっーーーーー!!!!!!!」


 シュタタタタタッ____。


 腰を落とし、低姿勢で風を切る紅赤。その様子は初撃決着(短期決戦)、もしくは刺し違える覚悟を思わせる。


 (・・・零祓)


 紅赤の一方的な詰めが差し迫った瞬間とき、零祓の右膝が地面と垂直に勢いよく跳ね上がった。


 _ドスッ_ドカッ_。


 ____あまりに完璧な反撃カウンター


 刃先が心臓を穿つ直前を狙った、タイミング仕掛けの返り討ち。この場合、先に手の内を明かした紅赤が不利になるのは否めない。だが、高速で移動する物体・・・ましてや、その一点を正確に突く事は容易ではない。


 「ぐはっ_!」


 突如襲った不快感から唾液を吐く紅赤。本人にも何が起こったのか理解できていないはずだ。

 ナイフを握る両手首に膝をぶつけ、バランスを崩して浮いた照準の()に零祓は蹴りを入り込ませていた。右脚は少女の腹部に強くねじ込み後方へと吹き飛ばす。カランカラン_と転がる空き缶の様に時折、飛ばされ跳ねる体は前方十メートル程の位置で停止した。

 ナイフを握っていた手は、いまや腹部を包み、痛みからか小刻みに体を震えさせていた。


 「いつもの日常だよ。 こんなの__」、零祓ならそう言うのかな。


 一連の流れが終わり、静かになった路地に佇む契約者たち。

 戦闘不能になった紅赤を除けば、ここでまともに動けるのは零祓と咲凜のみ。彼女は、この短時間で三人の仲間を失った事になる。敵討ちという非倫理観が《この世界》にあるのだとすれば_______。


 ゆっくりと見据えた死神の姿。


 「こういう事もあるって分かってた」 


 静かな怒りがひしひしと見え隠れする。


 「でも心まで人間ヒト破棄てられなかった・・・・・・・・・。 だから、多少は痛い目を見てもらっても問題ないはずよね____」


 咲凜の独白。そして____


 「痛くしない、苦しくしない、一瞬で済ませる、それで許すから・・・・・・・・・」



 _______いや、殺すっ。



 無気力な立ち姿に反して、明確な殺意を感じさせた咲凜のドスのきいた声。いつしか手に持っていた武器を再び零祓へと向ける。真っ直ぐに伸ばした腕先_約一メートルの衝動的敵討ちがそこに在った。


 カチャッ_と引き金に指が掛かり____


 ____ボトッ__。


 「____え__」


 それは、現状を視界に捉えていた私が無意識に口から出した声。


 咲凜との距離は少なくとも三メートル以上、その内一メートルは腕と銃口の間合いのはずだった。でも、私が見ている光景はたった一秒の経過でガラリと塗り替えられていた。


 「・・・嘘」


 目と鼻の先にまで近づいていた零祓に驚き息を止める咲凜。彼女は戦闘態勢を解除した覚えはない。むしろ、全神経を指先に集中させ照準を定めていた。

 だが、そんな少女の一時的な諸刃の剣は絶対的な闇の前では無力。



 _______邪魔、どいて。



 機械の返事。


 「ふざ・・・る・・・・・・な・・・・・・・・・ふざけるなっ____!!!」


 噛みしめた口元の端々から滴る唾液をそのままに怒号をぶちまける咲凜。


 「お前なんか・・・・・・お前なんかぁぁぁぁぁあああああ_______」


 咲凛は握って()()銃の引金トリガーを引こうと____




 『_______ない』




 そこで初めて自覚した異常。

 咲凛の右肩から先がいのだ。


 口を開き、声にならない虚無を発する。今の今まで己が身の一部であったはずの右腕の消失により、恐怖を置いて圧倒的な疑問が脳裏に浮かぶ。


 それは一時的な錯覚(逃避)に近かった。


 視認かくにんしてしまえば、感じずにはいられない____。


 「____なんで・・・・・・あぁ・・・・・・ああ・・・あああ・・・あがっ__ぎゃぁぁぁああああぁぁぁああああああああーーーーー!!!!!」


 次第に襲いくる激痛に耐えられなくなり、のたうち回る少女を横目にその場を通り過ぎようとする死神の手には大鎌が握られていた。


 「あなたはどう? この子の代わりに私を足止めする?」


 幾ばくかの生存本能で虫の息で気付かれない様に物陰に移動しようとした紅赤。

 それを、彼女は見逃さなかった。

 紅赤は、未だ欠損した腕からの出血と痛みに絶叫し続ける少女を見て、激しい嫌悪感を顔に出した。その体は遠目越しにも分かる程、震え、答えは明白。


 「いっ・・・いやっ・・・・・・! わた・・・私は____!」


 タンッ__


 地面を蹴った。


 その足は零祓ではなく、咲凜の方へと真っ先に向く。

 転がった彼女の右腕を即座に拾うと、流れる様に本体(咲凜)へと急速接近し腰に手を回し大きく跳んだ。壁を蹴り、反射しながらビルの屋上へと昇り上がる。

 一連の動きを零祓は無関心に目で追い、それ以上をしようとはしない。


 路地裏に残った鉄の生臭さと硝煙の香りに鼻を突かれながら、私はゆっくりと身を乗り出した。

 躊躇いが無かったわけじゃない、むしろ、このまま隠れ続けていたいとまで思った。あの姿を見た後で今まで通りに接する自信が無かったからだ。

 しかし、そんな私を繋ぎ止めるのがモノがあった。


 彼女から渡された、外套ローブ


 離れすぎてしまえば、私は認識されなくなり、一定距離なら彼女からのみ認識される。裏を返せば、どちらの権利も私にあるということ。

 だとすれば、ここが分岐点になるだろう。踏み込んでしまった足はまだ浅いはず。ここで引き返せば私はいつもの日常にもどれる。


 _______そうだよ、きっとそうに違いない。


 強く自分に言い聞かせる様に押し込んだ思いは、喉元まで出かかった彼女(零祓)への呼びかけを静止めた。

 最適解なんてあるはずがない。それでも、私はこの選択が間違っていたなんて思いたくない。

 けれど、一つだけ気にかかることがあった。零祓以外との接触があった場合、果たして私は生きてここから退避できるのか____。

 気配が遮断されていると言っても、例外はあるのではないか?


 仮に零祓から身を隠すことが出来たとして、それ以外の何かに至近距離で遭遇した場合の効果の有無は未知数だ。


 つまり____


 『彼女について行く=少なくとも死ぬことはない』

 

 『彼女から離れる=守ってくれる後ろ盾が無くなる=敵と遭遇=死』


 明らかに選択肢の優先度は偏っていた。


 だから、私は消去法で前者を摘んだ。


 「_______零祓」


 空気中に溶ける様に口にした名前。


 「_______」


 声は届いた。

 だって、彼女が私の声を聞き逃さないはずはないから。


 ____ねぇ、麗亡。


 前を向いたまま私へと発した声。


 ____今ならまだ、もどれるよ?


 心の中はとっくに見透かされていたようだ。


 ____約束は守るし、それが終われば自由にしてあげる。


 これほど好都合な提案をされたのは初めてだった。


 「・・・らしくないね・・・・・・いつもの、零祓ならそんな事言わないのに____」


 言葉は選んつもりだ。「いつもの」なんて、出会ってほんの僅かな私が言えた義理じゃないけど・・・・・・っと、苦笑い交じりで会話を続ける。


 「そう、かな。 私はこう見えて優しいんだよ?」


 「それ自分で言う・・・?」


 「なにその疑問形・・・? 麗亡は私が優しくないとでも言いたいの・・・かな?」


 (あ、少しだけだけど()()()()零祓だ____)


 顔の見えない死神に私は身構えていた心境を緩め、一歩近づいた。

 中々、顔を見せてくれない零祓に痺れを切らし、彼女の前へと回り込んでみせた。


 「あっ、ちょ____」


 不意を突いた行動で視界に飛び込んできた零祓の表情。それは、泣くでも怒るでもないモノだった。


 「・・・零祓・・・・・・どうして____」


 「なっ_なんでもない・・・・・・です」


 「明らかに何かあった表情かおしてたじゃん?! というか、何故、敬語・・・」


 私に見せた一瞬の表情差分は赤面という形で隠蔽かくされ、すぐさま顔を逸らした。


 「おーい、今更そんな表情かおしたって遅いぞー?」


 ポーンとした顔と声で零祓にさらに追い打ちをかける。


 「だってぇ・・・それは・・・・・・____」


 何かを言っていたのは分かった。

 しかし、ゴニョゴニョと後半のほとんどを濁され肝心な所は聞き取れなかった。


 「さっきまでと大違いじゃない____」


 冷酷・冷徹・残忍・非情、目にした彼女の行動はそのどれもを網羅しており、私が向き合っている少女は別人ではないかと思考が混乱する。

 はぁ・・・っと息を吐いて、どうしたものかと考えている私に零祓は息を呑み、ゆっくりと口を開いた。


 「・・・・・・・・・いなくなると思ったから。 ・・・・・・あんな姿見せたんだもん、その反応が普通だよね・・・」


 (・・・・・・同じこと考えてたか・・・・・・・・・)


 突発的な反応が表に出る。


 「・・・やっぱり」


 「あ、いやっ_! これは、その・・・・・・はい、その通りです・・・」


 返す言葉を探すよりも素直に認めた方が話しが進むと思った私は取り繕は無い方を選んだ。


 「ふふっ」


 「何で笑ってるの・・・私、変なこと言った?」


 「____敬語」


 「敬語・・・?」


 「麗亡こそ、敬語使ってるじゃん…ふふっ。 おっかしいの____」


 「は? 敬語・・・あ、これはちがっ__違うって・・・・・・・・・」


 「あっれぇー? 麗亡も人のこと言えないね~そんな、顔したって遅いぞ~?」


 うりうり〜と私の頬に触れながらワザとらしく挑発する。呆れにも近い感覚を抱きつつも内心、この流れに心地よささえ感じてしまっていた。


 「____邪魔者も消えたし・・・先、行こっか?」


 路地奥さきを指し示す涼しい指先。

 数秒の沈黙の後、吐息をついて、そっと私から離れ、自然体の素振りで行動をうながす。


 「・・・・・・・・・うん」


 返す言葉は選べない。

 私は小さく頷き、歩幅を作った。



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