#1
夢と現実の境界線に干渉する音があった。
まだ、眠っていたいけどどうも、この音は好きではない。
だから、早く消してしまおう・・・・・・でも、それを行動に移しには一度、この眠気交じりの体に少しばかりの命令をしなければならない。それは、もう意識を覚醒させてしまったままでいいのではとも思った。だけど、つい数分前にも同じような動作をした事は記憶に新しい。
「流石に起きないとまずいかな・・・・・・・・・」
諦めにも似た溜息と気だるげな身体をベッドから起こし、ひんやりとした室内で意識を覚醒させていく。首に残る寝相の代償をそのままに私は立ちあがり着替えを始めた。シャツの袖に腕を通しボタンを一つ、また一つと留めて行く。あらたかた朝の身支度と朝食を済ませたとところで時計を見た。
遅刻はしなくてすみそうだ。
玄関を後にし、いつもの通学路をただただ歩く。別段、変化のない日常の始まりだ。特に何かを求めて生きているわけでもない。交友関係はほどほどで休日は家で過ごすことの方が大半の典型的なインドア_それが私だ。
風が気持ちいい季節というわけではないが不意に目線を空に向け、瞳孔を刺激する陽の光に左手の甲を額に置いた。吹き抜けたそれの感覚を肌が忘れた頃、私は再び目的地への一歩を踏み出した。
校門に近づくにつれて聞こえてくる他生徒の声やそれ伴う環境音。部活動をしている生徒、玄関付近を掃除している委員会。この先の学校生活で私とは一生交わることの無い人種だ。そんな彼らを横目に靴を履き替え教室へと向かった。
席は窓側の一番後ろ。これに関しては、かなり幸運だと言えよう。机に鞄を置き一息ついたところで声を掛けられた。
「麗亡! はろーっ!」
聞き馴染みのある甲高い声が耳に届いた。眠たげな意識を強制的に覚醒させられる。名前を呼ばれる感覚は何度経験しても慣れることはなく、今でさえも自分のことを呼んでいるのかと確認してしまう。それほどまでに、対人経験が乏しかった。
「・・・・・・本当、元気だね・・・・・・・・・」
(夜型には相性が悪いな・・・)
彼女の名前は雨野 澪。彼女とは高校に入ってから知り合った。友達とよべるかは分からないが、こうして毎日話しかけられている。
「なんか、テンション低くない?」
「私はこれが普通。澪が異常なんだよ」
「んなっ!? 言ったなコノッ!」
虚をつかれた身体が微かな抵抗をし、彼女との距離をとった。しかし、彼女がこんな些細な拒否反応で私の気持ちを察してくれるほど、人への気配りができる人間とは思っていなかった。
だから、次の行動が容易に推測できた。そして、私の予想通り彼女はそれを行動に移した。
大げさに、ゆっくりとつま先を蹴り上げる様にし____
一歩、二歩、三歩・・・・・・・・・っと圧迫した歩みを寄せる少女に私は後ずさりをする。じりじりと退路を断たれていく感覚に無意識に止めていた呼吸を今にも吐き出しそうになる。フレンドリーなのもここまでくると一種の恐怖だ。
しかし、雨野澪という存在が私の生存圏での立場を明確にしてくれていることは確かだ。もし、彼女が私に興味を示すことなく、ただのクラスメイトとして認識されていたとしたら私はここで完全に孤立していたに違いない。
「ねっ!今日さ 学校が終ったら新しくできたお店行ってみない? たまには息抜きも必要でしょ?」
彼女は手に持っていた、小さなウサギのフィギュアを大切そうにしながら輝かせた瞳で迫ってきた。恐らく、澪が行きたがっている店というのは《Rabbit・Rabbit》(ラビット・ラビット)の専門ショップだろう。現在、女子高生の間で爆発的な人気を博している。そして、つい先日、私の通う高校の近くにもオープンした。
「別に…」
私の返しに彼女は一瞬固まって、すぐさま身体をわなわなさせた。
(圧倒的に乗り気じゃない…一体どんな性格ならここまで無頓着でいられるの!?)
この後も、澪との押し問答は朝のホームルームが始まるまで続いた。隣同士の席なだけあって授業中でも隙あらば声を掛けてきた。
そうして、いつも通りの日常を友人に崩されかけながらもこなし、気づけば放課後になっていた。
私は鞄の中に教科書やスマホをしまい、帰り支度をしながら横目で澪の行動を探った。
(何か言いたそうだな……)
決して押しに弱いというわけではない。だが、彼女の顔が・・・・・・というより、目元に僅かな水滴が込み上げてるのが見えた。こういう場合のそれは大抵、《演技》でそこに言葉を添えて情に訴えかけるのが彼女の得意技。そうと知ってしまえば、こちら側にも対抗手段は幾らでも用意できる。
「放課後はすぐに帰りたいんだよ…行きたいなら一人で行けば?」
こういった泣けば?すぐに思い通りになると思っている輩は下手に相手にせず軽くあしらっておくのが一番効果的だ。
「行こうよ~ッ! どうせ暇でしょ? 友達いないでしょ!? たまには付き合ってくれたって いいじゃん!」
(なんか、めちゃくちゃ失礼な事をいわれてるような)
ドンッ_!っと床に響いた澪の右足の歩みと共に半ばヤケクソ交じりの誘いが私に降りかかってきた。決して、悪気があっての発言でないのは彼女の性格上、理解はしているのだが、あまりにも確信を突いた…いや、貫いた問いかけに数秒にも満たない硬直が身体を支配した。
「「雨野さんいるー?」」
一人の女子生徒が顔から腰までの半身を覗かせ教室のドアから中を窺っていた。雨野は澪の苗字だ。
「「放課後の委員会 会議 みんな待ってるよ」」
「あっ…」
完全に今思い出した顔で澪は口を開けてそう言った。実のところ彼女は学園でもそれなりに人望がある方で明るい性格とお人よしで誰とでもすぐに仲良くなれる特技を持っていた。それ故に頼まれごとは断れないというデメリットを患っていた。
「………となると、それじゃあ今日は行けそうにないね」
いい逃げ道が見つかった。
「いやいやっ! 忘れてたわけじゃないし、それにすぐに終わるって…多分」
結局、澪は半ば強制的に連行されていった。その際に向けられる眼差しはどこか恨めしそうだった。単に「委員会の仕事をしたくないだけでは?」と思ったがそれを口に出すのはやめておいた。
生徒が各々の場所へ赴いている光景を視界に入れながら階段を降りて行く。部活に所属していない私は授業が終わるとすぐに帰路につく。帰り際、下駄箱の近くに二名の女子生徒が立っており、スマホを片手に雑談をしていた。見た所、下級生だろう。人の話に耳を傾ける趣味はないが聞こえてくる声量に関しては確実に向こう側に落ち度があるというものだ。
「「ねぇ」」
「「うん?」」
「「最近、この辺りで【殺人事件】があったんだって」」
「「えっ、それホント?」」
「「しかも、私たちと同じ女子高生らしいよ」」
会話を続ける彼女たちの話題を耳にスマホを取り出し、液晶に流れる乱雑なそれらを指で弾きながら該当記事を探した。数日前のものなら嫌という程、表示されるのだが彼女たちが話していた事件については記事が見当たらなかった。もしかしたら、かなり最近の事件で記事になる前なのではないかという推測を念頭に置き、検索サイトを変更することにした。
【秘特典覧版】とよばれる、より詳細な話題が行き交い、あらゆる事象を記録し、情報の売買・交換を行うことの出来る一種の闇情報網。本来、規制されるべき内容でも提示された条件や求められる行為に応じれば、アチラ側の人間は誰が相手であろうと出し惜しみをしない。むしろ、数をこなして気に入られれば多少の融通は利かせてくれる。
ここを知ったきっかけは些細な事で誰にでもある、興味本位と言うほかない。
数分の間、帰宅を放棄し目当ての物を探した。
そして、決して目立っているわけではなく単純に視線に入ってきた事件の内容に鼓動が跳ねた。
「「_______それに遺体がバラバラだったんだって」」




