#26
「_この辺かな」
トンッ____
軽快なブーツの音を響かせ、地に足を着ける。
ようやく目的の場所に着いたのだろう。地面のひび割れ、錆び付いた柵。点滅する赤いライトと煙を上げる工場夜景が夜をさらに夜たらしめていた。高さから推測するに、階数は十階建て以上。
「ここは?」
「廃ビル。別にここで何かするわけじゃないけど・・・。 ただ、スタート地点としては最善かなって」
零祓は軽く周辺を見渡し、私の方へと近付いた。
「スタート地点?」
「ネファスは死角からの不意打ちに弱いからね。 それに、攻撃手段も《噛みつき・拘束》ぐらいで対策方法はいくらでもある。 だから、こんな感じの高低差のある場所の方が自由に動けるってわけ」
辺りに人気は無く、物音一つ聞こえない。ただ、狭く入り組んだ路地裏が迷路の様に張り巡らされているだけだった。
「そうなんだ」
「一般人からしたら、それでも脅威なんだけどね。 複数体で囲まれたら、ひとたまりもないし・・・触手で羽交い絞めってのも____」
段々と小さくなる彼女の声。私と話しながらも、どことなくよそよそしい態度が気になる。
「どうかした? 気になるんだけど」
「そ、そんなことよりっ_」
(あ、話逸らした____)
「ねぇ? ・・・明らかに今、変なこと考えてたよね?」
「はいこれ!」
「・・・おい」
そうこうしている間に零祓は着ていた外套を脱ぎ、それを私の頭に覆い被せる様に体全体を包み込ませた。
「えっ、なに?」
彼女の温もりと残り香を感じる。
「この外套は気配遮断の効果もあるの。 だから、余程の事が無い限り、気付かれる事はないよ」
「それって、零祓からも私を認識しずらくなるんじゃ?」
「鋭いね。 確かにそうなんだけど、私から離れすぎなかったら問題ない。 ここに来る時だって、着てたでしょ?」
確かに彼女は空中移動の際にも、あのローブを靡かせていた。
「行くよ、麗亡____」
その瞬間、彼女を中心とした雰囲気が変わった。月光が死神の眼光を青く光らせる。
「____うん」
柵に歩みを寄せ、地面を蹴り、フワッと浮き上がった体で街の黒い部分に身を投じた。
______________________________________
ズシャッ__!
____一匹。
指揮をする様に軽々と薙ぎ払われる鎌。背後を歩く私にネファスの血飛沫が降りかからない様に注意しながら斬り刻んでいく。
グシャッ__!
ブシャッ__!
続いて二匹、三匹とペースを上げながら次から次へと湧いて出てくる歪な生命を非情に掃き捨てていく。グチョグチョと千切られ、裂かれた残骸が行き場を失い地面で蠕動する。
(・・・・・・)
息を殺し、目の前で行われる彼女の生業をただ傍観しながら一定の距離を保つ。
「多いな」
そう言いつつも涼しい顔で死角からの攻撃にも対応する死神。腰に隠していたナイフで突進してくるネファスの勢いを逆手に取り、顔の中心を突き刺す。
__ピギャァァッ!
不快な金切り声が脳を振動させる。
ベチョッ__!
振り払ったそれが私の足元に転がり思わず、後ろに跳ねてしまう。
「どうかした?」
「いや・・・なにも」
「____最後」
っと、周辺にいた最後の一匹に鎌を振りかざした時だった。
____横やりが入った。
路地の奥が光り、闇に吸い込まれ____
カーンッ____!
反響した銀色の音。
何かが鎌にぶつかり、衝撃で大きくバランスを崩した持ち主。背後に揺らいだ体を倒すまいと右足を前に出し、天秤を公平にする。
「零祓ッ____!」
咄嗟に声を上げる。
「しっ_。 静かに」
鎌を消失させ、ゆっくりと周りに意識を向けた死神。私は彼女の言いつけを守る様に動向を見守る。
そして、零祓が最も警戒したのは、やはり路地奥の暗がりだった。何かが潜んでいるとしたら、そこしかありえない。
物陰に隠れ、外套で口元まで覆って息を殺す。不十分な視野で現状を把握しようと試みた。不安が入り混じった空気が気分を重くする。
(・・・・・・零祓?)
見えたのは肩で息をしている零祓の姿だった。
息切れと言うには呼吸の回数が少なすぎる。額にじんわりと浮かんだ汗を拭おうともしないその素振りに駆け寄りたくなる衝動を無理に抑え込み、数秒の間を堪えていた。
_______いつもの、フードはどうしたの? 今日はえらく鮮明ね。
明確な敵意を感じた少女の声。
ガサッ_ガサッ_っと靴底を擦らせながら、私は物陰から視認されない限界ギリギリまで体を出した。
(・・・・・・)
最初に聞こえた声の主は零祓の正面に立っているポニーテールの少女だろう。見た目は普通の女子高生_私と同い年に思える。
ある一点を除いては____。
「いらないでしょ? 姿を隠す必要、感じないし」
軽くあしらう零祓。
____バンッ!
破裂音が聞こえた瞬間には既に零祓の左肩から出血していた。
「流石の死神さんでも、その傷じゃ満足に動けないんじゃない? 私は《残滓》が欲しいだけ、邪魔するなら相手があなたでも容赦しない」
「またそれ? 残滓なら腐る程、そこら中にあるでしょ? わざわざ、私の邪魔をしてまで奪う意味ある?」
呆れ顔で息を吐く。
「ねぇ、死神____。あなたもあの事件のこと知らないわけじゃないでしょ?」
「____」
「そんな醜いものを狩らなくたって・・・もっと、効率的な方法があるのに・・・・・・それをやらない手はない____でしょ?」
零祓の背後に転がった無数の残骸を顎で指し、同意を得ようと顔を見る。
しかし、腕を伝い落ちる血液を気にも留めず、気だるげに一定の歩幅で前進を続ける死神に言葉は届かなかった。
引きつった顔のポニーテール少女。圧をかけるでもなく淡々と歩みを寄せる。
微かに零祓の右手に黒い霧が生成され始めていた。
「止めといた方がいいんじゃない? くすっ_どうなるか分かるでしょ?」
含み笑いで挑発を続ける。
「・・・・・・・・・」
次第に近くなる距離に動揺を隠せていない相手。
「きっ、聞いてるの・・・・・・!」
「邪魔、どいて」
服に着いた埃を払いのける様に臆することなく、障害を一蹴する。あまりに冷たく相手としてみていないその口調。
「____っ! 随分と私達を舐めてくれるわね__」
二人の少女の間合いが一メートル以内に差し掛かった時だった。
「咲凜、いくら相手が深傷でも気を付けた方が____」
咲凜と呼ばれた少女の背後からもう一人の声。目が隠れる程、伸ばした前髪と長髪、猫背気味の姿勢。全体的に不健康としか言いようのない見た目の少女が姿を現わした。




