#25
ベッドから上半身を起き上がらせ、左手を後方につき、くの字に折った両脚を動かして後退する。零祓から距離を取ろうとした。
対して、彼女は四つん這いでジリジリと這い寄り、右手に持ったスマートフォンを私の眼前に突きつけた。
目を逸らそうにも、ソレが首の可動域を強制的に制御する。
「どうして黙ってるの____? 何もやましいことがないなら、話せるはずだよね____」
怖い。
同い年の少女に最初に思った事がそれだった。
「何か喋ったら____?」
呆れ、哀れみ、憂い、失望_______その、どれにも当てはまらない彼女の表情。
「____ごめん」
たった一言の謝罪。今はこれだけで精一杯だった。目線を逸らし、言葉を濁した私に彼女は何を思ったのだろう?
いつしか、視界から消えていたスマホ。
「____」
代わりにあったのは、夜ノ舞 零祓の酷く冷え切った眼差しだった。
いっそここで、殺してくれたらいいのにと自分勝手な思惑が生まれては消え、消去しては芽生えさせ____。
「____いいよ」
(・・・・・・・・・えっ)
「____許してあげる」
状況的に一番考えられない解答。
「理由はどうであれ、約束を破ったのは本当だし・・・それに、気配にすら気づけなかったしね」
「気配・・・?」
「麗亡を襲ったのは恐らくだけど、気配遮断に長けた襲撃者だと思う。 私が気付かないわけないし・・・・・・まぁでも、距離が関係してるとなるとちょっと厄介かな____?」
一気にRPGじみた話へと舵を切る少女に私は何とかついていこうと一語一句を聞き逃さない様に耳を凝らした。
「襲撃者は私が麗亡と入れ替わっていることに気づかないまま、奇襲を仕掛けた」
「それって、襲撃者の本来の目的は私じゃなくて、零祓ってこと?」
秘匿典覧板での話を思い出す。
「私の状態と素性を調べ、なおかつそこを狙ってくる・・・余程、私を殺したいんだろうね」
零祓が夜の世界でどれだけの知名度があるかは知らない。けれど、襲撃者が執拗に彼女を狙っていることだけは分かる。でなければ、わざわざ通っている高校を調べ、乗り込んで不意を突くという行為はしないだろう。
もし、その情報をあの掲示板で得ているとすれば、私が零祓の名前を調べたことを追求する気持ちも分かる。
「だったら、どうするの?」
「うん・・・? どうするって、相手が誰かも分からない状態で作戦も考えられないからね・・・・・・」
「そっか・・・」
「・・・・・・心当たりが無いってわけでもないんだけど____」
含みのある言い方で私を一瞥した零祓。何か知っているのは明確だとして、どうして私を気にするのだろう?
「・・・私に関係ある事・・・・・・?」
不安ながらに__。
「麗亡っていうか・・・・・・あの子__」
「あの子__?」
「路地裏の_______」
「・・・・・・・・・澪」
ここにきて、その名前。
「その子事態に直接関係は無いんだけど・・・・・・・・・あるとすれば_______」
口を開く動作は重たく、気遣いながら言葉を選んでいる様だった。彼女は一体、何を私に話そうとしているのか。思い出される凄惨な惨状。アスファルトに流れ・滲み・染み込んだ血液と壁に飛び散った肉片、畝って事切れた大腸・小腸の異臭。
「____なに?」
____【殺され方】かな。
深刻そうに思い当たる節を語る少女の顔を覗き込み、私は質問をした。
「もしかして、最近事件になってるバラバラ死体と関係あったりする?」
薄い記憶の欠片を繋ぎ合わせ、それを投げかけた。
「____《切断姫》。 それしかありえない」
前者と後者。不釣り合いな単語の並び。
「切断姫・・・・・・」
切断という言葉を関している以上、少なからず無関係ではないと思う。
鮮明な切断面を残した、彼女の四肢。どれもがむごたらしく事切れた彼女の顔を見ることは出来なかった。
「実際にあの場で姿を視認たわけじゃないから、断定はできないけど・・・十中八九そうだと思う・・・」
「じゃあ、私も戦う____」
「無理だよ。 麗亡は一般人で私は契約者、ただの人間が踏み込んでいい世界じゃない」
「・・・・・・・・・」
ここにきてそれを持ち出すのはズルいと思ってしまった。
何で私は零祓じゃないの__?
何で零祓は私じゃないの__?
「力になろうとしてくれるのは嬉しい・・・でも、私がやろうとしているのは規則も秩序も意味を成さない、殺し合い。 だから、そんな世界に麗亡を連れて行けないよ」
殺し合い__?
何か引っかかる__?
だって、零祓たちがやっているのは、異形を狩る事であって、殺し合いではない。だったら、何でそんな・・・対象が【人間】である様な言い方をするんだ。
「零祓がやっているのは、狩りでしょ?」
遠い目をし、沈黙を裂こうともしない零祓に私はさらに続けた。
「ねぇ、どういうこと。 ここまで私を巻き込んだんだから、隠してること全部話してよ____」
静寂の圧に任せて言い放つ。
下手な遠慮は関係をこじらせる。互いが互いを思いやるという事はその間に確かな隔たりがあるということ。私は彼女の事を表面上では知っている・・・けれど、深い部分を話してくれたことが一度でもあっただろうか?
「・・・・・・ごめんね、麗亡。 勝手に巻き込んで勝手に約束して勝手に悩んで・・・自分勝手なのは分かってる。 でもね、だからこそ_これ以上、契約者側に関わって欲しくないんだよ」
「それって____え__」
彼女の左手が私の頬に触れる。
ゆっくりと静かに撫でる様に手のひら_そして、指先を曲げ優しく包んだ。
何故だか、泣きそうになっている自分に驚き、瞬きの回数を増やす。
「零祓・・・私、どうすればいいのかな・・・・・・」
もう何も分からない。張りつめた神経でここまでやってみたけど、急速な日常の変化に心はついて来ていなかった。
「____貴方はそのままでいて」
まるで出会った頃に戻った様な口調。
察した。
扉に手を掛け部屋を後にする零祓を「待って」っと____。焦りの気持ちでよろめきながら、立ちあがり追いかけた。リビングのドアは開け放たれカーテンが勢いよく靡き、振り返った少女の手には鎌が握られていた。
「そこから行くの?」
「見通しもいいし、空からの方が先手を取りやすいしね」
「私もいく」
「だから、それは無理。 自ら危険な場所に行く意味ってある? いくら私でも、ただの人間を庇いながら戦うのは得意じゃない」
そう言って、私に背を向け飛び立とうとする少女。
一理もニ理もある彼女の意見。一切の隙が無いようにも思えるが、一つだけ今までの会話の中に穴があった。
それは____
「____気配遮断」
ピクリと止まった死神。背中を思いっきり跳ねさせた動作は私に確信を持たせた。
「さっき、零祓は「襲撃者は恐らくだけど、気配遮断に長けた能力を持っていたんだと思う」って言ったよね?」
依然として、だんまりを決め込む少女に追撃を____。
「それに「私が気付かないわけないもん・・・・・・まぁでも、距離が関係してるとなるとちょっと厄介かな」とも言ってたよね?」
会話の一語一句をそのまま再生した。
「つまりはさ、零祓が私を此処に残して言っちゃうと、もし私に何かあった時に気づけないよね? それって、約束をまた、破るって事にならない?」
ワザとらしく、傾げた首のまま零祓を見つめていた。
プルプルと徐々に体全体を震わせる彼女。
「ねぇ、どうなの____?」
ダメ押しのもう一言。勝敗は既に決していた。
「あぁ、もう_! 麗亡、私で遊んでるでしょッ____!? そうよ、距離が遠すぎると敵の気配も察知できないダメな死神よッ____!」
「・・・何も、そこまで言ってないけど・・・・・・」
「言ってるようなもんだよ! 何が「気づけないよね?」「事にならない?」だ! 分かってて、言ってたでしょッ?!」
「あはは~・・・それは、どうかな・・・・・・」
逸らした目線。相手の出方を窺いながらも、こちらの有利は揺るぎないと思えた。
「・・・悪魔め! ・・・それを言われるのが嫌だったから、早く行こうと思ったのに・・・・・・」
頭を抱え、ため息を吐く零祓。
「____じゃあ、改めて聞くね」
姿勢を正し一呼吸置いて____
____私を連れて行ってくれますか?
これが私の最後の一撃。
真っ直ぐな瞳で彼女から視線を外す事はなく、返答が返ってくるまでの時間をただ過ごす。
零祓越しに見えた、外の景色は濃い群青色に散りばめられた光の粒子が時折、点滅して見えた。こんな、幻想的な空の下で少女たちが戦っているとは思えなかった。
____言っておくけど、一回きりだからね?
諦め声で振り返った少女は観念したような面持ちで折れてくれた。
____うん、分かってる。
____それじゃあ、行こうか。
差し出された手を握り、エスコートされるがまま私は夜空の下に体を晒した。感じたことの無い、夜特有の冷たさと高所の静けさ。風を切る音が耳に纏わりつく。
「うわぁ・・・! ちょっ、ちょっと____!?」
飛び上がったかと思うと、次の瞬間には降下を始めていた。その高低差が内臓を浮き上がらせたかと思うと、すぐに定位置に戻らせる。
「うぷっ・・・」
慣れない感覚に気持ちの悪さを覚え__。
「空を飛ぶのは初めて?」
「当たり前・・・でしょ・・・・・・っぷ__」
「ははっ__そうだよね。 私の場合は、飛ぶって言うより駆けてるんだけどね」
「駆けてる?」
言われてみれば零祓の背には翼などは生えておらず、飛行原理は不明のままだった。一つ、仮説として話すのならば彼女は能力を使ってこの超常現象を引き起こしている。
「下見て」
「これって____」
視線を落とし足元。私を中心に透明な水面が波紋を広がらせ空間を揺らす。
「見てて」
零祓は、そう言うと、軽く踏み込み跳ねて見せた。一回二回三回とその場で何度もピョンピョンと小跳躍をする____。
「これは私の能力。 透明な床を作り出して空中移動を可能にしてるって感じかな? もちろん、他のもあるけど____」
いくら能力とはいえ、一歩間違えれば足元の街並みに転落死。
・・・だというのに・・・・・・目の前で笑う無邪気な少女に私は肩を落とした。
「見ているこっちの心臓に悪いよ・・・・・・」
「さっ、そろそろ行こっか?」
ワンステップで距離を詰めた零祓は私の手を取り____
「ちょーっと、辛いかもだけど、我慢してね」
零祓は目を瞑り、静かに深呼吸をして、ゆっくりと目を開いた。
____?
意図のが読めない行動に疑問を浮かべながら、今はただ先駆者の方針に従う事を選んだ。
「____行くよ」
トンッ_っと、聞こえた彼女の靴音。
瞬時に足場の感覚が消失くなり、時間が静止まった。
「何を____」
次に感じた、酷く冷たい疾風の感触。
繋がれた手は依然として離れてはいない。
閉ざされていた瞳を開けた。
視界の両端を急速に過ぎ去ってゆく景色。
耳元で鳴りやまない空気の吹き抜ける音。
____私は手を引く彼女と共に、この夜空の下を一筋の束となって星の速度で流れ進んでいた。
人間には出来ない芸当を可能にする少女に魅了されながら、目先に迫った人工物に悲鳴を上げた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁーーーー!!!! れっ、零祓ッ__! ストップストップッ____!!!」
「ジェットコースターみたいで楽しいでしょ?」
「楽しくない楽しくないっ_! 私、絶叫系苦手なの____!!!」
「あー、いいこと聞いちゃったな~~~」
目視で確認せずとも、彼女がニヤけているのは声色ですぐに分かる。
「よそ見しないでッ__!」
こんなことを言ったところで彼女が止めることはない・・・・・・。
しかし、何か声を出していないと正気を保てそうになかった。




