#24
校舎に鳴り響くチャイムの音。
それは街まで届き、一種の風情を感じさせる。ある、春の夕焼けに桜が舞い散って地に落ちた。
寂しいよ、苦しいよ、辛いよ、痛いよ、怖いよ、助けてよ、傍にいてよ、行かないでよ____
_______死んでしまったの?
______________________________________
「・・・れ・・・・・・な・・・・・・・・・」
遠くで声がした。
「・・・・・・い・・・れ・・・な・・・・・・」
狂ったように連呼される同じ言葉。
「・・・・・・・・・れい・・・な・・・・・・れいな」
聞き覚えのある名。
_______麗亡ッ____!!!!
薄っすらと膜が張り、覚醒けない意識に痺れを切らした呼びかけは蛮行を起こす。
コップいっぱいに注がれた水の表面張力を揺らす様に____
__ガシッ
両肩を掴み激しく揺らす。
「起きてッ・・・起きてッ・・・・・・起きてッ_! 起きて起きて起きて死なないで死なないで死なないで死なないで____死なないでよ・・・目を覚ましてよ・・・私をひとりにしないでよ・・・・・・お願いだから・・・・・・・・・また、ひとりは嫌だよ____」
呪文の様に繰り返しながら、乱暴に扱われる体。
しかし、それは長くは続かなかった。途切れることのない声は僅かに震え、最後の方は涙声に伴って落ちた、水滴の弱々しい頬への接触があった。
(_______生きてる)
「・・・・・・ここ・・・・・・・・・は・・・____」
周りを見渡すとそこは、見覚えのある室内_そう、私の部屋だ。
「____ッ!? 麗亡!」
耳元で叫ばれる名前。
不確かな四肢の感覚で必死に抵抗しようとするが、相手の方がその何倍もの力で抑え込もうとする。
「うる・・・さ・・・・・・い____」
出来る限りの声量で訴えかけえる。
「麗亡____!!!」
聞き飽きた名前に「分かったから」と返事をしたい気持ちを微弱な体の動作で何とか伝えようとする。
バッ__!
急速に起き上がらされる体。何が起こったのか理解する前に答えが出た。
「____れい・・・は・・・・・・?」
最初に出た言葉がそれだった。
「麗亡ぁ・・・・・・・・・」
泣き腫らした顔から、未だ溢れ出る涙を拭おうともせず私に抱き着く死神。冷たい肌の中に感じる、小さじ一杯程の温もりに安心感を覚えてしまう。私はいつから、彼女の事をそんな存在に思ってしまっていたんだろう。
「・・・くるしっ・・・・・・くるしい・・・てば____」
ぎゅうっと圧縮し合う少女二人の間に流れる特別な時間。
「生きてる・・・生きてる生きてる・・・・・・・・・」
「ひゃっ_! ちょ、ちょっ・・・と、何・・・・・・を・・・やってる・・・の?!」
頭・顔・肩・背・腕・胸・脚と隅々まで、触診された。時に優しく、時に激しく乱れた零祓の行為は私に容赦なく襲い掛かり____
そして____腹。
躊躇いなく捲り上げられたシャツが私の腹部を露呈させる。
「っ____!」
____他人に触れられる。
心理的負荷が過剰にかかった。瞬間、脳裏に刻まれた肉体を裂かれる音と痛みの感覚が全身の神経を伝って宿主である私の精神を掻き乱し始める。
「あ____あっ・・・ああぁ・・・・・・ああアアぁァァァがガがガぁァァッ____!!!!!!!」
____阿鼻叫喚。
どうにもならない、逃げ場の無い気持ち悪さに居ても立ってもいられなくなり、起こした行動がそれだった。目尻から溢れ出る涙は頬を沿いながら生暖かい弧を描き、首筋、鎖骨へと滑り落ちる。
____安心して、お腹の傷は私が治癒したよ。
ふんわりと、そして適度な声量・頬に遠慮がちに触れられた手の感触が狂った私を正常に引き戻す。
「零祓・・・私・・・・・・」
「学校の屋上で倒れていたんだよ。下校時間になっても連絡取れないし、おかしいなって思ったから」
「でも・・・場所は?」
「私の制服、麗亡の場所が分かるようにGPS付けてるから」
「うげっ_!? いつの間にそんな・・・・・・というか、プライバシー・・・・・・・・・」
「ごめんね。 でも、今回はそれで気づけたんだし____結果オーライ?」
多少無理があるのは本人が一番分かっていると思う。
しかし、結果として私は一命を取り留めたのは変えようのない事実。
「屋上・・・・・・そうか、私、あの時・・・」
灰色の砂嵐が脳内映像を妨げる。
しかし、思考回路を邪魔していたのはそんな心理的なモノではなく・・・・・・もっと具体的な_物理的な感触だった。
「麗亡の柔肌、白くてスベスベ」
これでも一応、外傷の確認をしていると思っていいのだろうか?私利私欲が混じっているのではないか?っと____。
(____うん? 零祓・・・・・・?)
真剣な眼差しで指先に神経を集中させ、鳩尾辺りから下腹部にかけて、ゆっくりと下ろしていく。無抵抗な私をいいことに、両端の脇腹を掴み、入念に調べる。こそばゆさが意志に反して、色のある声を漏らしてしまう。
本来ならここで、零祓のいやらしいツッコミがあっても可笑しくないのだが、今日に限って、そうはならなかった。
「____どこも異常はなし。 良かった」
っと、呟いてから、仕上げと言わんばかりに臍付近を数回撫でた。
「いい加減に・・・」
そこで私は続きを止めた。
反撃をしようと思ったが、それも今回はお預けだ。
「あ」
引きつった顔の少女は私から離した両手をそのまま上げ、降参のポーズを取った。一見、コミカルないつもの日常風景だが____
_______私は腹部を刺され、あまつさえ内蔵をズタズタに引き千切られたのは揺るぎようのない事実だ。
痛みこそ無いが、あの時感じた死への恐怖は本物だ。刃渡から察するにその深さは内臓に達していた。
平然を装ってはいるが、いつまた衝動的錯乱になってもおかしくない。
「____生きてるよ」
安心とは少し違う。どちらかというと、目の前の少女の言葉と姿を見て落ち着きを取り戻した感じだろうか。私は離れた彼女をもう一度、抱き寄せた。
「うん!? れ、麗亡?!」
普段なら絶対しない行為に目を丸くした零祓の顔を肩に、そっと一息を吐いてみせた____
「ひゃうっ_! く、くすぐったいよ・・・麗亡・・・?」
体をビクつかせ大人しくなった少女に、さらに続ける。
ペロッ__
「うっ____!?」
らしくないと分かっていながら、精神が勝手に動作ごいていた。麗亡が本能的に求めてしまった零祓。
「_______零祓って、甘いんだね」
「!?!?!?!?!?!?!?」
目の中に渦巻きを作って、激しい興奮と混乱で言葉を見失い立ち上がった零祓。
「なっ__! なにっ!? 麗亡、どうしたの???!!! 頭でも打った?! 熱あるんじゃない!? きょ、今日は私が晩御飯作るから・・・さ・・・・・・何が良い!?」
早口でまくしたてながら、ありとあらゆる可能性・提案を差し出す彼女を観賞しながら、落ち着きつつある内情にそっと胸を撫で下ろす。
「ううん。 なにもいらないよ? 零祓が傍にいてさえしてくれれば」
この発言は素直な感情から出たものだった。下心というモノがあると
いのうのなら、これはきっと____。
「んなっ!? さっきから何でそんなに私に絶対命中会心攻撃する様な事を言うの?!」
顔を真っ赤にし問いただしてくる零祓の反応に私は冷静に対処していく。
「もぉー麗亡・・・ワザと言ってるでしょ? いい加減にしないと私も怒るよ? 心配してるんだから」
内心、嬉しそうな彼女の顔を見ながら、私はニヒルな笑みを浮かべ____
_______【じゃあ、なんで約束を破ったの?】
言いたい事、思っている事が渋滞して____つい、本心っていたことが口を滑って落ちた。
「そっ・・・それはぁ____」
ばつの悪い顔をする零祓を確認て、私の中の黒い部分が姿を現わす。
_______【約束より契約の方が大事なんだね?】
そんな事、思ってもいないのに__思いたくも無いのに・・・私は根に持つ性格のようで____。
スラスラと意地の悪い言葉を綴り続ける。きっと私は零祓のことが好きなんだ。好きだからこそ、裏切られたことに怒って、こんな仕打ちを彼女にしてしまっているんだ。
けれど、私の心は一向に晴れることはなく、むしろ、曇っていく。
彼女が死神なら、私は残忍で醜悪な存在____だ。
だって、分かっていて・・・知らないフリをしているのだから。
_______【死神なんて所詮、信用に値しないよね?】
____パンッ!
零祓の右手が私の頬を強く張った。
「____っ」
一瞬、何が起こったか分からなかった。だが、先程までの私の言動・仕草から彼女が何を思ってこの行動に出たのか容易に察しだついた。
____私だってッ_______!
「・・・私だってっ・・・・・・! なりたくて、死神なんかになったわけじゃないっ____!!!!」
初めて聞いた、彼女の返答。 それは、静まり返った部屋の空気を貫いた。
「あの時は・・・・・・・・・あの時はああするしかなかったッ____! そうでもしないと私はあの瞬間_______」
そこで零祓は言葉を止めた。
心拍数を上げる私の心臓に身を任せ、胸中を口にする。
「そ・・・そんな事、言われたって・・・・・・私にはどうしようも____。 それに出会って日の浅い、零祓を信用した・・・それだけで十分でしょッ____!」
都合の悪さをこちらの有利で跳ね返す。
今回は私が完全に悪い。いや、悪いという言葉だけで片付けてはいけない。
複雑な心境を痛みに変え、右手で教えてくれた彼女の顔を直視ることができず、現在進行形の痛覚の余韻が、そのまま背けていた顔を戻すことをさせなかった。
____黙り込んだ私に少女は近づいた。
何を思って、何をされるのか分からない、恐怖が身体を覆い尽くしていく。
しかし、彼女が興味にしたのは傍に置かれていた、私の通信端末だった。手に取った画面から発せられる液晶の青白い光が彼女の表情を露にする。冷めた瞳と変化きの無い口元。
案の定、予想通りといったところだったのだろうか。
酷く冷え切った、零祓の心が私に伝わってきた。
「これだって、私を信用していない証拠だよね____」
強引に視界に入れられた画面に目を細め、眉間に皺を寄せた。私に一体何を見せてきたのか____
「・・・・・・っ!」
ゾクッとした寒気と冷や汗が一気に全体を掌握する。
それは、言い逃れようのない完璧なまでの事実。
_______【どうして、私の名前を秘匿典覧板で調べたの?】




