#23
「えっ? 先程の__」
早々に気付かれ先手を打たれた。不信がる事もなく、不思議そうに私を見つめる瞳。
「これ・・・返そうと思って____」
意味のない疑念を抱かれる前に差し出した生徒手帳。
「あ! それ、探してたんです」
「昼休みの時に落として行ったから、拾っておいたんだけど・・・・・・写真しか見てないから安心して」
「そんな事、気になさらないでくださいっ_! 私の不注意なので・・・・・・」
謙虚な言葉と性格が、ひしひしと伝わってくる。
「じゃあ、私はこれで____」
そこまで言いかけて、眼前の少女に呼び止めれた。
「待って_! せめてお礼をさせてください_」
「いや、別に・・・私はただ・・・・・・」
彼女の好意を無下にしたいわけではない。でも、誰かに感謝されたり、誰かに会話以上の何かをされることが苦手なだけだった。初対面同然の私たちに特別な関係性があるわけでもないのに、どうして彼女はそこまで、と考えてしまう。
「・・・でしたら、私とお友達になりませんか?」
あまりに突飛な提案に面食らってしまった。
「おとも・・・だち?」
聞き慣れた、聞き慣れない単語をぎこちなく聞き返す。
「はい、お友達です」
恥ずかし気もない素直な返答に私はしばらく沈黙する。ここで彼女と友達になってもいいのか?零祓の人間関係を左右する事にならないか?と、あくまで私ではなく、宿主の立場で物事を考える。
「・・・もしかして、何かご迷惑でしたか____?」
黙り込んだ、私の顔を見て心配そうに尋ねる少女。
「い、いや・・・迷惑ってわけじゃないけど・・・・・・私たちってほぼ初対面だよね? だから、そんな急にお友達って言われて驚いただけ・・・」
「お友達になる前の人間関係なんて、そんなものじゃないですか?」
「・・・そうだけど」
正論の前に言葉を失い私は再び沈黙してしまう。
「____わかりました。 では、お友達の件は考えておいてください! 無理強いをするつもりはありませんので、どうか気にしないでくださいね!__」
そんな私を見かねてか、少女は明るい笑顔で私に投げかける。
「__あ、そうだっ_! 拾われた際に確認されたかもしれませんが自己紹介だけでもさせてください」
思い出した様に続けられた彼女の言葉。
生徒手帳で見たのは顔写真だけで名前を確認する事はしなかった。状況的に見ても、持ち主が誰であるか分かったからだ。
「私は【奏弖 叶永】と申します。 趣味は歌う事とお菓子作りです。 後は、そうですね・・・人と話すのは好きです」
可愛らしいプロフィールを並べる叶永。清廉潔白を体現させたかの様な彼女の在り方に思うところがあった。
「奏弖さんは歌手とか目指してるの? さっき、歌ってたから・・・」
「_!? 聞かれてたんですか・・・?」
一気に赤面し、顔を隠した両手の指の隙間からチラチラと私を見る。
「・・・あの声量だったからね・・・・・・風が吹いてたってのもあるけど」
「そ、そうでしたか・・・今度はもっと気を付けないと」
「別に気にしなくても・・・上手いんだし?」
「・・・・・・はい、えっと・・・その・・・ありがとうございます」
目に見えてテンションの落ちた、叶永を横目に屋上から見える風景に目を向ける。
「あの、私そろそろ帰ります。 今日は本当にありがとうございました」
すっかり気分を取り戻した、叶永は清々しい顔で頭を下げ、屋上の扉に向かって歩きだす。その際、振り返った彼女は軽く会釈してから去っていた。
「奏弖 叶永____か。 私、また・・・・・・・・・」
似たような事が前にもあったなぁっと、思い出しながら一人となった屋上に立ち尽くす。電車の時間には多少の余裕があり、歩いて行っても間に合いそうだ。
スマホを取り出し、交通情報に目を通し異常がない事を確認した私は叶永の後を追う様に扉へと歩みを始めた。
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____せーんぱいっ!
突如、背後で聞こえた甘い声。
誰もいないはずの屋上で声を掛けられた。
(____そういえば、叶永は誰かと話してた? でも、あの時・・・私の他には誰も_______)
和やかな気分をガラリと塗えたのは、たった一言の不穏。明らかな恐怖がそこにあるのだと自覚させられる。
振り返る勇気も逃げ出す覚悟も____全部、中途半端だった。はこんな瞬間でさえ、自分でどうしたらいいのか決める事が出来なかった。
また、自分に笑われるんだ。嘲笑われるんだ。そうやって、葛藤すればするほど、どんな選択肢を選んでも、結局はいいようにならない。
____分かり切った事じゃないか?
でも、それでも一度救ってもらった命を私だけの判断で捨てることはもっと許されない気がして。
____バッ!
勢いよく振り返った。
ドサッ____!
何かが間合いに入り込んで、薄ピンクの髪が目に映った。前傾姿勢での奇襲が顔を見ようとする私を拒む。
しかし、僅かに垣間見えた口元に笑みを作っていた。
____ふふっ。
意味が分からない。そして、後方へとステップし私との距離を五十センチ程、空けた。何故か、はっきりとしない視界がその人物の顔を鮮明に捉えない。
何で、こんな事_______
クラりとした頭。至近距離にも関わらず、機能しない視力。じわじわと滲み出る脂汗と込み上げてくる何かが口元まできていた。
感じた違和感に息を呑み落とした視線が映したモノ。
それは腹部にぴたりと密着していた____
_______サバイバルナイフ。
「ッ____!」
抵抗の余地がない、あっさりとした殺人行為。一切の躊躇いを感じられない、当たり前がそこにあった。
ドクドクと溢れ出る流血はナイフの刃に伝いながら滴り落ちる。激しい痛みに発狂しそうになるが、それ以前に声を出す余力が残っていない。
顔面蒼白で見開いた瞳が眼前の脅威を意地でも焼き付けようと必死だった。
「ぐっ・・・・・・! うぅ・・・・・・____あぁ」
その場に立ち留まろうとする私の意思を否定する様に血液は地面に流れ出る。泣きたい、叫びたい、助けてと言いたい感情さえも過去に感じて____。
____痛い? 痛いよね? 痛いはずよね? ねぇ? ねぇ!
狂った声が雨の様に降り注ぐ。
____綺麗な内臓を見せて♪
握り直されたナイフを上方に無理やりスライドさせる。
「ぎっ____」
一寸先の恐怖に思わず奥歯を噛みしめ、目尻に涙が込み上げる。
「いや・・・」
切れ味の良い刃先ではなく、背の方____つまり、ブレードバック故の滑りの悪さが肉を破壊にしながら裂き進む。発狂しそうな痛みが体全体を痙攣させる。チカチカと点滅する視界が危険な状態であることを示していた。
____いいねぇいいねぇ! 見開いた瞳と鼓膜に突き刺さる絶叫・・・興奮しちゃう♪
好意を持った相手に手料理を作る様に鼻歌交じりの手慣れた非道。
「あがっ__うぐっ__あああ・・・ぁぁぁ____アアアアアァァァァッ_______!!!!!!」
喉を潰す声量で叫び散らかす。一秒でも早く、この痛みから解放されたい・・・ただ、それだけを願って飛び散った涙と唾液。
しかし、そんな訴えを聞き入れる相手ではない事は分かり切っていた。
____あーぁ、停止まっちゃったぁ・・・・・・・・・。
ナイフは私の肋骨弓に触れ、ギギッ・・・ギギッ__っと歪な衝突音を鳴らしながら抵抗する。それ以上はダメだと____。
「____・・・」
____うーん? なにかなー? 聞こえなぁーい。
生きていて、経験のしようのない痛み。包丁で手を切った痛み。紙で指を切った痛み。そんな優しいものじゃない、肉を破かれる激痛が神経を燃やし、私を壊していく。
____はぁ、なんか興ざめ・・・・・・。
好戦的な殺意が消えた。
____そこまでして助かりたいの? でも、もう手遅れじゃない・・・? だって____
____【中身】、だいぶ出ちゃってるよ?
言われた言葉に理解が追いつかない。無理矢理に保っている意識を放棄すればこの苦痛から逃れることは容易だ。
しかし、体は丈夫な様で、この期に及んで反撃の兆しを探ろうとしていた。
そうしている間にも骨への数ミリ単位での進行は____
____ 絶れた。
絶対的な限度が身体を強制停止させた。
そこで私の視界は暗転した_______。
黒く濁りゆく真っ黒な世界の中で聞こえたのは、最初に聞いた声とは正反対なほど低く、枯れた笑いの混じった女の声だった。
____あれ、こんな弱かったっけ__?




