#18
白黒の世界で私だけ色が付いている様な錯覚に陥った。時間は止まり、音は消え____一人ぼっちの世界に取り残された感じだ。
コツ____コツ____と、教室の床を踏み鳴らす音だけが耳に反響する。葉から落ちた水滴が水面に波紋を広がらせてゆく情景が脳内で再生された。
誰かからの視線、誰かからの声、誰かからの認知。
そのどれもが私に向けられていないことぐらいは分かっている。それと同時に、私に向けられたものだと理解していた。
ひしひしと感じる、それらに神経を酷使ながらも自分の席へと赴き机に鞄を置いた。
____そっと息を吐く。
何となく隣に座る生徒が気になり顔を向けると、向こうもこちらに顔を向けていた。不意の出来事に固まった私は何も言えなくて、ただ黙り込んでしまう。
差し込む陽の光が顔を僅かに照らし、淡い雰囲気を身に纏わたせていた。純白の髪に整った容姿、静寂の中に感じる美しさ。
私を見て一瞬、驚いた素振りを見せた男子生徒は何かを言いかける様に開いた口を途中で閉じ、ゆっくりとこちらを見て____
「_______おはよ、夜ノ舞」
____っと、朝の社交辞令を発した。
このやり取りの答えは単純に考えて、彼に挨拶を返す事だ。分かり切った答えなのだが、どうしてもその言葉を口にする覚悟が出来なかった。何故なら私にとってこれが、この天嶺での未体験接触になるからだ。
こんな簡単なことが出来なくて・・・・・・と思いたい気持ちを庇いながら、最も安全を取った。
「_______おはよ」
たった三文字の応答。
(大丈夫・・・・・・バレてないよね? って、今気づいたんだけど声ってどうなの? 零祓は何も言ってなかったけど私たちって声は似てるの・・・・・・・・・?)
早口が頭の中で駆け巡る。
(・・・・・・取りあえず、第一関門突破かな? 零祓・・・これじゃ、割に合わないわよ・・・・・・・・・うん?)
平静で覆った動作で椅子に腰かけると、視線の先で床の落とし物に気が付いた。
(手帳・・・?)
群青色の長方形。大きさはポケットサイズ並みのそれをじっと見つめる。周りに探し物をしている様な人物は見受けられず、もしかしたら落とし主本人も気が付いていないのではないか?
(・・・拾ってあげた方がいいのかな・・・・・・うーん? 下手に動いて目立つのも良くないし・・・・・・・・・)
普通ならここで落とし物を拾うのが最善だと思う____が、それは普通ならだ。今の私は自身の判断で動く事を極力避けたい。この借り物の身体で自我を出すのは何かと面倒なことになりそうだと自己防衛反応が信号を出していた。
他の誰かが見つけて拾ってくれる。そんな期待をしていると隣に座っていた男子生徒がポケットに手を入れてスマホを取り出した。
しかし、それをすぐに机に置くと左右を見渡す素振りを見せる____。
まるで探し物をしている様な仕草が妙に気にかかった。
(もしかして・・・・・・アレを探してるのかな?)
だとすれば、私が拾ってあげた方が早い。それに、彼とは挨拶を交わした仲だ。多少の接触をしても大丈夫だろう。
考えるよりも先に動いていた体は椅子から立ち上がると流れる様に床にある目標へと腕を伸ばす。
____微風が吹いた。
パラパラと左綴じの手帳を一枚、また一枚と浮き上がらせて半分ほど開かせた。
そして、めくられていたページが重力で閉じ始め、断片的だが内容が目に入る。そのどれもが空白で、ほとんど使われていないようだ。
だが、表紙に差し掛かったところで突如、顔写真と文字の羅列が姿を表した。
(・・・・・・これって、やっぱり生徒手帳____)
個人情報に関わる事だと分かっていて、私は視認できる情報だけを読み取った。
貼られている証明写真の顔は間違いなく隣の男子生徒。下記には、学校名と生年月日_______それと、名前が記載されていた。
私は数秒間の間に出来るだけの情報取得を終わらせると、サッとそれを拾い上げ持ち主の方へと向いた。
「これ、もしかして____?」
最低限の意思疎通を図る。驚くことも無く振り返った彼は手に持った生徒手帳を見た後、私の方に顔を向け____
「ありがとう、探してたんだ____」
と、聡明な顔でそっと微笑んで見せた。
私はこれまで、ほとんど異性と関わったことがなかった。だから、こういった反応を返されてもどう反応すればいいのか正解が分からない。同性とも澪以外とは会話をした覚えがないし、友達も彼女以外いなかったのだから。
「うん____」
無難な受け答え。今の私にはこれが精一杯だった。もちろん、夜ノ舞 零祓を演じている以上、彼女の様に振る舞わなくてはいけないのは重々承知だ。でも、彼女は手本を持っていなっかったのだから、これからの私が手本を構築していかなければならない。
自分の席に戻った私は零祓にメッセージを送った。
《無事、学校に入れたよ。 本当、厄介な事を押し付けてくれたね・・・・・・・・・》
送信を押したところで画面を閉じ____
ピンッ_!
「うわっ____」
心拍数を跳ね上がらせる通知音に目を向けると、零祓からの返答だった。
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《それは本当にごめん・・・でも、バレなかったでしょ?》
《そうだけど、やっぱり気が抜けない》
《あはは・・・・・・だよね・・・》
《笑い事じゃないけど?》
《分かってるって! だから、こうして麗亡のメッセージにすぐ反応したでしょ?》
《どうせ、スマホ弄ってたからすぐに気づけたの間違いじゃない?》
《うぐっ・・・そ、そんなことは・・・ない・・・・・・よ?》
《あからさま》
《そ、そろそろホームルームが始まるんじゃないかな。 私、用事あるから またね!》
《あ、ちょっと! 用事って・・・》
《麗亡寂しいの?》
《そんなこと》
《安心して、約束は絶対守るから》
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以降、私がどれだけメッセージを送っても既読になることはなかった。
たまに彼女の事が分からなくなる。元より、素性の謎めいた少女なのは否めないが・・・・・・。
言いようのない喪失感を感じながら、教室の風景を眺めていた。至る所から聞こえてくる話し声や笑い声、ここでも私は一人だと____。
影を落とした顔が今の私にはお似合いだ。
窓辺に映る零祓を横目にホームルームを待っていると、教師と思しき若い女性がドアを開け入ってきた。
(あれが担任の先生かな?)
確認するまでも無く、遂さっきまで談笑し合っていた生徒たちは各自、席に着いてすぐに日直の号令がかかった。
____起立、気をつけ。
立ちあがる。
姿勢を正し、始まりを実感する。
____礼。
一連の動作。それが私の意識を目覚めさせた。下げた頭を起こす頃には、別人として演きていく。こんな場所で立ち止まっているわけにはいかないんだ。
____【死神・ネファス・契約】
そして_______【夜ノ舞 零祓】
完全に彼女を信用したわけではない。むしろ、信用たるものを感じられない。表面上は私との関係を大事にしている様に思えるが、それでも出会って日の浅い人間に心を開くことはまずない。
(____それはお互い様か)
私がここまでしているのは、少なからずの利用価値があるからだ。いくら、相手を欺ける力があろうと、本当の能力を持った存在の前には無力に等しい。
現に今朝の彼女の大鎌に私は一歩も動くことが出来なかったのだから。あれは契約者にしか扱えない致命的武器というほかない。
深みに入りそうな思考回路を中断させ、現在に気持ちを戻した私は、ぎこちない爽やかな感情を抱きながら、知ったばかりの隣のクラスメイトの名を心の中でなぞった。
_______【天厭 偽】と。




