#19
ホームルームは淡々と進み、休憩を挟んで授業が開始された。何の変哲もない時間が五十分、また五十分と続いていく。一限ごとの休憩時間は五分で、聞こえてくるのは他学年の話や好きな女子生徒の話題。仲間内で集まって何かをする生徒もいた。
そんな風景をただ見つめながら、私はこれからどうするべきなのかと考えてしまう。
「「聞いたか! 一年生にめちゃくちゃ可愛い転校生がいるらしいぜ!」」
「「転校生? 今って新学期始まって、一週間ちょっとだよな・・・なんでこんな時に?」」
「「それは知らないけど・・・・・・昼休みにでも見に行ってみようぜ!」」
「「俺は別に興味ないかな~。 それに、ミーハーみたいで嫌だし」」
「「ノリ悪っ_! じゃあ、俺だけでいくからな!」」
教室で一際、声が通る二人の会話は瞬く間に男子生徒の間で持ち切りとなった。
(まぁ、これも好機かな____?)
私に対する注目が薄れればそれだけで良かった。
そして、また授業が始まって終わりを繰り返し時計の針は十二時過ぎを指示していた。チャイムの音と窮屈な時間からの解放で伸びをする生徒、屋上で昼食を取ろうと友人を誘いに来た他クラスの生徒達が活発に行き交う校舎内。
(お昼にするか____)
「あ」
と、そこで重大な事に気づき反射的に零れ出た声。咄嗟に両手で口を塞ぎ横を見た。幸いにも、隣席の天厭 偽はイヤホンを耳に頬杖をつき、目を閉じている。
しかし、安堵したのも束の間、本来の心配事は解決されていない。
(お昼のこと全く考えてなかった・・・・・・購買行ってみようかな・・・)
慣れない学校生活に曖昧な脳内マップ。天嶺は新校舎と現在は使用されていない旧校舎に分かれており、私がいるのは前者だ。
清潔感のある白色の壁と照り返しの良い廊下が特徴的な新校舎。一方の旧校舎は全面木造建築で真夜中の肝試しにはもってこいと言わんばかりの古風な造りとなっている。
階段の手すりを迷わないようにと掴み、位置を確認しながら購買へと向かった私はそこで一人の少女とぶつかった。
「きゃっ_!」
「あっ_!」
急な出来事に受け身を取れず、その場にお互い尻もちをついて転んでしまう。
「ご、ごめんなさいっ_! ちゃんと前を見て歩いていなかったので・・・」
落ち度は私にもある。周囲を警戒するあまり、間近に迫る人影への注意を疎かにしていたのだから。
「こっちこそ、ごめん。 怪我はない?」
謝る少女の前に手を差し伸べると、ゆっくりと私の手を取って笑って見せた。
「ありがとうございます。 優しいんですね」
空色の髪を揺らし、柔らかで清涼感のある少女の屈託のない笑顔から向けられた感謝。
「あ、えっと・・・それじゃあ、私はこれで____」
これ以上の会話が思いつかなかった私は、すぐさまその場を後にしようと半ば強引に話を切り上げる。
「はい、それではまた____」
そう言って、その場を立ち去った彼女。
終始、敬語を崩さなかった彼女の声色は聞き心地が良く、乱れた精神状態を緩和されている様だった。
(・・・・・・・・・うん?)
先程まで彼女のいた場所には見覚えのある物が落ちていた。
(これって・・・生徒手帳・・・・・・)
似た様な出来事に遭遇し苦笑いを浮かべながらも、自然と体はそれを拾いに動いていた。表紙の一ページ目を開け、持ち主を確認すると案の定、先程まで言葉を交わしていた少女の顔写真が貼られていた。
(さっきの子か・・・)
追いかけるにせよ、姿が見えなくなった彼女を探すのは困難だ。勝手の分からない校内をこれ以上、歩き回るのは賢明な判断とは思えない。
それに、学年が違っていた。
「取りあえず、預かっておこう」
ポケットに生徒手帳をしまうと、当初の目的であった購買へと歩き出した。少々、出遅れ気味な気はするが、それでも何か食べておかないと体がもたない。
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「ここなら一息つけるかな____」
昼食に選んだ場所は涼やかな風が吹き抜ける旧校舎一階の木陰。人気のない静かな時間が流れるここは日常と非日常との丁度、境界線に位置していた。
自販機で買った、缶ジュースを開け口に含んだ。炭酸の刺激と果汁の甘みが疲れた思考に染みわたる。軽食にと選んだのは零祓の家で今朝も食べたばかりのサンドイッチ。無意識というのもあるが、私はこれが一番好きだった。
「そういえば、あれから返事きてないな」
スマホが表示するのは日付と時刻のみでメッセージは届いておらず、私は食事を片手間に情報収集を始めた。
____秘特典覧板なら、夜ノ舞 零祓、個人を調べる事が出来るのではないか_と。
サイトに入り、情報売買のページにアクセスした。知りたい情報の有無は対象者の名前を検索覧に入力する事で明確化出来る。ここに載っていなければそれまでの話・・・・・・もし、表示されれば私は_______
私は、どうしたいんだろう?
しかし、疑問とは裏腹に指先は彼女の名前を一文字、また一文字と入力を開始する。
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よる|
夜|
夜の|
夜ノ|
夜ノまい|
夜ノ舞|
夜ノ舞 れい|
夜ノ舞 零|
夜ノ舞 零はらう|
夜ノ舞 零祓う|
夜ノ舞 零祓|
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そこで止まった。
検索する事は、彼女を裏切る事と同義になると潜在的な良心がそれ以上を止める。仮初の交友関係であったとしても、自発的な行動で失うのは____
____ここで何をしている?
張りつめた神経で呼吸をする私に無造作に投げられた問い。
____旧校舎は一般生徒の立ち入りは禁止だ。
教員の見回りだろうか?
木漏れ日の眩しさに目を細めながら私はすぐさま、声のした方へと顔を向けた。
そこに立っていたのは厳格な面持ちでこちらを訝しむ眼鏡を掛けた男子生徒だった。
(・・・なんだろう、どこかで会ったような)
「・・・・・・・・・えっと、昼食を____」
嘘偽りなく、ありのままの事情を話す。
「理由はどうであれ、規則だからな」
「・・・はい・・・・・・では、私はこれで____」
そこまで話して早々に立ち去ろうとする私をその男子生徒は呼び止めた。
「まだ話は終わっていない。 夜ノ舞 零祓」
(_______名前を呼ばれた?)
一気に風向きが変わる昼下がりの午後。瞬時に固まった体。
「無断欠席の件で話を聞く様にと、お前の担任に頼まれてな」
内容に安心しつつも、即座に理由を考えた。
「・・・体調を崩してまして・・・・・・連絡しなかったのは・・・すみません・・・・・・」
「それなら放課後、生徒会室に来てくれ。 必要な欠席届があるから取りに来て欲しい」
「・・・・・・・・・生徒会室?」
「そうか、転入性だったな」
思い出したように声色を変える男子生徒。すぐさま、硬い表情に戻し私の方を見ると再び口を開いた。
_______俺は天嶺高校三年・生徒会役員・現生徒会長の【雨野 椿姫】だ。
____鳥が羽ばたいた。
____木々がざわついた。
____罪悪感が嘲笑っていた。




