第59話 触れてはいけないモノ
「っ! カイン!!」
メルダが見つけたのは、胸を紅で満たして横たわっている最愛の姿。
指先がピクリとも動かず、更には胸は鼓動を鳴らしていなかった。
直ぐにメルダは彼の元へと駆け寄り、自分が使える限りの回復魔術や、アーティファクトを施す。しかし、そのどれもが意味を為さず、刻一刻と二つの終末の針は進み、魔法陣は更に蒼く輝いていた。
「いやぁっ! 目を覚ましてっ、カインっ!!」
『─ ─ ─』
─ ─誰だ? 誰なんだ? 俺を呼んでいるこの声の主は。
─ ─いや、今はそんなことはどうでもいい。
─ ─早く、立て。
─ ─近くで誰かの泣き声が聴こえる。
『─ ─ ─』
─ ─頼む、あの時のように、俺の傷を──────。
「かふっ─ ─」
「?! カインっ?!」
「おいっ! カイン!!!」
口から血を吐き、ゆっくりと瞼を開く。
ぼんやりとした視界には、見慣れた二人の顔が映っていた。
鉄の匂いは俺の鼻を激しく揺さぶり、頭も痛い。
ゆっくりと俺は二人に支えられながら身体を起こし、きちんと目を開いた。
「メルダ……、兄貴……? ─ ─おぉっ?!」
「良かったっ……良かったよぉ……」
俺が意識がまだ朦朧としながらも、二人の名を呼ぶと、感極まったように、メルダが俺に抱きついてきた。 俺の身体が冷えきっているのに対し、彼女の抱擁はとても暖かかった。
「俺、確か刺されて……?!」
自分の身体を確かに貫かれたカインはバッと服を捲るが、血だらけなだけで、傷一つ付いていなかった。
「メルダが回復魔術で助けてくれたのか! ありがとう!!」
「えっ?! いや、……う、うん? 本当に私だったかな? あれ」
兎にも角にも、自分の傷が癒えたことは有り難い。
これで動けるのだから。体力はかなり少ないが、少なくとも彼等に遅れをとるほど遅くは無い。
そう思い、立ち上がったのだが、辺りの景色を見て唖然とした。
「……は?」
「「……」」
周囲は黒緑の樹海の景色から一転、不気味な部屋の中にいた。
そこらかしこに見えるアンティーク、曇った窓硝子、爛れたタペストリー、汚れだらけの紅のカーペット。そのどれもが欠け、朽ち果てていた。
鼻を通るのは強烈な腐敗臭。……嗅いだことのある臭いだ。恐らく、人の死骸の香りだ。そう思った俺は即座に左手で鼻を覆った。
「……ここは?」
「わからない。私達は『紫電』がアーティファクトを使用して召喚した『蒼の魔法陣』が光ったと同時にこの場にいたの」
「『蒼の魔法陣』……? ─ ─! ……もしかして、エルナが使っていた転移系の魔術か……?」
「ああ、俺もそんな気がする。あの時見たやつとそっくりだったしな」
怪訝そうに推理する俺の言葉に兄貴が肯定を告げる。
エルナが俺や、アラシ達を劣龍の元へ行には遠いからとかなんとかで、急に蒼の魔法陣を出現させて、俺達をザイン達の元へと転移させた。でも、あれは魔術では無かったような気もするが……?
とにかく、ここがどこだかわからない以上、警戒するに越したことはない。
「─ ─ま、とりあえず、出るか」
「了解。カインは私達の後ろにいてね?」
「─ ─わかった」
できるだけ足手まといにはなりたくないと願いつつ、俺は立ち上がり、兄貴達と近くの古びた扉へと手をかけた。
一応窓の外を覗こうとしたのだが、やはり見えなかった。それは曇っているからという理由ではなく、おそらく硝子にも『幻覚魔術』が施されていたからである。
ギィィ……、と木材が軋むような嫌な音を鳴らし、扉は開かれる。
扉の先にあったのは、長い廊下。とても長く続いており、右も左も、どちらも果てなんてものが見えない。もしかしたら、果てなんて無いのかもしれないと、そう思った。
「どっち行く?」
「うーん、本当に終わりがあるならいいけど……。とりあえず右からで」
メルダが逡巡を見せながらも、俺達は右の廊下へと進んで行った。
右手側には、模様入りの壁。左手側には曇った硝子。
模様入りの壁には何やら古い壁画のようなものが描かれていた。
「……? 何だこれ?」
「剣と、杖、かな?」
壁の一番上に描かれていたのは双剣と、杖。
下の方には『龍』のようなものや、『魔』と思わしきものも描かれていたり、竜と、狼が争ってる絵─ ─『竜狼大戦』だろうか?
そして─ ─
「『古代文字』……、読めるか? メルダ」
更に下には『古代文字』。たしか1300年前、【魔導王国アリマドス】という国が創造した文字とされており、古い文献は大抵『古代文字』で綴られている物が多い。
確か280年前の『機構兵事件』で滅んだとされている国。あまり詳しくは書いていなかったが、自分達で作成した兵器が暴走し、たったの一晩で国が滅んだという。
……栄えてた国一つ滅ぼすなんて一体どんな兵器だよ。
「うん。読んでみる」
彼女は綴られた文字に視線を向け、ゆっくりと口を開いた。
「─ ─【往昔、世界は栄華を極めたり。魔導は我らが世を豊かにし、百工と商業は興隆を極め、天下は久しく平穏に浴せり。時に『英雄』と称される者ら現れ、国を救い、万民を塗炭の苦しみより救うこともありき。然るに一朝、甚だ邪悪なるもの、この土に産み落とされん。邪悪は世を己が箱庭としか見做さず、英雄らを悉く殺戮、追放し、国家の秩序を覆し、果ては生きとし生けるものの種族の理をも狂わせたり。この邪悪を討ち滅ぼし得るのは、ただ一人にして唯一無二なり】」
「「─ ─ ─ ─」」
「【我らは今、『忘却の英雄』がその宿命の道を歩み出でんことを、伏して待望し奉る】─ ─ここで終わってる……」
誰が綴ったのか、何のために綴ったのか、真意は何か。
俺達にはその全ては理解出来なかった。
とりあえずメルダが自身の紙にメモはしてくれた。冒険者ギルドにでも出して、クエストとして発注しようか?
……いや、これは普通の人々に公開してもいい情報じゃないような気がする。
「なんか……色々わかんねぇな」
兄貴が古代の文字列共に疲弊しながらも、その真意を確かめようとする。
「大昔でっかい国があって、『英雄』がいっぱいいて、平和だったけど、『邪悪』って奴がぶっ壊したってこと……か……?」
「多分そんな感じだと思う。でも、私が一番気になるのはこの─ ─」
「「「『忘却の英雄』───」」」
何故かこの【英雄】だけが、『二つ名』が付けられ、他の英雄達と明確に区別されている書き方をしていた。
意味は、『忘却の英雄』が来るのを望んでるって事か……?
……いや、少し違うような気もするが……
「……とりあえず、ここから抜け出そう」
「そうだな。ここが何処だか分からない以上、留まるのは危険だ」
「でも、どうするんだ? 左右果てしないぞ?」
俺達の前に広がるのは、先の見えない廊下。
もはや、第81階層と同じ─ ─否、それ以上の圧迫を感じていた。
暗くもないし、別に狭すぎるというわけでもないのだが……『果てしない』という部分に、自然と恐怖しているのかもしれないな。
「……とりあえず、このまま右にすすもう」
「りょーかい」
「わかった」
そのまま俺達は一歩ずつ慎重に謎の空間を踏みしめていくのであった。
◇◆◇
「? ……扉?」
数時間程度進んでいくと、俺達の右側に古びた扉が見えた。
今まで俺達が一番最初に来た部屋以外に、部屋なんてなかったのに。急に俺達の前に現れるかのように鎮座した。
「……気配は……ねぇな」
「でも油断はできない。貴方の察知能力ですらすり抜ける奴がいてもおかしくない……!」
俺達はそれぞれが鞘から剣を引き抜き、刀身を扉へと向ける。
兄貴を先頭に、ゆっくりと扉に近づく。
「……開けるぞ?」
「うん!」
「ああ!」
ギィィィ……と、また木材が軋むような嫌な音を鳴らす。
扉の先にあったのは───
「え────」
驚いた声を漏らすのはメルダ。それも無理はない。
先にあったのは、石の階段だった。それも、下へと続く。
「……出口じゃなくて……、入口……」
「……こ、ここは……何階層なんだ……?」
俺が不安そうにメルダに聞くと、返答は絶望的な物だった。
「し、知らない……」
現在、『天長の円卓』が到達している最高階層は─ ─『第88階層』。その、最強クランに所属している彼女が、知らないと言ったのだ。
俺と、兄貴は─ ─顔を青へと染めた。
ここは少なくとも、『第88階層』よりも、下の階層。
誰も辿り着けていない─ ─『未到達階層』
その事実に気づいた瞬間、より一層ここに恐怖を感じた。
「……第88階層はどんなとこなんだ?」
「うーんと、確か『氷の檻』って呼ばれてて一面白銀の世界って聞いてる」
聞いてる、という言い方に多少の違和感を覚えたが、俺は続いて質問をした。
「……第88階層までに、こんな廊下なんてあるか……?」
「……ない」
……不味い。かなり、不味い。
救助を待つとしても大前提、第88階層から先は絶対に来ない。
大規模な『潜攻』の準備をして、やっと挑戦出来るレベルの階層だ。助けを待つのは辞めた方がいい。
水分は魔術で何とか出来るが、食料は全てリアと、メギアさんに預けてしまっている。
「……持って三日か……」
現在、魔物を一体も見かけないため、そこまで疲れていないが、ここは深層の更に未到達階層。どんな魔物が出てくるか分かったもんじゃない。幸い脅威度はメルダが測定してくれるため、そこは安心出来るが。
……ザイン達は大丈夫だろうか?
◇◆◇
「先に行けッッ!!」
「っ……! 大将、一人で大丈夫か?」
「──任しといて。僕は最強クランの団長だ」
メルテスは他の第一部隊と、ザイン達を引き連れ、第84階層の入口へと向かった。アルバート一人を残して。
「………、君は?」
「あぁ、自己紹介がまだでしたね。ワタクシの名は『紫電』、アイリス。どうぞ、アイリスとお呼び下さい。アルバートさん」
「以外だね。二つ名だけじゃなく、真名を教えてくれるなんて。……僕に勝てると思っているのかい?」
「勝てると思っているからこうして向き合っているのですよ」
飄々とした雰囲気を纏うアイリスに、アルバートは冷や汗をかく。
正直、勝てるか怪しいのだ。現在、魔力は封じられ、異力も本気では扱えない。単純な技量でしか力が無いのだ。最低限の『覇断』も使えない。
対する相手は明らかにメルダや、ルーク……、あのカールよりも強いと断定した。……本気のラルクよりも一歩劣る程度かな。
「あぁ、そうそう。言い忘れていました」
「……何かな」
瞬時、アルバートは自分の失態を魂が悟った。奴に口を開かせてはいけない。その言葉を口にさせてはいけないと、魂が警鐘を鳴らしていた。
「十八年前の事件を覚えていますか?」
「──は?」
───やめろ
「第85階層でしたかね。当時『氷結の庭園』の団長と、貴方含む『天長の円卓』は一緒に潜攻へ行きましたよね」
「待て───」
───やめてくれ
「そこで『氷結の庭園』の団長──『サリア・ディンス』は不注意により、古龍の亜種──『紅龍』に喰われ、死亡」
「ぁ───」
────ソレは僕の──
「酷いですよねぇ。見ていましたよ? 貴方は彼女が襲われている時、恐怖で動けなかった!!!! そんな屑が世界最強の旗を掲げ、メルダ・ディンスにその事実を何も伝えず、幹部と言う甘美な席に座らせる……、なんて滑稽なんでしょう!?!?」
「──なんで、それを……」
────────。
「だって、ワタクシが紅龍を呼んで、彼女を殺させたんですから!! まぁ、貴方がいるとは想定外でしたが、良かった。恐怖なんていう冒険者にあってはならない物を『世界最強』が持っていて!!!!」
「────」
───お前が
「……お前、が?」
「はい」
「サリア、を?」
「貴方が見殺しにしたんじゃないですかぁ。責任転嫁しないでくださいよ。もし、あの場面で二人が共闘して紅龍に挑んでいたら勝ててましたからねぇ?」
「────」
「見物でしたよ? 助けて、助けてー! って彼女が言っているのに、貴方は助けもせずに傍観。最強が聞いて呆れる!」
「────ね」
「そして彼女は最後の最期まで生きたまま噛まれ、痛みと、絶望と味わいながら天へ───」
アイリスが挑発を言い終える前に、荒々しい剣閃が飛んだ。
当然彼は身軽にそれを回避する。
「おや? 本当の事を言われてキレてるんですか?! 呆れますねぇ?! こんなゴミが『天長の円卓』の団長なんて──」
「────死ね」
アルバートから激しい剣気と、それすらも上回る怒気と殺気を感じられた。それは、まるでカインと、オーサーに操られていたザインと同じ状況のように思える。
今まで優しかった彼が初めて吐いた暴言。彼が暴言を吐いたなんて言っても、『天長の円卓』は誰も信じない。……信じるのはカールと、ラウルくらいだろう。
アイリスは、触れてしまった。
彼は単にアルバートを怒らせ、冷静さを失わせようとしただけだ。
だが、それが裏目に出てしまった。
彼は、触れてはいけないモノに触れてしまった。
「……、怖いですねぇ? こぉーんな人が迷宮区の頂点に立つなんて、迷宮区の底が知れま───っ?!」
話している最中に、緑の神槍が飛び、無理矢理回避しようとしたアイリスの肩に深い傷を負わせる。
「……お前はこの世の苦しみという苦しみを与えて殺してやるよ」
「フフッ! それが貴方の本性なんですねぇ? 皆が知ったらどうなるんでしょうか?!?!」
嬉しそうにするアイリスに構わず、怒気を軽々とぶつけるアルバート。もし、ここにリアやザイン、ユルンがいたらまず間違いなく即死だっただろう。
こうして、アルバート対アイリスの争いが勃発したのであった。
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