第57話 自己境界
ガッガッ、という男が樹海内に響く。
『黒の樹皮』は非常に硬く、一個採るのも大変だ。この音で魔物に気づかれたりもする。
こんな風に。
『ウッキキィィーー!!!』
「『業の炎』」
ユルンの炎によって猿達は次々に蹴散らされていく。
魔術って凄いなぁと思っていると、ユルンは急にベーラさんに連れて行かれ、説教されていた。
曰く、「こういう緑が多い場所で炎系統の魔術を使うな!!」だと。火が周りの木に燃え広がったら大惨事だからである。
ユルンは「ごめんなさい……」と謝罪し、項垂れながらこっちに戻ってくる。
必死にザインや、リアが「しょうがねぇよ」、「初めてなんだから!」フォローの言葉をかけるが、自分が悪いと彼女は言って、その言葉に聞く耳を持たなかった。
こういう学びを得られるのもありがたいなと俺は思った。
さて、次の樹皮を採るかと思ったところ、自分の鼻につんとした匂いが通り過ぎる。ここの階層の匂いに合わない不思議な香り。どこか歪のような気もする。ユルンの炎で燃えた木の香りだろうか?
そんな事を考えていると、周囲からドスドスと重苦しい足音が響き渡る。その瞬間、全員が武器を構え、戦闘態勢に入る
「む……? デカイな……?」
メルテスさんがそう言った直後、俺達のかなり前方から大きな黒い影が見えた。それはとても剛腕で、巨体。人型ではあるが、およそ人とは呼べない者であった。
「王猩猩………しかも、かなり強い個体だね……。ここは僕が─ ─」
「いや、アイツらにやらせろ。大丈夫。なんかあったら俺が助ける」
兄貴はそう言って、俺達を前へと押した。
さっさと行けと言わんばかりに。
俺は剣を、ザインは斧を握り締め、ギラつく瞳をした王猩猩と相対する。
即座にリアが貴方を支える癒しを発動し、俺とザインに付与する。
ユルンは既に詠唱を始めており、準備は万端だ。
『ホッホヴヴゥ!!』
「「ッ─ ─!! 『覇断』ッ!!」」
殺意を周囲に満遍なく漂わせる王猩猩に恐怖しながらも、俺達は同時に『覇断』を奴へとぶつける。
単純計算でランク9下位、7上位相当の威力。緑の閃光が迸り、奴へとぶつける。更にそこにユルンの『暴食の血刃』が直撃する。
シュウウ……と、俺達の総攻撃が土煙を舞わせる。
だが、流石にこれで勝ったとは誰一人思わない。
なぜなら、奴は防御しようとしなかったのだ。
まるで「力を見せてみろ」と言っているかのように。
案の定、土煙が去った後には黒い巨体が堂々と立っていた。だが、流石に無傷では無かったらしく、やつの黒い毛のところどころが抜け落ち、紅い肌が露わになっていた。
つまり、ちゃんと攻撃は効いているのだ。
『ホッホッホホウ!!!』
とても嬉しそうに奴は雄叫びを上げ、次はこちらの番だと言ったかのような顔をし、俺達へと襲いかかる。
最初の標的は、当然リア。弱い奴は要らないと思っているのだろう。
だが、それをわかっていたように、ザインが割って入る。
斧でとんでもない重量の突進を受け止めながら、ザインと王猩猩は視線を交差させる。
「おおおおおおお!!!」
『ヴッホウッ!!』
力勝負でザインは流石に敵わず、吹き飛ばされる。だが、彼が隙を作ってくれたお陰で、俺は奴へと剣を振るっていた。
「『藍』─ ─『ブルースター』!!!」
『ホッ!!』
しかし、俺の剣はやつの剛腕によって防がれる。
剣は確かに奴の腕に当たっているが、俺の膂力が足りないのか、斬断することができず、堅い腕に押される。
「嘘だろ?! おい?! ─ ─がっ……!」
『ヴッホッヴッホッ!!!』
腕は俺の剣を完全に跳ね返し、そのまま剣と共に俺の胸へと直撃する。剛腕の打撃を受け、俺はかなり後方の木へと叩きつけられる。
間に剣が無かったら、本当に死んでいたかもしれない。
白銀の剣を呼んで力を借りようとも思ったが、今回は最悪の場合兄貴が助けてくれるので、それは辞めにした。
兄貴や、アルバートさん達が何も言わずこちらを観戦しているということは、俺達でも勝てる相手なのだ。
その期待に応えるためにも、俺達は奴に勝たなくちゃいけない。
俺はそう思い、木から立ち上がる。
今は必死にユルンが魔術で応戦している状況だが、恐らく後数十秒もすれば、彼女は殺られるだろう。
………何か、俺は奴から既視感を感じた。
どこかで似たような奴と会ったことがある……と。
─ ─そうだ。
俺の脳裏によぎるのは俺の最大の宿敵であり、団員達の仇でもある─ ─オーウェン。
奴はとんでもない破壊力を持って俺と戦っていた。
あの時の感覚を思い出せ。
オーウェンよりも格段に弱いお前に勝てなきゃ、俺の復讐はここまでだ。
………久しぶりにアレを使ってみるのもありかもしれない。コレはいつか使いこなさないといけないとも考えていた。
コレだって、俺の大切な力だ。
だから、俺は─ ─
「おい!!! ゴリラ!!!」
『ホヴ………?』
「こっちに来いよ。一騎打ちしようぜ?」
『…?!』
「ちょ、ちょっと?! カイン?! 一人なんて無理に決まってるでしょ?!」
ユルンの静止がかかるが、俺は奴へ向けて手招きする。
「こっちに来いよ」と意思を乗せて。
興が乗ったのか、奴は嬉しそうにこちらへと近づいてくる。恐らく一体一なら絶対の自信を持っているのだろう。
『ホッホッホヴヴ……!』
「舐めてんじゃねぇぞ? こっちは人間様だ。魔物はいつも狩られる側なんだからよ……!」
『………。ヴヴヴッ……』
意味が伝わったのか、奴は怒りを露わにする。
今度は本気で来るだろうと直感があった。一撃でも、防がずに喰らえばゲームオーバーだろう。
でも、不思議と身体が高揚している。
オーウェンと似た奴と殺り合えるのだ。練習に持ってこいだと思った。
「やるか─ ─」
『?! ホヴ………』
目の前の敵がナニか喋った直後、奴の瞳が深紅へと変貌する。
周囲からは信じられない程の絶対零度の怒気が流れ出し、先程自分が怒り狂った時の殺意はコイツに遠く及ばない。
まさに『幽鬼』とも呼べる存在に、王猩猩は少し恐怖したのだが─ ─
(………?! 俺ガ……恐怖……? イヤ!! シテイナイ!! 奴ハ格下!! 俺ガ負ケルナンテアリエナイ!!!!)
そう、自分を納得させ、目の前の敵へとオリハルコンよりも硬い拳をぶつけるが、奴に楽々と流される。
攻撃を受け流し、俺の真後ろへと立った奴はそのまま剣を振るおうとするが、咄嗟に俺は回避する。
殺意が尋常ではないのだ。万二一つもありえないが、コイツは俺を殺しかねないと、少し考えてしまった。
それが、王猩猩の逆鱗に触れたのか、怒り狂い、激情のままに、カインにもう一度剛腕の打撃を喰らわせようとする。
冷徹な思考以外の全てを『自己境界』で塞ぎ込み、自身の思考を完全な戦闘体制へと移行する。
オーサーと戦った時に一度だけこれを使ったことがある。あの時はユルンが近くで戦っていることに気づいて中断できたが、今回はわからない。
この力は冷徹な思考以外全てを塞き止めてしまうため、敵味方の区別がつかないのだ。
もし、発動して、奴と戦っている最中、ザイン達が視界に入ると邪魔だと言って殺してしまうかもしれない危険性がある。それが怖くて使っていないのだ。まあ、そもそも俺が相手に怒っていないと使えないのだが。
今回は、あのゴリラがオーウェンと酷似しているため、オーウェンだと意識することができるので怒ることができる。前回、ラウルや、劣龍の時はそこまで怒ることができなかった。
怖かった。仲間を傷つけることが。
でも、敵はそんな匙など気にしてくれない。
なら、当たり前に強くならなくてはいけないのだ。
そう、誰が味方で、どいつが敵か見極める力を。
本来、スキルというのは非常に応用がしずらい能力だ。
感覚で発動するため、武器を振るったりするのとはまた全然違う。
でも、強者は皆、スキルを応用する。
例えばアルバートさん。
彼のスキル『異力封殺』は本来放出系のスキルを完璧に防ぐ能力だが、彼はそれを応用して『全身に纏う』ことで最強の鎧を作り出すことができる。
メルダだってスキル『絶対観測』は本来情報を調べるためのスキルだが、彼女は相手の血の流れや、筋肉の予備動作を見る事で、擬似的な未来を見ることができる。
なら、俺だってそのステージに立つには自己境界を制御しなくてはならない。
冷徹な思考に加えて、一人一人識別するんだ。誰が敵で、誰が味方か。
だが、これは危険な賭けだ。冷徹な思考の俺の判断に全て委ねられるからだ。もしかしたら、冷徹な俺はそれをしないかもしれない。
でも、賭けていかないと勝負はできない。先へと進めない。
なら、やろう。
せっかくの機会だ。最悪俺が暴れたらアルバートさん達が殺してくれることだろう。
─ ─『自己境界』
ああ、駄目だ。奴以外の全てが色褪せて見える。
思考が驚く程に冴え渡る。
目の前の敵をオーウェンだと錯覚している俺は光が灯っていない深紅の視線を奴へと思い切りぶつける。
奴はそんな事に恐怖して毛がよだつ。
邪魔だ。敵は斬る。それだけ。
奴は俺に向けて拳を放つが、俺はそれを楽々と『青』で受け流し、奴の後方へとスライドする。
そのまま、でかい背中に緋の剣を振るう。
「『赤』─ ─『ルーケンス・アフェクトゥス』」
『ヴヴァァァァ!!!』
俺の剣が奴の肩を掠めるだけに終わる。
避けられた。ていうか流石に硬いな。浅くしか入らない。
ナニかに触れたのか奴は激情し、俺へと剛腕の打撃を繰り出す。
だが、それすら予想していた俺はそのまま予め作っておいた型を奴の剛腕に振るうのみだ。
「『紫』─ ─『ヴェネナム・ニヒラム』」
『?! ………ヴヴァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』
気持ちの悪いゴリラの絶叫が樹海を満たし、周囲の木々を震撼させる。だが、俺はそれすらも簡単に流し、トドメを刺そうとする。
しかし、奴は全速力で逃げ出し、ヒトがいる方へと向かった。
俺も追いかけるが、目の前には十人程のヒト共。
─ ─邪魔だな
そう言って、一番近くにいた白髪の女を斬ろうとした。
横にいる総髪の男や、他のヤツらが全力で彼女を護ろうとするが、誰も俺がコイツを狙うと思わなかったのか、間に合わない。
そのまま俺は目の前の女を斬ろうとして─ ─
「『カイン』」
『ん? 何?』
『カインは何で強くなりたいの?』
『……その…………』
『なになに?! 早く言ってよー!』
『─ ─君を護りたいからだよメル■』
俺の目の前が白く輝いた気がした。
「ぇ─ ─」
─ ─逸らした。
─ ─全力で。
誰かが驚く声がした。
何?
何故?
俺はコイツを斬ろうと─ ─違う、彼女は仲間だ。
邪魔。
そう、邪魔だ。
俺の道を邪魔する─ ─違う、彼女は■■べき■■な人だ。
さっさと抑えろよ。
自己境界。
お前にはソレが出来る筈だ。
【神山】でそっちの修行もしたんだ。
色くらい見分けられるだろ? ─ ─いや、見分けろ。
「ハッ、ハッ、ハッ…………」
「カイン………?」
心配そうに俺に声を掛けてくれるのは、 ■■■、違う。
■■ダ。違う。意識を保て。
■ルダ─ ─メルダだ。
「お前………呑まれそうになったのか……?」
■■………、■貴─ ─兄貴も俺に心配そうに声をかける。未だに二本の剣を握り、俺を見定めている瞳をしているが。
大丈夫だ。
大丈夫。
みんな覚えてる。
「ごめん、メルダ。いきなり斬りかかって」
「……もう、大丈夫?」
彼女だけは俺に武器を向けなかった。
俺が戻ると確信していたからなのだろうか。
「ああ、大丈夫だ」
俺は自信溢れる言葉を口にして、彼女を横切り─ ─走り出す。
王猩猩の道筋を辿るのだ。大丈夫。そこまで遠くには行っていない。
俺のせいで混乱してしまった皆は、しっかりと俺を見つめている。
俺が暴走すると思っているのか、それとも─ ─
「─ ─よう、遅くなったな。続きを始めようぜ」
『ホヴヴヴヴヴッ─ ─!!!』
全力で威嚇する王猩猩に向けて、俺は白銀の剣を見せつける。
「ほら、第2ラウンドだ─ ─頑張れよ猿」
最後まで読んでいただきありがとうございます!




