第55話 深層
迷宮、第81階層。【深層】と呼ばれる領域。
【上層】や、【中層】には必ず壁に『魔灯石』という明かりが所々に埋め込まれているため、幾分か明るい。
【下層】にももちろんあるが、【下層】は『栄光の緑』など、暗い洞窟のような階層が少ない。だが、【深層】は違う。
第81階層へと降りる階段が、もう見えなかった。暗すぎるのだ。
どんなに目を凝らしても、あのアルバートさんですら見えないと言っていた。
松明や、魔術で火を灯しても光は闇へと呑まれてしまい、そのまま輝きを失ってしまう。
かなり高度な『幻覚魔術』をかけているのだろうか? アルバートさんでも見えないとなると特級魔術……?
……でもあの人なら特級ですら見えそう。
ちなみに何故そんな暗闇に入れたのかと言うと─ ─
「─ ─【精霊の瞳よ、空を開け】」
ベーラさんの声と共に、俺達の周囲約半径50m程が明るくなる。アーティファクト『夜空の灯火』はこのように【深層】ですら周囲を明るくしてくれる優れもの。
先人達が【深層】へと踏み入るために編み出したアーティファクトだと言う。これのお陰で俺達は今、階段を降りれている。
………お値段はなんと一つで50万ボルガ。高ぇ。さっすが世界最強クラン。金持ってんなぁー。
………あれ? デジャブ?
俺達は一つ、また一つと階段を降りていく。
ゆっくりと魔力の濃度が高くなり、吐き気を催す。
そして遂に、階段の最後を降りた。
「ここが─ ─【深層】………」
感想は─ ─ ─怖い。それしかない。
あまりに静かすぎる。物音一つしない静寂の空間だったのだ。
心臓の音が五月蝿い。薄らと漂ってくる気配で分かる。
強すぎる!! 俺なんかよりも強い怪物がうじゃうじゃと湧いているという事実を知ってはいたが、実感してしまい、迷宮という深淵の恐ろしさに久々に触れた気がした。
初めて迷宮に入る時はもちろん怖かった。まるで知らない、未知。聞いた事はあるが、あくまでも聞いただけ。実際に見るとまるで違う。
本当に死ぬかもしれない空間、下に行けば行く程逃げ道は遠くなる。その事をランク3になり、迷宮に一歩踏み入った時に再認識した。ちなみにその後ザインと初めて出会った。
今、それと同じ─ ─いや、それよりも恐怖に心が満たされていた。
「ハッ……ハッ……ハッ………」
「落ち着け。大丈夫だ」
動悸が激しい俺に兄貴は優しく、ポンと手を肩に乗せる。
そのおかげか少し収まり、平常心を取り戻した。
……てかスキル使えば良かったな、と冷静になった後に思い出し、恐怖心を最小限に抑えるために(流石に恐怖心0は逆に危険なため)スキルを今、発動させる。
「よし、作戦通りカイン君達を囲うように移動しよう」
アルバートさんの声が暗い迷宮に響き、遂に移動を開始する。
俺のようにスキルを持っていないユルン達は未だにこの空間に恐怖していた。
ゆっくりと歩みを進めていく。あまりに閉鎖的な空間。横幅は5m程しかなく、ずっと一直線だ。こんな場所にもし、魔物が来たら戦いづら過ぎる。
「─ ─アル」
「うん、分かってる」
兄貴はアルバートさんに頷きを返した。
一体何を─ ─
キィン─ ─と、静かな音が俺の耳を殴った。
いつの間にか目の前には人影。─ ─ケリオスさんだ。
何故俺の前に、そう思ったのもつかの間。
「っ───?!」
「………構えてください、カインさん……!」
小さいナニかが無数に俺達に襲いかかる。先程の古代兵器のオリハルコンの羽のように鋭利であり、目でギリギリ捉えられる速度で全てを蹂躙しようとしてくる。
礫………? いや、違う。生き物だ!
図鑑に載っていた『神速鳥』だと、思い出す。
こいつは深層域にのみ生息しており、迷宮内でも三本の指に入る程の速度だと言われ、数々の【深層】へと踏み入る冒険者を屠ってきた怪物。
別名、初心者狩り!!
もはやこの階層へと踏み入った者への洗礼とも言える。だが、これで【深層】の中でも弱い方の魔物だ。
今までとはまるで別次元の域。最初の一撃は即死寸前だったが、なんとかケリオスさんが俺の攻撃を弾いてくれた。
「ぉぉぉおおおおおおおお!!!!!」
斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬るッッッッ!!!!!
自己境界があって本当に助かった。これがなかったら冷静さの欠けらも無い思考だけで神速鳥を斬るというなんともまあ無謀な事を行う所だった。
やっぱり、普段の心も冷静にしとかないといけないのに、俺はスキルに頼りきり。
………まだまだだな。
俺の前にアルバートさんや、ケリオスさんがいるとはいえ、流石に全ては捌ききれないのか、俺の方にも大量に襲いかかる。
ちなみにユルン達や、は俺の少し後ろでルークさんと、メルテスさん、兄貴が必死になって守っている。メギアさんと、ベーラさんは魔力障壁を大量に出して防いでるようだ。
つまり、俺は一人でこれを乗り切らなければならない。 既に300は斬った筈だが、一向に止む気配が無い。
少しずつ、俺の捌きが緩くなっていき、身体に傷が増えていく。
一番ヤバいのは目だ。目だけは当たってはいけない。
………あんまり使いたくなかったけど、止むなしか。
(ファトゥムさん助けてほしいっす! もう限界っす!!)
『…………お主、余を都合のいい道具と思っておらんか?』
(いーやいやいやいや! マジ、『りすぺくと』だっけ? してますって!!)
『…………はぁ、少しだけだぞ』
(感謝!! マジで感謝しまぁーーーっす!!!)
『…………………………』
少しイライラした雰囲気が流れてくる─ ─否、だいぶイライラした雰囲気が流れてくると共に、白銀の剣から確かな力が俺へと伝わる。
恐らく俺の身体が耐えられる程度の力だろうが─ ─充分だ。
「ぁぁぁあああああああああ!!!!!」
「! ………流石、カールの弟だね」
自分に襲い来る有象無象の鳥共を一本の剣で次々に落としていく。一体一体正確に、動体視力を最大限で使うんだ。
少し、ほんの少しだけだが、奴らの速度が─ ─世界の速度が遅く見える気がする。だが、今はそのほんの僅かでも今は有り難い。
400、600………1000と斬ったところで、神速の嵐は収まった。即座にメギアさんが怪我をした者達に回復魔術を施していく。
負けじとリアも、俺や、ザイン、ユルンの傷を癒していく。
「─ ─これが【深層】かよ………。まだ入って30分も経ってねぇぞ……?」
「【下層】とは次元が違い過ぎるな……」
ザインのしわがれ声に俺も肩で息をしながら応える。
そう、ここはまだ入口に過ぎない場所なのだ。第一部隊の人達や、兄貴はまだまだ余裕がありそうだが、俺達は今の場面だけで精一杯。
………壁が高すぎる。
◇◆◇
「やっと広い場所に出た………」
「油断しないでね。第81階層は別名『黒の棺』。【深層】で一番死者数が多いのがこの階層なんだから」
クチャクチャと、咀嚼する不気味な音が耳を通る気がした。気のせいだろうか、という言葉は口にしない。なぜならする必要が無いから。
だって、目の前には黒く蠢くナニかがそこにはいたのだ。
「………! ………『上位狼』の群れ!」
『グラウッ!!』
黒く蠢くナニかは、奴らの漆黒の瞳が光っていたからであった。約40匹程度の上位狼がゆっくりと俺達を囲うようにして、迫って来る。
「あ゛ー、そろそろ俺も働くかぁ………」
「手伝おうか?」
「いや、一人で充分だ」
アルバートさんが心配するが、兄貴は大丈夫だと言うことを伝え、奴らの前へと一歩踏み出る。
二本の剣─ ─『魔壊』を握りしめ、少しづつ黒の剣が緑に覆われていく。
「─ ─開花────『緑乱舞い』」
瞬時に迷宮に緑の花が咲き、花吹雪を舞わせていく。
上位狼達は次々と花びらの嵐へと呑まれていき─ ─最期には、紅い花が散った。
「ちっ……腕上げやがって………」
「やっぱまだ俺の方がつえーな」
「いーや! 今はもう俺だね!!! ランク8さん?」
「あ゛あ゛?!」
ルークさんと兄貴の口喧嘩に皆が呆れながら、一行は先へ先へと進んでいくのであった。
◇◆◇
夢を見た。
私が知らない夢。
人を見た。
私が知らない人。
私と同じ白い髪、同じ白い肌、同じ白い瞳。
それも二人いた。
一人は、長い髪を下ろし、もう一人は髪を二つに分けていた。
貴方達は誰?
何を囁いているの?
二人は私に何か話しかけているようだが、よく聞こえない。
片方は、闇の中。
もう片方は、紅の中から。
声を出そうと必死だった。
でも、やはり声は届かず、どこかへと沈んでいく。
二人はその事を悟ったのか、少し笑った顔でゆっくりと私に近づいてくる。
何をされるのか、分からない。
でも、不思議と怖くなかった。
なんでなんだろう。
私はその問いに答えを持たない。
二人は私を抱きしめ、想いを込めた。
─ ─大好き。
私はゆっくりと水のような何かの中を浮上していく。
対する彼女達はゆっくりと、深海へと沈む。
─ ─待って! 貴方達は誰なの?!
だが、答えは返ってこない。
だって、もう─ ─
夢は終わる。
「貴方は誰っ?! ─ ─ぁ………」
「……んぅ? ……メルダ?」
目が覚めた時、そこは私、ベーラ、メギアの寝室だった。
いつも通りメギアは机に座り込み、クラン内の金銭の仕事をしていた。不思議そうに彼女はこちらを見つめてくる。
私の横のベッドでは三冊の魔術関係の本を広げて、自分の顔面に乗せているベーラの姿があった。恐らく寝落ちしてしまったのだろう。
「いや、ごめん。ちょっと変な夢見ちゃって」
「……珍しいね? ……大丈夫? ……最近眠れてる? ……明日は久々の『潜攻』だけどいける?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
私は心配する彼女にそう伝え、ベーラの顔に重なる三冊を横のタンスに片付けてもう一度横になる。
やはり、夢だったのだ。
それにしても、不思議な夢だった。まるで白昼夢のような。
そもそも見たこともない人が出てくるなんて初めてだった。
でも、何故か初めて見た気がしなかった。
(あの人達、私にそっくりだった。……こんな夢もあるのかなぁ?)
そのまま私は、明日に向けてしっかりと睡眠をとるのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!




