第50話 音速すらも飛び越して─ ─ ─
「がっ?!」
「まだまだいくよ?」
無理だ。絶対無理。無理無理無理無理無理無理無理無理。
オーウェンなんかよりもずっと強すぎる!
なんであの時二対一にも関わらず負けたのかが分からないくらい強い!!
「……ッ! 『赤────」
「遅いね。『女神の閃光』」
「ッッッ?!?!?!」
目に全く捉えられない速度でアルバートさんが俺の脇腹を優しく斬った。
今手加減してくれなければまた死んでいただろう。
もうすでに20回は死んでいるのだ。
「あちゃー、これじゃあまるでイジメだろ…」
「しゃーない。断らなかったんだから」
「いや、あれじゃあカインも断れないよ…」
ルークの嘆息した声にカールが否定し、それを更にメルダが否定する。この三人は昔から特に仲が良く、目の前の戦闘の光景に盛り上がっていた。
アルバートはすでに途中から剣すら使わず、素手で渡り合う────否、完全に赤子の手をひねっている。
対するカインは既に肩で息をしており、目に見えて負けていた。
「ハァ……ハァ………。手加減って……知ってます……?」
「僕の教科書には載ってないかなっ!!」
今回はリアの強化魔術や、ファトゥムの力も借りていない純粋な今の俺の力だけで戦っている。
その結果がこれだ。
相手が悪いというのもあるが、何もできていない。抵抗すら全く出来ていないのだ。
今までは他者の力を借りてあそこまでの力を得ていたに過ぎない。もちろん、他人の力を借りるということは俺が過去に誓ったことだが、それでも自分の力は必ず必要だ。
だから、せめて─────
「────一矢報いてやるよ」
「…!! 雰囲気が変わったね……!」
ポンス・イリディスは今の俺では使えない。なら、今出せる最大の奥義なんて決まっている────!!!
「『覇断』ッ!」
俺の剣が不可思議な緑の光を帯び、その状態のままアルバートさんへと振り下ろされる。
これでいけなきゃもう無理だ!!
「へぇ…。いいね。じゃあ僕も同じ技でお応えしようか」
「────────ッッッ?!?!?!」
ゾッとするような身の毛のよだつとんでもない悪寒。
今までに感じたことの無いような感覚。無意識に全身が回避行動をとっていた。その速度は何故かいつもより速いような気がした。火事場の馬鹿力と言う奴だろうか。
俺の目に写ったのはアルバートさんの手──────否、手刀が不可思議な緑の光を帯びている場面。
緑は俺の物よりもずっとずっと濃く、恐ろしかった。
「おい! アルバート! 流石に死んじま─────」
ルークさんの声と、メルダの悲鳴が聞こえたような気がするが、俺の意識はそっちに向ける暇がない。
このコンマ数秒の間に、あの馬鹿みたいな威力の攻撃を相殺するか、躱さないといけないのだ。
自己境界のおかげで頭は冷静なので、本当に感謝している。
相殺して、防ぐ…? 不可能だ。簡単に砕かれる。
避ける…? 間に合うかが分からない。避けようとしても攻撃範囲がどの程度か分からない。
どうするか─────?
「?! ハハッ! 面白い────!!」
「がっっっっ──────────────」
酷い劇痛が俺の腹を蝕んでいた。
流石に素手なので真剣よりは全然マシだが、それでも痛いものは痛い。
「面白いね! 全ての異力を僕の攻撃が当たる部分に集めて攻撃を緩和させたのか!!」
『おお!!!』
周りからは歓声が上がるが、ただ攻撃を防いで、立っているだけなのだ。
彼に傷をつけたわけでもなく、彼の攻撃を回避し、そのまま攻撃に転じたわけでもなく、ただただそこに、立ったまま蹲っているだけなのだ。
恐らく、今のは彼の通常攻撃にも満たないと、俺は確信していた。
だってそもそも剣使ってないし。
俺はそんな彼に傷一つつけられていない。
「うーん、やっぱりハンデ必要かな?」
「当たり前だろ……。今更かよ…」
「…アルバートさんって弱いものいじめが好きなんですね。……今後はちょっと距離とらせてもらいます」
「大将!! あんたも大概に酷い男だな!!」
「ちょっと待って、ルーク。それなら最初に言ってよ……。メルダ? 誤解があると思うんだ。メルテスは自分が僕の事を貶してる自覚あるかな?」
ルークからはジト目が送られ、メルダからは軽蔑を。メルテスからはいつも通りの視線がアルバートへと送られた。
ちなみに横にいたザイン達も彼に対してジト目をプレゼントしてあげた。
そんな中、カールは未だにカインを見つめていた。
「で? どうする? ハンデいる?」
「…、……いらない………です………」
すでに満身創痍なのに何を言っているんだと、この場にいる兄貴を除く全員の視線が俺に向けられた。
……もう少しだ。もう少しで掴めそうなんだ。
「そうか。分かった。じゃあ…いくね?」
「─ ─ ─ ─」
アルバートはそう言って、カインへと右拳を放つ。
カインは当然回避しようとしたが、全ては避けられず、頬に傷を負ってしまう。
だが、左拳は軽々と躱した。
そのままアルバートは、目の前の男に蹴りをいれようとしたが、それも避けられる。
「………は?」
ルークの腑抜けた声が静寂の場にぶつけられた。
「………???? なんで避けられる?!?!」
「カイン……?」
「大将に疲れが…? いや、これは単純に────」
メルテスの言葉を、カールが繋いだ。
「速ぇ………」
避ける。
避ける、避ける。
避けて、避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて避け続ける。
目の前の男が何度も何度も、俺に拳や、脚をぶつけようとするが、一向にきちんとは入らない。
もちろん、かすり傷は幾度か負っているが、その傷のどれもが全く深くないのだ。
なんだろうか。アルバートさんの動きが前より遅く感じる。
…………………………いや、
俺の速度が、上がってる…?
「は、速い…」
「何…? あれ…?」
「アルバート団長が速いのはともかく、なんでそれにあいつは追いついて………いや、追い越しているんだ?!?!」
団員達の不思議めいた声が段々と周囲に伝播していき、カインは何者なのか不思議がる。
だが、彼をよく知る者達ですらその状況を理解できていなかった。
「捷すぎじゃね……?」
「まるで光みたい……」
「カインに魔術がかかっているわけじゃないみたいよ?」
「…………最速と同等…いや、流石にそこまでじゃないが…捷いな…?」
ザイン達は彼の急激な『捷さ』の成長に頭が混乱していた。
カールは冷静に弟の速度がどの程度のものか推し量っていた。
「……? どこかで見たことあるような…?」
なぜだか不思議な感覚に陥るメルダは、そのまま愛しき人を目で必死に追いかけるのであった。
◇◆◇
速い。速すぎる。
「嘘?! これも駄目か?!?!」
僕よりも速度は多少上回られているという事実に目を見張った。
速さだったら今まではケリオスにしか目がいかなかったけど、彼も僕を上回っているという時点で、相当凄いことだ。
恐らく、この場にいるランク8以上しか、彼の速度を目で追えないであろう程、速かった。
「『ディペンダー流』…………『覇黄』─────」
「させないよっ!!」
彼は剣を右手のみで握り、僕へと切っ先を向けてくる。
技を放たれる前に、彼の腕へと手刀をぶつけようとするが───────間に合わない。
「─────────ッ!!!!!」
「─────『ヴェールム・ハスタ』」
『女神の閃光』をも、圧倒的に越した速度で放たれた突き技。それは音速すらも超えていた。
自分の攻撃が間に合わないと思ったアルバートは回避しようとしたが───────
「?! ハハッ! 驚いたよ!! まさか─────」
「アルバート団長に……傷が…?」
そう、アルバートの美しい顔の頬には傷が着いており、少しずつ血が流れていた。
奇跡とも言えるが、そこはカインが食らった右拳と同じ場所であった。
「──────す──」
静寂に浸って、満たしていた周囲の空気は急に一転して───
「すっげぇぇぇぇっっっ?!?!?!?!?! あのアルバート団長に傷つけやがったぞ?!?!?!」
「そもそも、アルバート団長が怪我してる所なんて滅多に見ないのに………」
「てか、あいつあれでランク7なんだろ?!?! おかしいだろ! 普通に!!」
団員達から、カインへ歓声と称賛の嵐が飛び交った。
ちなみに当の本人は『黄』を放った後に、その場に倒れていた。
アルバートは先程から呆然としながら、自分の頬の傷に何度も何度も触れている。
「マジかよ……、あいつアルバートに傷入れやがった……」
「カインなんだから当然でしょ!!」
「私も一度手合わせしたいものだ!!」
ルーク達も、カインに対して驚愕の笑みを浮かべていた(メルダのみ恍惚)。
「カインなんだから当然よ!!」
ここにもメルダと同じような女性が一人。
「あいつ【世界最強】に傷つけたぞ……?!」
「……昔から捷さは凄かったし………それで納得しよう! うん、うん!!」
「「……………????」」
この状況に疑問を持つ者は二人。
カールと、アルバートだった。
カールと、アルバートからすれば成長があまりにも速すぎるのだ。カールはいつもみていたのでともかく、アルバートからすれば実力を隠していたとしか思えない速度だ。
だが、隠していたならばもっと早くに晒していたとアルバートは思った。
なぜならボコボコにされる前に出すべきだからだ。苦痛を味わってまで実力を隠す理由がない。
カールと、アルバートにとって理解不能のまま、戦闘は終わったのであった。
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