第47話 エピローグ 【英雄】
「うっ……」
目を開くと、そこは黄色いテントの中だった。
隙間から流れるそよ風は心地よく、いつまでも寝ていられそうだ。
俺はどのくらい寝ていたのだろうか、龍は────倒せたのだろうか。
不安に思いながら、ベッドから起き上がり、近くに置いてあった服を着用する。
テントの入口まで歩いて、入口の幕をひらいたのだが───
「【英雄】カインさんのお目覚めだぁーー!!!」
「カインさーーん!! 俺達の国を救ってくれてありがとうーーー!!!」
「第二の【英雄】に祝杯を上げろーーー!!!」
「……へ?」
何がどうなっているのか、さっぱり分からなかった。
周りには沢山のテントと、大勢の民衆がいた。
【英雄】……? 一体誰のことを……
「起きたのね、良かったわ。【英雄】カインさん!」
後ろの方から声がして、振り返ってみると、そこにはユルンを筆頭に他の面々も集まっていた。
「……? 【英雄】? あ! そうだ! 龍はどうなった?!」
焦ったように問いかける俺に対して、彼女は落ち着いてと諭した。
「龍は完全に消滅したわ。もう復活することは無い。貴方のおかげなのよ?」
「いや、実際トドメを刺したのはお前だ、俺は皆に助けられて奴を斬れただけで、殆ど何も────」
「ああ! うっさいわね!! あんたはもう【英雄】なの!! この国を救った【英雄】!! 民衆が言ってるんだから受け入れるしかないのよ!!!!」
すんごい剣幕で俺に近づいて、怒鳴るように【英雄】という称号を授けてくる。
……俺に【英雄】なんて呼ばれる資格はない。【英雄】なんて奴が復讐を果たす為だけに、民を救ったなんて……
「あのなぁ、【英雄】ってのは名前だけだ。そんな大したもんじゃねぇよ」
「……ガルムさん……」
俺の肩に手を置き、先代の【英雄】として優しく語ってくれたのはザインの父、ガルム・ヴァウスト。
全身が傷だらけで、松葉杖を左手で持ちながら俺に話してくれる。
「俺だって、あんな屑ムーブをかましてんだ。【英雄】なんて称号は、ただの名前に過ぎねぇ。だから、そんな気負わなくていいんだよ」
そう言って、ザインの方へ視線を送る。
対するザインはまだわだかまりが解けていないのか、そっぽを向いてしまった。
……なんか珍しいな。ザインのあんな表情。
ガルムとは逆方向を向くザインの顔は真っ赤だった。
クランの時ですら、滅多に見ない羞恥心。
……珍しいものを見た。
「ほら、応えてやれよ。俺たちもさっきめちゃくちゃ祝われたから、後はお前だけだ」
「で、でも……」
「うっせぇな、いいから行けッ!!」
兄貴はそう言って、俺の背中を蹴飛ばし、今も尚歓声を上げている民衆の中へと吹き飛ばした。
いや、全身傷だらけでめちゃくちゃ痛い状態にそれはないって!!
飛ばされた俺は、民衆の手のクッションに支えられ───捕まる。
そして、歓声の雨に晒される事となる
「あ、あのー、俺はそんな【英雄】なんて大層なもんじゃないって言うか……」
「何言ってんだよ兄ちゃん!! お前があの龍を全部斬ったの俺は見てたぜ? 今更逃げようとすんなよ!!!」
「そうだそうだ! あんな剣技初めて見たぞ?! 今度教えてくれよ!!」
「そう言えば、カイン・ディペンダーって、元『七色のテラス』団長だろ? 確か『黄昏の孤島』の事件を解決したって一時期話題になってたよな?!」
「い、いや、あれは俺もよく覚えてないって言うか……」
「謙遜すんなよ!! なんであんな強えーのにランク7なんだ?! ギルドはさっさと上げればいいのによ!!」
「じ、実績が足りないんで……」
「実績ぃ? 今回ので充分だろ!! さっさと最上位冒険者の仲間入りしろよ!!!」
「んなもんどうでもいいんだろ。【英雄】さんは。それより、さっさと宴にしようぜ! くよくよしててもしょうがねぇしよ!!」
「そうだな!!」
「え、その、俺あんま酒飲めないって言うか……」
「よっしゃ!! じゃん、じゃん、持ってこーーーい!!!」
歓声を大量に浴びせられ、更には宴まで開くらしい。
ふと、ユルン達の方を向いてみると……既にジョッキ準備してやがる……容易周到だな。
でも、嵐と、エイナの姿だけは見えなかった。
まあ、300年ぶりの再会だしね。色々と2人きりで話をしたいんだろう。
そんな事を考えていると、いつの間にか俺の右手にジョッキが握られており、横にいた大男がなみなみと酒を注いでいく。
「い、いや、その、俺そんなに飲めない───」
「よぅーーーし! いっくぜーー!!!」
『おう!!!』
待て待て、俺こんなに酒飲んだら死んじゃうって!!!!
クランで初めて酒飲んだ時も、3口でダウンしたって!!!
「新しい【英雄】の生誕に!!!! 乾杯!!!!!」
『かんぱーーーーーい!!!!!!』
そこから先はよく覚えていない。
なんか無理矢理酒飲んで、デロッデロに酔っちまって……
なんか腕っ節を試したいとか言い出したやつが、俺と殴り合いになって……
とりあえず、宴は三日三晩続いていたらしい。
◇◆◇
「うっ……頭痛え……」
目を開くと、また黄色いテントの中だった。
多分寝ちまった俺を誰かが運んでくれたんだろう。
「入るよ」
そんな声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。多分酔いすぎて、幻聴が……
「ん? 大丈夫かい?」
「フッ……まさか夢にまでチュウニビョウ野郎が出るとはな」
「キェェエエエエエェェェェエエエエエエエエエ!!!!!」
そんな大きな奇声を聞き、飛び起きた俺の目の前にいたのは─────この国の王国騎士団、団長、ラウル・ブルムドアだった。
今も鎧を装着していた。……そういえば、こいつは宴会にいなかったな。
「……今まで何を?」
「新しい王を決めていたんだよ。今代の王は龍の余波で死んでしまったらしいからね」
「……」
その妙な言い回しに、俺はゾッとした。
証拠なんてない。残っているはずもない。でも……
「……もしかして、お前が────」
言葉を紡ごうとした瞬間、彼の人差し指が俺の唇へと当てられ、物理的な口封じをされる。
「そういうのは、分かってても言っちゃいけないんだよ?」
「─────」
「さて、とりあえず代理の王は俺だから、さっさと次の王決めないとね」
そう言って、入り口へと向かって───立ち止まった。
「……ちなみにこれは独り言だが、今までの事が全部バレて教皇帝は牢獄行き、王も民にソレを隠していた事が広まってしまって、墓に泥を塗られている」
「……広めたのはお前なんじゃないの────」
その瞬間、ヒュンと音が鳴り、俺の首筋に剣が突きつけられる。
本気の殺意。今の彼からはあの時のおちゃらけた雰囲気は感じられない。
一体何が目的なんだ……?
「ちょっと黙ろうか」
「っ……」
絶対零度の声。猛獣ですらたじろぐ冷たい声と、視線。
俺はその場で硬直していた。
ふと、彼の腕を見ると、未だに俺が与えた傷が残っていた。
だが、もう俺は彼に勝てる気がしない。
何か呪縛から解き放たれたような───
「じゃあな。カイン……いや、【英雄】さん。またどこかで会おう」
─────檻から出してくれてありがとう。
パサリと幕が降りる音を立てて、彼はこのテントから出ていった。
俺はただベッドに座り、固まっているだけだった。
◇◆◇
「んで? もうここでやることは無いのか?」
「あぁ、いつでも行けるよ」
兄貴の問いかけに対してそう答えた俺の視線の先には、この国に来た時に乗ってきた馬車。
ザイン達は既に乗車しており、ぐっすり眠っている。
……酒を飲みすぎたらしい。どんだけ飲んだんだよ。
ちなみに、俺も一応誘われたが遠慮しておいた。お酒強くないし……
「じゃあ、使うわね」
「……あぁ、頼むっ……!」
後ろを振り向くと、ユルンがアラシの呪縛を解き放つ瞬間だった。
彼女はアラシの額に手を当てて、瞼を閉じている。
嵐はそれを震えながら受け入れる。
「『異能破壊』」
「……終わった……のか?」
「ええ、これで貴方のスキルは無くなった筈よ。試してあげましょうか?」
そう言って、ユルンは背負っている矢を取り出して、嵐の腕に突き刺す。
「?! 痛った?!」
「どう?」
「っ……! 再生……しない!!!!」
彼の腕からは未だにドクドクと鮮血が流れており、どこまでも止まる気配は無かった。
普通なら最悪だが、彼にとっては夢であり、やっと訪れる幸せ。
「うっ……、ありがとう……俺なんかの為にわざわざ……」
「いいのよ。別に一生使う気無かったしね」
泣きながらユルンに感謝の意を伝える嵐は本当に嬉しそうだった。
「悪いな、先払いみたいになって」
「別に。元々アラシさんさえ助けてくれれば良かったので」
緑の長髪をくるくると指で艶めかしく巻くエイナに、俺は視線を向き直した。
俺は、オーサーについてここ数日で彼女に色々教えて貰った。
そのどれもが値千金の情報。本当に助かった。
「お前達はこれからどうするんだ?」
「……とりあえず、【エデンの園】で一旦暮らそうかと。何かあったら呼んでください」
「そっか、色々助かった。ありがとな」
「……いえ、こちらにも利がありましたので」
エイナはずっと、俺に視線を向けずに話してくれる。
……俺嫌われたかな?
「おーい、さっさと行くぞ!!」
そんな兄貴の声に誘われ、ユルンはそそくさと馬車に乗り込んで行った。
「じゃあ、俺も行く。また会おうな」
「…………えぇ」
その言葉を最後に、俺は馬車に乗り込んでその場を去った。
窓からはずっと、エイナとアラシが手を振ってくれていた。
「んで? 迷宮に行くって聞いたけど、どこまで潜るんだ?」
「……行きたがってたろ?」
「?」
一泊置いて、兄貴は次の目的地を告げた。
「第80階層より先……【深層】だ」
「ッ!!」
深層────単独だと、最上位冒険者のみしか立ち入りを認められない超危険区域。
上層、中層、下層とは比べ物にならないほど強い敵がうじゃうじゃと湧くという、地獄。
俺はオーウェンと戦った後、修行するために深層を目指していたが、ユルンと一緒で、やっと下層に辿り着いた程だ。
「俺達は、『天頂の円卓』クラン総出の攻略────『潜攻』に着いて行くんだよ」
「はぁ?! あの最強と?!」
「そもそも深層って殆ど開拓されてないわよね?! 確かギルドの記録では第88階層までしか到達してないって聞いてるわよ?!」
驚く俺とユルンを尻目に、兄貴は当たり前のように淡々と話した。
「あぁ、丁度あいつらも『北の戦線』から帰って来てるからな。まずは軽い腕試しで第83層まで潜るんだとよ」
「なんだ? それとも、こんな絶好の成長場所を逃すのかよ?」
ニヤッと笑い、兄貴はそう問いかけてきた。
そうだ。俺はもっと強くならなくちゃいけない。
白銀の剣は気まぐれだ。オーウェンと次戦う時に力を貸してくれないかもしれない。
だから、自分の実力を高めていかなくちゃいけないんだ。
「いや、行くよ。行って、自分の実力を確かめたい!!」
「……はぁ、カインが行くなら、私も行くわよ」
「へっ、まぁ、行かないって言い出したら、俺が首根っこ掴んで無理矢理連れてったがな!!」
冗談に聞こえない発言に俺達はゾッとしながらも、それぞれ武器を握り締める。
俺は今回の戦いで様々な経験を経た。
深層なら更に、それに『天頂の円卓』の技も盗んでいきたいと思っている。
普通ならマナー違反だが、冒険者の間では当たり前の事。
見て覚えろと言う者だっている。
オーウェン、そして、オーサー。
直ぐに、その頂きに届いてやるからな……!
俺は剣の熱を受け取り、次なる目的地に向けて復讐心を燃やしてくのであった。
「……ごめんね。カインさん、ユルンさん……」
「ん? どうしたエイナ?」
「……いや、なんでもないです……」
悲しそうな双眸はいつまでも馬車を見つめるのであった。
◇◆◇
「────────────!! ────、──────!!」
「【英雄】……? ハッ……」
「忘れられたら、【英雄】とは呼ばれない…………これからは、名の知れない旅人なんだよ……」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
これにて二章終了です!
次話から三章に入っていきます!
初めての深層……カイン達は一体どうなるのでしょうか?!
それは女神様しか知り得ません。
それでは、次の章もお楽しみに!!!
追記
『黄昏の孤島』事件は本編の前のお話で、これから本編で出す予定はありません。
いつか閑話とか外伝で出すかも……?
注:出さない可能性アリ




