第42話 佐久間 嵐
もういい、もういいんだ。
不老不死は損傷も精神的ダメージも回復させる。
つまり頭の中は正常なのだ。
もはや、精神が崩壊してくれれば何も考えなくて済むのだが。
目の前の男……カイン・ディペンダーだったか。俺に何か言っているようだが……
こいつは地獄なんて見たこともないくせに、俺を連れ出して、活かそうとする。
こういう奴は一番嫌いだ………
─────いや、一番嫌いなのは自分か。
今更俺に何しろってんだよ。エイナ? 俊也? 直介? 知ったこっちゃない。俊也も直介も、エイナは…………
「エイナには、こんなみっともない姿なんて見せたくない……」
「言えたじゃねぇか」
俯いていた男はゆっくりと額を上げていき、双眸を見つめ合う。
見つめた瞳は悠久の焔のように、熱く燃えていた。それは復讐の炎ではなく、何事にも曲げられない信念。魂の輝き。
それにしか見えなかった。
「……、?」
「女にいい姿見せてぇんだろ? じゃあこんくらいでへこたれてちゃダメだ」
「ッ!! こんくらい?! ふざけるなよ?! お前は感じたことが無いだろ?! 永遠に地獄を見るなんてことを───!!!」
憤怒───否、激昂。カインのような美しい焔の輝きではなく、彼の炎は、怒りの象徴。これまで全ての地獄を煮え込んだ業火。
今までに幾度もなく折られ、歪められてきた、魂の怨み。
だが、その心を目の前の男は無作法にも踏み潰してきた。
「『女に弱音を吐くな』」
「ッ?! あぁ?!」
「『ひたむきに、前だけを向き続けろ。さすれば、それが───』」
「「『────それが、本物の漢だ』」」
「どういう意味?」
「ハハッ、まだ分かんなくてもいいよ。だが、この言葉は俺達の先祖、『ジーク・ディペンダー』が唱えた言葉だ」
その事を聞いたら【魔女】は酔っ払った時の戯言だろうと、そう長嘆することだろう。
だが、そんな事は彼等は知らない。知らなくていい事なのだ。
彼等が知る『ジーク』は最強であり、【■■】。
それだけ知っていれば、皆の喝へと変わるのだから。
「お前は漢じゃなくて、か弱い女なのか? まぁ、強え女もいるが……」
そう言いながら、目の前の男は横に視線を飛ばす。
そこには赤毛の女が、俺をいつも実験と称して痛めつけていた男が顔を真っ赤に腫らして正座させられていた。
「……」
「……、俺にはお前の苦しみは分からない。分かっちゃいけない」
「……」
「それでも、今のお前は」
「「『かっこ悪いよ』」」
「っ……」
ふと、声が重なったような気がした。
彼女───昔のエイナと。
いや、それは違った。
重なったのだ。
華奢な体に流れる緑の長い髪からは、可愛らしい長い耳が見える。瞳は全てを見透かすようにどこまでも綺麗だ。
ふわりと舞う香りからは、懐かしい女性の匂いがした。
「エ、エイナ……?」
「な、なんでここに?」
驚愕の色を示す俺を一瞥を寄越しながら、凛とした表情を浮かべて彼女は口を開いた。
「元から来る予定でしたし」
「じゃあ最初から来れば────」
「……こっちにも事情があるんですよ」
話すのが面倒くさそうにしながら彼女はずっとアラシの瞳を己の銀に映していた。
「……アラシさん」
「……」
「……アラシさんは………女泣かせですね」
「……、……!?!?!?! ふぇっ?!」
どんな言葉で責められるか覚悟していた俺の前に映ったのは、彼女の悲しそうな、寂しそうな泣き顔だった。
大粒の涙をポロポロと零して、俺を必死に見詰める。
「私ともう……会いたくなかったんですね……」
「い、いや、あの、その、こ、これには、深いわけがありまして───」
「……それは私よりも大切な事なんですか?」
「ぁ………」
その言葉を聞いた俺は己の心を激しく叱咤した。
そうだ、何を忘れていたんだ。あの日あの時誓った筈だ。
何よりも君を大切にすると、幸せにすると。
忘れるなんて自分を殺したいくらい憎い。殺せないのが癪だが。
300年という長く膨大な時間に忘れ去られてしまったのだとしたら、それは自分の彼女への懸想が足りな過ぎるからだ。
「……、ごめん。今まで君の事を蔑ろにして」
「……ゆるしません」
「……、ごめん、契を忘れて」
「……ゆるしません」
「───ごめん。自分を見失って」
「……ゆるしま……しぇん……」
エイナの瞳は酷く潤いながらも、彼を一点に見つめて……走り出した。想い人の胸中へと。
嵐はそれを優しく受け止め、抱く。
300年ぶりの抱擁。だが、彼等はその感覚を忘れてはいない。『魂』が覚えているのだから。
「……ごめんっ……うっ……ごめんなぁ…、いつまでも駄目な俺で……」
「ゆるさないって……いってますぅっ……ぐすっ……」
そこは2人の……2人だけのセカイ。何人たりとも、それに踏み込んではならない。
何故ならば、あんなに幸せそうだから。たったそれだけ。
男は泣きながらぎゅっと女を抱きしめ、女もそれに応えて抱き、男の胸中を雫で濡らす。
誰も触れてはいけない、近づいてはならない。
戦場など、今は彼等にとってどうでもいい。
目の前の想い人だけ見ていれば、それでいいのだ。
◇◆◇
「……そろそろ俺が気まずいんだが……?」
「あ? 邪魔すんじゃねぇよ?」
「さっきと態度が打って変わったな」
凄いいたたまれない状況に陥ったカインはその場をウロウロしているだけで、何も出来なかった。だって気まずいんだもん。
「……さっきは悪かったな。怒鳴っちまって…」
「いや、仕方ない事だろ。あんな目にあってるんだから」
「いや、それでも……」
自分の事を不甲斐ないと思っているのか、アラシは何か礼がしたそうだった。うーん、別にこの戦い手伝ってくれればそれで……
その事を伝えようとしたが、もっと大切な事を伝える事にした。
「……じゃあ、こうしよう。お前がふざけて彼女を悲しませた分生きろ。生きて、彼女を幸せにしろ。それが、『お前にとっての罰』だ」
その言葉をアラシに伝えた瞬間、彼の顔が綻んだ。
綻んで面白そうな笑みを浮かべた。
「───!」
「! ふふっ…」
「ん? 俺の顔になんかついてるか?」
「……いや、本当にお前──カインは、そっくりだよ」
「?」
なんだかよく分からないが、とりあえず依頼達成……?
最悪、今情報だけ聞いて迷宮国に逃げるってのも手だが……流石に胸糞悪いしね。
「私も協力します。まぁ依頼料のオマケだと思ってください」
「オマケがデカすぎて大感謝」
出会った時は分からなかったが、エイナは相当な手練に思える。
魔力の放出量が全く無いからだ。本来どんなに弱くても───例えば赤子でも魔力が多少は放出されるのに、彼女は全くなかった。
それは魔力を完璧に制御しているのと同義。……力任せに俺を脅す事もできたのでは……? いや、考えるのは辞めにしよう。
「んで? どうすればいいんだ? 騎士団の末端兵共はそもそもあの馬鹿みたいな殺気で近づけないし、攻撃しても再生してるみたいだぞ?」
カインの目線の先では、たくさんの騎士達が龍と交戦していた。
だが、大半が殺気にビビってダウンし、それを突破しても魔力濃度の非常に高い瘴気にやられる。
騎士の上位人達は数名間合いに入っている者もいたが、剣で斬った瞬間から奴は再生を始めて、尾で近づく有象無象を簡単に吹き飛ばす。
「え? 勝てんの? あれ」
「勝てます」
自信があるように彼女はそう答えた。
何か作戦でもあるのだろうか。
「まぁ、久々に体動かすな」
「そうですね。私も腕が鈍っています。あ、これ嵐のですよ」
そう言って彼女はどこからともなく槍と杖を取り出した。両方共とんでもない魔力を感じ、俺は少し後ずさった。
あればユルンの『ユグドラシル』や、兄貴の『魔壊』と同じ格だとも感じた。
槍はどこまでも蒼く染まり、先端の鋭利な部分は見たこともない素材で出来ていた。
杖はどこまでも赫く染まり、先端の赫の宝玉はユルンの魔力量を遥かに凌ぐ魔力が凝縮されていると瞬時に理解した。
「じゃ、いっちょやるか!」
「はいっ!!」
二人は尊く手を結び、目の前の敵へ強者の笑みを浮かべた。
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