第41話 龍よ啼け
そこはたった三人だけの空間。
豪奢な部屋で、一般人が見たら「とても趣味が悪い」と、皆が口を揃えて言うだろう。
それほどまでに、宝石や、金銀をギラギラ光らせる悪趣味な部屋だった。
更にそこにかさ増しするように、王冠に大きい宝石や、魔石が埋め込まれている指輪達を身につける肥えた初老の男。
男の双眸からは欲望が滲み出ており、いい印象は受けない。
「お前がこの国一の魔術士か。随分子供だな」
「陛下、畏れながら申し上げます。この者は未だ幼少の身なれど、その実力は真にございます。何しろ、あの特級魔術を単独で行使できるほどの逸材にございます」
と、王の横に立つ執事が説明する。
そんな王の前に立つのは、綺麗な水色の短髪を靡かせる。
顔はとても幼く見える。10~12程だろうか。
とても中性的な顔立ちをしており、見ただけでは男か女か当てられる者は少ないだろう。
「そ、そのぉぉ……、り、リルカ・アスメリカと申しますぅぅ……」
「ふむ、お前、確か特級魔術の中の封印魔術『永久の封魔』を使えると聞いたが、本当か?」
「は、はいぃぃ……つ、使えますぅぅ……」
その答えを聞いた途端、王はニタリと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「そうか、ではこれをやろう」
そう言って、リルカに紫の刃を持つ剣を手渡した。
刀身には謎の文字が刻み込まれており、リルカにはそれが呪印のようにも見えた。
「へ、陛下、こ、これは……?」
「これは『月詠』。刺すだけで相手を完全に支配できる魔剣だそうだ。宝物庫に長年放置されていてな」
「ま、魔剣?!」
「これで、とある部隊を指揮して、教皇帝が実験している『龍』に突き刺し、お前に─────」
魔剣を初めて手に取ってオドオドしているリルカに、とんでもない命が下された。
逆らえば親族は殺すと脅されて。
「支配してほしいんだ」
◇◆◇
「……は?」
「うん? 聞こえなかったかな? コイツは龍。竜なんかよりもずっと強靭な肉体を持つんだよ!!」
龍──劣龍、古龍、英龍、神龍と種類があるが、全てがランク10に指定されている化け物。
見た目は竜に似ているが、性格や、身体能力はかなり違う。竜の上位存在と言っても過言では無い。
目撃情報は非常に少ない。それは、稀に出現するからという理由もあるが、最もは───
見た者は既に龍に殺されているからだ。
「なんでそんな奴がここにいるのよ!!」
「何十年前だったかな? 忘れたけど、今の王国騎士団の副団長さんがね、都市を襲ったこの厄災、『劣龍』を倒してくれてね。その死体を国に回収してもらって、今や実験の道具として働いてもらってるんだよ!」
副団長……恐らくザインの父だろうが…あの人はそんなに強かったのか……まって、ザイン大丈夫だよな?!
心に不安を抱きながらも、俺はマルクの話を聞き続けた。
「それでね、この龍だけが複製したスキルの能力を取り入れることができたんだよ!!」
「……それで? こいつをどうするつもりだよ?」
「どうするか? 別にどうもしないよ。ただコイツを使って実験を進めるだけ」
「へ?」
思ってもみなかった言葉に俺はキョトンとしてしまう。
てっきりコイツを世に解き放って、迷宮国、帝国、更に魔国まで滅ぼそうとしているのかと思っていたのだ。
「だから言ったでしょ? 僕は平和主義者だって。全人類を不老不死にしたいだけだよ」
そう言って、奴は背を向け、龍が入っているガラスを後にして、最初の場所へと戻って行った。俺の事なんて気にも止めていない。
……潮時だな。
「……じゃあ、俺がそこのアラシを奪いに来たって言ったらどうする?」
ここに来た目的はただ一つ。アラシを確保しに来たのだ。彼女───エルナと会わせるために。
だが、次の瞬間、マルクの気配が変わり、ゆっくりと顔をこちらへと向ける。
先程までは自分の好きなことについて語る普通? の奴だと思っていたが、急に身の毛がよだつ程の恐怖を身体が覚える。
「……? ……殺すに決まってるじゃん。……邪魔だしね」
彼の瞳は────漆黒。その『黒』からは好奇心と貪欲さが滲み出ていた。
彼が指をパチン! と、鳴らすと、左側の研究具が置いてある場所の壁が開き、ぞろぞろと、王国騎士がなだれ込んでくる。
「……残念だったね。……いつもここにいてくれるんだよ。……うっとおしいけど」
俺に対する目はもう既に興味が消え失せているという目だった。どうでもいい。目障りだから消えてくれ。と訴えていた。
「……じゃあ、やっちゃっ────」
命を下そうとしたマルクだったが、急に目を見開き、騎士達の方へと視線を向ける。
数名は確かに奴の前に立っていたが、他数十名は彼の後方へと進んで行った。
そう、龍がいる方向へと。
「ッ?! 何をしているんだ?! 君達!! 今すぐこっちに───」
言葉は最後まで響かさせず、騎士の1人が、奴を拘束し、口元を塞ぐ。俺とユルンは何が起こっているのか分からず、混乱していた。
「……申し訳ございません。マルク陛下。これはスミス陛下の絶対の命なのです」
「───?! ───────!!!!!」
奴は口を塞がれ、声を出せないが、龍がいるガラスへと進んでいく騎士達を止めようとしているように吼えていると思えた。
俺は何かまずい予感がし、マルクを取り押さえていた騎士達の首を穿った。
「うっ……人を殺すのは気持ち悪いな……。んで?! どうすればいいっ?!」
「アイツらを止めてくれ───」
だが、既に遅かった。俺が奴の言葉と同時に動き、ユルンもそれに合わせて動いたが、もう数十メートル足らなかった。
騎士達は自分の紫の剣でガラスを砕いたのだ。
パリィィィン!! と、耳を痛める音を鳴らし、ガラスの破片と、液体が床と壁───騎士達に飛び散る。
ガラスは砕け、中からソレがゆっくりと肥大化していく。恐らく魔術で縮小化していたのだろう。
黒いソレはゆっくりと産声をあげるように
────────終末の咆哮が響いた。
『グ、グォォォォ。オォ、ォォォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』
天が啼き、地を揺るがす。
空間そのものが悲鳴を上げているかのような、狂気の破音が、脳を直接揺さぶった。
「ッ?! くそっ!!」
「おいおい、マジかよ……」
「くっ……」
「チッ……」
反応できたのは僅か四名。
音速を超えて伝播する轟音は周辺一帯を壊滅させた。
城は見るも無惨に崩壊し、貴族達が住む家々も原型を留めていなかった。
辺りは絶叫と、悲鳴が曲を創り、混沌が満ち溢れていた。
そんな混沌に降り立つ怪物が一体。
ソレは黒い巨体。全長100メートル程の怪物。
ソレは四本の足で立ち、気絶しかねない程の殺気を放っていた。
ソレは黒い鱗───龍鱗に覆われており、鉄壁を誇っていた。
ソレは口から鋭利な牙を剥き出しにしていた。
ソレは紫色の魔力の瘴気を否が応でも撒き散らし、生き残って、生死を彷徨っていた者達の命を簡単に刈り取っていた。
ソレは口から紫の業火を吐き出した。
それだけで、周辺が火の海へと変貌し、悲鳴がソレの耳を潤していく。
ソレは龍。
龍の中でも最弱の『劣龍』。
ただ、破滅を撒き散らすだけの、劣った龍だった。
◇◆◇
「ぐっ……ゲハッ……」
「カインッ?!」
元いた場所から一キロメートル程吹き飛ばされた場所に三つの人影が見えた。
男は満身創痍で、吐血を繰り返し、女は回復魔術を男に何度も何度もかけていた。
もう一人の男は蚊帳の外で、絶望の表情を浮かべていた。
「ユ゛……ル゛ン……無事…か?」
「うん! 大丈夫! 私も……マルクも無事」
彼女も多少は傷を負っていたが、致命的ではなかった。
破滅の咆哮が放たれる直前。俺は全身全霊で防御態勢を取って二人を庇ったのだ。
ユルンは当然だが、マルクを守ったのにはちゃんと意味がある。
「ユルン……そいつに、あのバケモンの弱点を聞いてくれ」
「……分かったわ」
そう言って彼女は杖を握りしめ、男───マルクの元へと向かった。
彼は両肘、両膝を地に付け、俯いていた。
そんな彼に、ユルンは杖の先端に着いている白の魔石を突きつけ、奴に弱点は無いかと聞いた。
「……終わりだ」
「何?」
「……終わりだよ。……もう、終わりなんだ。……あいつが世に解き放たれたら、誰も勝てない。……あのアルバートが来たって、勝てない……」
マルクは絶望していた。
もうこの国は……いや、世界は終わりだ、と。
だが、ユルンはそんな彼の胸倉をガシッ! と掴み、空へと彼の素顔をさらけ出した。
「何言ってんのよ?! あんたがアイツを創ったんでしょ?! 責任取りなさいよッ!!!」
「……」
「そもそも、あんたは世界の平和を願ってるのに、なんであんな怪物を創ってんのよ?! 意味わかんない!!」
「っ……、あれは僕のせいじゃ……」
「うっさいわね?! 文句垂れてないで、さっさと弱点教えなさいよ! このチビが!!」
彼女は彼に非難を浴びせた。
マルクは抵抗しようと口を開いたが、直ぐに怒鳴られて、萎縮してしまう。今まで人と話してこなかった弊害である。
「そ、そもそもアイツを倒すなんて不可能だ!! 不老不死なんだぞ?! 勝てっこな───」
「じゃあ、さっさと案でも何でも出しなさいこのクソ陰キャァァァ!!!!!」
「……は、はい」
「……」
傍から見ていた俺にはユルンがマルクをいじめているようにしか見えなかったが……まぁ、あんなのを作ったあいつが悪いな。
てか、『陰キャ』ってどういう意味だっけ? 確か異世界人達が……ていうか、そのご本人様であるアラシはどこ行ったんだ?
そう思ったカインは周辺を見てみると─────いた。
案外近くに。
およそ150メートル程先に、正座をして俯いていた。
その絶望の表情は先程のマルクよりも酷いと、傷を止血しながら思うのだった。
一歩ずつ、ゆっくりと俺は彼に歩み寄っていく。
そんな俺を気に目止めず────否、気づいておらず、ただ呆然としていた。
「な、なぁ、初めまして。俺はカインって言うんだが……」
「……」
俺の言葉に彼はピクリとも反応しなかった。一瞬気を失っているのかとも思ったが、彼の脈は正常に動いており、傷一つ無い体をしていた。
「あの……、お前を連れ戻してってエイナって奴に言われたんだよ! だから、一緒に行こうぜ。と言ってもまずはあのデカブツをどうにかしないといけな───」
「……殺してくれ」
「え……」
「もう、どうでもいい。エイナも、■■も、■■も、……。全部、全部どうでもいい……殺してくれよ……」
何処の国か全く分からない言語で彼は言葉をぽろぽろとこぼしていき、暗い表情を変えることは一切無かった。
だが、俺はどこかでこの表情を見たことがあった。
あの日だ───皆が死んだ日。
オーウェンに無惨にも殺されていき、その時は思いっきり自己境界で押さえつけていたが、全てが終わった後、ザインが来るまで病室で皆が死んだ悔しさ────いや、寂しさで全てが色褪せて見えていた。
だが、自分の『想い』を貫くために立ち上がって、前を向き直した。それが今の俺だ。
でも、彼は違う。
もう、ずっとずっと地獄に囚われているのだ。これはあくまで憶測に過ぎないが、恐らく最初の方は抵抗していたのだろう。
だが、散々痛めつけられ、精神は摩耗して行き───こうなった。
俺には彼の心情は理解出来ない─────否、理解しようとしてはいけない。
なぜなら俺はそこまでの地獄を味わっていないから。そんな簡単なことを口走ってはならない。
ならば俺は何を言葉にすればいいのだろうか。
俺は彼の人生など殆ど知らないし、地獄すらも経験していない。
どうすれば……よいのだろうか
最後まで読んでいただきありがとうございます!




