第40話 熱弁
「ここか」
教会は全壊していたが、床に隠し扉が存在していた。
開けてみると、薄暗い階段が地下へと続いていた。
「本当にいるのかしら? そのアラシさんって人」
「……居なかったら俺達どうなるのかな」
ちょっと怖く感じながら、俺達はゆっくりと音を立てずに階段を降りていく。
ジメジメとした空気が辺りを覆い、気持ち悪い感覚に陥った。
「「!」」
階段の先には1つの扉が堂々と佇んでいた。来る者拒まずと言ったような感じだ。
先からは物音がしており、人の気配も感じられた。
俺は剣を抜き、ユルンはこの狭い空間で弓は使えないと悟り、杖を構えた。
神龍から貰った杖らしく、見た目は木材だが、『神木』という【エデンの園】で遥か昔、エルフ達に祀られていたとされる大木の枝から創られたらしい。
名は『聖剣 ユグドラシル』。魔力出力を大幅にあげるのは勿論なのだが、実は特殊能力を持っている。
まぁ、彼女の魔力量だと、その特殊能力を1回でも使えば一瞬で魔力枯渇となって気絶してしまう為、先の戦闘では使えなかったのだと。
一番気になったのは杖なのに聖剣と呼ばれていることだ。
もしかしたら聖剣や、魔剣、神剣は剣では無く、特殊能力を持つ武器そのものに与えられる称号のようなものなのかもしれない。
さてさて、その話は一旦終了。
目の前の敵? に対処せねばならない。
俺はユルンに「先に突入するから、後ろから魔術を発動する準備をしろ」と、手話で伝え、扉から数メートル前まで近づいた。
(行くぞ?)
(うん! 後ろは任せて!)
ザンッ!! と、木材が斬断される音を地下に響かせる。
俺が扉を一振で斬ったのだ。
目の前には────1人の男が、水? いや、羊水? よく分からない液体が入っている筒状のガラス達を前に何やら独り言をブツブツと呟いていた。
「………、……蠱惑蜘蛛の『魅力』すら………。……、…効かないと……ことは…………、………。……だから……、……」
辺りを見渡すと、筒状のガラスは40……いや、60ほど存在しており、中にいたのは───魔物だった。
下位狼、影暴徒、土竜……
中でもかなり大きいガラスの中には、あの赤竜なんかもいた。
だが、それよりも、もっと大きいガラスが一番奥に1つだけ存在しているが、位置的によく見えない。竜だろうか……? でも、何か違う様な……?
いや、そんな事より目の前の男に話しかけよう。
「……あんたは誰だ?」
「………、……。…………、だね。……次は……、…。ん? お客さんかな」
男は聞こえていなかったのか呟き続けていたが、急にこちらを向いて、話しかけてきた。
恐らく聞こえてはいるが、集中力が目の前の魔物に向いていたのだろう。
俺はそれに、ゾワッとする狂気を感じた。
「……こんにちは……いや、今の時間的にはこんばんはかな。……カインさん、ユルンさん。……よく団長さんを倒せたね。……これは想定外だ」
とても気だるそうに驚きの感情を乗せた言葉を呟いた。
男の顔は半分以上が黒い髪に隠されており、チラリと見える目には今まで見たこともない程のクマができていた。
髪はボサボサで手入れなどされていないと分かり、体臭はとても臭かった。
様々な薬品の匂いや、魔物の血の吐き気を催すような香り、それに加えて、水浴びなんて一切されていない身体の匂い。
「…! …なんで俺達の名前を知ってる……?」
「……まずは自己紹介を。……僕の名前は『マルク・セーラ』。……この国の教皇帝だよ。……と言っても風格なんて全く無いだろうけどね。……えっと僕で………何代目だっけ。……ごめん、忘れちゃった」
「……」
俺がこいつから感じたのは純粋な狂気。自分の目的の為なら身を捧げてもいいとすら思っているだろう。
『狂気』それだけを見るならばあのオーサーすら上回っているような気がする。ユルンでさえ、身体を震えさせている。
男───マルクは、さっきの質問だけど、と付け加え
「……君達と団長さんの戦いを見ていたからだよ。……このアーティファクト『飛翔の観察眼』のおかげでね」
そう言いながら左手に、コウモリの羽が付いている丸い、機械の眼球のようなアーティファクトを見せつけた。
それの目から俺達を遠隔でこの部屋から見ていたのだという。
「じゃあなんで何もしてないんだ? 侵入者が来てるのに」
「……もう、何もする必要が無いからだよ」
「どういうことだ…?」
「……ちょっと着いてきてよ。……別に危害は加えないからさ」
狭い通路のような場所にマルクの言葉が響き、気持ち悪い声が辺りを充満させる。
マルクは一本道の通路を先に進んでいく。それに俺たちも警戒しながら、ゆっくりと着いて行った。
通路の左側には、薬品や、器具が置いてあり、右側には先程の筒状のガラスがいくつも置いてある。
しばらく通路を進んでいくと、あの周りよりも一際大きいガラスへと近づいて来た。更に通路の終わりも見えてきたのだが……何やら鉄格子のような物が設置されており─────中に人影が見えた。
「……これは僕が今研究している、スキル『不老不死』を持った実験動物さ」
「ッ……!!」
「ッ……! っっ、おえっ……」
俺はそれを見た途端怒りを通り越して憤怒の心を『自己境界』で押さえつけ、ユルンはそれを見て────嘔吐してしまった。
それほど、見るに堪えない物だったからだ。
「……こいつの名は……なんだったっけ? ……あぁ、思い出した。……確か、『アラシ・サクマ』って名前だったね」
(こいつが……)
俺が見たアラシは、想像していた人よりもよっぽど違った。
手足は壁に拘束されて、身ぐるみを剥がされた状態の身体を磔に。
髪は床に垂れる程伸びていて顔なんて見えないが、『死』を渇望しているという想いが溢れていた。
辺りの石レンガの殆どは赤黒く染まり、更にはまだ乾いていない血の溜まりができていた。
周辺の腐敗臭や、鉄の匂いが凄くて目眩までしそうになる。一刻も早くこの場から抜け出したいが……こいつを殺してもいいのだろうか? ……嫌な予感がするのだ。何か取り返しのつかないことになりそうな。
そんなことを考えていると、マルクはアラシを見た途端、瞳をまるで無邪気な子供のようにキラキラとさせ、口を開いた。
「コイツはね、凄いんだよ! 神の如き御業でどんな損傷でも延々と回復……いや、修復し続けるんだ! 例えば臓器を引っこ抜いてみたり、あ、心臓も取ってみたんだけどね、取り出した数秒後には新しい心臓が出来ていたんだよ! これってすごいことじゃない?! 実質コイツから無限の心臓や、臓器類を取り出せるって事なんだよ!! でさ、前……って言うか、かなり前の先代が奴隷の心臓を取ってみて、すぐにコイツの心臓を移植したんだけど、死んじゃったんだよ。つまり、コイツのスキルの根源ってのは心臓には無かったって事なんだ。あ、根源って言うのはスキルの場所のような事を仮称してるんだ! で、さっきの話に戻るね。心臓の移植は普通にコイツの心臓を接続してみただけなんだけど、それじゃあ駄目だったんだよ。それで今度は接続しながら回復魔術をかけてみたんだけど、初級や、中級、上級魔術だと全く効果がなくてね、それでこの国一番の回復士を呼んで特級魔術を使わせたんだけど、そしたら行けたんだよ! 成功したんだよ! ヒトの蘇生にね!! これはまだ世間には公表していないんだけど、これって快挙じゃない?! 凄いことじゃないか?! だって、命を蘇らせることができたんだよ?! 今までの先代達ですら出来なかったことをその人が成し遂げたんだ!! 他の皆は、コイツを殺す事を目的としてたからね。最近になってやっとだよ。コイツを殺す事じゃなくて、活かす事に変更したのは。何代目からだったかな? まぁ、いいや。でね、さっき蘇生に成功したって言ったんだけど、その蘇生した後の代はそれじゃ満足しなかったんだ。心臓を替えたところで、寿命には耐えられない。だから今度はスキルの複製について実験し始めたんだよ。でも何代も失敗した。スキル自体、謎が殆ど解明できていないんだよ。例えば『異力』とかもね。だっておかしいと思わない? ありえない現象を引き起こせるんだよ? それも自分の意思で。あ、コイツはオンオフできないんだけどね。まぁ、出来たら困るんだけど。で、色々調べたんだけど、それでも分からなかった。だから僕達は複製じゃなくて、抽出しようとしたんだ。コイツの力をほんのちょっとでも使えないかなって思ってね。でも、これはとても難しかったんだよ。わかったことは、コイツの心臓を取っても、脳をほじくり出しても、異力が形質を変化させて、心臓や、脳なんかに変換させるんだ。すごいよね! 異力って本当にどうなっているんだろうか! 異力について全ての謎が解ければ全人類不老不死になることだってできるんだよ?! 凄くない?! 誰も老いたり、事故や事件で死ぬこともない、幸せな世界を築けるんだよっっ!! 僕はね平和主義なんだ。出来れば誰も傷つけたくないんだよ。でもね、もしスキルの複製に成功したら、複製された奴をガナムンド大帝国に対しての抑止力に使うとかこの国の王は言ってるんだよ?! 馬鹿だよね! せっかく平和が成されるっていうのにさ!」
「「……」」
俺達はマルクの急な熱弁に対して口を開いて何かを言おうとしたが───言えなかった。言葉にならなかった。
先程まで根暗のようにボソボソと言葉を発していたのが急に、自分の好きなことを相手の気持ちを考えようともせず、無理矢理話してくるような人に変わっていた。
俺達は何も喋れず、ただそれを聞いていた────否、聞かせられていた。マルクから今までにない圧を感じたからだ。
「それでね! 遂に先日、実験に成功したんだよ!! 今までは複製して、移植させた魔物の首を跳ねたり、魔石を壊したりしたら死んじゃったんだけど、それは何でだろうって考えたんだ。あっ! 複製に成功したのはかなり前ね! 【魔女】の本にスキルについて色々書いてあったからさ、その本にある知識を頭に入れたら、数千回で成功したんだよっっ!!! あ、でね、さっきの話に戻るけど、僕はなんで複製したのに死んじゃうんだろうって考えたんだけど、決定的な違いがあったんだ!! それは肉体だ! ランク6や、ランク7、8程度じゃ、スキルを入れると、そもそも肉体が持たないんだよ。逆にスキルを入れるせいで脆くなっちゃうんだ!!」
「……つまり、その『弱い肉体』じゃなくて、最近『強靭な肉体』を見つけたってことか……?」
「そう! その通りだよっ!! てか、君達のすぐ横にあるじゃないか!!」
長い言葉の中から要所だけつまみ出し、多少は理解したので、疑問を口にした。
マルクは自分に話しかけてくれたカインに対して、とても嬉しそうに答えて、彼等の横を指差した。
おそるおそる俺達が右側を向いてみると、そこにはいつも見た筒状のガラスがあったが、何十個もある中で一番大きなサイズでできていた。
ソレからはガラスで密閉されているはずなのに、吐き気を催すような気持ち悪い紫色の魔力の瘴気を簡単に放出していた。
中にいたのは、とてもおぞましい────
「……竜……?」
俺の呟きに対して、マルクは口を開く。
「残念、不正解」
コイツは、と再度口を開いて、聞きたくない答えをねじ込まれる。
「龍さ」
「……は?」
俺はその答えに驚いた後、ユルンと共に愕然と無言を貫くのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
……マルクの超長文詠唱が一番疲れました。




