第26話 支えたい
残酷な描写あり。注意喚起です。
「我等を護れ、絶禍の樹氷。『追跡の氷柱』」
そう呟くと数本の氷柱が魔法陣から展開される。
それは竜ですら震え上がらせる程の冷気を発していた。
特級魔術があんな短文詠唱で出来たのだから上級魔術だってできるでしょ。そう思い様々な魔術を試している最中だった。
『素晴らしい…こんな才能は、あの魔女に匹敵する程…』
そんな呟きは氷柱が割れる音に掻き消された。
「こんな感じでどう?」
『ええ、たった三年であそこまで出来るとは思いませんでした』
「そんな言われちゃうと照れるなぁ…!」
満面の笑みで喜ぶユルンはまるで小さな子供のようにも見える。だがその中身は魔術士の怪物。普通の冒険者なら彼女の見た目で侮り、瞬殺されるだろう。
『では、今日で別れです』
「…」
そう、カールが言っていた期間は―三年。彼女は知る由もないが、彼はカインやザインが三年で『覇断』を使えることを見越していたのだ。それはまさに神眼と言っても過言では無いだろう。
彼女は意を決して、神龍に別れと感謝を告げる。
「…正直、私は貴方の事が何一つ分からなかった。オーサーの為とかなんでここにいるのかとか…おそらく、貴方はまだまだこの世の真理を知っているのでしょう?」
『…』
「でも話せない。それには理由があるから、違う? 本当ならもっと色々な事を教えられたはずじゃない?」
『…その通りです』
観念したかのように神龍は言葉を落とす。
「貴方がまだ何をその身に秘めているのかは分からない。でも、それは私自身で探せばいい…魔王のことなんかもね」
『…』
「大丈夫、絶対死なないわ! だって私のお師匠様はあの神龍なんだもの!」
『!』
神龍の瞳には一瞬、過去の彼が映ったように見えた。
◇◆◇
とある森、そこで若い青年が絶世の美女に何かを訴えていた。
『頼む! この世界についてもっと教えてくれ!!!』
『はぁ…急に何を言うのですか? ていうかそもそも私は神龍なんですよ? 常人ならプレッシャーに耐えられるはずがないのに…』
『いやいやそんなんどうでもよくて、この世界の事もっと知りたいんだよ!!』
『なんでそんなに私に関わるのですか…聞きやすい人ならたくさんいるでしょうに…』
『だって綺麗で可愛いから』
『?!?!?!?!?!』
?!?!?!?!?!? 彼女の脳内は混乱を極めていた。
き、綺麗? この私が?!
か、可愛い? この私が?!
今までバケモノとしか呼ばれていなかった彼女はかなりの初心であり、褒められただけで頬を紅く染めてしまう。
『あっれぇ〜? 照れてるぅ〜?』
『うるさいです! いいですよ! 教えてあげます! ですから…その…私を…』
『おっけー。旅に連れてくね』
『貴方は龍の心が読めるのですか?!』
『へへっ』
彼の能天気な表情と言動に辟易する。
でもなんだろうこの感情は。
今まで、憤怒や、歓喜等は体験したことがあるが、こんなのは初めてだった。
『じゃあよろしくな! お師匠様?』
『変な名前で呼ぶなぁぁぁぁぁ!!!!』
彼女はソレを知らなかったのだった。
◇◆◇
でも、彼はもう変わってしまった。
今のユルンを見ていると本当に懐かしい記憶が蘇る。
昔の彼は、本当に今の彼女のようだった。眩い程輝く双眸、常に明るく振る舞い、時にウザったらしい表情を見せ不快にさせる。
いや、もしかしたら彼は最初からだったのかもしれない。私が気づいていない…いや、気づかない振りをしていただけで彼の瞳にはただの虚無しか映っていなかった。
気づいて、支えてあげられたらまた変わったのかもしれない…
『ごめんな。でも、もう邪魔なんだ』
彼の声が鮮明に脳内に響き渡る。それは一種の呪いのようでもあった。
『そう…ですか…』
「ええ、だから安心して待ってて。全てが終わった時にまた来るわ!」
『…! はい! いつでも来てくださいね!』
彼女は戻ってくるだろうか…。また私から離れていかないだろうか…。
そんな不安を抱えながら、今も尚神龍メリギドスは不可視の鎖で拘束されているのだった。
◇◆◇
「いやぁーーー!! 死ぬぅーーー!」
私、リアは絶賛ダッシュ中だった。
ゴミクズ野郎はマジで殺す。泣いても謝っても絶対に許さない!!
山登りは想像を絶する程にキツかった。
てか20回くらい死にかけた。
私が回復士じゃなかったら一本目でバテてるぞ?!
山登りの後は回復魔術の回復効果の上昇。付与魔術の暗記。
私はユルンのような上級魔術や特級魔術を使う後衛アタッカーのようにはなれない。だからせめて、皆のサポートをしたい!
その一心で修行を続けていた。
(強化魔術…本当に難しい)
『強化魔術』文字通り様々な物を強化する魔術だ。
剣の切れ味を上げたり、魔術の威力を上げたりとその用途は多岐にわたる。
だがその分かなり高度で繊細な魔力操作が求められるのだ。
例えば、ザインの身体能力を向上させるには彼の限界を測らないといけない。なぜなら身に余る強さを急激手に入れた者が辿り着く道はどこも破滅だからだ。
その為、絶対に失敗してはならない。
「ッ!! …できない…」
そんな諦めの言葉がポロリと零れた。
なんといったって彼女はまだランク2。更に死地を乗り越えた数も少ない。つまり圧倒的経験不足なのだ。
「このまま…また繰り返すのかな…」
彼女の瞳に映るのは二つのあの悲劇。
目の前で仲間を惨殺され、更にそれを忘れていた屈辱。
オーサーや、オーウェンの事が脳裏によぎると腸が煮えくり返りそうなくらいの憤怒が溢れ出す。
それと…
◇◆◇
「リア〜? どこにいるの〜?」
「…」
あれはまだ幼い頃の私。辺境の村で私はいつも優しくてとっても綺麗なお姉ちゃんと遊んでいた。
「リア〜? あっ!」
姉──ユア・シリオンが見つけたのは小さな手。草むらからひょこっと見えていた。
「見つけた!」
「わぁ?! なんで?!」
「姉の勘って奴かな」
なんか変な汚い後光がさしている気がしたが無視無視。
「じゃあ次は鬼ごっこ! 私が逃げるね!」
「分かったわ! 必ず捕まえてやるー!」
その姉の言葉が私はいつも嬉しかった。母は私が生まれた時に亡くなり、父は失踪した。でもユアお姉ちゃんだけは私の隣にいてくれて、彼女の言葉はいつもヒーローのように私の心をポカポカさせていた。
そう、あの日までは。
走って走って、姉から逃げ続ける! いつもは負けているけど今回は絶対に勝ってやる!!
「あれ〜? ここどこ〜?」
リアが辿り着いたのは知らない森の中。いつも自分が通っている道では無い。
彼女は急に怖くなり、その場に立ちすくんでしまった。
「うっ…ううっ…お姉ちゃん…」
そんな泣き声は、魔物の絶好の餌となる。
「いやっ!」
彼女の前に現れたのは、一匹の首長獣。首が長くて目は無く、口は大きく裂けていた。中にはおびただしい数の刃が存在している。
『グルウェ……』
「やだっ! 来ないでっ!」
『グルーア!!』
奴は自分に飛びかかり、私を食べようとした。
私は恐怖し、目を瞑る。早く終わって欲しいと思って。
でも
不思議と痛みは感じなかった。
でも、何故だろう。なんでこんなにも私の視界は赤いのだろうか。
自分の手も足も顔も全てが赤く染まっていた。
「え…?」
彼女の眼前には姉の姿があった。
姉が助けに来てくれたのだ!!!
何か『ボリボリ』という音は聞こえるが、そんなのはどうでもいい! 私にとってのヒーローが来てくれたのだ!
私に覆い被さっている姉に、感謝を告げようとして口を開く。
「お姉ちゃん!! 助けに…」
だが、言葉は途切れた。彼女を見ると、赤黒く染まっていた。
背骨は貪られ、内蔵を奴に食われていた。
今のこの状態でもずっと。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!! やだ! やだ!!! お姉ちゃん!!!」
「リア…良かった無事で…早く…逃げて…奴が私を…食べてる…うちに…」
シアは声を振り絞りながら妹に伝える。私を置いて逃げろと。
そんなのリアにとっては許容できない!
「やだっ! やだよっ!! お姉ちゃんっ!! 最後の家族なのに…!」
「行って…ハヤク…」
彼女はその言葉を最後に力尽き─倒れた。私の肩に。
そんな状況下などお構い無しに魔物は姉を食らっている。
彼女は22歳。とても栄養がある時期でヤツらにとっては食べ頃なのだろう。
姉から臓物を引きちぎり食らっていく。胃、肝臓、小腸…
『クチャ、クチャ…』と汚い咀嚼音を立てながら姉の鮮血を撒き散らし、自らの糧に変えていく。
私はそんな光景を見て──それで──
気づいたら魔物を殺していた。
無意識下でやったのだろう。魔物には家から取り出した包丁、斧、ナイフ、鍬が突き刺さっていた。
でも、私にはもう何も残っていなかった。
それに気づいた私は
「あ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!」
私は三日三晩泣き続けた。
食事も水分も取らず、ただ、姉の死体があった場所で泣き崩れていた。
私のせいだ。
私のせいで姉は死んだのだ。
そんな戒めを心に秘め、時が経った後彼女は稼ぎを得るために迷宮区グランへと向かった。
しばらく街を歩き良いクランが無いか探していたのだが…
田舎者と知り、どこも引き取ってくれなかった。
そんな時、彼女に転機が訪れる。
「おいおい、大丈夫か? すげぇ目してるぞ? とりあえず家こいよ」
そう言い、私を引き連れたのはザイン・カーディフその人だった。
彼は私をベッドまで運んでくれ、更には食事まで用意してくれた。
久々の安心感に、私は眠ってしまった。
「んっ…」
「よぉ、起きたか?」
目を覚ますとそこには青年が立っていた。
見るだけでわかる。彼は死線を潜り抜けてきた猛者だと。
「ごめんな。怪しいヤツか確かめるためにお前のバックは漁らせてもらった」
「ッ…まさか…」
「ああ、あの日記も読んじまった」
私は姉を殺す前から日記を書く癖がついていたため、それを読んだのだろう。そこには私に関する全ての情報が記載されていた。
「…死にたいか?」
「えっ?」
予想外の言葉に私は戸惑う。慰めてくれるのかなとしか思っていなかったからだ。
「…死にたい。死んでお姉ちゃんに…罵って欲しい…」
「…」
「『お前のせいで私は死んだんだ』って言って欲しい…」
「本当に?」
「…え?」
本当にそれだけだ。私は死にたい、死にたい! 死んで…償いたいのだ。
本当に?
彼と同じ言葉が心に響く。だが彼とは声質が違った。もっと柔らかい──
『リア、本当に貴方は死にたいの?』
ッ!!!
私は…
私は…!
そして、長いようで短い時間が経ち、ようやく彼女は口を開く。
「…死にたく…ない…私は…死にたくない!」
「…」
「死んだら…お姉ちゃんの想いを踏み躙る事になる…そんなの私の原罪なんかよりずっと酷い…」
「それに…約束したから…」
『リア、よく聞いてね? 貴方はとても可愛いわ!』
『それいつも聞いてる』
『冷めた目で見ないでね? お願い。…ゴッホン! 貴方には人々を癒して安らぎを与える才能があるの』
『だからね私からのお願い。その力を活かして、貴方には』
「私は…皆を元気に─支えないといけないっ…!」
「…」
「私なんてまだまだ見習い。そんなのできっこないって思うかもしれない…でもっ!」
「約束…したから…必ずやり遂げるって!!」
「…分かってんじゃねぇか。ちゃんとな」
彼──カインはリアの本心を見抜いていた。それは長年の勘。
たったそれだけで彼女の心を看破していた。
でも彼女は違う。自分の本心を見抜けていない。
それを見抜けるか否かで見定めていたのだ。
彼女には既に『不可能を可能にする意志』を所持していた。
それが決定打だった。
約束なんて日記には書いてなかったが、文脈からなんとなく読み取れたのだ。
「そこで、だ! 家のクランに入らないか? 今人数がまじで足んなくてよ」
「どうせ入るところもないし…よろしくお願いします!!」
「よしっ! 何か得意なことはあるか?」
「うーん、回復魔術が得意だけどそれよりも私は」
「皆の…サポートをしたいっ!」
次の瞬間、今までの比ではない程の魔力密度を誇る強化魔術を自分に付与した。
それは─ランク2の自分をランク4の強さにする程強大な強化だった。
本来なら、そんなことをすれば身体が崩壊する。
だが、それを回復魔術で補うのだ。
そうすれば時間制限はあるものの暫くはこの状態を継続できる!! 更に常時回復魔術をかける為、重傷じゃなければすぐに回復してしまうといったとんでもない魔術だ。
ちなみに今までは強化魔術と回復魔術を掛け合わせるなど誰も試したことがなかった。
つまり、これは『魔術の創出』
「魔術の名は──『貴方を支える癒し』!」
「貴方が私を支えてくれたように…私も皆を支える!」
彼女の覚悟はこの魔術に刻み込まれたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!




