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叙事詩の進行  作者: あいすに刺さる茶葉
第一章

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第14話  開花



 私―ユルン・アテラントは絶賛ピンチだった。

 ヴェルは無数の上級魔術で私を追い詰めてくる。

 魔術が服を割き、肌を焼く。

 それでも私がまだ生きているのには2つの理由があった。


 1つ目は彼女が手加減しているからだ。


『ウフフ、モウ鬼ゴッコハオシマイ?』


「ハァ、ハァ…」


 私は既に肩で息をしているのに対し、彼女は無傷である。


 2つ目は、私のオリジナル魔術『聖火の加護(アルデンス)』の効果により、小さな傷口や、体力を少しずつ癒しているからである。

 しかし、耐え凌ぐのも時間の問題だ。


懺悔の宴(コンフェッシオ)


「ッ!!」


 彼女の魔術により、無数の闇の手が襲い掛かる。それはまるで兎を狩る獅子、否おぞましい蛇のように。


(これは温存しておきたかったけど…使うしかないわね!)


 その瞬間彼女は走り出す。魔の手を躱して()()のだ。


「我は欲する。愛しき人(すべて)を、絶望と混沌(すべて)を、世界(すべて)を!!」


『?!ウフフ馬鹿な子ネ、貴方ニ使イコナセルワケガナイ!』


 ヴェルはその魔術を知っている。知っているからこそ嘲笑する。それは、自分ですら1度たりとも成功しなかった魔術。

 この世で()()を成功させたのはたった1()()だけであり、あんな雑魚に出来るはずが無い。


 そう高をくくっていた。


 その、黒き魔法陣が完成するまでは


「嗚呼、よこせよこせよこせ。この世の全部を。我は貪欲、強欲の化身であり、世界(すべて)を奪う者である。それは我が手中に収めし(モノ)。欲しい欲しい欲しい、世界よ!この世の鎮魂歌を詠え!破壊し、混沌をもたらし、ワレ二ササゲヨ!」


『馬鹿ナ?!!』


 刹那ヴェルは全力で防御態勢に入る。魔力障壁や、その他の自分が知りうる防御手段全てをこうじて。



 ――だが、欲の王には届かない



禁術(コレ)は全てを破壊する。名を――」






 ―――『欲王(レクス・デーシー)絶叫(デリー・クラマト)






 その日街の住宅街に黒き大穴が空いた。





「ゲッホゲホ…」


 ユルンは大量に血を吐いていた。更に全身から血がドクドクと流れ、猛烈に頭痛がしていた。

 現在の彼女は魔力枯渇状態であり、()()()使()()()()()()()()、肉体が崩壊を始めていた。



「詠わなきゃ…ここで死ぬわけにはいかないの…」


 掠れた声で彼女は詠い始める。


「我は…欲する…女神セルフィナよ…数多の命を…救う者で…あり、この世を…照らし、全てを護る…者…我は願う…その…お力をもって…救われることを…。名は無い…この先の…道しるべとなりたまえ」


 歌い終えた瞬間に彼女の肉体の崩壊や、流血は止まった。


(ありがとう…()()()())


 声がでない彼女は立ち上がり、ヴェルの様子を伺った。



(これでもし彼女が生きてたら…)




 その不安は的中してしまったらしい。




『ハァ…ハァ…ヤッテクレタワネ…』


 彼女の顔は最初の頃とはうって変わり、血にまみれていた。


「?!」


 ユルンの声にならない声が驚愕の色を示した。


『モウ貴方ハ満身創痍…勝テル道理ガ無イワネ』


 ヴェルはとても嬉しそうに微笑んだ。


『最期ダカラネ、冥土ノ土産ニ教テアゲルワ。私ノスキルハ『精霊祈願』精霊様ニツネニ祈リヲ捧ゲル能力ヨ』


(そんな能力…)


『ソウ、コノスキルハ魔術ノ詠唱ヲ省イテクレルノヨ』


『サヨウナラ。意外ト楽シメタワ』


 ユルンに業火の炎が迫り来る。



(…ごめんね、カイン)


 そう最期に思い目を瞑った。






 目を瞑った。







 目を瞑っている。








 いつまで経っても痛みが来ない。

 それにとても()()()()()()()がする。


 恐る恐る彼女が目を開けてみると…





 既に炎は無く、代わりに1人の男が立っていた。



 その男は彼と同じ蒼穹の瞳を持っていた。



 だが、その男はユルンがよく知る人物とは違った。


 背丈や、髪の長さが違う。それに何よりも彼は2()()剣を所持していた。



「大丈夫か?そこの女」




「…あ…な…た…は?」


 ユルンは絞りきった声で聞く。その者の名を



「ん?俺か?俺の名は『()()()()()()()()()()』」



(?!()()()()()()って?!)



「ただのしがない双剣使いだよ」




『……カール・ディペンダー? ソノ名ハ……』


 ヴェルが初めて、その無機質な顔を驚愕に歪ませた。

 だが、カールと呼ばれた男は、肩に担いだ二本の剣を軽く回しながら、あくびを噛み殺した。


「ん?俺の事知ってんのか?まあ、何はともあれ、お前らみたいな『屑』が俺の大切な街を焼き払ってるって聞いちゃ、黙ってねぇんだよ」


『フ、フンッ! ドウセ名前ヲ偽ッテイルダケヨ! 死ニナサイ!!』


 ヴェルはスキル『精霊祈願』をフル稼働させた。

 彼女の周囲に、詠唱を介さず数十の魔法陣が同時展開される。


氷葬の檻(アイス・コフィン)』、『雷鳴の楔(サンダー・ボルト)』、『焦熱の嵐(フレア・ストーム)』。


 上級魔術の三重複合。本来、軍隊を壊滅させるほどの魔力の奔流が、一人の男に牙を剥く。


 だが、カールはその激流に自ら飛び込んだ。


「……遅いな。そんな祈りじゃ、精霊様も退屈して寝ちまうぜ?」


 カールの身体がブレた。

 刹那、彼の周囲で「白」と「黒」、二色の剣閃が嵐のように吹き荒れた。


『ッ?! 魔術ヲ……斬ッタ……!?』


 ヴェルは眼前の光景が信じられなかった。

 迫りくる氷の槍は砕かれ、雷撃は二本の剣の表面を滑るように逸らされ、猛火は風圧だけで鎮火されたのだ。

 魔術の連射速度を上回る、神速の双剣。




開花(ブルーム)・《緑》ドゥーク・アド・パラディーズム」




 カールが踏み込んだ。一瞬で距離を詰められたヴェルは、反射的に最大級の魔力障壁を展開する。


絶対障壁アブソリュート・シールド!!』


「んなもん、紙切れと同じだ」


 カールの右手の剣が障壁を叩いた瞬間、ガラスが砕けるような音が響き、左手の剣がヴェルの肩口を狙う。


 だが、ヴェルも「ランク8以上」と評される怪物だ。瞬時に障壁の破片を鋭利な刃に変え、カールを逆襲する。


『ウフフ、懐二入レバ勝チト思ッタ? 甘イワネ』


 数十の氷の刃がカールの死角を突く。

 しかし、カールは背後に目があるかのような動きで、一歩も止まらずにその全てを叩き落とした。


「甘いのはどっちだ? ()いたぜ」


『ッ……!?』


 ヴェルの脇腹に、いつの間にか一筋の切り傷が走っていた。


 いつ斬られたのか。障壁を壊した瞬間か、それとも氷の刃を弾いた風圧か。


『ナゼ……再生シナイ……!?』


「さあな?毒でも食らったんじゃねぇの?」


 ヴェルは血を吐きながら後退する。再生を試みるが、カールの剣に残る特殊な魔力が、彼女の細胞を崩壊させ、傷口を塞がせない。


『貴方……イッタイ何者……? 』


「ああ?んなもん気にすんなよ。どうせ死ぬんだし」


 軽口を叩くカールだが、その構えには一切の隙がない。


 ヴェルはなりふり構わず魔力を解放した。彼女の背後に巨大な精霊の幻影が浮かび上がる。


『ナラバ、コレデドウカシラ! 特級魔術――『天の崩落(ルイン・オヴ・ヘヴン)』!!』


 空から巨大な魔力の塊が、広範囲の住宅街を飲み込むように降り注ぐ。回避不能の広域破壊魔術。

 それに対し、カールは静かに二本の剣を交差させた。


「……そこのお前、絶対に動くんじゃねぇぞ」


 カールの二本の剣から、重力さえも歪めるような漆黒の魔力と、白銀の魔力が溢れ出す。



開花(ブルーム)・《橙》ルケアート・ソーリス」



 彼の剣が、何度も横に薙ぎ払われる。


 右手の剣と左手の剣がその膨大な魔術を「消滅」させる。

 天から降る破壊の光が、カールの周囲だけ、まるで見えない傘に弾かれるように消えていく。


『バカな……特級魔術を、ただの剣技で打ち消すなんて……!!』


「ただの剣じゃねぇ。これは『魔術の拒絶』だ。俺の前じゃ、魔術は存在できねぇんだよ」


 カールの一歩一歩が、ヴェルの精神を削っていく。

 魔術師にとっての天敵。あらゆる神秘を無力化する、最強の双剣。


『イ、イヤ……来ナイデ……!!』


「さて。そろそろ本格的に、お前を断ち切ってやるよ」


 カールの言葉は、宣告だった。

 ヴェルの喉から、引き攣ったような呼吸が漏れる。彼女は震える手で、自身の胸元に刻まれた「刻印」を無理やり抉り取った。


『ウ、ウアアアアッ! 精霊様……聞イテ……私ノ全テヲ、供物トシテ捧ゲルカラ!!』


 ヴェルの身体から、どす黒い魔力が噴き出す。


それは精霊の加護を超えた、呪いにも似た奔流。彼女の肌は土色に変わり、眼球は白濁していく。

 一帯の空気が一瞬でマイナス数十度まで急降下し、同時に周囲の瓦礫が紅蓮の炎を纏って燃え上がった。


極点魔術(オーバー・リミット)――終焉の揺り籠(ラスト・クレイドル)!!』


 氷の槍が降り注ぎ、地からは火柱が吹き上がり、空からは雷光が逃げ場を失わせる。

 魔術師が命を削って放つ、回避・防御不能の複合絶滅魔術。


 だが、カールはそれを見ても、不敵な笑みを崩さなかった。


「命を捨ててその程度か。……冥土の土産に教えてやるよ。剣の極地って奴を」


 カールが二本の剣を、ゆっくりと、しかし確かな重みを持って横一文字に構える。


 白と黒の双剣からは不可思議な緑の光を放ち、その魔力密度は計り知れない。


開花(ブルーム)・奥義!!」


 一歩。カールが踏み込んだ瞬間、ヴェルの放った魔術の「中心」が、パリン、と乾いた音を立てて割れた。


 猛火も、極氷も、雷鳴も。


 カールの歩みの前では、ただの「無意味な光」へと成り下がる。


『ナンデ……!? コレハ、精霊様()()()魔術ナノヨ!?』


「本来の? 知らねぇな。この場じゃ魔術なんか存在することを許されてねぇんだよ」


 カールは魔法陣の隙間を縫うのではない。

 剣を振るうたび、そこに展開された魔術を全て斬り裂き、霧散させていく。


 それは、魔術という神秘に対する、最悪の暴力だった。


『イヤ……来ナイデ……来ナイデェッ!!』


 ヴェルは狂ったように魔力弾を連射するが、カールはそれを二本の剣の腹で軽く叩き、霧散させていく。

 自分の制御できない魔力に焼かれ、ヴェルの肉体はボロボロになっていく。


「おら、どうした? 祈りが足りねぇんじゃねぇのか?」


 カールの声はどこまでも冷たく、そして鋭い。

 彼はついにヴェルの眼前、剣の届く距離へと到達した。


 

 もはや彼女に守る術はない。



「……じゃあな。魔法使いごっこは、冥土で続きをやりな」


 カールの二本の剣が緋く光り、Xに交差する。





 その剣技の名は―――『ポンス・イリディス』


 虹色に輝く、()()()()であった。




 その瞬間、住宅街に残っていた戦火も、煙も、ヴェルの叫びさえも、すべてが真空の静寂に飲み込まれた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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