第14話 開花
私―ユルン・アテラントは絶賛ピンチだった。
ヴェルは無数の上級魔術で私を追い詰めてくる。
魔術が服を割き、肌を焼く。
それでも私がまだ生きているのには2つの理由があった。
1つ目は彼女が手加減しているからだ。
『ウフフ、モウ鬼ゴッコハオシマイ?』
「ハァ、ハァ…」
私は既に肩で息をしているのに対し、彼女は無傷である。
2つ目は、私のオリジナル魔術『聖火の加護』の効果により、小さな傷口や、体力を少しずつ癒しているからである。
しかし、耐え凌ぐのも時間の問題だ。
『懺悔の宴』
「ッ!!」
彼女の魔術により、無数の闇の手が襲い掛かる。それはまるで兎を狩る獅子、否おぞましい蛇のように。
(これは温存しておきたかったけど…使うしかないわね!)
その瞬間彼女は走り出す。魔の手を躱して詠うのだ。
「我は欲する。愛しき人を、絶望と混沌を、世界を!!」
『ッ?! …ウフフ馬鹿な子ネ、貴方ニ使イコナセルワケガナイ!』
ヴェルはその魔術を知っている。知っているからこそ嘲笑する。
それは、自分ですら1度たりとも成功しなかった魔術。
この世であれを成功させたのはたった1人だけであり、あんな雑魚に出来るはずが無い。
そう高をくくっていた。
その、黒き魔法陣が完成するまでは
「嗚呼、よこせよこせよこせ。この世の全部を。我は貪欲、強欲の化身であり、世界を奪う者である。それは我が手中に収めし力。欲しい欲しい欲しい、世界よ! この世の鎮魂歌を詠え! 破壊し、混沌をもたらし、ワレ二ササゲヨ!」
『馬鹿ナ?!!』
刹那ヴェルは全力で防御態勢に入る。魔力障壁や、その他の自分が知りうる防御手段全てをこうじて。
――だが、欲の王には届かない
「禁術は全てを破壊する。名を――」
―――『欲王絶叫』
その日街の住宅街に黒き大穴が空いた。
「ゲッホゲホ…」
ユルンは大量に血を吐いていた。更に全身から血がドクドクと流れ、猛烈に頭痛がしていた。
現在の彼女は魔力枯渇状態であり、禁術を使用した事により、肉体が崩壊を始めていた。
「詠わなきゃ…ここで死ぬわけにはいかないの…」
掠れた声で彼女は詠い始める。
「我は…欲する…女神セルフィナよ…数多の命を…救う者で…あり、この世を…照らし、全てを護る…者…我は願う…その…お力をもって…救われることを…。名は無い…この先の…道しるべとなりたまえ」
歌い終えた瞬間に彼女の肉体の崩壊や、流血は止まった。
(ありがとう…お母さん)
声がでない彼女は立ち上がり、ヴェルの様子を伺った。
(これでもし彼女が生きてたら…)
その不安は的中してしまったらしい。
『ハァ…ハァ…ヤッテクレタワネ…』
彼女の顔は最初の頃とはうって変わり、血にまみれていた。
「?!」
ユルンの声にならない声が驚愕の色を示した。
『モウ貴方ハ満身創痍…勝テル道理ガ無イワネ』
ヴェルはとても嬉しそうに微笑んだ。
『最期ダカラネ、冥土ノ土産ニ教テアゲルワ。私ノスキルハ『精霊祈願』。精霊様ニツネニ祈リヲ捧ゲル能力ヨ』
(そんな能力…)
『ソウ、コノスキルハ魔術ノ詠唱ヲ省イテクレルノヨ』
『サヨウナラ。意外ト楽シメタワ』
ユルンに業火の炎が迫り来る。
(…ごめんね、カイン)
そう最期に思い目を瞑った。
目を瞑った。
目を瞑っている。
いつまで経っても痛みが来ない。
それにとても知っている匂いがする。
恐る恐る彼女が目を開けてみると…
既に炎は無く、代わりに1人の男が立っていた。
その男は彼と同じ蒼穹の蒼い瞳を持っていた。
だが、その男はユルンがよく知る人物とは違った。
背丈や、髪の長さが違う。彼の身長は自分が知っている男よりも高く、髪を縛っていなかった。
それに何よりも彼は2本剣を所持していた。
「大丈夫か? そこの女」
「…あ…な…た…は?」
ユルンは絞りきった声で聞く。その者の名を
「ん? 俺か? 俺の名は『カール・ディペンダー』」
(?! ディペンダーって?!)
「ただのしがない双剣使いだよ」
『……カール・ディペンダー? ソノ名ハ……』
ヴェルが初めて、その無機質な顔を驚愕に歪ませた。
だが、カールと呼ばれた男は、肩に担いだ二本の剣を軽く回しながら、あくびを噛み殺した。
「ん? 俺の事知ってんのか? まあ、何はともあれ、お前らみたいな屑が俺の大切な街を焼き払ってるって聞いちゃ、黙ってねぇんだよ」
『フ、フンッ! ドウセ名前ヲ偽ッテイルダケヨ! 死ニナサイ!!』
ヴェルはスキル『精霊祈願』をフル稼働させた。
彼女の周囲に、詠唱を介さず数十の魔法陣が同時展開される。
『氷葬の檻』、『『焦熱の嵐』。
二種の上級魔術を大量に産み出す。本来、騎士団を壊滅させるほどの魔力の奔流が、一人の男に牙を剥く。
だが、カールはその激流に自ら飛び込んだ。
「……遅いな。そんな祈りじゃ、精霊様も退屈して寝ちまうぜ?」
カールの身体がブレた。
刹那、彼の周囲で「白」と「黒」、二色の剣閃が嵐のように吹き荒れた。
『ッ?! 魔術ヲ……斬ッタ……!?』
ヴェルは眼前の光景が信じられなかった。
迫りくる氷の槍は砕かれ、雷撃は二本の剣の表面を滑るように逸らされ、猛火は風圧だけで鎮火されたのだ。
魔術の連射速度を上回る、神速の双剣。
「開花・『緑』緑乱舞い」
カールが踏み込んだ。一瞬で距離を詰められたヴェルは、反射的に最大級の障壁を展開する。
『絶対障壁!!』
「んなもん、紙切れと同じだ」
カールの右手の剣が障壁を叩いた瞬間、ガラスが砕けるような音が響き、左手の剣がヴェルの肩口を狙う。
だが、ヴェルも「ランク8以上」と評される怪物だ。瞬時に障壁の破片を鋭利な刃に変え、カールを逆襲する。
『ウフフ、懐二入レバ勝チト思ッタ? 甘イワネ』
数十の氷の刃がカールの死角を突く。
しかし、カールは背後に目があるかのような動きで、一歩も止まらずにその全てを叩き落とした。
「甘いのはどっちだ? 裂いたぜ」
『ッ……!?』
ヴェルの脇腹に、いつの間にか一筋の切り傷が走っていた。
いつ斬られたのか。障壁を壊した瞬間か、それとも氷の刃を弾いた風圧か。
『ナゼ……再生シナイ……!?』
「さあな? 毒でも食らったんじゃねぇの?」
ヴェルは血を吐きながら後退する。再生を試みるが、カールの剣に残る特殊な魔力が、彼女の細胞を崩壊させ、傷口を塞がせない。
『貴方……イッタイ何者……? 』
「ああ? んなもん気にすんなよ。どうせ死ぬんだし」
軽口を叩くカールだが、その構えには一切の隙がない。
ヴェルはなりふり構わず魔力を解放した。彼女の背後に巨大な精霊の幻影が浮かび上がる。
『ナラバ、コレデドウカシラ! 特級魔術――『天の崩落』!!』
空から巨大な魔力の塊が、広範囲の住宅街を飲み込むように降り注ぐ。回避不能の広域破壊魔術。
それに対し、カールは静かに二本の剣を交差させた。
「……そこのお前、絶対に動くんじゃねぇぞ」
カールの二本の剣から、重力さえも歪めるような漆黒の魔力と、白銀の魔力が溢れ出す。
「開花・『橙』烈火の凪」
彼の剣が、何度も横に薙ぎ払われる。
右手の剣と左手の剣がその膨大な魔術を消滅させる。
天から降る破壊の光が、カールの周囲だけ、まるで見えない傘に弾かれるように消えていく。
『バカナ……特級魔術ヲ、タダノ剣技デ打チ消スナンテ……!!』
「ただの剣じゃねぇ。これは『魔術の拒絶』だ。俺の前じゃ、魔術は存在できねぇんだよ」
カールの一歩一歩が、ヴェルの精神を削っていく。
魔術士にとっての天敵。あらゆる神秘を無力化する、最強の双剣。
『イ、イヤ……来ナイデ……!!』
「さて。そろそろ本格的に、お前を断ち切ってやるよ」
カールの言葉は、宣告だった。
ヴェルの喉から、引き攣ったような呼吸が漏れる。彼女は震える手で、自身の胸元に刻まれた刻印を無理やり抉り取った。
『ウ、ウアアアアッ! 精霊様……聞イテ……私ノ全テヲ、供物トシテ捧ゲルカラ!!』
ヴェルの身体から、どす黒い魔力が噴き出す。
それは精霊の加護を超えた、呪いにも似た奔流。彼女の肌は土色に変わり、眼球は白濁していく。
一帯の空気が一瞬でマイナス数十度まで急降下し、同時に周囲の瓦礫が紅蓮の炎を纏って燃え上がった。
『三種混合魔術──終焉の揺り籠!!』
氷の槍が降り注ぎ、地からは火柱が吹き上がり、空からは暴風が逃げ場を失わせる。
魔術士が命を削って放つ、回避・防御不能の混合魔術。
だが、カールはそれを見ても、不敵な笑みを崩さなかった。
「命を捨ててその程度か。……冥土の土産に教えてやるよ。剣の極地って奴を」
カールが二本の剣を、ゆっくりと、しかし確かな重みを持って横一文字に構える。
白と黒の双剣からは不可思議な緑の光を放ち、その魔力密度は計り知れない。
「開花・奥義!!」
一歩。カールが踏み込んだ瞬間、ヴェルの放った魔術の中心が、パリン、と乾いた音を立てて割れた。
猛火も、極氷も、暴風も。
カールの歩みの前では、ただの無意味な光へと成り下がる。
『ナンデ……!? コレハ、威力だけなら精霊様本来ノ力ナノヨ!?』
「本来の? 知らねぇな。この場じゃ魔術なんか存在することを許されてねぇんだよ」
カールは魔法陣の隙間を縫うのではない。
剣を振るうたび、そこに展開された魔術を全て斬り裂き、霧散させていく。
それは、魔術という神秘に対する、最悪の暴力だった。
『イヤ……来ナイデ……来ナイデェッ!!』
ヴェルは狂ったように魔力弾を連射するが、カールはそれを二本の剣の腹で軽く叩き、霧散させていく。
自分の制御できない魔力に焼かれ、ヴェルの肉体はボロボロになっていく。
「おら、どうした? 祈りが足りねぇんじゃねぇのか?」
カールの声はどこまでも冷たく、そして鋭い。
彼はついにヴェルの眼前、剣の届く距離へと到達した。
もはや彼女に守る術はない。
「……じゃあな。魔法使いごっこはの続きは冥土でやりな」
カールの二本の剣が緋く光り、交差させる。
その剣技の名は―――『ポンス・イリディス』
虹色に輝く、十四連撃であった。
その瞬間、住宅街に残っていた戦火も、煙も、ヴェルの叫びさえも、すべてが真空の静寂に飲み込まれた。
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