第21話 受付騎士グレース 前篇
ギルド対抗戦第一試合、対南ギルドの防衛線に我ら東ギルドが勝利してから、数日が過ぎた。
ちなみに降り積もっていた粉雪は、溶けて水浸しになる前に『アフターケアです』と対抗戦の管理者イゾルデが魔力で外に排出してくれた。本当にたすかった。
「──いらっしゃいませ。依頼をお探しですか?」
今日のカウンター左隣、歯切れよい活舌で冒険者に応対しているのはクロエではない。
東ギルドの制服である白ブラウスと紺のコルセット付きフレアスカートに身を包んでそこに座る長身は、濃茶の髪をお団子にまとめた銀縁メガネの知的美人さん。
「それでしたら、こちらなどいかがでしょう」
「うん? 悪くないけど、俺はもうちょっと上のレベルでも行けるよ?」
「はい、承知しております。ですが少々ブランクがお有りのようですから、肩慣らしの意味でもこちらをおすすめいたします。報酬自体は、上のレベルと遜色ないものですし」
「まあ、それはたしかに…………うん、じゃあそれを頼むよ」
「はい、承りました」
相手の実績と現状に合わせた依頼選択も完ぺきで、とても今日が初出勤の見習い受付嬢とは思えない。適応力はベアトリス以上かもしれない。
彼女の名はグレース。普段は全身鉄鎧の下にその端麗な姿を秘める、王太子付き近衛騎士『鉄騎乙女』の中の人である。
騎士として部下を指導し、適切な任務に配するのもまた彼女の仕事なら、意外にギルド受付嬢と通じる部分があるのだろうか。
で、そんな彼女がなぜ受付嬢をしているのかについては、話せば長くなりそうで実はそうでもなく、彼女自身の趣味──可愛い制服を着たい、という願望を満たすためだった。
いやもちろん、着るだけなら受付嬢の仕事をする必要はない。ないのだけれど。
『着るだけではただの服。相応しいお仕事に従事することで魂が宿り、真の制服と成るのです』
本人は淡々と早口でそう語っていた。まあおかげで彼女は奉仕活動として無償で受付嬢として働いてくれる上に、スタッフ扱いでギルド対抗戦にも(スケジュール次第だけど)参加してもらえることになって、東ギルドとしては良いこと尽くし。
うん、さすがに搾取のような気もするのだけど、支給品の制服を手渡したとき、それを両腕でギュッと胸に抱きしめながら浮かべた恍惚の表情を考えると、きっと彼女の中では釣り合っているのだろう。
──そう、価値観は人それぞれだもの。
「あのぉ」
「っと、失礼しました! いらっしゃいませ」
左隣に意識を向け過ぎて、気付くのが遅れてしまった。
私のカウンター前に立っておずおずと小さな声をかけてくれたのは、黒短髪にガウン状の白長衣を羽織った小柄な女性。その目元は長めで重めのパッツン前髪によって半分以上が隠され、表情が読み取りにくい。
確か彼女の名はケイト。魔術士で、冒険者ランクはまだ初級だったはず。
本職は魔法薬関係の仕事らしく、以前から売店に試供品を持ってきたりしていた。実戦での魔法薬の使用感を確かめたいと言い出して、冒険者契約をしたのが確かふた月ほど前のこと。
「えっと……クロエさんは、今日はいらっしゃらないのですか……?」
「ああ、はい。今日は彼女、ちょっと所用がありまして」
「そう……ですか……」
表情は見えないけど、声のテンションは露骨に落ちていた。
「よろしければ、私のほうでご用件をお伺いします。依頼をお探しですか?」
クロエからしか依頼を受けたことがないはずなので、安心してもらえるよう柔らかに微笑みかけながら問いかけてみる。
彼女は前髪の向こうからしばらく私の顔を見つめて、おそるおそる口を開いた。すぐ目の前にいても、ぎりぎり聞き取れるくらいの小声で。
「あの……ごめんなさい、ダメなんです……もっと冷たい目で、えぐるように、見透かすように、見てくれないと……モチベーションが……」
──あ。
そういうことか。そもそも彼女が冒険者契約をしたのも、もしかしたらクロエから依頼を受けることそのものが目的だったのかも知れない。
なんだか色々と察してしまった私は、しかし一考ののちに妙案を思いついていた。
「では、彼女からではいかがですか?」
言って視線を左に向けた。「何でしょう?」という顔でこちらを見るグレースの氷蒼色の瞳と、レンズ越しに目が合う。
ケイトも釣られるように彼女の方を向いて、そして硬直する。
「…………すてきです」
うわ言みたいに呟いて、ふらふらとグレースの前まで歩いていった。
やがて、どうやら満足のいく依頼を請け負うことができたらしいケイトは、グレースの淡々とした「いってらっしゃいませ」に送られて、軽い足取りで入口扉に向かった。
「あ、ところで」
途中で何か思い出した様子で足を止め振り向くと、カウンター前まで戻ってくる。
「こちらで魔法毒を呷った暗殺者が、奇跡的に生き延びた、という噂を耳にしたのですが。ほんとうですか?」
「事実です。暗殺者がそこにいるセシルさんの治癒魔法で回復するのを、この目で見ましたから。魔法毒が不良品だったのだろう、という見立てです」
変わらず淡々と答えるグレースに、思わず苦笑を浮かべてしまう私。ちらり右側に視線を向けると、ベアトリスも半困半苦笑のような複雑な表情を浮かべていた。
「でも、おかしいんです。回復用の魔法薬に不良品は有り得ない。だから、それを反転させた魔法毒にも、不良品は存在しないはずなんです」
「──有り得ない?」
問い返す私。魔法にはあまり詳しくないけれど、断言できるものなのだろうか。
「有り得ないというか、有ってはならないんです。だって、ひとの命に関わるものだから、そういう風に作りました」
ケイトの小声がいつの間にか、しっかり芯の通った言葉になっていた。前髪の向こうに、自負を宿した瞳の光が見えた気がする。
「それを誰かが勝手に反転させて、魔法毒にした──」
ふと、思い出す。
十年前、この国は蒼白病という疫病の猛威に晒された。当時の聖女ひとりでは、とても治癒が追い付かなかった。そんなとき、とある天才魔術士が特効魔法薬を開発して、病禍は収束に向かった。
その後、特効魔法薬を基にして、以前より格段に強力かつ安価な現行の魔法薬が開発され、瞬く間に普及して──女神信仰の衰退の決定打になった。
たしかその天才魔術士は当時、十代前半の少女だったと聞いている。
「──私の開発した、大切な魔法薬を」




