第22話 受付騎士グレース 後篇
本職は魔法薬関係の仕事。彼女に対する認識は決して誤ってはいない。ただし彼女は「私の開発した、大切な魔法薬」と口にした。
つまり彼女こそが蒼白病の特効魔法薬を開発した天才魔術師。そして女神信仰衰退の決定打となった人物──なのだろう。
なんとなく勝手に、もっと冷たくて上から目線な感じの人を想像していた。ちょっと反省。
「ありえないことですが、あなたの治癒魔法が魔法毒の効果を緩和した可能性がある、ということ。ありえないけれど、そう考えるしかないです。運が良かったでは片付けられない」
彼女は羽織った白長衣の懐から小さな箱を取り出して、そっとカウンターに置く。真綿の敷き詰められたその内側から、慎重に小瓶を摘み上げる。
「これは純潔薬と呼ばれる、特殊な試薬です。魔法に反応して色を変え、その構造を複製します」
コルクで蓋された親指サイズの小瓶は、透明な液体で満たされていた。
「複製? 魔法を再現できるということ?」
「いいえ、あくまで魔法の構造を記録するだけで、再現できるわけじゃない。それをもとに魔法を研究するための試薬です」
私の疑問に対して、カウンター右側からお馴染みのベアトリスの解説が届いた。ケイトは少し驚いたように彼女の方に顔を向ける。
「近年の魔法の飛躍的な進化も、その純潔薬のおかげ。そして、それを開発したのもあなたですね、魔調士ケイト」
魔調士。そう呼ばれてケイトは、一瞬だけ躊躇ってから無言でうなずく。
あまり一般的な称号ではないけど、魔術士の中でも研究開発に心血を注ぐ人々は、好んで自らそう名乗る。まあ、肩書きが二つあるなんてわりと普通──なのは、たぶん東ギルドだけか。
「それで、ひとつお願いがあります。この純潔薬に、あなたがそのときに使った治癒を掛けてみてほしい。もし再現できれば、魔法毒の抗魔剤を作れるかもしれない」
前髪に隠れて瞳は見えない。けれど彼女の声から、真剣さは伝わってきた。
「──セシル。お断りしても、いいと思うわ」
「ありがとう。でもいいの、やってみる」
ベアトリスの気づかいが嬉しいけれど、私はケイトの差し出した小瓶を、両手のひらで受け取った。
ほんとうに魔法毒の抗魔剤を作れるとしたら、それで救われる命があるのなら、拒絶する理由は何もないから。──ええもちろん、商品化の際は協力費について別途交渉させていただきますが。
「魔力を感知しやすいよう瓶をすごく薄くしてあるので、気を付けて扱ってください。もう、この薄さを再現できる職人さんがいなくて」
たしかに、少しでも力を入れたら割れてしまいそうな脆さを肌に感じる。だから私はそれを手のひらに乗せたままそっと包み込んで、目を閉じた。
ちなみに、やってみるとは言ったものの、私は治癒魔法を使えない。
ただいつものように、そこに宿る想いに、願いに、祈りに──私自身の祈りを同調させるだけ。
けれど純潔薬はその名の通りに無垢で、どこまでも無色透明だった。それよりも私の手のひらを充たしたのは、脆い小瓶そのものに込められた想い。遥かな未知の先を追う探求心と、深い哀しみと、その根源の、ただ命を救いたいという純粋な願い。
「──この小瓶は、誰かから受け継いだものですか?」
目を開けて、問いかけた。
「え? ……はい、私の魔調士としての先生から譲り受けたものです。純潔薬の原理も、蒼白病の特効薬も、理論の九割は先生が組み上げたものですなんです。でも」
ひと呼吸置いて彼女は続けた。まるで罪を告白するかのように、言葉を絞り出して。
「先生の娘さんには間に合わなくて……私はただ、足を止めてしまった先生から託されたものを、ゴールに運んだだけ」
そうか。たしかに彼女が開発したと自ら口にしたのは、いま普及している魔法薬のことで、特効薬については言及していなかった。
おそらくは、娘を失ったショックで開発を進められなくなった師の意志を継ぎ、彼女が特効薬を完成させたのだろう。
「……あ。こんな話、聞かされても困りますよね」
「いいえ、聞かせてくれてありがとう。でも、きっと」
天才魔術士という冠は、彼女にとって本意ではないのかも知れない。
「想いを託せる人がいるのは、幸せなことです」
その言葉に彼女が小さく息を呑んだところで、ほんの一瞬だけ、私の指の隙間から微かな光が漏れた。
「今の、ですか?」
前髪の向こうから私の手をまじまじと見つめるケイトに、無言でうなずいて手のひらを開いた。
「……ありがとうございます」
感謝の言葉とともに、彼女は小瓶を慎重に持ち上げる。左右からグレースとベアトリスが興味津々で覗き込む。
「透明のまま、ですね」
「検出できなかった、ということかしら?」
「う……相手が人じゃないと、なんだかやりづらくて……」
二人の言葉に、とりあえず言い訳してみる。けれどケイトは首を横に振った。
「それはそれでおかしいんです。普通の治癒魔法なら、魔法薬と同じように緑色系の反応が出るはずで、どんなに弱くても無色ということはありえない。だからそれは」
静かに、彼女は結論を口にする。
「魔法じゃない」
落ちかけた沈黙は、入り口ドアが開く音ですぐに中断される。入館してきたのは、これといった特徴のない平凡な女性冒険者。彼女はグレースの前までまっすぐ歩いて、身にまとっていた灰色のマントを脱いで差し出した。
「……ただいま。これ、役立った」
とても聞き覚えのある低体温な声。彼女の姿はいつの間にか、ショートボブの黒髪の頭上に三角耳を生やした獣人族の少女──普段はカウンターのこちら側に座っている、クロエのものになっていた。
ただし今日は受付嬢の制服でなく、動きやすそうなノースリーブの黒装束の胸元に蒼星石をぶら下げている。それは今朝、ギルド対抗戦の攻撃対象に指定した南ギルドに出立する前までは紅星石だった。
つまり我ら東ギルドは対抗戦の得点をひとつ手にしたということ。
実は王太子が、自分自身が(この場で)狙われたとき使われた認識阻害魔効付き隠形外套を「これを使って奇襲したまえ」という伝言とともにグレースに託してきたのだった。
攻撃や防御に直接関わらない魔効が無効化されないことは、先日行われた西ギルド×北ギルド戦で確認済みだという(ちなみに試合は攻撃側の西ギルドが勝利。プリシラの高笑いが聞こえた気がする)。
その策をギルドマスターであるヨモギさんが「なかなか面白いじゃないか、文武両滅のくせに」となぜか嬉しそうに採用した。
──そしてクロエは、たった一人でまんまと勝利をもぎとってきたわけだ。
しかし、それどころではないのがケイトである。
突然、目の前に推し受付嬢が出現したのだ。いつもはカウンターの向こう側にいる彼女が、今はすぐ隣にいる。しかもいつもの見慣れた制服じゃない私服(?)姿だ。
「くくくククロエさんんッ!?」
だから裏返った声とともに、手にしていた純潔薬の小瓶を思わず取り落としてしまったとしても、何らおかしくない。
「あっ」「あ!?」「あ……」
クロエ以外の受付嬢が揃って声をあげる中、呆然としゃがみ込んだケイトは、しばしうずくまった後、カウンターの陰からゆっくり立ち上がる。
彼女が志と共に師から受け継いだ、同じものを作れる職人がもういない、魔法研究の要とも言えるだろう儚く脆い小瓶は──ひび割れのひとつもなく、透明な液体をたたえていた。
「──運が良かったようですね」
グレースの淡々とした言葉に、ケイトはゆっくりと首を縦に振った。
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※ギルド対抗戦得点速報!(カッコ内は残り攻撃可能数)
東:4点(2) 西:4点(2) 南:2点(2) 北:2点(3)




