第19話 上級受付嬢イゾルデ 中篇
『これよりギルド対抗戦第一試合を開始いたします。資格を有しない者、および試合に参加しない者は、ただちに受付ロビーから退去してください』
──宣言したイゾルデのあまりに硬質に澄んだ声は、もはや魔法人形めいて聞こえた。
彼女はカウンターから向かって右手の休憩スペースに背を向け、コルセット前に両手を重ねて、背筋をまっすぐに立つ。
受付との間に特に敷居はないのだけれど、足元が境界線なのだと、たぶん全員が納得した。
ちなみに今日の休憩スペースは、対抗戦の観客で普段の何倍も賑わっている。入場料で銅貨一枚くらい取っても良かったのではとちょっと思ってる。
そんな観客たちが席から立ち上がり、がやがやと騒々しくイゾルデの一歩後ろに横並びになった。
「ちょっ! おい押すなって!」
若い男性がひとり、押し出されてイゾルデより前によろけ出る。
『──退去してください』
そう繰り返して彼女が、男性の側の片手をすうっと横に払っただけで。
「もごッ!?」
見えない壁に押しつけられたような顔で、男性は観客の中に押し戻されていった。だけでなく、更に観客全体が二歩分ほどイゾルデの後方にずれた。
おそらくは魔法と呼ぶより純粋な魔力自体による物理干渉。どのくらいすごい行為かよくわからないけど、ベアトリスが隣で息を飲んで「すごい」と漏らしたので、きっとものすごいのだろう。
さきほどまでの騒々しさが嘘のような静寂のなか、残りの星石を手にしたベアトリスが席を立ち、後方のドアからスタッフルームに姿を消した。
『防衛側。東ギルド、蒼星石、及び資格者三名を確認しました』
イゾルデの声に応えて、私が首から下げた石が蒼くぽわんと明滅する。
『攻撃側、紅星石の受付ロビー侵攻を確認次第、開戦となります』
がちゃり、と扉の開く音が聞こえたのは、しかしギルド入口ではなくて、後方からだった。
「──ベアトリス!?」
「わたくしも、このギルドの一部ですから」
残りの星石をスタッフルームに置いて戻った彼女は、まっすぐカウンターの自席に座る。その瞳の碧に宿る強さを見て、私は早々に説得をあきらめた。
私たち東ギルドは、彼女を対抗戦の参加者から外して戦略を練っていた。一戦目は私とクロエとライザと、売店側に控えるもうひとりの四人で挑むつもりだった。
ベアトリスは元・王太子妃候補なご令嬢なのだから、それが当然だと考えてしまった。
──あなたはもうとっくに東の一部なの。だからギルドを守りたいなら、あなた自身もその中に含めなきゃダメ。
執行者襲撃の日、彼女にかけた私自身の言葉を思い出す。
少数精鋭である我が東ギルドにとって、対抗戦の優勝特典である強制トレードはなんとしても阻止したい。これは演習であっても、東ギルドを守るための戦い。
ならば彼女も東ギルドの一員として、参加するほうが当然だろう。
「ありがとう。頼りにしてる」
「はい」と淀みなく答えるベアトリス。
『防衛側、資格者一名追加を確認しました』
「──ちょうど、あちらさんもご到着だよ」
イゾルデとライザの声が重なる。
バタンと勢いよく扉の開く音は、今度こそギルド入口からだった。
なだれ込んで来るかと身構えたけれど、彼らは悠然と一歩ずつギルドの床を踏みしめて入館してきた。
「邪魔するぜ」
先頭、飾り気のない鉄鎧の上に黒のジャケットを羽織って、戦槌を肩に担いだ長身の戦士。石像のように彫りの深い顔立ちに、無精ひげを生やした壮年男性だ。
「重戦士アーベル。おそらく王都でも指折りで歴戦の冒険者です。いかなる窮地でも冷静に戦況を見極める、鋼の精神と肉体を持つ男」
ベアトリスが解説してくれる。そう、情報こそが心強い彼女の武器だった。
「やめてくれ嬢ちゃん、さすがに照れる。事実だがな」
渋い低音で淡々と反応する。照れているようには思えないけれど、口角は微かに上がっていた。
「所属は南ギルド。安定した成果を上げる実力派が多く、職人ギルドと呼ばれている。在籍者のベテラン率が高いのも特徴」
「──ほう。よく調べていらっしゃいますね」
「感心してる場合? 手の内がバレてるってことでしょ」
二人目、紺の魔法長衣をまとって柔和な笑みを浮かべた青年が肯定し、三人目、艶やかな赤紫色の革鎧の女性が呆れながら栗色の長髪をかき上げる。鎧と同色の眼帯が、その左目を覆っていた。
「魔術士マリウス。水魔法の達人級で、先の先を見通し戦術を組み立てる策士でもあります。そして双剣士ゾーラ。彼女については……」
「……『双雷』の二つ名で呼ばれる、王都最速にして最強の双剣士だ」
ベアトリスの解説を、途中からライザが引き継ぐ。彼女の二つ名は、私も聞き及んでいた。
革鎧の両肩からは、背負った双剣の柄がそれぞれ斜め上を向いて生えている。そして胸元には、リーダーの証である紅星石が揺れていた。
「そしてウチが駆け出しの冒険者だったころ、すっごくお世話になったひとでもある」
カウンターに背を向けたライザの表情は見えないけれど、その声に恩人と戦うことへの抵抗感はない。ただ高揚感だけが伝わってきた。
『攻撃側。南ギルド、紅星石、及び資格者三名を確認──』
イゾルデの美声が響く。五人のうち二人はおそらくギルドの外で待機して、戦況を見計らって途中参戦するのだろう。……ここまで、ヨモギさんの予測通り。
『──これより対抗戦第一試合、南ギルド×東ギルドを開始します』
宣言と同時に、リーダー二人の胸元の星石がぽわんと仄かに明滅して──紅い残光と共に、私の視界からゾーラの姿が消えた。
ガガギギィン!
至近距離で爆ぜた金属音は、二重に聞こえた。
一瞬で間合いを詰めたゾーラの左右の長刃剣の双撃を、ライザは片手で掲げた黒鋼の片手戦斧で受け止めていた。さらに背面から腕に掛けて引き締まった褐色の筋肉が盛り上がり、双刃を撥ね上げる。
その勢いを借りて間合いを離したゾーラの傍らに、悠然と歩を進めていたアベールが並ぶ。
マリウスは長杖を斜めに構えて呪文を詠唱しはじめていた。
ゾーラが不敵に笑って、口を開く。
「ふうん。三年で育ったのは、胸だけじゃなさそうね」
「ああ、胸も腕もとっくに追い越してるってトコ、見せてあげるよ」
負けじと不敵に応じるライザ。
ゾーラのまとう皮鎧は、動きやすさを重視した体型に密着するタイプ。だから体の線もわかりやすく、同性でも惚れ惚れするくらい無駄なく引き締まっていて、胸部もそれに準じている。
対するライザのビキニアーマーもまた惚れ惚れする、というより本音は妬ましくもある、迫力の大型胸部装甲。
──こんな時だけど、さすがにちょっと聞き捨てならない。追い越したということは、つまり。
『……いや、三年で育ち過ぎでしょ……』
ぼそりと聞こえた美声に、たぶん観客含め全員が同意しただろう。
私同様の慎ましい胸元を盗み見つつ、大先輩とは意外と仲良くなれそうな気がしていた。




