第18話 上級受付嬢イゾルデ 前篇
ギルド対抗戦開催期間となる月の一巡のはじまりに、各ギルドには星石と呼ばれるペンダント状の魔法石が付与される。
紅星石3個と蒼星石3個の合計6個。これらの星石は紅が攻撃の権利、蒼が守るべき得点、そしてどちらの色も模擬戦の勝敗判定装置として機能する。
「──というような形になったようです、最終的に」
対抗戦初日。ベアトリスは左手に紅を3個、右手に蒼を3個、菱形の石がぶら下がったペンダントを揺らして見せる。いつも通りカウンター右側に彼女、中央に私、左にはクロエ。
「攻撃側のリーダーが紅を、防御側のリーダーが蒼を身に着ける。攻撃側が防御側の星石を壊したら制圧成功」
左手の紅を右手の蒼にそっとぶつけながら彼女は解説する。石が触れ合い、しゃらしゃらと涼しげな音が響いた。この星石は一定威力以上の物理および魔法攻撃を与えることで破壊でき、それが勝敗の判定になる。
「そうなったら攻撃側の紅が蒼に変色する、という仕組みのようです」
「蒼は得点だから、破壊されたら防御側が1点を失い、攻撃側が1点を得るわけね」
「ええ。逆に防御側が攻撃側の星石を壊したら防衛成功。ポイントは変わらず、攻撃側が攻撃の権利を1回無駄にする」
「紅を賭けて、勝ったら蒼を得るみたいな? なんだか、いろいろ考えたんだろうなあって感じね……」
蒼星石を1個、受け取る。そこに昨晩、薄く浮かび上がった盾の紋章が、我らのギルドがさっそく攻撃対象に選ばれたという証。
手のひらで複雑に絡み合う魔力を感じながら、それを首にかけた。初戦のリーダーは私が勤めることになっている。
「本当に大丈夫なの、セシル」
首を傾げながら問いかけるベアトリス。波打つ銀髪がはらりと一筋、不安げに寄せられた眉の上に垂れる。
対抗戦の参加者はそのギルドの専属契約冒険者か、マスターを除くギルドスタッフから合計五人まで。なお、蒼星石を付ける防衛側のリーダーはギルドスタッフから選定すること。
東でマスターを除いたスタッフは受付嬢だけ。なので必然的に、リーダーは受付嬢が務めることになる。
私は「大丈夫」と微笑みながらうなずき返す。相手がどのギルドになるか、防衛側には知らされない。であればクロエは攻撃に集中し、他のメンバーで私を守る形がいちばんどんな状況にも対応できる。ギルドマスター・ヨモギさんの判断だった。
カウンターの左に視線を送ると、いつも通りに無表情のクロエが、任せなさいとばかりに二本指を振っている。
「そうそう、ウチらに任せておきなって」
朗らかな声は、売店の方から姿を見せたアマゾネスの戦士ライザ。奥の試着室ではヨモギさんが、ぎりぎりまで今日の参加メンバーの装備を調整してくれていた。今はもう一人の調整中だろう。
「頼りにしてますね、ライザさん」
「ああ。ヨモギさんのおかげで、今日は全力以上が出せそうだよ」
一見、彼女の愛用する黒鋼の片手戦斧も、ビキニアーマーの胸部装甲の迫力もいつも通りだろう。
けれど、それの締め付けの絶妙な力加減だとか、斧の持手布の巻き直しだとか、サンダルの革紐の通し方だとか、そういった細やかな調整の積み重ねなのか、驚くほど体が思い通り動くようになる──売店の装備購入特典として『調整』を受けた冒険者は、そう口を揃える。
「さて、そろそろ時間かな」
私の前に歩み寄った彼女は、褐色の背中をこちらに向けてカウンター前に立つ。背中で私を、守ってくれるかのように。
「そう言えば、対抗戦の審判って誰がやるんだっけ? よっぽど公平に見れるひとじゃないと後から揉めそうだけど……」
「はい、なので対抗戦を取り仕切るのは、ギルド間の利害関係の外にある存在」
「ってことは?」
ライザの問いを受けて口を開こうとしたベアトリスを、遠くから聞こえる鐘の音が黙らせた。
王都中央の冒険者ギルド本部の時計塔に吊るされている、巨大な『刻告の鐘』。精巧なからくりで一刻ごとに時を刻み、人々の生活を午前と午後で十二刻ずつに分ける。
──鐘の音は二度。開戦の時間だ。
ギルド入口のドアが音もなく開いて、足音もなく、すべるように白い姿が入館する。
折れそうに華奢なその身を包むのは、ブラウスとコルセット付きプリーツスカート──私たちと同じ受付嬢の制服に見える。
ただしブラウスの白色のみならず、丈の長めのスカートは灰白色、背に絹糸のように流れる白銀の長髪、陶磁器の滑らかさと乳白色の肌、閉じられた両目を飾る睫毛は冬の朝に降りた白い霜。
まるで色彩を失ったかのように、すべてが白で一統されていた。そしてガラス細工じみた繊細な造形の美貌の左右に、真っ直ぐ尖って伸びる白い耳は長命種の証。
ベアトリスが、静かに口を開く。
「……冒険者ギルド本部所属、上級受付嬢イゾルデ。彼女が、審判です」
私と同世代に見えるその女性は、250年前にギルドが創立された当時から受付嬢の職を全うする、私たちの大先輩である。




