16【前】王太子ジェームズ
「明日からねえ」
「明日からですねえ」
来客の途切れたカウンターで私の漏らした溜め息に、右隣のベアトリスが追従する。
そう、ついに明日からギルド対抗戦が開幕してしまう。
「けっきょく五人揃わなかったわねえ」
「揃いませんでしたねえ」
トーマスとライザは即断で引き受けてくれたけど、その他の専属候補の皆さんは最後まで答えを濁したままだった。
結局、保留にしていたアルバートに頭を下げて専属契約をお願いした。すごい笑顔で「しょうがねえなあ」と言いながら承諾してくれた。
「やっぱり、初心者向けのお遊びギルドって風評が足枷になってるのかしらね」
「東を利用してくださる冒険者さんたちの多くは、それが実態でないことを理解してくださっている……はずなのですが……」
そして二人の溜め息がハモる。
王都で定期的に発行されるギルド情報誌『冒険者になろう』の巻末付録である受付嬢格付表は、冒険者の生の声を参考に作られているので、実態に即した指標として重宝されている。
美貌と知識と人柄、すべて兼ね備えたベアトリスは王都全体でも二番人気。最新版ではついにティアSを獲得して一番に並んだ。
不愛想ながら冒険者の実力を見抜き完璧な依頼を選ぶクロエの眼力も評価が高い。獣耳クール美少女な容姿にも隠れファンが多く、ずっとティアA+を維持している。
ちなみに私ことセシルは、受付嬢としてすべてが中の上ながら、受けた依頼が妙に上手く行く縁起のよさを加味してB+とのこと。褒められてるのか、貶されてるのか……。
まあとにかく、受付嬢ティアの平均は東ギルドが王都トップ。そう、少数精鋭なのです。そのおかげもあってか、利用者はむしろ増加傾向にあるくらい。
──ほら、今も入口のドアが開いて、カウンターに近付く足音が複数聞こえる。
そして少数精鋭だからこそ、ギルド対抗戦の優勝特典である強制トレードはなんとしても阻止したい。
ベアトリスかクロエを獲られて、やる気のない腰掛け受付嬢を押し付けられたりしたら、それはもう東ギルド存亡の危機になりかねない。
「やあ、こんにちは」
近付いていた足音がカウンター前に到達し、甘く柔らかい男声が鼓膜をくすぐった。
悠然と佇む長身を見上げると、キラキラに美形な笑顔がある。
「いらっしゃいませ」
頭を下げつつ、記憶をさかのぼる。見覚えのある顔だった。輝くような黄金色の長髪、澄み渡る青空色の瞳、仕立ての良い純白の立襟シャツで高貴に微笑むその様はさながら王子様のような──
「──ジェームズ殿下!?」
慌てて顔を上げ、確かめる。こんなに近くで見たのは初めてだけど、間違いない。美貌と放蕩ぶりで世にその名を轟かせる我が国の第一王位継承者──ジェームズ王太子殿下その人だ。
「おお、余を知っていてくれるか。うれしいね」
「いいえ。このお方はジェスター様です」
ジェームズ(?)の言葉を食い気味の早口で取り消すのは、背後に控える黒地に白エプロンのメイドさん。
「さる高貴なお家柄の御曹司ではありますが、ジェームズ王太子殿下とはまったくの別人にございます」
彼女は淡々とした早口で続ける。おそらく私より少し年上だろう。濃茶の髪を頭頂でお団子にまとめ、きりりと凛々しい眉に銀縁メガネのよく似合う知的美人さんだ。
「おっとそうそう、ジェスターだった。自分で決めた偽名なのについ忘れてしまう。今日は国王陛下の命でね、身分を隠して王都のギルドを視察して回っているんだけど、どうにもすぐにバレてしまうんだ」
額を抑えて首を振る芝居がかった仕草と共に、悩ましげに言うけれど、そもそも隠す気ないですよね。
彼は確か今年で二十四歳。この軽薄さに加えて文武両ダメ、良いのは顔だけという評価と、女癖の悪さばかりが聞こえてくる。
かつては神童と持て囃されていたものの、そうなっては人々が『暗君まっしぐら』と国の未来を嘆くのも無理からず。
──メイドさんの方から、「チッ」と小さく何かが聞こえた気がした。
「というわけで余のことはジェームズではなくジェスターと呼んでくれるかい、美しい受付嬢さんたち」
「はい、それではジェスター様。今日はどういったご用件でしょう?」
「さっき言ったろう? こくお……もとい、父上に視察を命じられてね」
「ジェスター様は本日、冒険者ギルド出資者組合の名代として、各ギルドを視察訪問しております」
「そうそう、そんな感じ。で、東が最後というわけさ」
しかし、この調子で各ギルドを周って来たのなら、少し気になることがある。
王太子は王弟派──つまり彼の叔父にあたるブラムス殿下を支持する一派から、命を狙われているとの噂があった。『暗君まっしぐら』よりも、影は薄いが実直な王弟を次期国王に据えたい勢力だ。
公の場なら、全面兜と全身鉄鎧で隈なく身を包む近衛騎士『鉄騎乙女』が傍らで護りを堅めているけれど、今日はメイドさんだけ。
──なんだか少し、嫌な予感がしてきた。
けれども当のジェスターは、メイドさんから手渡された『冒険者になろう』最新号を、ご機嫌な鼻歌と共にぱらぱらめくっている。
「そちらがベアトリス嬢だね。いやあ聞きしに勝る美しさだ」
「……光栄ですわ」
応えたベアトリスの顔をチラ見して、驚く。眉を寄せ口をへの字に歪ませて、めちゃくちゃ嫌そうなしかめっ面をしている。
どんな冒険者にも分け隔てなく笑顔で接する彼女のこんな表情は初めて見た。けど、そうか。彼女は、北の隣国の王太子から婚約破棄され、『龍の庭』に捨てられ、さらに先日は刺客を差し向けられた。だから『王太子』という存在への嫌悪感が顔に出てしまうのかも知れない。
「うん、すばらしい。きみに会えただけで、ここに来た甲斐があったよ」
ちょっとだけジェスターが可哀想に思えるけど、気にしてなさそうだから別にいいか。
「そしてこちらがクロエ嬢。うん、これはまた心臓がえぐられそうに素敵な瞳だ。ぞくぞくするね」
彼を見るクロエの無感情な灰色の瞳は、いつも以上に冷たく研ぎ澄まされていた。もしや王族という最高ランクの標的を目の前にして、暗殺者の本能に火がついてしまった、なんてことは……さすがにないだろうけど。
「──しかし、いちばん興味深いのはきみだな、セシル」
「はい? 私ですか?」
不意の名指しに、思わず問い返す。ジェスターは「ああ」とうなずき言葉を続けた。
「きみが余に向ける目には、畏れも媚びも蔑みもない。まるでただの人として見られているようだ。そんな受付嬢は、他のどのギルドにも居なかった」
正面から私の瞳を覗き込んでくる。その目は、意外なくらいに真っすぐだ。
「いったいきみは、いかなる視座から世界を見ている? なんだか、まるで……」
彼が何かを言いかけ、言い淀んだそのとき。カウンター右側、ベアトリスの前に冒険者が一人並んだ。これといった特徴のない軽装の男は、挨拶のように自然な動作で片腕を振る。
──その袖口から生まれた無数の黒い刃が、ジェスターに向け宙を走った。




