5
目が覚めると暗くじめっとした無機質な部屋だった。
「目が覚めたか」
男がいた。
おぼろげな意識がはっきりし始め、記憶が繋がり始めた時、目の前にいる男があの初老の男だという事に気付いた。
「お前……!」
動こうとした瞬間、ぎっと自分の腕や足が後ろに引っ張られるような違和感が襲った。
何だと思って見ると、両手両足が椅子に頑丈に縛り付けられていた。
「おい、なんだこれは?」
思いっきり睨みつけたが、男は無表情で冷たい視線を向けるだけだった。
なんだこいつは。これはどういう事だ。
必死に頭を働かせる。
――あ。
そして思い出した。ここに来る前の最後の記憶。
『あなたが殺した娘の親です』
そうだ。確かにこいつはそう言った。
娘。娘。つまり女。
俺が殺した女。心当たりは一人だけだ。
「あんた、平井鞠子の父親か」
その瞬間男の顔が少しだが、はっきりと歪んだ。
それは明らかに俺に対しての憎しみからくるものだという事も分かった。
「今までバレなかったのも不思議だったが、まさか父親に捕まるとはな」
「これでも元刑事なんだ。だいぶなまくらになって、時間はかかってしまったがな」
「へぇ……で、俺をどうする? 殺すのか? それともいたぶるのか?」
「なぜ、助けなかった?」
「なぜって。無駄だろう」
「無駄とはなんだ!」
その瞬間思いっきり顔を殴られた。歯がごりっと抜ける感触と共に一瞬で口の中が鉄さびのような味で満たされた。
「あいつはまだ生きていた。すぐに助けを呼べば死なずに済んだ。だがお前は、助けずにすぐにその場から逃げた。お前は人殺し以下の鬼畜生だ」
そう言ってまた逆側から顔を殴られた。
ドラマや映画などでよく見るが、殴られるというのがこんなにも痛い事を改めて知った。
しかし……。
「鬼に鬼とはな……」
「何?」
こいつは知っているのだろうか。自分の娘がしている事を。それはある意味俺と同等に鬼畜生だと言われても仕様のない所業だろう。
「自分の子供を虐待するような奴こそ鬼だろうが」
喋る度に血をべとべとと床に垂れていく。
「何故、知っている」
おや?と思い、俺は顔を上げた。
男を見ると、怪訝な表情でこちらを見ている。
――なんだこいつ。やっぱり知らないのか。
情けない親だ。元刑事だなんてお堅い仕事をしていながら、自分の娘の教育は全く出来てもおらず把握もしていなかったという事か。
「くくくっ」
思わず笑いが漏れた。
「刑事じゃなくても、ネットを使えばなんだって分かるんだよ。あんたの娘の事も、お前の事だって知ろうと思えば簡単に分かるんだよ今の世の中ってのは」
そう言ってやると今度は明らかに怯えが表情に混じった。
だがそこで違和感を覚えた。娘の事を言い当てられたとして、ここまで怯えるものだろうか。
「鬼か」
男が少し目を伏せた。
「あいつにとっては鬼だっただろうな」
「は?」
「お前の言う通りだ」
こいつは何を言っているんだ。何かが噛み合っていない。
「俺はあいつを、鞠子を……」
――こいつ、まさか。
「虐待していたよ」




