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58.説得フェーズ

 あの後、聖龍の洞穴に着いたのは朝日が昇ってしばらくした頃だった。

 まあ傷治したり顔中べたべたにされたり普段よりも無茶苦茶に走りまわったりって散々あったから仕方ないことではあったんだけど。

 でも問題はそこではない。

 多少遅れたくらいどうってことない。

 洞穴に入ったら聖龍が棚の荷物広げて整理しながら「なんじゃ、逃げたかと思っておったわ」とか言うくらいだから全然問題じゃない。

 殴ってやろうかと思ったけど。


 本当に問題なのは、どうやって遺跡の奥の龍を探しに行く了承をもぎ取るかだ。

 あの最後に通路の奥から聞こえてきた咆哮、若干様子はおかしかったけど間違いなく龍のものだった。

 正直胸が高鳴ったね。

 何故かって、ここにいる間は新しい龍玉を手に入れるのは無理だろうなーって思ってたからだ。

 それが、蓋を開けてみれば腕の治療をしつつ聖龍から色々教えてもらい、さらには龍玉を手に入れるチャンスすら生まれた。

 一石二鳥ならぬ三鳥だ。

 やりたかったことを全部叶える機会なのだ。

 ならやらないわけにはいかない。


 ただ、多分それを正直に聖龍に言っても許可されない気がするんだよなー。

 いや、それならそれで無理にでも潜るつもりだけど。

 そうしたら腕の治療はそこで終わりだろうけど、この二週間毎日見てたんだから何度かやってコツを掴めば聖龍の手を借りずともできると思う。

 けどこう、心情的にね?

 できれば聖龍とはちゃんと円満に別れたい。

 だからどうにか許可をもぎ取らないといけないんだけど……いや無理そうだな?

 二週間前、私が聖龍にあの遺跡を見せた時の反応を思い出してほしい。

 過保護かってくらい心配し尽していた。

 それが、「奥まで行きたい」なんて言われて許すだろうか?

 どう考えても無理でしょ?

 しかもちょくちょく怪我して帰ってきてるのに。


 だから口が重いんだけど、うん……いや、でもそのうち言わなきゃいけないことだ。

 悩んでるよりさっさ言ったた方がいい。

 ええいままよ!


「聖龍」

「んー?」


 床に並べた荷物を腕組みしながら眺めていた聖龍が、振り向かないまま返事をした。

 ふー……よし。


「遺跡の最深部を目指そうと思う」


 覚悟を決めてそう切り出すと、聖龍がゆっくりと振り返った。

 特に感情は見えない。

 普段通りの表情だ。


「何故じゃ?」

「龍がいる。倒して龍玉を奪いたい」

「駄目じゃな」


 そうして荷物の方に向き直ると、広げていた荷物を片付け始めた。

 対する私は動けずにその場で固まっていた。

 まあ、確かにいい顔はされないだろうなとは思っていた。

 私に魔力を使って身体能力を上げる方法を教えてくれた時、ちらっと危険な目に遭わないように、みたいなことを言ってたし。

 私が怪我をして帰ると口が酸っぱくなるくらい怒るのも、私に怪我をして欲しくないという一心なのだろうというのはわかる。


 ただ、私としてはそうも言ってられない。

 イケおじという強敵を倒すのに、危険を冒さずなんて舐めたこと言ってられるわけがない。

 だから聖龍に歩み寄り、細い肩を引いて強引にこっちに向き直らせる。


「どうして?」

「言わずともわかるじゃろう。危険だからじゃ」

「そんなことわかってる」

「ならばそれ以上言うことはない。大人しくしておれ」


 鬱陶しそうに振り払われた。

 カッチーン。

 そんなふうにされて大人しく引き下がるほどこちとらお行儀よくないんだよ!

 また肩を掴むと、聖龍は苛立ったように振り向いた。


「何をそう焦っておるのじゃ、お主は。その龍は遺跡を縄張りにしておるのじゃろ? ならば放っておいても逃げはせん。十分に力をつけてからでも遅くはなかろう」

「そうやって逃げ続けてたら、いつお母さんを殺した奴らを皆殺しに出来るか分からない」

「だとしても遺跡にいるような奴なぞ止めておけ。わざわざ相手の得意な狩り場に飛び込む必要もなかろう」

「相手も龍。狭くても広くても条件は同じ」

「見知らぬ場所で、その場に慣れた龍と戦うのが危険だと言っておるのじゃ。わしが気付かぬのじゃからいつからいるのかもわからん。お主の魔力の操作技術には目を見張るものがあるがな、長く生きた龍は狡猾じゃぞ」


 ぐうの音も出ない正論過ぎる。

 問題は相手がいるのが地下で、加えて咆哮を聞いただけでその姿まで確認していないということだ。

 力量を知らないまま相手のフィールドで戦うのは博打が過ぎる。


 でも。

 でもだ。

 イケおじは若くても四十歳前後に見えた。

 若く見積もってそれだ。

 もっと上の可能性もある。

 この世界の平均寿命がどんなもんか知らないけど、日本みたいに八十まで生きるなんてことはないだろうし、いつ死んでもおかしくない。

 だというのに悠長に勝てる保証がある相手だけ、なんて言ってられると思う?

 元々無茶は承知で私は復讐を誓ったんだ。

 これくらいの無茶もできないでどうする。


「でも、私は待てない。手遅れになるかもしれない」


 私がその場限りの考えで話してるんじゃないのがわかるように、聖龍の緑の瞳を真正面から見つめる。

 聖龍もじっと見つめ返してきた。

 多分、ここで目を逸らしたら聖龍は絶対に頷かなくなる。

 そうなったらもう私は何と言われようが強行突破で潜るし、気まずくなってここに戻ってくることはないだろう。

 お互い無言のまま張り詰めた空気が流れる。

 まだ足りないかと思って口を開きかけたその時、私より先に聖龍が大きく長く息を吐いた。


「はあ……まったくこの頑固者が……わかったわかった。ただしその腕が治るまでは辛抱せよ。それくらいは我慢できるな?」


 む……まあそこが妥協点……かなあ……。


「……わかった」


 渋々、本当に渋々頷く。

 腕が無いよりもあった方がいいに決まってるし。

 一ヵ月弱待つしかないのはちょっと不満だけど、仕方ない。

 受け入れよう。


「わかりやすく嫌そうじゃな。そんなにか」


 聖龍がちょっと呆れたように笑いながら聞いてきた。

 まあそりゃ嫌だよ。

 気が逸って逸って仕方がないし、この状態で一ヵ月もお預けとか気が狂いそうになる。

 まあ聖龍の言ってることは理に適ってるし仕方ないんだけどね。


「まあよい。これから飯の支度をするところじゃ。食うか? どうせ寝てないじゃろうし寝ててもよいが」

「食べる」


 時刻は昼過ぎくらい。

 今から寝る気にもなれないし、散々走った後でお腹も空いてるからちょうどいい。

 にしてもこれだけ聖龍とピリピリするのは3度目かな?

 1回目はまあ出会った直後だったから仕方ないとして、2回目は蛇の魔物とやりあったときで、3回目が今。

 私としてはちょっと気まずいけど、聖龍は気にしてないみたいだし、切り替えていこー!


「なら服を着て先に外で火を起こしておいてくれるかの」


 はーい。

 ぱぱっと服を着て言われた通り外に向かう。

 そういえば私、焚き火の仕方とか全然知らないんだけど。

 にわか知識だけどなんか薪の重ね方みたいなのなかったっけ?

 仕方ない……景気よく魔法で行くか。

 魔法でガっとやれば大体どうにかなるって、あたい信じてる。


「……お主」


 ん?

 呼び止められて振り向く。

 聖龍はこっちを見ずに片付けながら言った。


「どうしてそこまで復讐を望むのじゃ?」


 あ?

 聖龍は私がピキリそうになったのを感じたのか、振り向いて手をひらひらしながら付け加えた。


「茶化しているのではないぞ。そういえば聞いていなかったと思ってな」


 む、そういうことか。

 いやそれにしたっていきなりどうしたって話だけど。

 まあ4000年も生きて、私よりも色んなことを経験してきた聖龍の考えてることなんて私には分かるはずもないか。

 ただ、その質問については悩むことはない。

 初めから私の中で答えは出てる。


「ちゃんと愛してくれたから」


 それに尽きる。

 私は親からの愛が無償のものではないことを前世の実体験として知ってる。

 まあ小さい頃ならいざ知らず、流石に高校生くらいになってからは慣れてなんとも思わなくなったけどね。

 私と両親だった人は相性が悪かった。

 それだけの事だ。


 けどお母さんは違った。

 前世の記憶があって、生まれた直後からはっきりとした自我があった私は相当薄気味悪かったはずだ。

 なのにお母さんはちゃんと愛してくれた。

 自分の子供として世話を焼いてくれた。

 だから私は私を愛してくれたお母さんを殺した奴らが許せない。

 殺すように指示した奴らも許せない。

 だから殺す。


 ……まあ難しく言ってるけど、別に私は自分がそんなに変なことをしているとは思ってない。

 力がないから諦めるだけであって、誰だって家族を殺されたら死ぬほど憎むでしょ。

 龍だから幸運にも復讐という選択ができるだけで。


「……そうか」


 聖龍が静かに言った。

 うむ、そうだ。


「さて、あまり話し込んでいては───」

「聖龍は?」


 そういえば、私もお母さんが死んだ事をどう思ってるか聞いてなかった。

 向こうが先に聞いてきたんだから聞き返すくらいいいだろう。


「お母さんが死んだのを知った時、なんて思った?」

「……怒りも憎しみもなかった、と言えば嘘になる。しかし人とはそういう生き物じゃ。関わった全てを貶め、支配し、己らの下に置かねば気が済まぬもの。……わしには何を憎めば良いのかすら分からん。それらは直ぐに悲しみに取って変わった」


絞り出すように聖龍が言った。

顔は見えないけど、その言葉に嘘がない事が声音でわかった。


「お主が生まれる前に、あやつが何をしておったか知っておるか?」

「知らない」

「あやつはな、なんの勝算もなく魔王に挑むだけだった勇者に、自らに勝てるようになったら討伐に出るよう説き伏せ守っておったんじゃ。一度知り合った縁だから見殺しにはできぬと」


 勇者か……。

 まあお母さんに勝てる人間なんてまずいないだろうし、そういう事にもなるか。

 昔のお母さんを知ってるならちょっと会ってみたいな。


「それが3年と少し前にな、卵を孕んだと。仔を育てるのに人の中では不安だから森に移るつもりだと報告に来おった」

「え」


 は?

 勇者と一緒にいて?

 卵ができたって?

 待って、今まで全然気にしてなかったけど、なんか凄い嫌な想像ができちゃうんだけど?


「じゃあ私のお父さんって……」

「ああ、くく、そうもなるか。安心せい、お主の父親は勇者ではない。そもそも人と龍の間に生まれた仔は半龍にしかなれんよ。というか……ふむ、言うべきか迷うが……」

「言って。全部。包み隠さず。言え」

「お主に父親はおらんよ。わしもそうじゃが一部の龍は雌雄問わず己のみで卵を産むことができる。予め言っておくがお主はできんからな」


 雌雄問わず……自分のみで……?

 いや私ができないのはどうでもいいけどさ……龍って、なに、雌雄同体で単為生殖可なの?

 アメーバかなにか?


「その時の調子によるが望めばいつでもな。まああまりやる意味もないが」

「お母さんはどうして?」

「さあの。そこまでは聞いておらん」


 なんか……なんか凄いな……。

 や、けど、てことは私が産まれたのはお母さんが望んだからか。

 そう考えるとちょっと嬉しいな。

 子供を望んだのに私みたいな前世の混じり物が産まれたお母さんの心中や如何にって感じだけども。

 まあお母さんは嘘偽りなく愛してくれたし、どっちもハッピーって事でしょう。


 よし。

 父親がいないってのは複雑な気持ちだけど、お母さんからそれでも有り余る愛情を貰ったんだから問題はない。

 そしてそんなお母さんを殺した奴らはやっぱり許せない。

 絶対に地の果てまで追い詰めて殺す。


「ほれほれ、いつまでも飯が食えんぞ。さっさと火を起こしてこい」


 話してる間に荷物を片付け終えた聖龍が調理器具を準備し始めた。

 確かにお腹も空いたしここらにしておこう。

 さて、今日のご飯はなにかな〜?

 まあ、毎日大して変わり映えしないんだけどね。

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