表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/77

54.聖龍ゼミ開講のお知らせ

「そこに座れ」


 は、はい。

 私は聖龍の巣穴に帰ってくるなり、腕組みした聖龍にそう言われていた。

 有無を言わさぬ聖龍の語気に押され、少し縮み上がりながら地面に腹を着けて足を揃え、翼を畳む。


 えっ、えっ。

 あ、あのー、聖龍さん?

 もしかしなくても怒ってらっしゃいます?

 そんな怖い顔されるとさすがの私でもちょっと怖いなー、なんて……。


「わしが何故怒っておるか分かるか?」


 え、えっと、なん……ででしょうね……。

 あれですかね、タンスに小指ぶつけたとか……。

 なんて答えたら火に油を注ぎそうな気がしたので何も言わなかったら、怒ったままの聖龍に顔を両手で挟まれた。

 そして言い聞かせるようにグリグリと顔を動かされる。


「あれだけ気をつけよと言ったのに! お主が怪我して帰って来るからじゃ!」


 あー……。

 いやでも怪我は仕方なくない?

 だって遺跡にいたわけだし、そりゃ多少怪我するくらい……。


「それが引っ掻き傷や噛み傷くらいならわしも気にせんがな。何故お主は肉を食いちぎられておるんじゃ! また油断したのか! 痛い目を見ねば分からんのか!」


 耳が痛い……。

 実際完全に油断してただけあってバツが悪い。

 こういう時は論点ずらしである。

 早速別の切り口から意識をずらしてみよう。


 あ、そういえばほら、今日の晩御飯取ってきましたよ。

 これ、立派な雄牛でしょう?

 これなら2人分にはなるんじゃないかと思うんですよね。


 なんて狩ってきた獲物を咥えて差し出したら、聖龍がバシンと素手ではたき落とした。

 それだけで口から牛がもぎ取られ、地面にズンと沈む。


 え、嘘でしょ。

 そんな犬がおもちゃ咥えてきたみたいなことなる?

 それ数百キロはあると思うよ?


「のう。お主が痛い目見ねば学ばぬと言うのなら、わしが痛い目に遭わせてやってもよいのじゃぞ。なに、脚も翼も切り落とし芋虫のようになろうとも、死なぬならばいくらでも治してやるから安心せい」


 そう言って私の目を覗き込む聖龍の目はマジだった。

 本気と書いてマジと読むやつ。

 落ちた腕をも治す回復魔法の使い手が、その力をフル活用して痛めつけてやろうかと、本気で脅しをかけてきた。


『え、遠慮しておく……』


 きまりが悪くなって目を逸らす私を、聖龍がじとーっとした目で睨みつける。

 これ人間の姿だったら冷や汗ダラダラだったと思う。

 それくらい圧が凄い。


 しばらく聖龍は縮み上がる私を睨みつけていたが、やがて諦めたように大きく息を吐いた。

 それと同時に震え上がるような怒気も霧散する。


「はあ……。ほれ、人になれ。治してやる」


 すぐさま人になる。

 こ、怖かった……。

 今まで経験したどの時よりも怖かった……。

 さっき罠に巻き込まれかけたのなんか比べ物にならないくらいだった……。


 私が人になって座ると、聖龍も私の対面に座り込んでふくらはぎの怪我の様子を診始めた。

 あの、足持ち上げないでください。

 転びそう。

 なんて言える雰囲気でもないので黙って地面に手を着いて体を支える。


「ふむ、まあ怪我をしてそう経っておらんから簡単に治せるな。肩も見せてみよ」


 素直に背中を向ける。

 聖龍が肩の傷の周りを押したりしているのを感じる。

 なんか神経が露出してるせいかむず痒いな。


「こっちも同じじゃな。さっさと治してしまうぞ」


 そう言って聖龍が肩の傷の周りをトントンと叩いた。

 するとよく見えないけど聖龍の魔力が辺りに広がり、それから私の傷に流れ込んだ。

 温かいそれが過ぎ去ったあと、触れてみるとすっかり元通りになっていた。

 足の傷も同じようにして完全に治療される。


「立って歩いてみよ。問題ないな?」


 聖龍に支えられつつ、慎重に立ち上がって歩いてみる。

 おお、なんの違和感もない。

 至って正常だ。


「ありがとう」


 凄いな、こんな簡単に治せるのか。

 これ、使えるようになったら便利そうだなあ。


「よしよし。ならばそこに座れ」


 うっ。

 お説教ですか。

 あの、できればさっきみたいに威圧感振りまくのはどうにかやめて貰えませんかね……私の硝子のハートが砕け散りそうです……。


 と思ったけど、どうやらそうではないらしい。

 それよりか少し呆れたような感じだ。


「何度も言ったじゃろう。お主は考えが浅いと。龍の力に酔いしれ、どれだけ危機的な目に遭おうが最後にはどうにかなると思っておる」


 そ、そんなことないもん……。


「龍の危機となるのは龍だけ。それは認めよう。普通に生きていれば龍をも殺す規格外どもに会うこともそうないからな。じゃがそれは龍の姿であったらの話じゃ。龍の優位性というのは、魔力を散らし、剣を弾くその鱗の堅牢さに由来するもの。わしらの鱗を容易く切り裂く者を相手取るとどうなるか、お主はその身をもって実感しておるじゃろう」


 それは……確かにそうだ。

 私の鱗を豆腐みたいに切り裂くイケおじを相手にした時、私は何も出来なかった。

 むしろ死角になる腹の下に潜り込まれ、首と腹に深手を負って右腕まで切り落とされる始末だった。


 一撃加えればそれでノックアウトまで持って行く自信はあるけど、体の小ささを利用し俊敏に動き回る相手じゃそれすらも難しい。

 私の大きな体が完全に的になっていた。


「お主が人の姿になっている時はその優位性が失われておる状態。加えてまだ体の扱いがなっとらんお主は力も速さも頑強さも、一般人に毛が生えた程度じゃ」


 そりゃわかってる。

 だから人の姿で戦う練習をしようとしてたんだし。


 今の私が街に紛れ込んで冒険者とか傭兵のいざこざに巻き込まれた時、龍という事を隠したまま身を守ろうとしたら魔法に頼るしかない。

 けど、前に人前で魔法を使った時の反応を見る限り、私の魔法は人間の域を軽々と超えている。

 言うなれば今のはただのメ〇だ、を地でやってしまってる感じ。


 そんなの使ったら目立って目立って仕方がない。

 だからなるべく目立たない物理で身を守る必要があった。

 その練習をしようとして、初っ端からあんな目に遭うとは思ってもみなかったけど。


「ふむ……お主、今わしを殺せると思うか?」


 は?

 どうした急に?

 思わず呆気に取られて聖龍を見つめてしまった。


「じゃから今、その人間の姿のままわしを殺せると思うか?」


 え、それは……無理じゃない?

 だって魔法の扱いでも完全に上を行かれてるし、身体能力も段違い過ぎる。

 龍の私の頭を蹴り飛ばして脳震盪を起こせるような相手と人の姿で戦って勝てるはずがない。


「殺せない」


 そう結論を付けて正直に答える。


「そうじゃろう。わしはやろうと思えばお主の頭をねじ切って殺すことができるがな。じゃが、それが常に可能かといえばそういう訳でもない。鍛えたからと言っていつでも常人離れした膂力を発揮出来る訳でもないんじゃ。ほれ、手を出してみよ」


 言われた通りに素直に手を出してみる。

 そしたら、聖龍が私の手を掴んで位置を調整した。

 丁度ボクシングのパンチを受ける時みたいな感じだ。

 え?

 パンチみたい?


「今からお主の手を思いきり殴る」


 待て待て待て!

 そんな事されたら腕粉々になりますが!?

 ドパンと弾けてミンチより酷くなりますよ!?


「大丈夫じゃ。お主が心配するような事にはならん」


 うえ、でも、ええ?

 う〜。

 まあそう言うなら……。


 びっくりして下げた手を、おっかなびっくりまた上げ直す。


「ほれ、しっかり見ておくんじゃぞ」


 自分の手が弾け飛ぶところは見たくないんですけど……いや聖龍はならないって言ってるけどさ。

 怖いものは怖い。


 聖龍が腕を引き、私の手のひら目掛けて一気に突き出した。

 私の目から見ても言葉通り思いっきり殴る気だと言うことが分かった。


 だが、思わず身構えた私の予想に反して、その衝撃は遥かに軽いものだった。

 パン! と皮膚がぶつかる乾いた音を立てて聖龍の拳を受け止める。


 あれ……?

 ヒリヒリはするけど大して痛くないぞ?

 ギリギリで手加減した……訳じゃないよな。

 最後までちゃんと振り切られてる。

 なんでだ?

 不思議に思って手の中の聖龍の拳をぐにぐにとしてみる。


「拳に仕掛けはないぞ」


 そしたら聖龍が笑いながら手を引いた。

 じゃあなんで?

 さっき牛をはたき落としたのとか、前に私の突進を受け止めたのだってこの程度の力じゃ到底できないはずだ。

 だから私は聖龍が人の姿でも龍と遜色ない力を持ってるんだと思った訳だし。


「どうして戦いを生業としている者が、そうでない者よりも圧倒的に力で勝るのかは知っておるか?」


 えーと、確か前に謎男が言ってたな。

 魔力の循環がどうたらこうたらだっけ?

 ……あ?

 魔力?


「体の内側で、魔力を操作してる?」

「そんなところじゃ。奴らは鍛えるうちに無意識でそれをやるようになる。あれもある種の才、わしのような才のない者は自らの意思で魔力を操作し、それを適切に配分して体を強化しておるんじゃ。体を鍛えて操るか、魔力操作を鍛えて操るかの違いじゃな」


 あー!

 そういうことか!

 人が体を鍛えると、それに伴って魔力が活発になって、結果的に体を流れる魔力の量が増えて力が強くなったり頑丈になったりする。

 そういう理屈なら魔力を直接引っ掴んで体の中をぐんぐん回してやれば同じ効果が得られる!

 どころか、量が自由自在なんだからいくらでも強くできる!


 はー……なるほどなあ。

 じゃあ今聖龍が私を殴ってもなんともなかったのはそれを止めてたからか。

 だから見た目通り子供のパンチの威力しか無かったって事だ。


「まあ何が言いたいかといえば、わしと言えど人の姿で油断をすれば容易く死に至るという事じゃな。さっきお主はわしを殺せんと言ったが、それはわしが油断せず常に周りに気を配っているからじゃ。わしでさえそうなのに、お主が気を抜けばどうなるか、痛いほど思い知ったじゃろ?」


 思い知りました……。

 二度と味わいたくはねえです……。

 痛み的にも屈辱的にも。


「それでじゃ、わしはこれをお主に教えようかと思っておる」


 マジですか!?

 是非ともお願いしたい!


「初めは教えるつもりはなかったんじゃがな。まともな頭があるのなら、力の及ばぬ余計な危険に首を突っ込むこともないと思っておったんじゃが、どうやらお主は力が無くても首を突っ込むようじゃしな?」


 あれ?

 耳が痛いな?

 お説教終わってなかった?

 てかさりげなくディスってない?


「それならいっその事教えて現実を突きつけてやるべきかと思ってな」


 やったー!

 聖龍太っ腹ー!

 なんか不穏な気配がしたけど気にしなーい!

 じゃあ早速やろう!

 早く知りたい!


「今から」

「待て待て、もうすぐ日が暮れる。治療はあまり暗くならん内に始めたいし、終えればお主はまともに動けんじゃろ? 明日から教えてやるから今は我慢するんじゃ」


 む、むう……。

 確かに……。

 納得してしまった……。

 逸る気持ちを抑え、上げかけた腰を下ろす。


「よしよし。さて、今日はもう治療を始めねばならんな。準備をするからそこで待っておれ。済んだら川まで行くからの」


 はーい。

 巣穴に引っ込んでいった聖龍を見送る。


 はー、ようやく力の秘密が分かるのかー。

 この後の治療はまあ憂鬱になるけど、明日のことをを考えればそれも吹き飛ぶってもんよ。


 これでイケおじを殺すのにまた一歩近づける。

 私にとってはそれが何よりも嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ