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戦いは終わり

3話連続別な人視点の巻。主人公って誰だっけ?

 また一つ、何かが爆ぜるような音が響いた。

 グラムロックは振り返ることなくその原因を察して、意識的に強く舌打ちをし、上段から振り下ろされた刀身を右手の剣で受け止める。

 立合いの中の一瞬生まれた停滞は、すぐにまた動へと移った。右手の短剣を鞘に閉まったラウムがナイフを投げたのだ。

 ケクロプスは拘ることなく即座に剣を引き距離を取る。そして油断なく剣を構えたままグラムロックの後ろに目をやった。

 グラムロックもまた、意識は自分の後ろにあった。


「ラウム!てめえあのバカスカうるせえアホぶん殴ってこい!」


 彼らの後ろにいる、グラムロックがアホと評した少女。

 黒龍が忽然と姿を消した森で拾った、名前のない黒髪の少女は、一度も剣が触れていないのにも関わらず傷だらけであった。

 グラムロックが言った傍からまた彼女の周りへと魔力が集うのを感じた。ほとんど間を置かないでまたその魔力が暴走して破裂する。

 何もしていないのに少女が傷だらけになる原因。それは魔法を使えば己を傷つけると分かっている状況でも頑なに魔法を行使することだった。

 手の内で魔法が四方八方に飛び散り、その余波が彼女の白い肌を嘗める。少女は痛みを堪えるかのように眉を寄せた。

 その、一見無意味に見える行動に、魔法を制限している原因であるケクロプスが勝ち誇った様に叫んだ。


「繰り返せば突破できると自棄にでもなったか! 無駄だ! それは我が生涯、我が才の全てを注いだ物! 今や龍の鱗すらも足元に及ばない魔法封じの代物となったのだ!」


 龍の鱗は魔力を分散する。あまり知られていないことではあるが、そういった作用は確かにある。もしケクロプスが言う通りにそれすらも超えたと言うのなら、事実上魔法の使用は不可能に近い。

 だが、それでも彼女は魔法を使おうとする。また集められた魔力が暴走し、爆風が彼女の髪を焦がす。

 愚直にその無意味な行動を繰り返すのが、グラムロックは不快だった。

 何故ラウムの意志を汲んで守っているのに、当の本人が勝手に死にかけるのか。


「引きずって屋敷の中にでも放り込んでおけ!気が散る!」

「そんな余裕ないってば!」


 グラムロックの要請は、標的を変えたケクロプスの猛攻を、辛うじて捌いているラウムに断られた。

 意識が自分から離れていることにこれ幸いと、グラムロックは一息で傷だらけの少女に近づき腕を掴んだ。


「気が散るし邪魔くせえから引っ込んでろ」


 そして無理にでも退避させようと引き摺るが、抵抗を感じて振り返る。片腕の少女は足をつっぱって耐えていた。その表情には微かに怒りの気配を感じる。

 それでもお構い無しに移動させようとして、だがたとえ屋敷に放り込んだとしても直ぐに戻ってくるだろうと考え直して説得を試みた。


「いいか、てめえがここにいんのはラウムのお人好しのおかげだ。俺としては今すぐてめえを斬り殺しても構わねえんだぞ」


 それが嘘ではないことを示すために少女の白い首に剣を当てる。少しでも引けば彼女は死ぬだろう。

 だが、少女は恐れることなく刃を手で押し返すと、何の感情も伺えない声で言った。


「短気」

「あ?」


 そして彼女はグラムロックの腕の傷に手を伸ばした。彼も黒髪の少女程ではないが、身体中に捌ききれなかった剣に受けた無数の傷がある。

 それも深刻な傷ではないが、それでも剣を振る度少し違和感のある傷だった。

 その傷に彼女の指が触れる。そしてグラムロックが感じ取れるギリギリの魔力が注がれた。

 まさかと思ってよく見てみると、血に汚れてはいるが傷が綺麗に塞がっている。

 グラムロックはハッとして思わず少女の顔をまじまじと見た。今のは紛れもない回復魔法だ。それを最小限の魔力だけでグラムロックに見せる意味。その目は彼を試すように光っている。

 グラムロックは自分の顔がニヤリと歪むのを堪えきれなかった。


「分かった。隙は作ってやる。 念話はできるか?」


 彼女がコクリと頷く。


「なら俺とラウム、あと囲ってる騎士の奴らを繋げ」

「長くは保たない」

「指示出来るだけの時間がありゃいい」

「だああ無理!」


 そうやってグラムロックと少女が話している所に、ケクロプスの切り上げを両手の短剣を交差させて受けたラウムが冗談みたいに吹き飛ばされてきた。空高く飛ばされて、グラムロックと少女の傍で受け身を取って転がる。そして立ち上がったと思ったら即座にグラムロックに噛み付いた。


「私は真正面から斬り合うタイプじゃないのっつの! 押し付けんな脳筋!」

「今からコレが全員を念話で繋ぐ。指示出すから聞いとけ」

「は?」


 そんなラウムの疑問は置き去りにグラムロックは距離を詰め、油断なく剣を向けるケクロプスに斬りかかった。

 それを受け止めながらケクロプスが嘲笑う。


「何か企んでいるようだな! 魔力の暴走に私を巻き込むか? その前にあの方の首を飛ばしてやろう!」

「そういう運任せも嫌いじゃねえけどな」


 まだ怒りが続いているのか、語気の荒いケクロプスにグラムロックは冷静に言い返し素早く剣を引いた。そして切っ先を前に突き出す。ケクロプスはそれを払いながら身を傾けて躱すも、しかしその先に投げ込まれたナイフを避ける事が出来ずに左手で叩き落とした。掌から鮮血が流れ落ちる。

 ケクロプスの顔が歪む。グラムロックはその隙を見逃さず突き出した剣をそのまま横に薙いだ。ケクロプスは片手で持った剣でそれを受ける。

 だが、足を刈るように振り抜かれたグラムロックの蹴りには反応しきれず、足を取られた。


 怒りか、疲労か、どちらにせよケクロプスの動きは精細を欠いてきた。

 このままならもしかすればグラムロックとラウムだけでも勝てるかもしれない。そんな考えが浮かぶも、勝利を確実なものにする為にもグラムロックは頭を振ってその考えを追い払った。


『繋いだ』


 その時、頭に少女の声が響いた。念話を繋げたらしい。感知を避ける為に、ケクロプスが体勢を崩して余裕のない時を狙うのは有難い。

 グラムロックはケクロプスに追撃しつつ、急に女の声が聞こえた事に動揺する騎士達に向けて言った。


『そこのボロきれみてえな女が念話を繋いだ。繰り返さねえからよく聞いとけ。お前ら全員、さっきの俺の指示は無視しろ。俺とラウムに合わせてあの野郎の隙を作れ。巻き込まれるなよ』


 返事を待たないまま次はラウムへと聞く。


『あの蝙蝠野郎はお前が魔法を使えるのに勘づいてるか?』

『多分気付いてない。構築作ってる暇無かったし』

『なら次あのボロきれが魔力を暴走させた時に魔法を使え。隙ができるなら何でもいい』


 聞こえた訳では無いが、ラウムがそれを了承した気配が伝わった。念話は何度か使った事はあるが、この独特の気配は慣れないものだ。

 今はそれを無視して次は少女に指示を出す。


『分かったな? なるべくラウムの魔力を隠すようにやれ。タイミングは任せる』


 今度はなんの気配もなかった。だが、そう言い終わってから念話を切った事から、理解したのは間違いない。

 そう判断してグラムロックはケクロプスの剣を大きく避けて距離を空けた。ケクロプスが踏み込んでくる。

 が、そこにラウムが飛び込んで来たことで追撃は諦めざるを得なかった。仕方なしに足を止め、ラウムの両手の短剣による息もつかせぬ攻撃をギリギリの所で捌く。

 その中に生まれた一瞬の隙を、ケクロプスは剣が弾かれたように見せかけて体を大きく回して横から蹴りつけた。

 受けることができずモロに食らったラウムが、体をくの字に折り曲げて地面を転がった。地面に横たわった体はピクリとも動かない。


「さあ、女は落ちたぞ。あとはお前だけだ」


 ケクロプスが勝利を確信してニヤリと笑う。

 グラムロックはそれに応じずに横たわるラウムに目をやった。ラウムに駆けつけた騎士がグラムロックを見る。その目は問題ないと言っていた。

 ひとまずその事に息を吐く。ならいい。生きているなら安いものだ。


「1対1か。ちょっとばかり厄介だな」

「虚勢を張るな。その心の内には焦りがあるのだろう」

「いや全く」


 なんてことも無いようにグラムロックは言った。

 そして改めて剣を構え直して腰を落とす。


「いい加減俺も疲れてきたんでな。そろそろケリつけるぞ」

「いいだろう。お前の事は強敵として、そして私を侮辱した愚かな人間として覚えよう。名はなんという」

「グラムロック・ニーズベルグ。お前は名乗らなくていいぞ。死ぬやつに興味は無いからな」

「人間如きが!」


 ケクロプスが怒りに頭に血を昇らせて踏み込んだ。

 それを冷静に見返しながらグラムロックは思う。

 戦場では我を忘れた者から死ぬと言ったのは、一体どこの誰だったか。

 グラムロックの目にはケクロプスの両脇に斬り込む二人の騎士が写っていた。完璧なタイミング。グラムロックでも防ぐのは難しい一撃。

 だが、ケクロプスは驚異的な反応速度でそれを知覚すると右からの斬撃を剣で受け止めた。それでも左からの剣には反応しきれず、掲げた左腕に騎士の剣が深く食い込んだ。ケクロプスが痛みに歯を食いしばる。

 もうあれでは回復魔法でも使わなければ使い物になるまい。

 そして、目論見通りだ。

 深い一撃を与えた二人は追撃すること無く素早く距離を取った。


「雑魚が……! 小癪な……! だが腕が一本使えなくなったところで貴様らに負ける訳がない!」

「かもな。じゃあこいつでどうだ」


 辺りの空気が変わった。比喩でもなんでもない。黒髪の少女が魔力を高めた事で、肌で感じ取れるほど濃密な魔力が一帯を覆ったのだ。彼女の長い黒髪が、魔力の波を受けて激しくはためく。

 魔法として発現した訳ではない、単に溢れ出した魔力だけで肌がピリピリと痛んだ。その中心にあって、少女が腕を前に出す。

 それを向けられたケクロプスの顔に焦りが走った。


「馬鹿な! 発動するはずがない! 」


 だが、その膨大な魔力すらも囮だ。その発動の瞬間が見られていては躱されるかもしれない。だからこその囮。

 グラムロックの視界の端にラウムが起き上がるのが見えた。少女の魔力に紛れるように構築が組まれ、それが形となる。

 ラウムの手から離れた白いそれは、少女の魔法を警戒するケクロプスの眼前までふわふわと漂い、そして強烈な光を放った。


「ぐっ! 目くらましか! 小細工を!」


 隙が生まれた。2秒か、3秒か。ケクロプスは完全に視界を奪われている。あとは黒髪の少女が魔法を放てばそれで終わり。

 だがもしもの場合に備えてグラムロックは騎士達に手で合図を出し、魔法に巻き込まれず、それでいて仕留めきれなくても即座にトドメを刺せる配置に着いた。


 屋敷すら一撃で半壊させるようにすら思えるその魔法は、しかし放たれる前に魔力を霧散させた。辺りのむせ返るような魔力もそれと同じく消える。


「は……?」


 何があった?何か問題があったのか? 騎士達にも動揺が走る。

 呆然として動きを止めたグラムロックに、黒い何かが飛んできた。彼はそれをほとんど無意識のままに剣で切り落とす。それは黒く塗られた、ラウムのナイフだった。

 だが、飛んできた方向にラウムはいない。いるとすればそれは───黒髪の少女だけだ。


「……何のつもりだてめえ」


 ドスの効いた声が出た。

 しかし少女はなんの反応もせず平然とようやく視力の回復したケクロプスに近づく。

 そして、片方しかない腕を横に上げ、庇うようにグラムロックとケクロプスの間に立った。


「答えろ! なんのつもりかっつってんだよ!」


 怒りで目の前が赤く染まった。あと一手、黒髪の少女が魔法を放てばそれで終わった。それを彼女は魔法を消しただけに留まらずグラムロックにナイフを投げ、こうして間に立っているのだ。

 グラムロックは返答次第では即座に首をはねようと膝を曲げた。

 そんな殺意を隠そうともしないグラムロックを少女は一瞥して言った。


「記憶が戻るかもしれない」

「ああ!?」

「ケクロプスは私よりも私を知っているようだった。着いていけば何か思い出すかもしれない。だから殺さない」

「てめえ……裏切るって事でいいんだよなあ!?」


 膝のバネを最大限に生かしてグラムロックは距離を詰めた。あと少しで少女の首に届く。

 だが、それはケクロプスが剣を地面に突き立てて壁のようにする事で防がれた。

 グラムロックは舌打ちして下がる。


「私の魔法を使えるようにして」

「信じても?」

「自分の身は自分で守る」


 少女に頼まれて、ケクロプスは一瞬の逡巡の後指を鳴らした。その余韻も消えないうちに少女から流れ出ていた血が止まり、更に少女の周りに10本近い数の黒い槍が現れた。

 ラウムとの模擬試合でも見せた、闇魔法だ。その威力は折り紙付き。

 その半数がグラムロックを向いている事に、彼女の警戒心が現れていた。そしてその威力を知っているだけにグラムロックは足を止めざるを得なかった。


「戦っている間考えていた。自分の過去を知る事とラウム達の事、どちらを取るか。私は一ヶ月少しの付き合いと過去を比べるなら、過去を取る」


 その場の面々の表情に緊張が走った。さっきの魔力反応でこの黒髪の少女の魔法が常軌を逸していることは全員が体感した事。

 自分達は魔法を使えず、更にグラムロックとラウムが二人がかりで互角の剣士を前衛にした、冗談みたいな魔法をあっさりと行使する魔法使い。

 戦闘になったらグラムロック達の分が悪いのは明らかだった。


「私達を……ケホッ。裏切るの?」


 声がしてグラムロックが振り返るとラウムが騎士の肩を借りて、やっとという様子で立っていた。

 その目は悲しそうに目尻が下がっている。

 そんな反応にも、黒髪の少女は何の感情も見せなかった。


「裏切る。悪くはなかったと思っている」


 言い切られてラウムは目を伏せた。

 確かに仲良くなれたと思っていた。だが、彼女にとってはそうではなかったのだ。記憶を戻す機会があるとなればあっさり切り捨てられるような、そんな程度の物。

 だが───だが、彼女の目にほんの一瞬だけ複雑そうな色が浮かんだのは、ラウムの気の所為だったのだろうか。


「なら教えろ。てめえが龍だってのは本当か? あの森で姿を消した黒龍ってのはてめえなのか?」


 静かなグラムロックの問い掛けに、黒髪の少女はその背中からケクロプスと同じ色の、しかし形は異なる翼と尻尾を出して答えとした。

 人の腕に皮膜が付いたようにも見える禍々しいそれと尻尾。明らかに人ではないと分かるそれを目にして騎士達が息を呑む。


「本当らしい。森の黒龍かどうかは覚えていないけど、多分そう」

「そうかよ」


 それっきりグラムロックは口を閉ざした。辺りに静寂が訪れる。


「行こう」


 それを破ったのは問題の少女だった。口を開く者がいないと見るや踵を返し、ケクロプスにそう促す。

 今の今まで黙っていた男は少女に聞き返した。


「殺さなくともよろしいので?」

「お世話になったから、今はいい。殺したい?」

「いえいえ。あの者らを殺す事よりも、貴女様が我らの陣営に着いてくださる事が重要です。貴女様の気の召すままに」


 そう言って頭を下げるとケクロプスが翼を広げた。それに少し遅れて黒髪の少女も翼を広げる。

 彼女の首から下げられた白いペンダントが、巻き起こされた風に揺れて光を反射した。


 二人が飛んで行く。残された面々はそれぞれの考えを胸に、ただそれを見送るしかなかった。

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