疑惑、浮かんで
魔法が来た方に目を向けてそこにさっき別れたはずの少女の姿があるのを確認した時、私の頭は一瞬真っ白になった。
ホントに。
あれだけ言って、ちゃんと頷いたのになんでここに居るのかって。
そのすぐあとに思考が戻って、真っ先に思ったのは「あの子を逃がさなきゃ」だった。
「これはこれは。私めに魔法を向けたと言うことは、王国に付くという理解で間違いありませんね?」
黒づくめの、あの子がケクロプスと呼んだ男が彼女にそう言った。
あの子の魔法を受けて所々から血を流しているが、どれも大したことは無さそうだ。
あの子は答えの期待されていない質問に無言で手を翳す事で答えとする。
ほとんど知覚できないレベルでの魔法の構築。
何度見ても感じる、魔法を齧っている者にしか分からないその魔力の波の美しさ。
それを操る彼女の超然的な雰囲気と相まって神秘的にすら見えるそれは、しかし彼女の手の内で魔力を暴走させて破裂した。
その余波は使用者へと牙を剥き、彼女が少し顔を歪める。
「折角お教えしたのに、まだ分からないのですか。私がいる限り魔法は使えないのです。つまり、魔法しか力の無い今の貴女は、そこらの一般人と変わらない」
ケクロプスがゆらりと剣を構えた。
あ、不味い。
けど、私がそう思った時には既にグラムが駆け出していた。
「そちらに付くということは、殺しても構わないという事だ」
粘ついた殺意を滲ませて、ケクロプスが彼女へと猛然と迫った。
彼女の身体能力は、正直私にも遥かに劣る。
ケクロプスの言う通り一般人に毛が生えた程度、魔法が使えない状況じゃ対抗する術がない。
が、その剣は間にグラムが割り込むことで防いだ。
あの子へ距離を詰めるケクロプスに肉薄し剣を振るって足を止めさせる。
「悪いな。あれには色々尋問しなきゃならねえんだ」
「死ぬ順番にさして意味はない。邪魔をするのならお前から殺してやろう」
言葉を交わすのはそれだけ。
あとは剣を振るう者ならば惚れ惚れするような剣戟を繰り広げ始めた。
私はそれを横目にしつつ彼女の元へ走り出す。
「グラム頼んだ!」
「二分で話つけろ!」
察してくれるグラム最っ高!
生きてたらハグしてあげる!
そう心の中で声援を送りながら彼女の元へと辿り着き、またケクロプスに腕を向けて構築を始めそうな彼女の腕を掴んで辞めさせた。
とつぜん遮られた事を疑問に思ったのか、私の方を向いた彼女の目には怪訝そうな光がある。
私は腕を引き寄せつつ声を荒らげた。
「バカ!なんで来たの!?帰れって言ったでしょ!?」
「二人で勝てるの?」
「勝てるかどうかじゃない! 君は一般市民! 私らが勝てなかったら逃げるの!」
「戦える力があるのに逃げるのは間抜け」
そう言って彼女は私の腕を払った。
私はまた掴もうと思ったけど、その前に手首を返すようにして掴まれて引き寄せられた。
彼女が顔を寄せる。
「私は逃げない。私に良くしてくれた人が死ぬのは我慢できない」
そう言う彼女の黄色い瞳には力があって、だけどその奥にはほんの僅かだけど翳りがあった。
ずるい。
卑怯だ。
今でこそ吹っ切れたけど、私が彼女と同じように記憶を失くしたときは酷い有様だった。
焚き火でもなんでもちょっと炎がちらつけば体が動かなくなって、夜の帳の中では何も覚えていないのに曖昧な恐怖に襲われて小さくなって震えるしかない。
どんなにいい花の香りを嗅いでも鼻の奥には覚えがない血の匂いがこびりついている。
そんな私が、そんな風に力のある目を向けられたら何も言えなくなるに決まっている。
これはきっと彼女の中の何かを押す状況なのだ。
私が闇を怖がったような、そんな状況。
ただ、彼女にはそれに抗おうと思う力があった。
だからここに来たのだ。
「ラウム!」
グラムが叫んだ。
そろそろ一人で相手をしているのも限界なようだ。
あーもう!うるさい!
私は頭を掻きむしった。
「分かった。今は認める。ただし死なない事!無理だと思ったら全力で逃げる!そのときは私らを置いていくよーに!いいね!」
人差し指を突きつけてそう念を押すが、彼女は頷くような首を傾げるような曖昧な仕草をしただけだった。
あー、これはまたさっきみたいに聞く気ないわ。
もういい。
今はそれで納得しておこう。
「それとあいつぶっ飛ばしたら説教だからね! 絶対逃がさないから覚悟しろ!」
私の宣言に彼女がどんな反応をしたか。
私は自分の目を疑った。
彼女はほんの少し、本当に少しだけ、笑うように薄い唇の端を吊り上げたように見えたのだ。
出会ってから初めて見た、彼女の笑いらしい笑い。
けどそれはすぐに消えてなくなった。
今はいつもの無表情に戻って腕を前に突き出している。
それを見て私も意識を切り替えた。
何をするにもこの局面に切り抜けなければいけない。
今も切り結んでいるグラム達に目を向けると、ちょうどグラムが体勢を崩された所だった。
私は慌ててナイフを引き抜いて投げつける。
黒塗りにされたそれは陽の光を反射することなく正確にケクロプスの喉を狙うも、しかしそれは当たる直前に奴の羽の固い部分に弾かれた。
それでも一瞬隙を生み出すことは出来た。
その間にグラムが剣の間合いの外に出る。
「同じ手が通用すると思うな、女」
「でも隙は出来た」
そう事実を突きつけ、体勢を整えたグラムの横に並び立った。
グラムが短く聞いてくる。
「アレは?」
「アレって。今は目を瞑る事にした」
「そうか」
「後でお説教三割増コース」
「尋問も添えてやる」
「グラムも巻き込んで五割増コース」
即座に訂正したらグラムが声を上げて笑った。
私も同じように声を上げて笑う。
なんかケクロプス引いてる。
そんなに不気味かこの野郎。
「ずいぶんと余裕なようだな」
「当然だろ。魔法が使えねえ奴の相手なんざ慣れてるからな」
「魔法が使えない? 私がか?」
「ああ。今の今まで結構隙はあったろうに、一発も撃ってねえじゃねえか。その時点でだいぶ怪しかったがな」
え、あいつ魔法撃ったんだ。
そんな素振り全く無かったから使えないんだと思ってたんだけど。
「極めつけはアレだな。アレの魔法に対する反応が遅い。知り合いの魔法齧っただけの奴でもその辺敏感だ。あの闇魔法をてめえが使ったとしたら、もっと早く反応してもおかしくねえだろ」
まあ、実際その通りなんだけども。
いくら魔力の感知自体は誰でもできるからって、流石に魔法の構築に慣れ親しんでない人と、普段から使ってる人じゃ反応が違う。
当然使ってる人の方がその辺りの反応は早い。
もし本当に闇魔法を攻撃に使ったと言うなら魔法使いとしての実力は中の上程度はある。
流石に無反応のまま受けるというのは考えづらい。
ていうか、そんな事一回も言ってないのによく分かるねグラム。
勘かな?
「あとついでにお前が言ってる魔法が使えない云々、あれもそんな万能じゃねえだろ。じゃなきゃアレが魔法を使えたはずがねえからな」
そう言われてケクロプスは黙り込んだ。
なんの表情もないけど、多分当たりっぽい。
ってか、うわー。
よくもまあ戦いながらそこまで考えつくもんだ。
あいつ戦いに関してだけは凄い勘がいいんだよなあ。
「認めよう。確かにお前の言っていることは正しい。だが現状は変わらんぞ。あの方は魔法が使えない。お前達は二人がかりでも互角、片方が崩れれば勝てる見込みはない。まだ勝つ気でいるのか?」
勝てるのかって?
当然。
勝たなきゃいけない。
じゃないとあの子にお説教出来ないし。
それは当然、グラムも変わらない。
「人の心配してる場合か蝙蝠人間。その薄気味悪ぃ羽を落として人間にしてやろうか?」
グラムの煽りに、今まで平静を装っていたケクロプスの顔色が変わった。
あいつはその顔に激しい憎悪を滾らせて、視線だけで殺さんばかりにグラムを睨みつける。
「蝙蝠だと? 私をそう呼んだか? あのような下等な生き物と私を並べるな!私は力と恐れの象徴たる龍だ! 偉大なる黑龍クロヒメを母に持つ純然たる龍種なのだ!」
そう言うケクロプスの支線は憎悪に濁り切ってグラムに注がれている。
そのグラムが、私の方を振り返って言った。
「これが逆鱗に触れるってやつか?」
「いらんこと言うな」
緊張感の欠片もないなもう。
力が抜けるから止めてくれない?
と、よく分からない芝居じみた事をしている私たちの背後で、爆発音が響いた。
何事かと振り返ってみれば原因はあの子だった。
また魔法を構築しようとして妨害されたらしく、さっきとはまた別の傷が出来ている。
そんな彼女の様子を見てケクロプスが勝ち誇ったように言った。
「見ろ! 強大な力を持ったあの方の魔法すら私は封じられる! 私は龍すらも超えたのだ!」
龍すらも超えた?
それが彼女となんの関係がある?
ふと嫌な考えが頭を過ぎった。
黒龍が消えた森で保護した、黒龍と同じく闇魔法を使う少女。
そこに関連があるとするならば。
だとするなら答えは一つしかない。
だが、ひとまずその考えは頭から追い払った。
今はそれを考えるよりもケクロプスを仕留めなければならない。
グラムも同じ結論に至ったようだ。
一瞬考え込むような表情をするも、すぐにケクロプスに鋭い視線を向け直す。
「さあ始めるぞ! 魔族と龍の間に生まれた、新たなる龍である私の力を存分に知らしめてやろう!」
そして戦いはより苛烈さを増した。




