黒色の好敵手
「よろしくお願いします!小隊長殿!」
そう言って敬礼してから若い騎士が剣を構える。
なんで俺が、と思わなくもない。
あの森で拾った少女が血塗れで何か報告しに来たみたいだったが、そんな事俺には関係ないと言わんばかりに訓練場の木かげでうたた寝をしていたのだが、足音に気づいて視線を向けるとこの騎士がいたのだ。
その時は遂に闇討でもしに来たかと思ったのだが、その手には訓練用に刃を潰した剣を二本持っておりそうではないと気づいた。
で、結果がこれだ。
ただ訓練をつけて欲しかっただけらしい。
「言っとくけどな、俺のは傭兵流だぜ? 騎士のてめえが覚える必要もねぇような剣だ。指南役くらいいるだろ?」
「剣術とは如何なる物でも必ず通ずる物があると考えます。無駄になることはないでしょう」
「……そうかよ」
少し驚いた。
騎士というのはその地位に無駄に誇りを持っている。
傭兵なんぞ下民、己の欲の為に生きていると考えているような連中ばかりだ。
ところが、この若いのはそう考えずに傭兵の剣から学びを得ようとしている。
まあ、変に固執してるヤツらよりかはまだいくらかマシだな。
「なら好きにしろ。先は譲ってやる」
「では行きます。はあっ!」
掛け声を上げて気合を入れながら騎士が上段から剣を振り下ろす。
お手本のような姿勢だ。
両手は柄に添えて視線は相手の獲物へ、腰を引くことなくしっかりと前へ踏み込む。
が、あまりにお手本過ぎる。
「ちげぇよ」
その振りを防ぐように剣を上げながら左足で踏み込んで、横薙に胴体を蹴り飛ばす。
体を伸び切らせた騎士はもちろん避ける事も出来ずにモロに直撃し、体をくの字に折ってよろめいた。
「剣ばかり見るな、足も見ろ。踏み込み、角度、軸足。どう動こうとまず動くのは足だ。続いて腰、胴、腕、最後に剣。最後だけ見てりゃそりゃ反応なんざ出来るわけねえだろ」
俺の教えに騎士は咳き込みながら頷く。
まさか生粋の騎士に傭兵流を教え込む訳にも行かないが、ちょっとした事ならいくらでも叩き込める。
暇つぶしには悪くないな。
「おら、やるならさっさとこい。実戦ならもう死んでるぞ」
「は、はい!はぁあ!」
「足を見ろって言っただろうが。素直に打ち込むな。フェイントを入れろ。右から打つと見せて下から打て」
打ち込まれる度、その都度弾きつつ指摘していく。
はっきり言って相手にもならない。
ま、そりゃそうなんだが。
「攻めの問題はそんなところだな。次は!」
あらかたの問題点を上げ終わった所で、息をつくまもなく少し強めに反撃する。
上段からの打ち下ろし。
それを新人騎士は両手で受けた。
「お前、新米騎士としてはそれなりに優秀な方だったろ。養成所じゃ首席か?」
「次席……!でした……っ!」
俺としては少し強め位の力でしかないが、新米は全霊で受け止めているらしい。
顔を真っ赤にして小刻みに震えている。
「だろうな。養成所にいる間の成績はいかに型通りに戦えるかだ。そりゃ多少小細工をするやつはいるだろうが、ガキの小細工なんざ大した事じゃない。だが外じゃ違う」
剣を滑らせ、新米の剣の鍔に強くぶつけて衝撃を加える。
ただそれだけの事で新米は腕を痺れさせて剣から手を離してしまった。
新米が慌てて剣を拾おうとするが、その前に顎の下に切っ先を入れて負けを認めさせる。
「これでお前は死んだ」
固まる騎士をよそに剣を引いて鞘に収める。
多少見る所はあるが、実戦に放り込んだらわりかしあっさり死んじまうだろう。
そうならないように経験を積ませつつ指南してやればいいんだろうが、それは俺の仕事じゃない。
指南役にでも任せとけばいい。
「まず一つ目、力で敵わない剣をまともに受けようとするな。腕が痺れるし押し込まれて肩からバッサリやられるぞ。それと二つ目、剣を過信するな。そんなもん腕の延長だ。落として拾う前に殴って蹴って距離を取らせろ。視線を落とした瞬間ぶった斬られて終わりだ」
肩で息をしながら騎士が真面目な顔で頷く。
すぐにはできんだろうが、それならそれで同期と教え合いながら訓練を積めばいい。
「全部引っ括めると教本通りにやるな馬鹿がってところだな。ま、しっかりやれや」
「ありがとうございました!」
頭を下げた新米に訓練用の剣を投げ渡して屋敷に向かって歩く。
さて、さっきラウムと少女が出ていったのが見えたしそろそろだろうと思うが。
「小隊長殿!」
そらきた。
報告を受けて何か会議でもしようってんだろう。
「ナタール様より非常召集命令です。二階会議室までお願い致します」
「わかった」
ナタールがどんな事を考えているかなんて分かりたくもないが、まずは捜索からだろう。
その後は俺は剣を持って切り結ぶだけだ。
作戦だのなんだのの細かい所はナタールに任せた方がいい。
さて、捜索の編成はどうするか。
なんて考えながら足を進めていると、不意に魔力を感じた。
悪寒。
殺意だ。
咄嗟に腰に差していた幅広な愛剣を抜き、飛んできた魔法に添えるようにして方向を逸らす。
その光さえ飲み込みそうな黒い魔法はまるで鉄と鉄が擦れ合うような嫌な音を出しながら軌道を変え後ろの地面にぶつかって凄まじい爆音を上げた。
「思ったよりも技量がありそうだ。今ので死んでもらった方が楽だった」
「ほざけ。てめぇが報告の奴だな?」
魔法が飛んできた方向、空中で翼を広げる男に剣を向ける。
一瞬名前を聞こうかと考えて、だが止めた。
そんなもの必要無いからな。
なにせいきなり殺しにかかってきたのだ。
それなら俺が名前を聞く必要は無い。
なんて名前だろうとここで殺すし、捉えればナタールが嬉々として色々な事を聞き出すだろうしな。
「あのお方はどちらにも肩入れするつもりはないと言っていたが。その日のうちに告げ口とは気紛れな方だ」
一人で整理するかのように声に出すその言葉には節々にあの少女に対する敬意のようなものが滲んでいた。
あの方?
間違いなく人じゃねえ奴から敬意を向けられるとは、やはりただの少女ではなかったのだろう。
無理にでも尋問しておくべきだったか。
が、今は問題の人物はおらず、それは事が済んでからにするとして今は目の前の男だ。
「虫みてえに飛んでねえで降りてきたらどうだ! 危険を冒したくねぇ腰抜けだってんならそこでも構わねえけどな!」
「腰抜けだと? 私が? いいだろう。その侮蔑、四肢をもいで尚吐けるか試してやる」
俺の安い挑発に乗って男がゆっくりと地に降りる。
特に身構えるでもなく悠然とした立ち姿は男がどれほどの実力者なのかを雄弁に語っている。
少しばかりまずいかもしれない。
こいつとまともにやり合ってはおそらく勝てない。
もし一対一だったのならば。
「そりゃあいい。それじゃ、ナイフを受け取れ」
そう言い放ってやると俺の後ろで魔力が膨れ上がった。
傭兵が決闘を挑む時は相手にナイフを差し出す慣習がある。
殺してやるから死ぬ気でかかってこいという意味を持つそれは、今俺の後ろで発射されようとしている魔法が代わりだ。
だが、それが発射される直前、爆発音がして魔力が消えた。
「なっ!?」
慌てて振り返ると、訓練場に面している窓のあちこちが割れていた。
おそらく異常に気づき降りる間すら惜しんでの魔法だったのだろうが、それは目の前の男を貫くことなく自らを焼いてしまったようだ。
「何故だ?」
彼らが魔法の発動に失敗したのか?
確かに極わずかな可能性だが有り得ないことではない。
だが、それが全員?
そうなるとこれは有り得ないことだ。
ならば普段はいないものが原因だと考えるべきだろう。
問題の男は俺の視線を受けて平然としている。
「いくらあの方がすぐに伝えたとはいえこうも間がなければな。周知などできまい」
どうやらナタールの伝達ミスか何からしい。
それは後で一発殴るとして、今はこの男の相手をしなければならない。
「さて、申し訳ないがこの国の文化には疎くてな。ナイフを受け取れとは殺し合いの宣言ということで間違いないか?」
「それで合ってる」
「ならば相手をしよう。お前が私に傷を付けることを期待している」
その言葉を開戦の合図として男は剣を抜くと鋭く踏み込んできた。
それを鞘から剣を抜きつつ受け、振り抜いて弾き返す。
チッ。
だいぶ重い。
それに速い。
甘く見ていたわけじゃねえが、少しでも気を抜けばその瞬間バッサリとやられそうな冴えだ。
こりゃ相手をするのは骨が折れるな。
だが、その前に注意くらいはしとかねえとな。
「てめえら手ぇ出すんじゃねえ! 邪魔だ!」
これは俺とアイツを包囲してる騎士達に向けてだ。
俺の言葉に騎士達の動きが止まる。
ざわつきながら顔を見合せ、剣は下ろさないままその場に留まる。
そのうちの1人が聞いてきた。
「何故ですか!」
「死にてえなら勝手にしろ! ただし邪魔にならねえように離れたところで倒れろよ! 踏んづけるのはゴメンだからな!」
俺のほぼ罵倒の様な注意にプライドの高い奴らは顔を顰めた。
が、命令を破る気はないようで包囲して逃がさないようにしつつ足を止めた。
そして改めて男に向き直る。
その男が不思議そうに聞いてきた。
「数の利を自ら捨てるか? 私は構わないが?」
俺は鼻で笑って返す。
「ゴロゴロ死なれちゃ困るんでな。俺に殺される前に兵力を削ぎたいのなら残念だったな」
「問題ない。お前を殺してから皆殺しにすればいいだけだ」
「ほざけ」
そう言い返して今度は俺から斬りかかった。
剣の重さを最大限生かす上段からの振り下ろし。
だが、そんな大振りの攻撃は当然逸らされて終わる。
それでいい。
大事なのは自分のペースを握り続ける事だ。
一合、二合と剣を打ち合い、その全てを俺から繰り出して相手に余裕を与えない。
それが出来ていればいづれ相手の命を断つ。
そう考えていた俺の首に、相手の剣が蛇のように襲ってきた。
俺は体を傾けてそれを避け、後ろにとんで距離を取った。
「良い反射だ。勘がいいのか?」
「ありがとよ」
男は肩に剣を乗せ、そう余裕を持って言った。
避けなければ死んでいた。
油断も慢心もしていなかったが、相手の剣が予想よりも速かったのだ。
それでは駄目だ。
相手を見くびらず、常に自分を越えていると考えなければならない。
認識を改め、俺は剣を構え直した。
「次は私からだ。行くぞ」
そう宣言して男が踏み込んだ。
俺もそれに合わせて踏み込む。
一歩引いて受け、更に一歩引き、次は横に足を置いて避けながら反撃。
相手は身を屈めて避け跳ね上がるように切り上げた。
それに対応しきれずに俺の腕が弾かれた。
そして当然、その隙が見逃されるはずもなかった。
男の目が獰猛に光り、引き寄せた剣で俺の胴を薙ごうとする。
避けきれない。
腕で受けるか。
死ぬよりマシだ。
咄嗟に腕を差し出して守ろうとするが、しかしその必要は無かった。
ナイフが飛んできたのだ。
オトコは舌打ちしてナイフを弾き、その間に俺は距離を取った。
そしてその先で寄ってきた赤髪を乱暴に撫でる。
「助かった、ラウム」
「あっぶな! 腕一本なら安いとか思ってないよね!?」
「思ってた」
「ぶっざけんな!」
ラウムが俺の腕を叩いて怒る。
だが、それを聞き入れるつもりは無い。
ラウムの頭を上から押さえ込んで注意した。
「いいか、絶対に死ぬんじゃねえ。いざとなったら腕の一本や二本くれてやれ。殺されないで殺せば俺らの勝ちだ」
脅すように言ってやると、ラウムが目をぱちくりした。
そして口の端を獰猛に歪めて笑う。
「オーケー、それだけの強敵ってことね。やってやろうじゃん」
「よし、やるぞ」
ラウムがやると言った。
なら問題はないだろうな。
そうラウムと再確認して俺は男に向き直った。
その男は、ラウムが投げたナイフを拾って眺めている。
「黒塗りのナイフか。暗殺向きだな。お前達は騎士ではないのか?」
「残念ながら、私達はちょーっと変わり者でね。色々あったのよ」
「そうか。まあいい。では返すとしよう」
そう言って男が腕を引いた。
そして遅れて黒い影が三本。
俺は咄嗟に剣で弾き、ラウムは身を屈めて避けた。
そしてボヤく。
「あっぶな。なにあれ、速すぎない?」
多分引き攣った顔してんだろうな。
「そら、来るぞ」
俺は視線を逸らさないまま注意を促して腰を落とした。
結構な距離があったはずだが、男はそれを無かったかのように踏み込んでくる。
どうやらラウムには奴と正面から当たるだけの力がないと判断し、先に俺を潰しに来たようだ。
俺は的確な判断に舌を巻いた。
相手は完全な不意打ちすら防いだのだ。
反射速度には自信があるのだろう。
まあ、だからといってやる事は変わらない。
俺の役割は敵の注意を引き付けて、致命の隙を作り出すこと。
そうすればラウムがトドメを刺す。
傭兵の時からそうやって来たのだ。
相手が俺を狙うのなら好都合。
せいぜい相手をしてやろう。
ラウムを警戒してから浅く切り込まれた剣を軽く弾き、続く一撃もまた受ける。
さて、どうしたものかな。
俺は剣を打ち合わせながら考えを走らせた。
相手は二対一の局面で、どちらにでも対応出来るように俺に対して踏み込み過ぎない。
だからといってどちらかが油断すれば即座に斬り捨てられるように注意深く観察している。
ならまあ、全力で相手をしなければならないようにしてやるか。
俺は浅い剣を強く弾いた。
相手の目が驚きに見開かれる。
が、それも一瞬の事で続けて打ち込んだ一撃は防がれる。
それでも俺の全力の剣に相手は軽く相手をするなんてことは出来ず、俺に意識を向けてきた。
そしてできた隙をラウムは見逃さない。
俺の剣を流し、反撃に出ようとした出鼻を挫くように短剣を走らせたて正確に男の首を狙う。
当たれば致命。
しかし男はそれにギリギリで気づき、ほとんど地面に倒れ込むようにして避け、俺の追撃もそのまま転がって距離を取る事で避けてしまった。
ちっ、当たってりゃ終わってたのにな。
思わず舌打ちをするがそれでも奴は完全に避けきれた訳では無いようだ。
頬に決して浅くはない切り傷が走り、そこから血が流れている。
「死ねばよかったのに」
物騒な事を呟くラウムが怖い。
俺が内心微妙な気持ちになっていると、男は頬から流れる血に手を当て、傷の具合を確認した。
浅くはないだろうが、深くもないのだろう。
特に気にしてはいないようだ。
「いい連携だ。お前達なら私にどれだけの傷を追わせられるのだろう。心が躍るな」
「なんだてめえ、被虐趣味か?」
「違うな。私は龍の血を引くと共に魔族の血も引く。魔族とは傷を受け、それが癒える度に強くなるのだ。故に我らは争いを求める。お前達のような相手は手を叩いて歓迎しよう」
「俺らはてめえみてえな奴は願い下げだ。ケツぶっ叩いて追い返してやるよ」
啖呵を切って剣を構えた。
相手もそれに応じて剣を構える。
だが先程のように攻めてくることは無い。
警戒しているのだろう。
俺が引き付けて、ラウムが攻める。
どちらかに掛かりきりになればもう片方に斬られる。
だからといってどちらにも対応できるようにしていては俺の相手はし切れない。
お互いに間合いを測ってジリジリと円を描く様に足を擦る。
が、それは唐突に終わった。
魔法が奴を襲ったのだ。
見覚えのある闇魔法の槍が飛来し、奴の周りに砂埃を上げる。
砂埃に紛れて確認はできないが、無事では済まなかっただろう。
そして、そんな事ができる奴がいるとすれば……
「あ、あの子だ……」
ラウムが気の抜けた声で言った。
魔法が飛んできた方を見るとそこには思った通りの奴がいた。
黒髪をたなびかせ、片方しかない腕を前に突き出している少女。
俺らが森で拾った女が、なんの感情も汲み取れない顔でそこに立っていた。




