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裏切り者

 二つの影が地面を滑るように走っている。

 その持ち主を探すように空に目を向けてみれば背から龍の翼を生やした一組の男女が、馬を駆ったとしても追い付けないような速度で飛んでいた。

 無言のまま、普通なら三日はかかるような距離を僅か数時間で移動した二人は、少女に若干の疲れが見え始めた事から地上に降りて休憩を取った。

 地面に足をつけるなり少女は力が抜けたようにへたり込み大きく息をつく。ケクロプスは心配するように聞いた。


「疲れましたか」

「少し」


 そう答える少女に呼吸の乱れは無いが、それでも力が入らないのだろう。膝を抱えるようにしてその上に顎を乗せた。

 それに対してケクロプスはそこまで疲れていない。戦闘してからすぐに飛び立ったとは言え、彼も龍と魔族の血を引く者だ。ただの魔族でさえ人並外れた体力を持ち、そこに更に龍の血まで加わっているのだから、丸々一昼夜飛び続けてもすぐに戦闘に移れるくらいには体力には自信があった。

 そのため、必要は無いだろうが念の為立ったまま辺りの警戒を始めたケクロプスに少女が声をかける。


「治す?」


 それはケクロプスの傷の事であろう。ここに至るまでの間も、戦闘でついた傷からは少なくない量の血が流れていた。

 それを気にしての事だったのだろうが、ケクロプスは首を振ってそれを断る。


「折角ですが断らせていただきます。魔族にとって傷は誉、魔法による治癒は恥。そもそもこの身は龍たる貴女には及ばぬまでも頑強です。お手を煩わせる程のことではありません」


 それに加え、魔族の体は傷が癒える程に、形を変えながらより強靭になるもの。その特性の為に傷は誉であり、人の見た目からかけ離れた姿になる程に周りは尊敬の念を持って見る。故に、自らを傷付けることで強くなった者や、傷を回復魔法などによって癒した者は、それが知られた時に周りから軽蔑の目で見られる事になるのだ。


 少女がそこまで知っているとは思わなかったが、その説明だけで納得したのかそれ以上聞いてくることは無かった。また静かな空気が流れる。

 しばらくして、また彼女の方から口を開いた。


「他の龍も仲間にするの?」


 その質問にはどういう意図があるのだろうか。感情が全く顔に出ない少女の真意を測るのは難しい。

 不思議に思いつつもケクロプスはそれに答えた。


「そのつもりではあります。王国は、親龍王国と謳いつつもその実聖龍としか協力関係に在らぬ国。如何に聖龍と言えど複数の龍を相手取るのは難しいでしょう。その為に貴女様にもお声掛けしたのです」


 だが、居場所を把握している龍の内、どれだけが味方になるのかは分からない。何せ龍なのだ。人と人の争いにどこまで介入してくれるのか、全く検討がつかなかった。

 今は人の姿をとっている目の前の龍も、自らの記憶の為という理由がなければ決して協力しようとはしなかっただろう。帝国から彼らに、どこまでの利を示せるかが鍵であった。


「居場所の検討はついてるの?」

「数頭の方は。あとは交渉と言ったところです」

「教えてくれれば私が行こうか?」


 そこには同じ龍である、という言葉が含まれているのだろう。それを聞いてケクロプスは納得がいった。

 確かに人間や魔族、龍の血が流れているとはいえ混じり物であるケクロプスよりかは、彼女の方が引き入れられる可能性は高いかもしれない。

 だが、龍を味方に引き入れられるかどうかは、この戦争において重要な要素だ。ケクロプスがクラナハに潜り込んでいたのもその時間を稼ぐ為。

 もちろん龍の助けが無くとも聖龍に対抗できる術はあるが、助けがあった方が後の戦況を有利に運べる事は確実だ。

 それ程に大事な事に、彼女を関わらせるべきかどうか。


「それは、その時が来た時に改めてお話しがある事でしょう」


 ケクロプスはそう答えた。

 それを判断するのは彼では無く皇帝か魔王だ。必要になったらその時にどちらかからその指示があるだろう。

 彼女も初めからそう答えられると思っていたのか、「分かった」と短く返事をするだけに留まった。そこからしばらく何か考えていたようだが、前触れもなく立ち上がると翼を広げた。


「行こう」

「分かりました」


 今度は彼女の方から空へ飛び上がる。その後を追いながら、ケクロプスは彼女の動きに小さな違和感を覚えていた。その原因を確かめようと彼女の動きを目で追ってそして日差しの眩さに目を細め───全力で体を捻ってその場から退避した。黒い魔法が、ほんの僅かな時を置いて自分の頭があった空間を的確に貫くのを感じて、彼の頭は一瞬で切り替わった。

 前後左右と素早く飛んで雨あられと降り注ぐ闇魔法を回避する。その中に一瞬の隙を見つけ、龍の鱗を模倣すべく自らの全てを捧げて編み出した魔法封じを、太陽を背に飛ぶ少女に向けた。

 龍は、その大きすぎる自重を支える為に飛ぶ時にも魔法を使う。人の姿をとっている彼女は重さに問題は無いだろうが、その不安定さを補う為に魔法を使っているはずだ。それを封じられれば当然墜落するしかない。


「馬鹿な! 有り得ない! 何故飛べる!」


 だが、少女はそんなケクロプスの予想を嘲笑うように高高度を維持したまま闇魔法を連発する。

 その不合理さに歯を噛み締めながらも、剣を抜いて近付こうと上を向く。だが、近づかれれば対処のしようがない少女は当然そんな隙は与えなかった。

 時折上昇を試みるも、そんな素振りを見せれば的確に魔法が飛んできて、少しの上昇も許さない。

 そうこうしているうちにグラムロックとの戦闘でついたのとはまた別の傷がケクロプスの体に刻まれ始めた。

 徐々に正確さを増す魔法を避け切れなくなってきたのだ。このままでは何もしなくともいずれ貫かれる。

 そう判断したケクロプスは、致命傷になりそうな魔法以外を全て無視し、死の雨の中を上に向かった。

 黒い槍が体の至る所に傷を付ける。ケクロプスが必死にそれを耐えつつ高度を上げていると、魔法の雨が不意に止んだ。嫌な予感がして顔を上げた彼の目の前に、触れただけで肉をズタズタにしそうな程鋭利な爪が迫っていた。


「なっ──!」


 落下の勢いも利用したそれを避ける事は出来ず、ケクロプスは黒龍の翼腕に掴まれた。必死に逃れようともがくも、黒龍はそれを意に介さず、勢いのままに地面に叩き付けた。


「ガッ!!」


 並の魔族でも即死する衝撃。全身の骨が砕けいくつかの内臓が破裂しつつも、彼は龍の血を引く強靭さ故に死ぬ事はなかった。ただ、死んだ方がマシなほどの激痛が彼を襲う。

 黒龍が何かを言った。だが激痛に耐える彼には届かない。間を置いて少しだけ痛みが和らいだ。黒龍が癒したのだ、と気づいた彼の脳内に黒龍の声が響く。


『龍の居場所は?』

「教えて……なるものか……!」


 ほとんど反射的に出た言葉だった。何も分からない。理解していない。だが、それをこの龍に伝えてはならないような気がしてケクロプスはそう答えていた。


『答えて。答えなければその度に少しずつ切り刻む』

「ふ、ふはは!はははは!」


 ケクロプスは唐突に笑い始めた。息を吐く度に口からは大量の血が溢れるが、それを全く意に介せずに笑い続ける。

 それが終わった時、彼は憎悪の目を持って黒龍を見た。


「お前らはいつもそうだ! 力を持って制す! 我々を命あるものとすら思っていない! お前に分かるか! 魔族に疎まれ、龍になる事も出来ない私の苦しみが!」


 黒龍は何も答えない。縦長の瞳孔の黄色い瞳は何の感情も移さずに、地面へと縫い付けられたケクロプスを見ていた。


「笑うがいい! 龍に成りきれぬ私がお前らに少しでも近付こうと編み出したのが魔法封じだ! これまでの我が生涯を全て捧げた物は、本物の龍には到底及びつかぬ物だったのだ!」


 何度龍であれたらと思ったことか。圧倒的な力を持ち、何もかもを蹂躙し、生きた災害とすら捉えられるような存在。

 そうあろうとした所で結局彼は龍では無い。魔族との混ざりもの、半端な異端児でしか無かった。


「その栄光の人生に呪いあれ! お前は何も掴めず、失い、最後には命を散らすだろう! その時に私は」


 黒龍は最後まで聞くことは無かった。

 大きく口を広げると、その喉の奥から黒い霧のような物がケクロプスに吹き付けられた。それを吸い込んだケクロプスの目から血が流れた。一瞬遅れて体を激しく震わせながら苦しみ始める。

 その震えが収まった時、ケクロプスは肌を土気色にし、顔の穴という穴から血を流して死んでいた。

 龍を愛し、それ故に深く憎悪したケクロプスは、最後に呪詛の言葉を残して息絶えた。






黒龍のブレスえっぐいなおい

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