89. 秘めたる想い
天使兵アインスを打ち倒したゾン吉一行。
その正体はアドネーによって創られた、ミレトスの肉体を乗っ取るための邪悪な意識そのものだった。
「よし、じゃあ始めやすよ」
残されたアインスの肉体とゾン吉の中のアインスの意識が向かい合い、今まさに融合しようとしている。
そうなれば賢者ミレトスは本来の肉体を取り戻し、完全に復活するわけだ。
「それにしてもこの天使兵のじーさんの肉体が、賢者のじーさんの本当の身体だなんてなぁ」
後頭部で腕を組みながら、楽観的に述べるアルフ。
「これで本物の賢者が見れるんだ……!」
対照的にマーシュは興味津々に、再び訪れた『意識と肉体の融合』と賢者の復活に胸躍らせていた。
半壊してしまった魔王城で、月明かりのもと行われる賢者復活のさまは、ある種特別な儀式か何かのようにも感じられる。
幸いにして天使兵の襲撃による死者は出ておらず、ケガを負った悪魔たちも、各々が持ち前の回復能力やロゼによる癒しの魔法で、もとの元気な状態へと戻って行っている。
「…………ん」
そんな中で融合の渦が消え去り、ゾン吉とミレトスの肉体がゆっくりと目を開ける。
融合は成功_____。賢者は今再び、この魔界の地に1000年ぶりに舞い降りたのだ。
「ふぁーっはははぃ!! これで遂に賢者ミレトスの復活じゃあー!!」
ミレトスは高らかに上を向き、行き場のない喜びを声にして打ち出した。
それは魔法でもかかっているかと錯覚するくらいの、耳をふさぐ程の大音量。ピョンピョンと飛び跳ねて肉体の動きを噛み締めるその様子は、さながら子供のようにも見える。
さて。ミレトスが復活したのはいいが、彼の意識が離れたゾン吉の方は問題ないのだろうか。
「ゾン吉、お前何ともないのか? 魂とられたようなもんなんだろ?」
ウル太郎がゾン吉に問う。
ゾン吉の魂は元々、ミレトスの物だ。だがそれは今、ミレトスの肉体に移ってしまった。言うなれば、ゾン吉には魂が宿っていないに等しい事。
「えぇ。ですけど、何ともないですよ。むしろ……すこぶる元気なくらいです」
だがゾン吉はいたって問題ない事に逆に違和感を覚え、首をかしげながらそう返答した。
「ふぉほほ。お前さんという新しい自我が既に芽生えとるわけじゃからのう。大サービスでワシがお前さん用の魂を作っておいたんじゃ。これで正真正銘、ワシとお前さんは赤の他人っちゅーワケじゃな、ゾン吉よ」
ミレトスはどこからともなくポンッと木の杖を出現させ、その上にバランスよく胡座をかきながら宙に浮く。
つまるところ、ゾン吉は『ミレトスの一部』としてではなく、新たなひとつの生命として生まれ変わったのだ。
「やったじゃねぇか、ゾン吉!」
「これでまた一緒に遊べるね、ゾン吉!」
ウル太郎がゾン吉の背中を叩き、ベゼルが両手を広げて喜ぶ。
これでもうゾン吉が消えてしまうだなんて事はない。
「ええ! 嬉しいです……あっし!!」
気づけばその場にいる悪魔たちは____勿論ゾン吉も、目にうっすらと涙を浮かべるのだった。
こうして魔界に訪れた脅威は1人のゾンビと賢者によって退けられた。しかしそこにはまだまだ疑問が残る。
_____ミレトスの正体。
何故ミレトスは、自身の肉体、意識、魂を別の場所へ隔離したのか。
魂については1000年の時を生きるためだと先にミレトスから説明があった。だが、肉体と意識は?
その2つを別々に分ける必要などあるのだろうか。ましてや、肉体をアインスという存在に乗っ取られたのは何故か?_____
「……ますます分かんねー。ま、いいか。取り敢えずは……」
アルフは1人頭を掻きながら、そんな事を考えているのだった。
「さぁて……。これでようやく、アドネーにケンカ売りに行けるわい」
「やはり……行かれるのですね。ミレトス様」
昂ぶるミレトスに、やや神妙な面持ちで語りかけるのはリリ。
「うむ。1000年前から続く宿命……その因果を断ち切りにのう」
「私も……連れて行っては貰えませんか?」
リリの決意した表情。それを見て、ミレトスは頭をポリポリかいた。
「……気持ちは分からんでもないがのう、ちぃとばかし危険じゃ。いくらお前さんでも、命の保証は出来んぞ?」
ミレトスの言葉に、アルフは何かを感じ取ったのかピクリと片眉を動かす。しかしそれはそれで、話に割り込んだりはしなかった。
「ですが、じっとなんてしていられないんです。『フィア様の願い』を守るためにも……」
「俺も! リリさんが行くなら俺も行くぜ!」
懇願するリリに同調するように手を挙げたのはウル太郎だ。
「あとゾン吉もな!」
「えぇ!? あっしもですかい!?」
ゾン吉は突然のキラーパスにヒェーと身体を仰け反らせる。
「たりめーだろ! オメー、もう最強の魔導士同然の実力持ってんだからよ! 十分すぎる戦力だぜ!」
「は、はぁ……」
アインスを一方的に倒した魔法の数々。確かにその能力を持ったゾン吉がいれば百人力だ。
それに、ウル太郎の言葉を皮切りに続々と他の者も名乗りをあげる。
「俺とロゼもだ。これでも『勇者』のお供だぜ。足手まといにはならねーよ」
「回復担当も必要でしょうからね」
ケガした悪魔たちの解放を終え、ロゼはアルフの隣に立つ。この2人も頼もしい戦力だ。何よりレイドの元に駆けつけたいという思いも強いのだろう。
だが、己の力量をわきまえている者もいる。
「私は……ゴメンなさい。はっきり言って力になれそうもないわ。それよりも、崩れてしまった魔王城の再建の手伝いの方が、遥かに役に立てそうだもの」
「うん、僕も……。魔界からみんなの無事を祈ってるよ!」
エリスとマーシュ。それぞれ自分の力の未熟さを知っているのだろう。もとより平和な魔界において、ウル太郎のように戦闘経験を積んでいる者の方が少ないくらいだ。ここで彼女たちは、魔界での留守番役を名乗り出た。
リリ、ウル太郎、ゾン吉、アルフ、ロゼ。
決意を固めた5人を見て、ミレトスは小さくため息をついた。
「やれやれ。命知らずが多いようじゃの」
「悪魔ですからね」
リリが勇ましく微笑む。
「ふぉほほ。それもそうじゃ」
ミレトスが顎を撫でながら、しわくちゃの顔で笑ったその時だった___。
残された最後の1人が、今まで閉ざしていた口を開いて、ぐっと足を一歩先へ進めた。
「賢者のおじーちゃん! 僕も……僕も行く!」
大魔王の息子、ベゼル。その小さな体躯に秘められた瞳で、真っ直ぐにミレトスを見やる。
「ベル様!? 危険です、ベル様もお城で……」
「僕だって、みんなの力になりたい! じっとなんかしてられないよ!」
制止させようとするリリへと視線を変え、勇ましく立ち向かうベゼル。リリは今まで見た事ない彼のその姿に一瞬気圧されるが、すぐに思い直す。
これから行く先は、世界を滅ぼさんとするアドネーのいる天界。子供のベゼルがそんな場所へ行くのは、あまりにも危険すぎる。
「ベル様……。これは遊びなんかじゃないんですよ!? 危なくて、もしかしたら……大ケガするかもしれないんですよ!?」
ベゼルの肩に手を置いて、説得するリリ。ベゼルはふと俯いて、リリの腕をキュッと掴んだ。
「……誕生日プレゼントの剣をはじめて持ったとき、僕もすこしだけ、勇者になれたような気がした。でもそれは剣がオモチャだと思ってたから……そんなふうに思ってただけなんだ」
「…………!」
3年前、リリがベゼルにプレゼントした勇者の剣。
……ベゼルはどうやら、始めから気づいていたようだ。3年前のあの日、リリが本物と偽って、ベゼルに剣を渡した事を。
それは今になってこそ本物の聖剣だという事実が明かされたが、当時は偽物だという認識でベゼルは剣を受け取ったのだ。
「勇者のたたかい、見たよ。そこには悪者とがんばってたたかって、みんなを守る勇者がいた。マンガやアニメの中じゃなくて、ぼろぼろになってたたかう勇者の背中を見たんだ」
ベゼルは顔を上げ、今一度リリを真っ直ぐに見つめる。
「……勇者みたいな勇者になるには、ワガママ言ってるだけじゃダメなんだ。後ろにいるだけじゃダメなんだ。もっと……強くなって、みんなを守れるくらいに強くなって、それでみんなを守りたいから……! だからおねがい、リリ……!」
「……ベル様……」
自分の腕を掴むベゼルの手が、力強くも暖かい事にリリは気付く。
瞬間、リリは悟った。
もう、ベゼルにとって。
『勇者』は夢などではなく。『いずれ』などという形のない目標などではなくなっていたという事に。
レイドが魔界に来てから、ベゼルは知ったのだ。
『勇者になる』というその意味が、遠く、はるか遠くにあるという事。手を伸ばしても届く距離にはないという事。
だがそれでも彼は進んでいた。手の届く距離まで、もっと近くまで行く為に。ずっと、決意していた事だったのだ。リリはそれを心のどこかで気づいていながら_____気づかないフリをしていたのだ。
いつまでも、子供のままなんかではない。
リリはそれを、今。心のどこかで認めていっていた_____。
「ふぉほほ。サルタンの息子よ。お前さんは勇者になりたいと申すか」
ミレトスが2人の会話にすっと横槍を入れる。
リリから手を離し、強く頷くベゼル。リリもベゼルの肩から手を離す。ミレトスはそれを見て、茶化すように続けた。
「厳しいぞー、勇者は。おねしょしちゃいかんし、好き嫌いもしちゃいかん。加えて毎日、自分の身体を鍛えにゃならん。そんなことがお前さんに出来るかのう?」
「う……」
一瞬、眉をひそめるベゼル。だがすぐにその誘惑に打ち勝ち、
「おうー!」
高々に右腕を上げた。
「いい返事じゃ」
ミレトスはニヤリと笑い、リリたち同行者に告げる。
「てなわけで、この子も連れて行くぞ。良いな?」
全員、それを聞いて驚きの表情を漏らす。その中で誰よりも一番驚いているのは勿論リリだ。
リリは反発して、宙に浮くミレトスを半ば睨むように見上げた。
「だ……! ダメですよ! ミレトス様、ご自分で何を仰っているのかわかっておいでですか!? アドネーは_____」
「守りゃーいいんじゃろが。安心せい、ワシを誰じゃと思うとる。それに……」
ミレトスはフワフワと下降し、杖を持ってベゼルの隣に着地する。そしてベゼルの頭をコツンと、杖で弱く叩いた。
「この子の内で目覚めつつある『力』……。あの天使____『フィア』から受け継いだあの力が、逆にワシらを守ってくれるじゃろう」
「え……」
ベゼルは頭を押さえながらミレトスを見やる。ミレトスは杖でベゼルを指しながら、少しばかりだるそうに続けた。
「どれ、ちぃとばかし後ろを向け、小僧」
「……?」
言われるがまま、ミレトスに背を向けるベゼル。ミレトスはベゼルの背の中心辺りに杖を当て____
「ふん!」
そこから意識を集中し、ベゼルに魔力を注ぎ込んだ。
「っっ!?」
突然の衝撃にベゼルは驚く。背中に何をされたのかは分からないが、痛みはなく、むしろ心地よい何かが流れ込んでいく不思議な感覚に見舞われる。
「な……!」
リリが過剰に驚き、ベゼルに手を伸ばす。だがベゼルのその様子から危険はないものと判断したのか、伸ばした手をピタリと止めた。
「…………?」
ほんの一瞬の出来事。
自分の鼓動が早くなっているのが分かる。
ベゼルは頭の中を疑問符でいっぱいにしながらも、ただその感覚に浸っていた。
「お前さんの意識の底に眠る『力』を今、ワシが起こしてやった。本来お前さんが大人になってから発現する能力じゃが……後は『キッカケ』さえあれば、すぐにでも使えるようになるじゃろう」
「キッカケ……?」
ベゼルが振り返ってミレトスに問うが、ミレトスは首を横に振った。
「そりゃあ、ワシにもわからん。お前さんが何を思い、どう行動するか、じゃな」
ベゼルに秘められし『能力』。それは必ず、この闘いを勝利へ導くための大きな力になる。ミレトスは恐らく、そう確信している事だろう。
「ベル様……これから行くところは、本当に危険なところです。それでも、行きたいと言うのですか?」
リリがベゼルに視線を合わせ、今一度尋ねる。
先程まで反対していたリリのこの言葉。その意志を変えたのはやはり……ミレトスの説得だろう。
『フィアから受け継いだ力』_____。今は亡き、ベゼルの母の名前。それがこの先、どう関わっていくのか、それは誰にもわからない。
「うん!」
「……わかりました。では、私の側から、絶対に離れないでくださいね。今度こそ……約束ですよ?」
「うん。あのときはゴメンなさい。もう絶対に、リリから離れないから」
ベゼルは人間界での出来事を反省し、リリに約束するのだった。
そして舞台は集結する。レイドとサルタンのいる天界へと_____。
「ようし。では改めて、向かうとするかのう! 『天界』へ!」
「おう!」
全員は力強い返事をし、遥か上空を見上げた。




