88. 大賢者ミレトスゾンビ
ゾン吉が決意を固めたその頃。
ミレトスによって吹き飛ばされたアインスは瓦礫の中で目を覚ました。
「ぬうぅ……おのれ……」
瓦礫を払いのけ、立ち上がるアインス。その様子から、大したダメージを負ってないように見受けられる。
「賢者ミレトス……我が肉体の前の持ち主……。まさか生きながらえていたとは……」
意味深な発言……どうやら、アインス自身にもミレトスに関する重要な秘密がありそうだ。
「クク……だが、好都合だ。今ここで奴を殺し、このアインスこそ賢者に相応しいという事を証明してくれる!」
そうしてアインスはブツブツと、ひとり作戦を練るのだった。
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一方でミレトス側。
もう逃げないことを誓ったゾン吉は、再度ミレトスとの融合を果たすべくその身を捧げていた。
融合方法は先ほどと同じ。
向かい合ったゾン吉と、ミレトスが次元の渦を発生させて互いの意識を混ぜ合わせる。
ただ先ほどと違うのは、行き場を失ったエネルギーが落雷や暴風といった形で発生せず、非常に穏やかに保たれていることである。コレは恐らくゾン吉とミレトスのお互いがその場に留まっているからであり、どちらかが逃げ出したりしない限りは同じ事象は起こらないのであろう。
「すげー……。剣のじーさんとゾンビくんが渦巻いて融合してら……」
異なる別々の意識が混ざり合うという、人生で一度あるかどうかの出来事を垣間見ることができ、アルフはその光景を目に焼き付ける。
しかしそんなアルフとは裏腹に、他の悪魔たちは楽観的だった。
「なんかマヨネーズとソース混ぜてるみてーな感じだな、コレ」
「気持ち悪いこと言わないでよ、ちょっと」
視線は渦に釘付けだが、くだらない事を口走っているウル太郎とエリス。
「あ……見てください、渦が小さくなっていきますよ」
リリの言葉の通り、次元の渦が次第に縮小していく。そしてその渦は消え、再びゾン吉とミレトスの意志が宿っていたゼットカリバーが姿を現した。
「ゾン吉……」
ベゼルの不安そうな声が一帯に渡る。
意識の融合を終えたゼットカリバーは、カランとその場に音を立てて落ちた。
いつもならばひとりでに動き、宙に浮くゼットカリバー……。それがなんの反応もないという事は、ミレトスの意識はゾン吉へと無事渡ったのだろうか。それはゾン吉の反応を見てみないことには分からない。
「…………」
肝心のゾン吉は立ち尽くしたまま、目を閉じてフガフガの口を開けっ放しにしている。
「ゾン吉! 大丈夫か!?」
ウル太郎の呼びかけに、ゾン吉はうっすらと目を開けた。
「ええ……。なんとも」
キョトンとした顔でゾン吉は自分の身体を確かめる。
「融合は……完了したっぽいな。もう聖剣にはじーさんの意識はないのか?」
アルフがゼットカリバーを拾い上げて指差す。
するとゾン吉がビクンと身体を反応させたあと、人が変わったように喋り始めた。
『うむ。その通りじゃ」
「わぁっ!」
ベゼルが思わず声を上げ、一同は驚く。
「声が重なって聞こえます……。ゾン吉さんと、ミレトス様の声……」
リリはやや不気味そうに、一歩足を退ける。
「国王にアドネーの意識が憑依した時と同じみてーだな……」
アルフは関心を示し、顎に指を添えて分析を始める。どうやらアルフはそういった研究的な事が少なからず好きなようだ。
『融合は完了じゃ。ワシは今、ゾン吉と意識の共有をしておる。どうじゃ、ゾン吉。聞こえるかの?」
ミレトスと思しき意識が、自らに話しかける。するとヒュバっと雰囲気を変え、今度はゾン吉の意識が姿を現わした。
「ええ。聞こえます。それにしても、何だか……不思議な感覚ですねえ。あっしの中にあっし以外の意識があるっていうのは」
またもやヒュバっと意識が変わり、ミレトスの意識が表へ出る。
『ふぉほほ。じゃのう」
その後もヒュバヒュバと会話しながら、お互いの意識の交換をしあうミレトスとゾン吉。
「なんだなんだ? メンドクセー融合だな」
そのやり取りに、ウル太郎が頭を掻きながら呟く。
「こう頻繁に入れ替わられると、ちょっと面白いわね」
エリスも親指の爪を噛んでそれに同調する。確かに、その光景は端から見れば奇妙かつ滑稽に映るかもしれない。
「あはは、ゾン吉たのしそー!」
「すごい……。意識の共存……。これも魔法の一種と言っていいのかな」
ベゼルとマーシュはその様子に、それぞれの価値観で興味を示していた。
さて、ワイワイ騒ぐ一行だが、あまりそうしている場面でもないようで。
「あのう。皆さん、水を差すようで申しわけありませんが……あのお爺さん、目を覚ましたみたいですよ」
魔力の流れに敏感なロゼが、アインスの復活にいち早く気づく。
全員が視線を遠くの石柱へと向けると、確かにアインスがヨロリと立ち上がってるのが確認できた。
「げ、本当だ! おいゾン吉、出番だぞ!」
ウル太郎がゾン吉の肩をバンバン叩きながら、アインスの方向を指差す。
「そ、そんな事言われたって……ミレトスさん、どうすりゃいいんですかい?」
融合に成功したはいいが、大して強くなった事を実感できていないゾン吉。しかしミレトスがシュバっと表に意識を表して、ゾン吉に告げた。
『案ずるな。既にお前さんの記憶に、ワシの魔法の全てをインストールしておいた。どうじゃ? なんとか、やれそうじゃろ」
そうしてシュバっとゾン吉に意識が戻る。すると、ゾン吉に今まで味わったことのないような感覚が舞い降りてきた。
「あ……あああ。凄い、凄いですよ! ドンドン魔法の知識が流れ込んできやす! これなら……!!」
同時に、自信と勇気がその身に満ち溢れてくる。その白い瞳からは、いつもの弱気な彼の姿は何処かへ行ってしまっていた。
「ゾン吉さん、頑張ってください!」
「負けるな、ゾン吉ー!」
「かましたれ、オメーの力を!」
リリ、ベゼル、ウル太郎たち悪魔の激励の言葉。
そう。今のゾン吉はまるで別人……いや、別ゾンビだ。
「皆さん……! えぇ! 任せてくだせえ! それでは……」
グッとみんなに親指を立て、ゾン吉は前方のアインスに視線を向ける。そして地面を大きく蹴ると、まるでジェット機のようなスピードで目標に向かって飛んでいった。
「行ってきやす!!」
__________
「ククク……まずは再び隕石を降らせ、それから_____」
アインスはじっくりと、魔界を破滅させる計画を練る。だがそれは……見知らぬ存在によって阻まれる事になる。
「____ん!?」
彼は、己の目を疑った。
ゾン吉がベゼルたちの元から出発してから僅か2秒ほど。
数百メートル先のその場所から一瞬にして飛んできたゾン吉は、手をアインスにかざして雄々しく叫んだ。
「『雷神の流星』!!」
手をかざした先____アインスに向かって、天高くから轟々しいまでの黒い雷が絶え間なく降り注ぐ。
それはまさに、天から降り立つ地獄の雷。
「!? がぁっは……!!」
規格外の出来事にアインスは硬直し、雷の全てをその身に受ける。あまりの衝撃に、動くことすらままならない。
轟雷鳴り止まぬ中、ゾン吉は更なる呪文を唱えた。
「『焔滅天柱』!!」
手のひらの頭上に掲げ、アインスのいる大地を見下ろす。
やがてそこから現れたのは、地響きと共に大地を裂き、紅き焔に身を包んだ紅蓮のドラゴン。
『ジェアアアァァ!!!』
耳を劈くような唸り声で天を昇ったあと、ドラゴンは真っ逆さまに急降下。パカリと開いた大口から見える4本の牙で、アインスの立つ地面ごと抉り噛み付いた。
「か…………!!!」
ドラゴンの軌跡はまるですべてを焼き尽くす業火の炎柱と化し、周囲の温度を上昇させる。
「『凍結界』!!」
ゾン吉の攻撃はまだ終わらない_____。
暫くの後炎柱が消え、アインスが身体の自由を取り戻した刹那。
空気中の魔力の霧を凝固させ創り出された幾つもの氷の氷柱が、アインスを中心に時を刻むように円形を成す。
そして氷柱が急速に回り始めると、一瞬にしてその場は絶対零度に包まれ、アインスは氷塊の中に閉じ込められるのだった。
「・・・・!!」
口を開けたまま、身動きできず固まるアインス。
全てが一瞬の出来事だった。
その魔法の威力、速度、どれを取っても一級品。それらを放ったゾン吉の中に宿った『賢者』ミレトスの存在に、悪魔たち一同は改めて驚愕する。
「…………うそ……」
魔法使い見習いのマーシュは、文献でしか見たことがない魔法の数々に想いを馳せていた。
「『レクト・シュラーク』、『フラーヴヴェル・グロウ』、『ノステール・セリオン』……それぞれ、雷、炎、氷の最高位魔法だ……。それを動作なしで発動できるなんて……」
通常、魔法を発動する際には、それぞれ決まった『動作』を行う必要がある。例えばレイドの『シーカー』は指で空をなぞる事。アルフの『重力奏』は自分の周囲に白い球体を展開させることで、次の魔法を放つトリガーになる。逆を言えば動作は魔法を発動するためには必要不可欠なものであり、その工程を省いて魔法を発動させるなど、『有り得ない』事なのだ。
「そりゃあ、ゾンビくんの中には今、世界最強の魔導士の意識が入ってんだからな。そんくらい朝飯前さ」
アルフが何故か得意げに解説する。
「世界最強の魔導士……知らなかった。やっぱり世界って広いんだなぁ……」
マーシュは予想外の『社会見学』を、胸躍らせて観戦するのであった。
さて場面はゾン吉とアインスに戻り。
『ノステール・セリオン』の魔法を直撃したアインス。だが、彼とて天使兵を従える魔導士。並大抵の攻撃で沈むはずもない。己が魔力で氷塊を解き、なんとか身体の拘束を解除する。
「がはぁ……! バカな! 私は最強の魔導士……! それが何故、こんな小汚いゾンビに劣る……!?」
だが自らの魔力の殆どを使ってしまったためか、ひどく疲弊しきっている様子。もはやまともに闘う事すら危ういだろう。
『わからんか、アインスよ」
そして、ミレトス……ゾン吉もそれを分かっていた。
「その身体は、ミレトスさんの身体。いくらそれを乗っ取ったところで、あなたは所詮真似っこ程度の力しか発揮できないんですよ」
フガフガの口で偉そうに、上空からアインスを見下ろすゾン吉。
「ぬぅぅ……そうか、貴様は今、そのゾンビに意識を置いているのか……。ならば話は早いわ!」
アインスは息を切らしながらニヤリと悪どい笑みを見せ、大きく口を開ける。
「その身体を乗っ取り、貴様の存在を消してくれる! そうなれば誰も、私に敵うものはいなくなるのだぁぁーー!!」
そして口から勢いよく飛び出して来た黒い意志のかたまり_____『アインスの意識』そのものが、ゾン吉に向かって牙をむいた。
「やれやれ……やっぱり分かってないみたいですね」
だがゾン吉は冷静に、手を胸の前に構えて意識を集中させる。
手と手の間に生成されていく小さな光球が、周りを優しく包み込むように広がっていく。
「『反転世界』」
直後、ゾン吉とアインスを取り囲んだ世界_____。周囲の空間を歪んで見せるその魔法を展開させた時、アインスの真っ黒な意識は急に苦しみだした。
「がぁ、あ……! なん、だコレは……! 身体が、動かん……!!」
まるで自らの存在を否定しにかかるかのように、アインスに激痛が伴われる。
『ワシが独自に編み出した、禁断の魔法じゃ」
ミレトスはヒュバっとゾン吉と入れ替わり、説明を続けた。
「この空間にいる間……あっし以外の誰であろうと、魔法を発動することはできやせん」
「なんだと……!?」
人魂のような姿に成り果てたアインスの意識。何の抵抗も出来ない状態だ。
『どうやら、ソレがお前さんの本体のようじゃのう。動けないところを見ると……存在そのものが魔力の塊_____アドネーによって創り出されたモノじゃな」
「くそぉ……」
アインスは必死に身体を動かし、もがく。
しかし動けない。もがけない。もう意識は……消えかけていた。
「これで終わりです……! 『賢者の粛清』!!」
ゾン吉が言い放ち、アインスの側に3本の白い杭を出現させた。
それは弔いの魔法……。ゾン吉が手をふい、と振ると、杭は一瞬にしてアインスをつらぬき_____
「クソォォォォ…………!!」
_____その存在を消滅させた。
「ふうっ。終わりやしたね……ミレトスさん」
『反転世界』を解除し、ひと息つくゾン吉。
これで魔界の壊滅は免れた_____。ミレトスも彼の心の内で、英雄の勝利を讃えるのであった。
『……うむ。よくやったぞ、我が半身よ』




