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勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【三界戦争編】
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87. 賢者の過去とゾンビの未来

「ぐおぉ……貴様……まさか……」

 ゾン吉を見た途端、顔を抑えてうろたえ始めたアインス。その動揺は魔法にも見られ、マーシュを拘束していた光の輪っかも消え失せる。


「あいてっ!」

「マーシュさん! 大丈夫ですかい!?」

 その場に尻餅をつくマーシュに、ゾン吉は駆け寄り声を掛けた。

「うん……大丈夫、だけど……」

 額の血を腕で拭いながら、マーシュはよろよろと立ち上がる。そしてゾン吉と共にアインスから距離を取りながら、恐る恐るその様子を伺った。


「アイツ……一体どうしたんだ? ゾン吉を見た途端、苦しみ出して……。もしかして知り合いなの?」

「そそ、そんなわけないじゃないですかい! あんなおっかない人、知りませんよ!」


 首を振るゾン吉に、マーシュは「まぁ、そうか」という風に頷く。

 理由はどうあれ、しかしながらこれは好機……考えるのは後にして、今はこのチャンスを無駄にするわけにはいかない。

 マーシュが折られた箒を手に取り、構えた時だった。


「ぐおぉぉぉ……おのれ……」

 顔を抑える指の隙間から、紅い眼を2人へと向けるアインス。尋常ではない声の気迫に、マーシュは生唾を飲み込む。

 アインスの視線の先に映るのは恐らくゾン吉_____。彼は顔を隠しながら一歩一歩前進する。


「生きていたのかぁぁ……!」

 アインスはドスをきかせ、怒りにも近い感情をゾン吉に剥き出しにする。


「え? あっしはもう死んでますけど……ゾンビなもんで」

 一方でゾン吉は自らを指差し、見当違いの返答をした。


 アインスの気迫に大気が振動し、辛うじて残っている周囲の壁にヒビが入る。そしてその揺れの中でアインスはその名を口にした。


「賢者……ミレトスゥゥゥ!!」

「え_______」


 それとほぼ同時に、ヒビ割れた壁が勢いよく砕け散る。だがそれはアインスの気迫によるものではない_____外側から何者かが壁を壊したのだ。


「当たり前じゃあーーー!!」


 壊れた壁から聞こえる、やや掠れた老人のような声。

 その声の主は土煙とともにアインスに突撃し、土手っ腹にドギツい一撃を食らわせた。


「げふぅっ……!!」

 不意の一撃に吹き飛ぶアインス。数メートル先の石柱に、背中からダイブする。



「あ____べ、ベル様!?」

 さて、今の一撃を放ったのが誰かというと……。ゾン吉が先に言ったとおりである。

 土煙がはれ、目の前に現れたのは_____魔王ベゼルと聖剣ゼットカリバー。

「ゾン吉、マーシュ、みんな! よかった、まにあって……」

 ベゼルはゾン吉たちの姿を見て安堵の声を漏らす。

 そして、来たのはベゼルだけではない。彼の後を追うようにして、後ろからリリたち悪魔の一派も勢揃いだ。


 その中のひとり、アルフが自慢の重力魔法を展開し、上空に大小様々な8個の白い球を出現させる。


「『八重奏(グロウス・オクト)』!!」


 アルフの叫びで白い球体は一瞬、すべて集まるように凝縮したかと思うと、次の瞬間四散して広範囲に弾けとぶ。降り注ぐ球体の破片を身に浴びた天使兵たちのみが、ある者は遥か遠方へ、ある者は天へと、まるで重力の理を変えられたかのように城から遠ざかって行く。


「な、なんだコレは!? 空に落ちていく、ぐわああぁぁあ!」

「ぎゃああぁ!!」

 重力の変更……それはいろんな方向からの落とし穴にはまるようなものだ。次々と手を伸ばしながら落ちて行く彼らの姿は少々滑稽にも見える。当然ながら、ベゼルたち悪魔には被害ゼロだ。


「やい、ジーさん。これでいいんだろ? 天使兵(ザコ)たちは蚊帳の外に追い出したぜ」


 アルフはひと仕事終えましたと、鼻息を立てる。

 これだけ広範囲の魔法を、しかも敵勢力に対してのみ食らわせるという事は、相当の魔法のセンスと繊細なコントロールを要求する。それをアルフはケロリとやってのけた事に、ミレトスは彼に天才の片鱗を垣間見たに違いない。


「ふむ、上出来じゃ。後はワシに任せい」


 ミレトスはベゼルの右手に握られながら、その刀身を発光させる。少し離れた柱には、アルフの魔法を逃れていた天使兵……アインスがひとり_____


「おのれ、ミレト_____」

「ふん!」


 言葉を待たぬまま、アインスに対してミレトスが刀身で彼を睨みつけると_____


「っぎゃ……!!」


 アインスは短い悲鳴の後で、飛んできた『何か』によって再び柱に叩きつけられた。


「すげ……」

 アルフは思わず目を丸くした。


「やれやれ、やはり本当の肉体に戻らんと調子出んのう。じゃが……」

 ミレトスは首を鳴らすかのように刀身をくねらせ、ゾン吉を見やる。

 そして、そこから発せられたのは衝撃の一言だった。


「……それにしても、よく無事でいてくれたのう。ゾン吉……いや、ワシの半身よ」


「へ……?」

 ゾン吉が自分の半身だと、確かにミレトスは今そう言った。しかし、当のゾン吉はキョトン顏である。


「……ジーさん、今なんて?」

 ゾン吉だけではない。アルフたち全員もだ。

 だが確かに信じられない話である。

 魔法も何も使えない、臆病なゾン吉が実はミレトスの半身だなどと、誰が信じられようか。そもそも、半身についての意味すらも説明を請いたい所だ。


 それを察してかミレトスは声のトーンをやや落とし、それらの真実について言及を始めた。


「1000年前……ワシは自身の魂と意識を二つに分け、それぞれを別々の場所へと引き離した。意識はワシ自身……つまりミレトスの肉体へ。そして魂は……ゾン吉、お前さんという場所にな」


「あっしが……?」

 ゾン吉が自分を指差す。ミレトスの言う『半身』とは、どうやら自らの『魂』という事のようだ。ミレトスは頷き続ける。


「ワシが人間でありながら1000年という長い時を生きてこられたのは、全てゾン吉が……ワシの魂が無事であってくれたからなのじゃよ」


「……っと、待てよ、アンタ今ゼットカリバーの中に意識を宿してるじゃないか。そりゃ一体どういう事だ?」

 アルフが一歩前に出る。確かに今の話からは、ミレトスが聖剣ゼットカリバーに意識を宿している事の説明がつかない。


「ふぉほほ。それはまた別の話になるがの。まぁちぃとばかし長くなるからまた今度聞かせてやるわい」

 ミレトスはアルフにそう返し、ゾン吉に刀身を向け直す。

「さて、ゾン吉よ。魂を持ったことで自我が芽生えとるようじゃが……。その役目も今日でおしまいじゃ」


 そしてミレトスはベゼルの手から離れて宙に浮き、声高々に叫んだ。


「1000年の時を経て、再びひとつになるのじゃ! ワシの意識と魂よ!」


 直後、雷鳴轟き、暴風が発生する。先ほどのアインスの魔法と似たような状況……しかし全く違うのは、それらに敵意がない事だ。

 恐らくゾン吉とミレトスが再びひとつの身体に戻る際に発生した強力なエネルギー……。それが行き場をなくし、雷鳴や暴風といった形で現れているのだろう。


「おおお、すげえ……」

 ウル太郎が思わず感嘆の声を漏らす。

 今まで生きてきた中で、見た事ない出来事。言うなれば、生物の融合にも近いこの事象。ゾン吉とミレトスの間には次元を歪ませる渦が発生し、2人の身体が少しずつ渦にのまれて行く。


「これで、ミレトス様が復活_____」

 リリがその先の言葉を続けようとした時だった。


 突如として発生した次元の渦が消え去り、雷鳴と暴風もピタリとおさまる。半分融合しかけていたミレトスも、元の位置へと巻き戻るように戻った。


 融合失敗だ。そしてそこにゾン吉の姿はない。ゾン吉は_____近くの岩場の陰に怯えながら身を隠していた。


「イヤっス、イヤっス! あっしイヤですよう!!」

 ビクビクと頭を覆いながら、必死に叫ぶゾン吉。


「は……?」

 これにはミレトスも困り顔だ。どうやらゾン吉が逃げてしまったために融合は失敗してしまったらしい。ゾン吉は続けた。


「あっしの魂がミレトスさんの物っていうのは、なんとなく……こう、本能的にそうだろうなっていうのは分かりやす。多分それは事実なんでしょう……。……でも! あっしはあっしですもん! 急にそんな事言われたって、応じられるわけないじゃないですかい!」

 ゾン吉は泣いていた。今にも飛び出そうな白い目玉からボロボロと雫を流し、フガフガの歯でそれでも訴えながら。

「ミレトスさんとひとつになったら、消えちまうんでしょう!? ベル様やウル太郎さん、みんなとの思い出も! あっし自身も! そんなの、イヤです!」


 彼が意識を持ってからの1000年間。そこにあったのは、楽しい魔界での思い出だ。ベゼルと遊び、ウル太郎にイジられ、リリと他愛のない会話をする……。彼の全てなのだ。それこそ、生きた証といえよう。

 悪魔には、自らの『死』への恐怖という感情がない。だが、ミレトスの意識から生まれた『ゾン吉』には、それに対する恐怖がある。だからこそ拒むのだ。今まで続いてきた日常が突然終わりなどと、誰が受け入れられよう。

 ゾン吉のこの反応は、人間としての当然らしい反応に他ならないのだ。


「ゾン吉……」

「ゾン吉さん……」

 消えたくない……ゾン吉のその思いは、ウル太郎とリリにも……いや、他の悪魔たちにも伝わっていた。


「じゃが……そうしなければアドネーを倒すことはできん……。この世界は救えんのじゃ」

 ミレトスが完全復活すれば、大きな戦力になるはず。それこそ、アドネーと対等に闘える程に。

 だがゾン吉にとっては突然知らされた理解できぬ出来事だ。


「そんなの……! そんな、そんなのって……!!」

 ゾン吉は膝と手をつき、四つん這いのまま涙を流す。


「うぅ、イヤです……イヤですよう……!!」


 世界を救う、希望のひとつ。

 賢者ミレトスの復活。その代償として、ひとりのゾンビを犠牲にしなければならない。

 それは間違っているだろうか。何かを大成させるには、別の何かを失わなければならない。


 かつて争いの絶えなかったこの魔界がそうであったように。

_____それでも。


「ゾン吉……」


 この少年の心に流れる静かな意志は、必ず物語を『結末』へと導く_____


「剣のおじいちゃん、おねがい! ゾン吉を消さないで!」

 少年は……ベゼルは、精一杯の声でミレトスに願い出る。

 それはゾン吉という存在を想った一言……。


「ベル様……?」

 全員は、ゾン吉は、ベゼルの言葉に耳を傾けた。


「ゾン吉が消えたら僕もイヤだよ! 変なチョンマゲだし、すぐに落ち込んじゃうし、たまに変な匂いするけど!」

 目に涙を滲ませ、言葉を連ねて行くベゼル。その言葉は確実に、全員の心に届いていた。

「僕、ゾン吉の事大好きだもん! いつも一緒に遊んでくれるから! 優しいから! もっと一緒に……遊びたいからっ……!」


 ついに、ベゼルは大粒の涙を流す。ゾン吉に消えて欲しくないという、純粋な想い____。やがてそれは拡散し、リリたちの心を動かした。


「ベル様……。そうです、私だって! ゾン吉さんが居なくなったら、千里眼で探し物を探せなくなっちゃうじゃないですか!」


「ゾン吉ほどイジりがいのある奴はそうはいねぇ。お前が消えたらつまんねぇよ、ゾン吉!」


「なんだかんだ言って、結局アンタがいるとその場が和やかになるのよね……。その臭いにももう慣れたし」


「うん……消えて欲しくないよ、ゾン吉……。消えないでよ!」


 リリ、ウル太郎、エリス、マーシュの本当の言葉。嘘偽りない、真実の想い。

 世界の危機。ゾン吉の危機。悪魔たちは、その後者を選んだのだ。


「みっ、みなさぁん……。えぅ……」

 ゾン吉はドバドバと汚い涙を流し、隠れていた岩陰から姿を現す。そしてベゼルたちの元へ、フラフラと駆け寄った。


「ありがとうございやす……! あっしの事を、そんな風に思っていてくれてたなんて……ひぐっ」

 みんなに抱きとめられ、その暖かい場所にゾン吉は満たされていく。


「あっし、あっしは……それだけでもう……」

 そして、ゾン吉の決意を含めた言葉は、ミレトスによって遮られた。

「……やれやれ、分かったわい」


「え……?」


 くしゃくしゃの顔を上げるゾン吉。ミレトスは剣先をゾン吉に向け、ため息混じりに続けた。


「まったく。勝手に芽生えたお前さんという新たな意識……。それはすでに、ワシが介入していいモンでもないみたいじゃのう」


 やや怒っているかのようなミレトスの口調。当然だろう。自分の魂に、ゾン吉という予期しなかった別の人格が宿っていたのだから。

 だがミレトスはその口調をすぐに穏やかな口調に変え、剣の腹を向けてゾン吉を見下ろした。


「……じゃが、そんなお前さんに守られていたからこそ、ワシも無事でいられた。礼を言うぞ、ゾン吉よ」


 聖剣ゼットカリバーに意識を宿した賢者ミレトス。元はどんな顔をしていたのか想像はつかないが____今、言葉を連ねて行く彼の表情は優しく微笑んでいることだろう。この場にいる者全てがそれを感じていた。そしてゾン吉も……。


「ミレトス……さん」


「さて、もう一度言うが、ゾン吉よ。アドネー____この世界を危機に陥れている元凶を倒すには、ワシらが再びひとつに戻らねばならん。それは分かるな?」


「うう……」

 ゾン吉は再び俯く。


「なぁに、心配するな。ひとつに戻った時、その意識のベースをゾン吉……お前さんにしよう。そうすればお前さんは、消えて無くなったりはせん」

「え……本当ですかい!?」

「あぁ。本当じゃ」

 ミレトスの言葉に、ゾン吉は顔を上げた。

 そんな方法があるとは思っていなかった一同。だが、それには当然疑問が残る。


「おい、でもそうしたらアンタはどうなっちまうんだ?」

 アルフがミレトスに問う。ミレトスは何故か笑った口調で答えた。


「ふぉほほ。ひとつに戻った時、ゾン吉の意識の一部に、一時的にワシの意識の住まわせてもらう事にする。言わば、意識の共存じゃな」

 意識の共存……レイドの中に瘴気の男が潜んでいたような、そんな感じだろうか。いや、あの場合は元々が同一人物から派生し、レイドは片方の存在に気づいていなかったわけだからそれとはまた違った……とにかく、そういう方法があるのだろう。アルフは細かく考えるのを止めた。


「そして、ひとつに戻ったのち……あやつと闘うのは、ゾン吉。お前さんじゃ」


 ミレトスは話をゾン吉に戻し、そう告げる。『あやつ』というのは、天使兵のボス、アインスのこと。今はまだ石柱の側で気を失っているが……ゾン吉はものすごい勢いで首を横に振った。

「そ、そんなの無理ですよ! あんなすごい魔法使う人に勝てるわけありやせんって!」


「心配いらんといったじゃろう。ワシがお前さんの中に入った時……。それは即ち、世界最強のゾンビの出来上がりの時じゃ。負けなどありえん」


 恐らく、意識の共存としてひとつの身体に戻った場合、その身体の自由はベースとなった者にあるのだろう。この場合、ゾン吉がそれにあたる。そしてミレトスの意識も加わり魔法の知識や経験を一気に得たゾンビ……それが誕生するのである。


「…………!」

 ゾン吉は、ぶるっと武者震いをした。

 世界最強のゾンビ……そのフレーズを聞いただけで、自信が沸沸と湧いてくる。


「そうですよ、ゾン吉さん。この魔界を救ってください」


「いっちゃんデケーのはお前に譲ってやる。そんかわし、ほかの天使兵どもは俺の獲物だぜ」


「ゾン吉、がんばれー!!」


 リリ、ウル太郎、ベゼルの激励の言葉。


「皆さん……」

 ゾン吉はまたもや目頭を熱くする。_____そして、決心した。


「…………覚悟は、決まったかの?」


「ええ。ミレトスさん……。いえ、あっし。お願いします」


 ゾン吉は、もう迷わない。

 ミレトスの剣先に己の目の照準を合わせ、勇ましく言い放った。


「あっし達がひとつになって、魔界を救う時です!!」

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