86. 天界と魔界の闘い
アドネーは自らの周囲に展開したバリアを足場に、地割れの真上に君臨する。
崩壊した宮殿____。そこに、かつての神秘的な面影はない。
隆起と陥没を共にしたその大地が、新たな闘いの舞台となった。
「___ったく、メチャクチャしやがって、大魔王!」
風剣ウィムの飛行能力により難を逃れたレイド。しかしあと一瞬反応が遅れていたらと思うと、それは怒らずにはいられない。
「地割れに巻き込まれたりしたらどうしてくれんだコノヤロー!」
「ふはは、時には諦めも肝心じゃ」
「他人事か、テメー!!」
ややコメディー調に、浮いたまま手足をワチャワチャと動かすレイド。だが、依然として場の雰囲気は張り詰めた様子。
「アドネー様。よろしいのですか?」
ツヴァイはすぐ側にいるアドネーに問いかける。
何食わぬ顔で地割れを躱し、隆起した大地に身を置くツヴァイ。とてもではないが、鎧を着込んだ人間の動きとは思えない。
「ふふ……確かに生身の身体を動かすのは1000年ぶりだ。少しばかり運動をしたいのも事実」
アドネーは右の手のひらを見ながら気を高ぶらせる。
「それに……大魔王が相手なら申し分ない。感覚を取り戻すには丁度いいよ」
アドネーに呼応するかのように、……いや、恐れ慄くかのように一陣の風が吹く。その静かな気迫にレイドは身構えるが、サルタンは鼻息を吐いた。
「ふん……喧しいわ、とっととかかってこんかい」
サルタンの言葉に、アドネーは僅かに口角を上げる。それを見たツヴァイは耐えかねて答えた。
「しかし……相手は2人です。3対2というのは、俺の流儀に反します」
「……いいよ、ツヴァイ。君にも確か、闘いたい人間がいるんだろう? 探してくるといい。この2人は私とジンで事足りるからね」
「……申し訳ありません」
ツヴァイは小さく頭をさげ、振り返りざまにレイドに鋭い視線を向ける。
「レイド。もう会う事は無いだろうが……これだけは覚えておけ」
そして一拍置いてから、深い瞬きを一度して続けた。
「本物の『勇者』は____この俺だ」
「なに……」
レイドは目を見開く。
言葉を詰まらせたその一瞬でツヴァイは颯爽とその場から離れ、闘いの場から姿を消した。
「どういう、事だ? アイツも勇者だってのかよ……?」
「勇者よ、余所見するで無い」
考え込むレイドに、サルタンは一言添える。
それと同時に眼前から突撃してきたジンが、手刀を構えてレイドに立ち塞がった。
「はぁっ!!」
「!!」
空中の激闘。
咄嗟に風剣で手刀を受け止めたレイド。互いの力が拮抗しする。
しかし驚くべきは、剣の刃と相対しても傷一つつかないジンの強靭な身体。
「よぉぉ、レイド。見ろよ、この俺のカラダ。大したもんだろ?」
手刀に力を入れながら、ジンは獣のような牙を見せて笑う。
「…………」
僅かながら、徐々に押され始めるレイド。ジンは、手に入れた新しい身体を実感していた。
「しゃあねぇ、大魔王はアドネーに譲ってやるが……テメーは俺の獲物だ! すぐにくたばんじゃねーぞ!?」
レイドVSジン。その始まりはジンの優勢に思える。
だが……レイドもそう簡単に終わるような人間ではない。剣を強引に振り切り、レイドは重ねた刃と手刀を弾いた。
「……あー、もう。考えんのはあとだ、あと!」
ツヴァイの言葉を若干気がかりにしながらも、考えを押し殺して目の前の敵に集中する。そして剣先を人に向けて言い放った。
「コッチの台詞だぜ、『ジン』! 人間界をぶっ壊しやがって、テメェは絶対許さねぇ!!」
レイドとジンの闘いが始まったその傍ら。
地上で相対するのは、サルタンとアドネー。
「さて……それじゃあ始めようか、大魔王」
展開していたバリアを解除し、アドネーはフワリと着地する。そして静かで鋭い眼光をサルタンに向けて続けた。
「私とお前の、_____最後の闘いを」
1000年前より続く、因縁の対決。
「ああ。臨むところじゃ」
その火蓋はまさに今、切って落とされるのだった。
__________
「ひいぃぃぃーーー!! なんですかい、この騒ぎはーーーーっ!!」
ところ変わって、魔界。
魔王城。
平和なこの城に、突如として天使兵たちが襲来してきたのだ。
勿論平和ボケしている悪魔たちがその襲撃に対応できるはずもなく_____魔王城は天使兵たちによっていいように破壊され、今や半壊状態。
そして冒頭の叫びと共に逃げ回っているのは……ゾンビのゾン吉だ。
「わーーーっははははーーー!! 愚かな悪魔どもよ、己の醜さを呪いながら消えゆくがいいわーーっ!!」
襲い来る兵たちに紛れて指揮をとるのは、やたらと声のでかい老人。
ちょんまげの白髪、白目が特徴的で、力のありそうな筋肉は付いておらず貧弱そうな外見。いかにも魔法が得意とでも言いたげに杖を携え、高々に笑っている。実際、魔界上空より降り注ぐ無数の小さな隕石は、彼の魔法によるものだろう。魔王城の損害の殆どはその魔法によるものだ。
「ぐぁぁぁぁ!!」
「ぎゃああぁ!!」
魔王城の悪魔たちは、天使兵と老人の魔法により為す術なく打ち倒されてゆく。
「ぐはははは!! 逆らうものは皆、このアインスが討ち取ってくれる!!」
アインスと名乗ったその老人は右手に杖を持ちながら、次々と魔法を放つ。
雷鳴轟き、暴風、隕石に見舞われる魔王城。天候すらも自在に操る恐るべきその魔力には、誰も手出しができない。
「ちくしょう、天使の奴ら! こんな時に襲ってきやがって!!」
城の悪魔たちは武器を取り、または己の牙や爪を武器として立ち向かう。その数はおよそ300程だろうか。
対してアインス率いる天使兵の軍勢は、1000を優に超えている。加えてアインス自身の魔法も厄介なことこの上ない始末。戦力差は誰の目にも明らかだった。
「ひえぇぇーー! もうダメです、おしまいですよーー!!」
ゾン吉はそんな中で、暴雨豪風を浴びながら必死に飛ばされないように、近くの岩にしがみついている。足は既に地についておらず、まるで鯉のぼりのようにビッタンビッタン揺れている状態だ。
「ゾン吉、うるさいよ! そんなとこに隠れてるヒマがあったら、少しは闘いなって!」
「ま、マーシュさん……」
ゾン吉に喝を入れたのは、悪魔の少年マーシュ。
やや大きめの三角帽子を飛ばされないように手で押さえながら、悪天候の中ホウキにまたがって四方から攻めてくる天使兵を見やる。
「くそ、本物の闘いなんて初めてだ……。だけど、闘わなくちゃ……!」
既に破壊された魔王城。元は城内だったその場所で、マーシュは手を震わせながらも意を決していた。
「魔王城を……魔界を守るために……!」
ゾン吉とは違い、決して逃げようとも、弱音を吐こうともしないマーシュ。突然の初めての戦闘で怖いはずなのに_____ゾン吉はそう思いながら、ハッとして辺りを見渡す。
マーシュだけではない。
他の悪魔たちも、誰1人として逃げているものはいない。
皆がそれぞれ、魔界を守るために前を向き、天使兵たちと闘っているのだ。各々の場所はバラバラだが、心はひとつ……。一丸となって、この窮地を乗り越えようと。
「みんな、闘って……。あんなに小さなマーシュさんも……」
ゾン吉は暴風に下半身をなびかせながらも、フガフガの歯と腐った脳を働かせる。
「あっしにも……あっしにも皆の力になれる事が……」
そうだ。皆が闘っているのだ。傷つくこともいとわず、いつもの日常を取り戻すために。
ゾン吉の中で、沸々と何かが湧き上がってくる。ここで逃げたらゾンビが廃ると、こぼれ落ちそうな目玉を滾らせ、自分にも何か出来ることがある筈と、天使兵のボス、迫り来るアインスに視線を向け_____
「ぐははははー!!! 死にたい奴はかかってくるがよーい!!」
「……無理に決まってやす! 怖い! 死ぬの怖いですよーー!!」
その恐ろしさを垣間見て。
2秒で我が身の可愛さに屈服するのだった。
「……腰抜けゾンビ……!!」
一瞬でも期待したゾン吉の愚かさに、マーシュは侮蔑の言葉を贈る。
そして、その一瞬が命取りだった。
「ぬぉりゃあ!!」
眼前まで迫っていたアインス。
魔力を乗せた杖を豪快に振り下ろし、その一撃をマーシュはモロに受ける。
「っぁ……!!」
「マーシュさん!!」
乗っていたホウキをへし折られ、地面に叩きつけられるマーシュ。額を強く打ち、出血する。
「ぐはははは!! さぁて、教えて貰おうか!! 誰でも構わん! 『ゼットカリバー』は何処にある!!」
アインスはマーシュを魔法で宙に浮かせ、光の輪っかで拘束し質問を投げかけた。
「ゼットカリバーだって……!?」
額から流れ出る血を拭うこともできぬまま、マーシュは身動きを封じられる。
そして極め付けはその質問。ゼットカリバー……マーシュには少なからず、心当たりがあった。
____たしか、リリさんがベゼルくんの誕生日に上げた、伝説の剣……。それを、何でコイツが……!?_____
マーシュは直接関わりがなくとも知っていた。そして、それをコイツに……アインスに知られてはマズイという事も悟る。
目的がどうであれ、魔界を突然襲うような奴らだ。何か邪悪な目的の為に使うに決まっている。
「……しら、ないよ。そんな剣……!」
マーシュはケガの痛みに耐えながら、精いっぱいの声を上げる。
「ほう。よく『剣』だという事がわかったな、小僧?」
「あ……」
だが、いらぬ事を口走ってしまったようだ。
アインスはニヤリと笑い、マーシュにさらなる仕打ちをしようと手をかざす。
恐らくマーシュに情報を吐かせるための魔法……。マーシュがもうダメだ、と目を閉じた時だった。
「ん……?」
アインスの目に入ってきた奇妙な物体……。
そこには、地面に這いつくばりながらほふく前進をするゾン吉の姿があった。
「あわわわわ……もう、夢なら早く覚めてくだせえ……」
マーシュがピンチに陥り、如何にかして助けなければと思ったのだろう。しかし恐怖の感情が全体の9割以上を占めているのか、最早まともに歩けない様子のゾン吉。恐らく頭はパンクしていて、どうしたらいいのかわからない状態だ。
「貴様に用はない。邪魔だ_____」
アインスは、目障りなゾン吉を蹴り飛ばそうと足を振り上げる。
だが、その時_____
「うぐぅ!? 貴様!? まさか貴様は____!?」
奇妙な感覚がアインスを襲い、頭を押さえて動きを鈍らせる。
ゾン吉を見た瞬間に起きた突然の出来事____。
「え……え!? なに!? なんですかい!?」
しかし、一番驚いているのもまた、ゾン吉だった。




