76. ハイガーの闘い③ -狂う道化-
「うギャアァぁぁぁ!!」
叫び声を上げ、吹き飛ばされたドライは大木へと打ち付けられる。
その凄まじい衝突音に、周囲の木々で羽休めしていた小鳥たちは驚き、別の場所へと飛び立っていった。
大木に激突したドライは、そのままずり落ちて地面へと横たわる。並大抵の者ならば、今の一撃で気絶するだろう。だがしかし、ドライはまだ意識を保っていた。
「あグ……ウ、ゴが……」
何処を見てるのかおぼつかない表情に加え、顎が外れているのか何を言っているのか聞き取れない。彼は無理やり、両手で顎をはめ直した。
「オノれ……ニンげンふぜイガ……」
ようやく口が聞けるようになったものの、どこかおかしい。彼が言葉を発する毎に妙な機会音が聞こえるのだ。それに身体の所々から、白い煙が出ている。
「どうした? 調子が悪いようだが」
しかしハイガーは、さほど驚きもせずに歩きながらドライに問いかける。
それは、少しばかり小馬鹿にするような、そんな口調。いつの間にか剣も鞘に戻している。その行動ひとつひとつが、ドライの怒りを刺激していた。
「グギギ……ウる、さイッ!!」
向かってくるハイガーにパンチを繰り出すドライ。目に見えて遅いパンチを、ハイガーは左手で受け止めた。
「もう魔法を放つ力もないようだが_____、生憎私も怒りが収まったわけではない」
そのまま右腕に力を込め、ドライの顔面に思い切り拳骨を食らわせる。
「…………ッッ!!」
平伏すように地面に打ち付けられるドライ。ハイガーはそれを見下ろして容赦なく続けた。
「立て。粉々に砕いてやる」
再び拳を構えるハイガー。誰が見ても勝敗は明らかだった。
「おのレ……オノレェェェ……!」
ドライは地面に這いつくばって、憎悪の感情を剥き出しにする。
「きサマ……ユるサない……」
かつてない程の怒り____。それは、ドライにとって生まれて初めての出来事だった。
「ユるサナいゆルサない許サなイユルサナイィ! ぜーっタイニ許サァァーーン!!」
何度も何度も、彼は地面を殴りつける。その異常な怒りが彼の全身を覆った時_____。
「グウゥゥ……ウ……」
彼は……決意した。
「バーサークモード……オン」
彼が最も嫌う戦法を使う事を。
醜くても、『勝つ事』を最優先に考える事を。
これもまた、彼にとって初めての出来事だった。
「!! 何だ、これは……奴の身体が膨れ上がって……」
ハイガーはドライを見下ろしながら____いや、徐々に大きく変貌していくドライを見上げて一本退く。気付けばドライの姿は、ハイガーなど呑み込んでしまえそうなほどの巨体へと膨れ上がっていた。
「コレダけハ使イたクなカッタ……。ダガ、致シ方ありまセンネエ……」
白い目をギョロリと動かし、ハイガーを見下ろすドライ。
「バーサークモード……。タダ目ノ前ノ敵ヲ倒ス為ダケニ搭載サレタ、最後ノ機能……。ソノ力ハ、20倍……」
「なに……!?」
ドライはキリ、キリとカラクリの様な動きで両手を合わせ拳を作り、頭上に構えて続ける。
「コチラの『操作』ハ届カナクナルノガ残念ダガ、ソレデモイイ……。キサマダケハ、ココデコロス!!」
言い終わると共に、構えた握り拳をハイガー目掛けて振り下ろした。
「!!」
その両手は、ハイガー1人など簡単に押しつぶせる程の大きさ。受け止める事も不可能と悟ったハイガーは、後方へと飛び退き回避した。
標的を失ったドライの拳は地面へと向かう。その凄まじい一撃を受け止めた地面はズドンと轟音を放ち、瞬く間に大きな凹みとなり、その場に残った。
「……何というパワー……。あの大魔王と同じくらいか……?」
ハイガーは地面に出来た凹みを見て、冷静に分析する。
「クッカカカ! 恐レロ、オノノケ! ソシテ無様ニ死ヌガイイ!」
ドライは汚く笑い、手を猿のようにパンパン叩く。
だが、そんな彼の言葉とは裏腹に、ハイガーに焦りは見えなかった。
「愚か者め。腕力だけ上げて強くなったつもりか? 只の怪物に成り果てた貴様など、恐るるに足らん」
そう言って、再び剣を抜く。
単純なパワーだけで、スピードを伴っていない一撃……。ハイガーにとって、それを避けるのは容易いこと。彼は勝ちを確信していた。
だが____。
「グゥーフフフ……! ソレハ、ドウカナァ……!?」
ドライは不気味に笑い、問いかける。
そして、その瞬間だった。
「_____!?」
ハイガーの身体に、突如として異変が起きる。
「なん、だ……!? 身体が動かん……!」
金縛りにでもあったかのような、そんな感覚。
ハイガーは身動きひとつ取れずに、ただその場に立ち尽くす事を余儀なくされた。
「無駄だ、人間。これよりお前は一歩も動くことは出来ない」
不意に、左後方から聞こえた声。
そう。
ハイガーの動きを封じたのは、『彼ら』___。天界の天使兵たちだった。
「貴様らの仕業か、アドネーの兵たち……!」
ハイガーは眼だけを動かして天使兵たちを見やる。
「私たちの目は、アドネー様より授かった神聖なる瞳。この瞳で視界に捉えた者の動きを封じ、自由を奪う」
天使兵を束ねる兵長らしき人物が無表情のまま答え、その眼球を紅く光らせた。
「我々30人がかりで、今になってようやくお前の動きを封じる事が出来た。そのタフさだけは認めてやろう」
ハイガーは小さく舌打ちをする。どうにかして身を動かそうと躍起になるが、気合だけでどうにかなる問題ではない。
そして、『動けない』事___。それが、更なる事態につながるという事も、彼は十分に察知していた。
「クククク……。良クヤッた、駒ドモ」
ズシン、ズシンと大地を唸らせながら、ドライはハイガーの眼前へと歩を進める。
「サァ。コれデ、オ前モお終いだヨ」
ドライは歓喜の声色でハイガーを見下ろす。
「フン、成る程……。中々に小汚い技を使う。王都へ戻ったら報告せんとな」
「ククカッ! 相変ワラズ、威勢ダケハイイナァ!」
強がりか、虚栄か分からない。だがそれでも依然として冷静なハイガーを、ドライはこれまでの感謝を込めてぶん殴った。
「……っ!!」
鈍い音が身体の内部に響き、どんな鈍器よりも硬く強い一撃がハイガーを襲う。だが辛うじてその場に踏み止まり、地に伏したりはしなかった。
「王都ニ戻ル!? 馬鹿ガ! オ前ハココデ死ヌンダヨ!」
身が固まったように動かず、頭から流れる血を拭う事すら出来ないハイガーを、ドライは嘲笑う。
そして両手でハイガーを掴み自分の目の前まで持ち上げ、握り潰すように力を込めていく。
「ぐあぁぁぁあ……!!」
全身に激痛が走り、ハイガーは堪らず悲痛の声を上げる。
苦痛に歪む表情_____。それは、ドライが見たくて仕方がなかった、最高の表情。ドライは笑いながら力を込め続けた。
「ホラァ、ドウシタ人間!? ドウヤッテ戻ル!? 身動きトレなイ、タッタヒトリデ、ナニガデキルノカ見セテクレヨォォ!!」
「があああ……!!」
絶体絶命_____。離れた木陰から闘いを見ていたタークとユミナも、最早見ている事しか出来なかった。
「母さん……!! このままじゃとーちゃんが……」
うろたえるタークに対して、ユミナはジッと、ハイガーを見る。
「……ううん。大丈夫よ、ターク。お父さんの……目を見て?」
「え……?」
本当ならばこのような場面は子供には見せたくないだろう。しかし、闘っているのは、2人のヒーロー。
目を背けるわけにはいかない。
「まだ、あの人は_____負けてないわ」
そして、それだけで良かった。
2人が見ているだけで、ヒーローの内には自然と力が湧いてくる。
錯覚でも、見栄でもない。
彼の闘志はまだ死んでいない____。
「がはっ……ゼェ、ゼェ。……くく」
息を荒げるハイガー。しかし、この局面で彼は小さく笑う。
「アァ?」
「……くくく。」
先程までと一転した表情に、ドライは怒り狂う。
「ナニガオカシイ!!?」
「おかしいなぁ。こんな力で、私を倒せるとでも?」
身動きが取れず、全身もボロボロ。にも関わらず、言葉を連ねていくハイガーに宿るのは、静かな気迫。
「戻るさ……。絶対に戻る。私はまだ……何もしていない」
頭から滴る血が、ドライの両手にポタポタと付着する。ハイガーは一層、声に覚悟を灯す。
「守らねばならぬ、者がいる……。償わねばならぬ事がある……。その為ならば、私は……『死』など何度でも乗り越える……!」
そして唯一動くその瞳でドライを睨みつけながら、高々に言い放った。
「あまり人間を舐めるな! 化け物ォ!」
同時に_____。
ドライの両腕に衝撃が走る。
「ハ_____」
爆発するように、ハイガーから放たれた風の衝撃波。
間近でその攻撃を受けたドライの両腕は、跡形もなく破壊された。
「ナ……ナアァァァ!?」
「ドライ様!?」
突然の事態にドライはうろたえ、天使兵の何人かがドライに視線を向ける。それがハイガーにとって功を奏した。
「む……身体が、動く……?」
僅かながらに身の硬直が解けたハイガーは、片膝をついて着地する。
天使兵たちの視線が分散された事によって、ハイガーにかけられていた瞳の魔法が緩和されたのだ。
「ナンデ!? ナゼ!? ウゴケナイ筈ナノニ……!」
「身動き出来なかったが、魔法は発動できるようだ。私の動きを封じたいのなら、剣を折るべきだったな」
ハイガーは再び身動きが封じられてしまう前に、剣を頭上に掲げる。そして、自身の最大級の魔法を発動させた。
「ハイドラァァ!!」
周囲に渦巻くような風が発生し、やがて形を形成する。
「ギシャアァァァ!!」
風の竜_____。ドライよりも巨大なそれは、ドライを見下ろして唸り声を上げた。




