75. ハイガーの闘い② -VSドライ-
「これ以上家族に手出しはさせん、ですか……」
タークとユミナの危機を、間一髪救ったハイガー。そんな彼に対しドライはそう呟き、悪どい笑みをこぼす。
「くっくく、威勢だけは良いようですが……貴方、ご自分の状況分かっておいでですか?」
ドライの後方には、30もの天使兵。対してハイガーはたった1人でユミナとタークを守りながら闘わなければならない。
戦況は最悪。だがそれでも、ハイガーは顔色ひとつ変えずに言い放った。
「雑兵がどれだけ集まろうと、問題はない。まとめて叩き潰すだけだ」
その言葉に、天使兵の1人が一歩前へ出る。
「なんだと、貴様……!」
他の天使兵たちも表情を少し強張らせハイガーを威嚇するが、ドライはそんな彼らを手で制した。
「まあまあ、良いじゃありませんか」
「ドライ様……」
「貴方たちは下がっていなさい。そして、良く見ているのです。あの人間が私に倒される姿を」
「……!」
ニヤリと笑うドライ。天使兵たちは、何かに勘付いたようにハッとすると、それ以上の追求は打ち止めた。
「驚いたな。てっきり貴様は闘わず、数で攻めてくるものかと思っていたが……」
ハイガーは剣を向けながら、ドライを賞賛する。
「こう見えても私、好戦的でしてねえ。相手の苦痛に歪む顔を見るのが大好きなんですよ」
「ふん、悪趣味め」
「くっく。ちなみに私が嫌いなものは……絶望の状況下においても減らず口を叩いて余裕ぶる、天邪鬼のような方ですよ……。丁度、貴方のような、ね!!」
ドライは語尾を荒げ、何処からか仕込んでナイフを取り出しハイガーに放った。
「!!」
ナイフは一直線にハイガー目掛けて飛んでくる。
だがハイガーも戦闘においてかなりの場数を踏んできた、人間界でも指折りの実力を持つ強者。ドライの一挙手一投足に動じる事なく、眼前に迫り来るナイフをひらりと首を動かして躱す。行き場を失ったナイフは奥にそびえる大木にザクッと刺さった。
「良く避けましたね! ですが、それで終わりではありませんよ!」
ドライは指と指の間に数本のナイフを構え、ハイガーの周囲を走り回りながら投げ放つ。だが、普段から風魔法の超スピードに慣れているハイガーに対しては、圧倒的に話にならないほど。彼にとって、ドライの投げナイフはまさしく止まって視えているかのようだった。
「遅いな。狙いも定まっていない。それでは一生かかっても当たらんぞ!」
ハイガーは軽く息を吐きながら俊足で走り出す。飛んでくるナイフの全てを紙一重で避け、一瞬のうちにドライの目の前に到達____。そして、その剣を横に薙ぎ、ドライを斬りつけた。
「ぐぅっ!!」
謎の金属音の後、ドライは体勢を崩して後ずさる。
投げナイフは無様にも、全て周囲の木々に刺さった状態____。
ハイガーのスピードに対応しきれないドライは、腹部を押さえたまま動けなかった。
「ぬん!」
ハイガーは早々に決着をつけようと、頭上に構えた剣をドライへと振り下ろす。が……。
予期せぬ事態が彼を襲った。
振り下ろした剣が、何故だかドライに当たる事なく、その直前で『何か』に阻まれる。
「_____!? 何……」
不可解な出来事……。しかし、ハイガーは直ぐに気がついた。
目を凝らして見てみると、剣とドライの間に不気味に光る帯状の障壁が存在している事に。先程の一撃はその帯によって防がれたのだ。
「何だ、この帯は……」
それと同時に、もうひとつ。
その帯状の障壁は、ハイガーを取り囲むようにして周囲に張り巡らされている。ハイガーは今、完全に包囲されてしまっていた。
それに気付いた途端、うずくまっていたドライが微かに肩を震わせる。
「くっくくく……!! 今頃気付きましたか……。やはり人間はマヌケですねぇ」
そう、全てはドライが仕込んだ『罠』……。ハイガーはドライの罠に嵌められたのだ。
「『魔張りの飾棚』。私の投げナイフのお尻には特製の魔法がかかってましてねえ。投げた方向へ極薄の魔法の帯を放出しながら飛んでゆくのです。そしてその帯は、私が『敵』と定めた対象の通過を不可能とする……」
「…………!」
ハイガーは何重にも張り巡らされた魔法の帯を剣で斬り刻もうとする。だが帯は非常に頑丈で、斬る事はおろか、傷ひとつつける事すら出来ない。
一転攻勢、ドライは笑った。
「くくっ、どうです? 四方八方を帯に囲まれ、身動きが取れないでしょう?」
「ぬううう……!!」
ドライの笑みに苛ついたハイガーは、両手で引きちぎろうと帯に手をかける。
しかし若干の痛みを感じ手を離して見てみると、掌には傷が付き、血が滲んでいた。
「おおっと、無理に動かない方がいい。この帯は微弱ながら刃を持ってますからねえ。下手をしたら全身がズタズタですよ」
この魔法の帯は、ドライが敵と認識した者にのみ効果が働く。
つまりハイガーにとって、これは帯ではなく『檻』……。ハイガーはこの檻の中に、閉じ込められてしまったのだ。
「あなた……!」
「とーちゃん!」
遠くの木陰で、ユミナとタークがハイガーの身を案ずる。それを見たドライは少しばかり息を荒げ、舌なめずりをして言い放った。
「くくくっ、よく見ていなさい。貴方がたのヒーローが、私の魔法で灼かれる瞬間を!!」
ドライは右手の人差し指と中指をハイガーに向け、クイッと勢いよく立てる。
それは魔法発動の合図。魔力を込めた2本の指が、ハイガーの立つ地面に赤い魔法陣を出現させた。
「くらいなさい! 『灼炎の天柱』!!」
ドライの叫びと共に、魔法陣がポツポツと燃え出す。それは突然、空まで届く火柱へと姿を変え、魔法陣の真上にいたハイガーに襲いかかった。
「ぐおおぉぉぉ!」
頭上に続くのは青空。その為この炎が森全体に広がる事は無いが_____ハイガーは炎の中に身をうずめ、なす術なく悲痛の声をあげていた。
「あーっはっはっはぁ〜〜!! さァ、見せてご覧なさい! 貴方の苦しむ顔を! 表情を!」
ドライは額に手を当て、最高の笑顔を滲ませる。
これこそが彼の至高の悦び。ドライは今、炎に身を投じるハイガーの表情をどうにかして拝もうと、躍起になっていた。
「や……やめろ、お前! とーちゃんに何てことすんだよ!」
その状況に我慢できず、父親を助けようとタークはドライに向かって走り出す。
「やめなさい、ターク!!」
ユミナはタークを怒鳴りつけるが、もう遅かった。
ドライのズボンを掴み、ユサユサと揺らすターク。彼自身、こんな事をしてもどうにかなる問題ではない事は分かっている。
だが、それでも。
動かずにはいられなかった。じっとしてなど……いられなかったのだ。
「邪魔を……するなァ!」
しかし、ドライにとって今のタークは完全に意識の外。イライラしたドライはタークを蹴り飛ばした。
「ってぇ!」
尻餅をつくターク。
「心配せずとも、後でちゃあんと君も送ってあげますよ。大好きな父親の元にねえ……へへへっ!」
ドライが低く煽るような声で笑った時だった。
炎柱の中から、魔法の帯の隙間を縫うようにして剣が飛び出し____切っ先から放たれた風の衝撃波がドライ目掛けて飛んで行った。
「ごブぁっ!?」
直撃したドライは吹き飛び、地面を2バウンドして木々に突っ込む。それにより炎柱がフッと消え、中からプシュー、と煙を出しながらハイガーが現れた。
「言っただろう……! これ以上、2人に手出しはさせんと……!」
口から煙を吐きながら目をギラつかせ、ボロボロになった上着を脱ぎ捨てるハイガー。
「とーちゃん……!!」
「ターク、早く母さんのところへ。それからもっと離れるんだ」
タークは目に涙を溜めてコクリと頷き、ユミナの元へ走って行く。それを見届けたハイガーは、フラフラと立ち上がるドライを睨みつけて再び剣を構えた。
「グ、おのれえ、小癪な……! 今更粋がった所で、貴方はそこから出る事は出来ない____」
ハイガーを指差すドライ。しかしその言葉の途中をお構いなしに、ハイガーはもう一度衝撃波を放つ。それはドライの左頬を掠め、後ろの大木を斬り倒した。
「んがっ……!」
頬から流れ出る、血……いや、オイルのような、緑色の液体。ドライは慌てて頬を手で覆う。
「ごちゃごちゃとよく喋る道化だ。子供騙しの檻に、生ぬるい炎……。そんなものでは私は倒せんぞ」
ハイガーの挑発。これにはプライドの高いドライは一層黙っていられなかった。
「な、ガ、ぐ……!!」
ガシャン、ガシャンと奇妙な足音を立てながら地団駄を踏み、頭に血を昇らせるドライ。
___こいつだけは絶対に許せない……。ドライは怒りで我を忘れ、魔法を放った。
「ならば、もう一度灼き裂かれるがいい!! これでおしまいですよ!」
人差し指と中指を立て、ハイガーの足元に魔法陣を発動させるドライ。やがて、魔法陣から火柱が噴き出した。
「『灼炎の天柱』!! あっはっは、私に楯突いたこと、後悔しなさぁい!!」
ドライは笑う。
笑う。笑う。
辺りにけたたましい笑い声を撒き散らし、赤く灯る火柱を見つめながら。
勝ちを確信した彼の、唯一の誤算。それは_____
_____相手が悪過ぎた、ということに他ならなかった。
「『H・H・S』!」
火柱の中から叫び上がる声。
それと共に柱の中心から風が徐々に発生し、やがて大気を震わせるほどの豪風に成り上がる。
「ななな……!? 私の炎が、消えて……!?」
火柱は完全に、豪風によってかき消され、そこから現れたのは勿論____ハイガー。
「聞こえなかったのか? そんな生ぬるい炎、私には効かんと」
ハイガーは豪風を止め、今一度ドライを見やる。ドライは口をパクパクさせていた。
「あ、が、あう……。だけど、その魔法の帯がある限り、動けないはず____」
ハイガーはため息をつき、一拍おいてから声を荒げた。
「自慢の魔法の帯も、根本から崩してしまえばどうという事はない!」
剣を地面に突き刺し、地中から風を送る。大地を抉るようにして地上に現れた風が、木々に突き刺さる全てのナイフを跡形もなく破壊した。
ナイフが破壊され、魔法の帯の供給が無くなる。それは、ハイガーの自由を意味していた。
「!! しま_____」
「遅い!!」
ハイガーはそのまま、逃げようとするドライの背に一瞬で追いつき、脇腹に峰打ちを食らわせた。
超スピードも加わった、必殺の一撃_____。
「うぎゃ、ガ、ア、ゴガァァァ!?」
ドライは妙な機械音と共に豪快に吹き飛ばされた。




