74. ハイガーの闘い① -親子の誓い-
王都近郊の森の中。木造建築の2階建ての家から、とある親子が飛び出していった。
母親と、その息子の2人。母親の名前はユミナ。子の名前はターク。
ユミナがタークの手を引いて、森から避難している途中だった。
「ターク、こっちよ、急いで!」
昼食の準備でもしていたのか、ユミナはエプロンを纏っている。少しばかり走りにくそうだ。
だが、森全体を見渡しても、目に見えて異変がある訳ではない。
開けた窓から入り込む、いつもと違う風。動物たちの怯えるような遠吠え。それを聞いて、ユミナは迫り来る危険を予期したのだ。
「か、母さん……!」
「大丈夫。あなただけは必ず守るから……」
息子の手を離すまいと、ギュッと握って前方を見据える。
「とにかく、早く王宮へ……。そうすれば、兵士さんたちがきっと助けてくれるわ」
しかし、森の出口まであと少しという所で、タークが上空の異変に気が付いた。
「母さん、上! なんか変なの飛んでる!」
「え!?」
見るとその先にあったのは、見た事もない兵隊____天使兵。30程の小隊で飛んでいるそれは、確実にユミナたちのいる森へと向かってきている。
「なに、あれ……? 翼を生やした、人間……?」
ユミナが一瞬気を取られ、足を止めたその時だった。
天使兵のうち1人がユミナたちに気づき、その翼をブワリとはためかせて羽根を無数の刃に変えて飛ばしてきたのだ。
「っあ……」
呆気に取られたユミナ。このままでは直撃は免れない。が_____
「母さん危ない!」
「きゃああ!!」
息子タークが意を決し、動けないユミナを押し倒した。
「大丈夫!? 母さん!」
タークのお陰で怪我なくこれを回避。もちろんターク自身にも怪我はなく無事だ。
「ターク、ありがとう……」
だが、攻撃してきたということは、上空の兵たちは『敵』だという事。そして『敵』だという事は……、いまの一撃では終わらない、という事に他ならない。
ユミナがタークに感謝して立ち上がったのと同時に、『彼ら』は地上へと降り立った。
「おやおや、こんな森の中に人間が住んでいるとは驚きですねえ」
ユミナたちの前方を妨げる30の兵たち。兵たちの後方から聞こえたのは、特徴的な高い男性の声。
その声とともに兵たちは2列に分かれ、声の主の通る道を作り出した。
「な……なに? 貴方は……」
ユミナが恐る恐る尋ねる。右手を斜め下に広げ、タークを庇うように。
「これは申し遅れました。私はアドネー様の忠実なるしもべ、『ドライ』でございます」
道化師のような姿をしたその男は名乗り、ペコリと紳士的なお辞儀をする。そしてその体勢からスッと顔だけをユミナたちへ向け、不気味に笑った。
「王都を破壊するにあたり、まず手始めにこの小さな森から焼き払おうかと思っていたのですが……まさか人間が住んでいるなんて思ってもみませんでしたよ」
男……ドライの口から発せられた信じられない言葉。ユミナとタークは驚愕し、思わず一歩後ろへとたじろぐ。
「王都を、破壊……!? 貴方、なに言って……」
「そうだよお前! さっさとどっか行けよ!」
しかしドライは一方的に話をするかのように、先程の言葉に続けた。
「ですが、嬉しい誤算です」
不気味に笑ったまま体勢を直立へと戻す。そして舌舐めずりをし、前髪をかきあげた。
「なにせ、私は人間の苦痛に歪む顔が好きでたまりませんからねえ……」
「……_____っっ!!」
戦慄する。
それを聞いた途端ユミナはタークの腕を引っ張り、来た方向へと走り出した。
「ターク!」
「か、母さん!?」
森の出口に続く道は天使兵とドライによって通行不可の状態。結果的に王都から遠ざかってしまうが、それでも立ち止まっているよりはずっといい。
「いい!? 逃げるの! この人たちは悪い人たちよ!」
何よりもタークを守ろうと、その足を走らせるユミナ。
しかしタークもまた気付いていた。
母親のユミナの、自分を引っ張るその腕が、カタカタと震えている事に____。
「おやおや……。何処へ行くのです?」
だが、それでも。
ドライは無慈悲だった。
逃げる2人を木々へと追いやり、取り囲むようにして天使兵が包囲する。
「……!!」
ユミナたちの後方には深々と生い茂る木々。ほか周りには……天使兵の軍勢。逃げられるような隙間はどこにも無かった。
「言ったでしょう、貴方たちの苦痛に歪む顔が好きだと。逃がしませんよ」
ドライの言葉とと共に、天使兵たちは一歩近づく。ドライは不気味に口角を上げた。
「さあて……どう痛めつけてあげましょうかねえ」
最早、絶体絶命の状況。
ユミナはこの状況で、どうすればタークを助けられるか必死に考えた。
だが、タークの考えは違った。近くに落ちていた棒切れを拾った彼は、勇気の元に天使兵の前に立ちはだかった。
「!? ターク!?」
驚くユミナ。そんな彼女を天使兵から守るように、タークは棒切れを構える。
「これ以上こっちくんな、化け物! 母さんには指一本触れさせないからな!」
「ターク……」
「母さんはもっと下がってて! こんな奴ら、俺ひとりでやっつけてやる!」
そう。
タークは、父ハイガーと約束したのだ。
母が危険な目に遭ったときは、何があっても守り抜くと。
それは自分にしか出来ないのだと。
憧れの父のように。大好きな母のために。
タークは今、確かに成長していた。
天使兵もその意志を汲み取ったのか、重い口を開き、1人がタークの前へと歩み寄る。
「威勢のいいお子様だ。だが……お前みたいな子供に何ができる?」
棒切れをブンブン振り回すその腕をいとも容易く止めて掴み、そのまま頭上に上げてタークの自由を奪う。
「う、っく……」
宙ぶらりん状態のターク。最早、身動きは取れなかった。
「や……やめて! 私はどうなってもいいから、その子には手を出さないで!」
ユミナは切実に懇願する。
「ダメだってば、母さん……! くそ、離せよ! 俺が母さんを守るんだ……!」
「守る? お前みたいな子供がか?」
「子供かどうかなんてカンケーないだろ! 俺は毎日強くなるために頑張ってんだ! とーちゃんみたいに強くなるんだ!」
「くくく……人間風情が私たちに勝てる訳がない。お前の父親も、何処かで既にのたれ死んでいるさ」
天使兵は嘲笑した。タークの父、ハイガーを。それはタークにとって、決して許せない事だった。
「デタラメ言うな! とーちゃんは世界でいちばん強いんだぞ! お前らなんかすぐにぶっとばせるんだ!」
血相を変え、タークは天使兵の腕を叩いてもがく。
「約束したんだ、母さんを守るって! だから絶対、お前らなんかに負けない! とーちゃんだって! 絶対に負けてやるもんか!」
タークは胸の内……その覚悟をさらけ出す。
それは、森全体に轟くかのような大きな決意。
ほんの一瞬強い風が吹き、森がざわめいた……。
「ターク……」
ユミナは悲しみと同時に、息子の成長を喜ぶ。
それは複雑な心境。こんな場面でなかったら、お祝いだってしただろう。
「無駄ですよ、ムダムダ。子供がなにを吠えた所で、誰かが助けに来るでもない」
しかしそんな2人の想いを、ドライは笑って否定する。
「くくっ、見たかったですねえ。口だけ達者な坊やが、私たちをコテンパンに倒すところを……」
その、あざ笑う表情がタークは許せない。
「母さんは俺が守る……!」
_____許せない。
「くっくっくっく……」
_____許せない。
「母さんは俺が絶対に守るんだぁぁーー!!」
「滑稽ですねえ! 力もないバカが粋がる姿ときたら、笑いが止まりませんよお! くっくく、あぁーーっはっはっはぁ〜〜〜!!」
絶対に許せなかった______
______その『男』には。
「なにが可笑しい!!」
突如聞こえた、渋い声の怒号。それと共にドライたち天使兵の背後を、『何か』が襲う。
「はガァ!!??」
それは、風の衝撃波。ドライたち天使兵を1人残らず襲い込み、吹き飛ばして地にひれ伏させる。
「ぐあああああ!!」
木々は揺れ、動物たちはその場を離れる。
不思議なのは、天使兵たち『だけ』が吹き飛ばされた事。
タークは尻餅こそついたものの、ユミナ共々被害はなく、全くの無傷だった。
それはまるで、悪しき敵を追い払うヒーローの一撃のような……。
「______あ……」
タークは、ユミナは。目の前に立つ人物を、必ず助けに来てくれると心待ちにしていたその人物を見やる。
「ユミナ。ターク……」
その人物は2人の名を呼びながら、ゆっくりと歩み寄る。
見覚えのある八の字の髭。
聞き覚えのある渋い声。
そうだ。間違いない。その人物は_____。
「よくぞ無事でいてくれた。もう、大丈夫だ」
王国親衛隊隊長。いや……ユミナの夫であり、タークの父親。ハイガーその人だった。
「あなた……」
「とーちゃん!!」
駆け寄る2人を、ハイガーはそっと抱きしめる。
何とか間に合った事を、彼は心の底から安堵した。
だが、まだ終わりではない。
「ド、ドライ様!」
「大丈夫ですか!?」
先ほどの一撃はあくまで『牽制』。ユミナたちを守る事を最優先に考えた一撃。ドライと天使兵は勿論、ピンピンしていた。
「は、はガ……。何者ですか、あなたは……」
天使兵2人に起こされながら、ドライはハイガーを睨みつける。
「生憎だが、貴様ら下郎に名乗る名は持ち合わせていない」
ハイガーはそう返し、ユミナたちを後ろへ下げる。
そして凄まじいほどの怒気をその魔力に込め、剣を構えた。
「来い、クズども。私の大切な家族に……これ以上手出しはさせん」




