73. 償いと、団結
「我ら天使兵の力、人間どもに見せつけてやるのだ!!」
「オォォォォ!!」
人間界に襲い来る、天使兵。
「天使、兵……」
レイドはその大群を見て、一筋の汗を流す。
「はは……こいつは流石に参ったね……」
アルフもくたびれた様子でレイドに続いた。
しかし、無理もない。
国王の身体を乗っ取ったアドネーの襲撃に始まり、赤い球体、瘴気の男との遭遇。それらをやっとの思いで退けたかと思いきや、眼前に広がるのは圧倒的な兵力差。最早その場にいる誰もが憔悴していた。
「間違いなくアドネーの仕業だな……。それにしても数が多すぎるぜ……!」
迫る兵の数は、パッと見ただけで1000を軽く超える程。アルフは絶望的なこの状況に、その場にへたり込んだ。
「くそォ……一体どうすりゃいいんだよ……」
こちらの兵力は、ベゼルを除けばたったの2人。
誰がどう見ても、戦局は明らかだ。
だが、この状況で1人。
「…………」
ただ1人……諦めていない者がいた。
そしてこのすぐ後、目撃することになる。
その青年の、伝説的な活躍を_____。
___________
ところ変わって、王宮サイド。
アルフたちの行く末を見守っていた王国親衛隊隊長ハイガーもまた、迫り来る天使兵の軍に戦慄していた。
「なんだ、あの夥しい数の兵は……! アドネーめ、王都を完全に滅ぼすつもりか……!」
ハイガーが唇をかみしめる。急いで救援に行かなければ、と。だがしかし、国王様はどうすれば_____彼が丁度、そんな事を考えていた時だった。
「……う……」
肩に担がれ意識を失っていた国王が、その重く閉じきっていた瞼をゆっくりと開け、意識を取り戻したのだ。
「!! 国王様!!」
ハイガーは驚きと喜びを身に浴びて、国王を肩から下ろした。
「ハイガー、か……?」
弱々しくも地の上に立ち、ハイガーの名を呼ぶ国王。その意識は徐々にはっきりとしていくように伺える。
「国王様! よくぞご無事で……」
「いや……無事なものか。私は、勇者を……誤解しておった」
「……! 記憶がおありなのですか……?」
ハイガーはもう一度驚く。国王は軽く俯き、右手のひらを見つめた。
「アドネーに操られている間は無かったが……こうして解放された今、鮮明に思い出すことが出来る……」
見つめていた手のひらをぎゅっと握りしめるように、拳を震えさせて続ける。
「……3年間。私は、国は……。あの若者になんという仕打ちをしてしまったのじゃ……。罪なき者を荒野へと押しやり、心に深い闇を宿らせてしまった……」
その言葉に宿るのは、罪の意識と大きな嘆き。
「_____国王様……」
ハイガーも、言葉を詰まらせる。
「もはや償っても償いきれん……。こんな私に、王を名乗る資格など……」
だが。
時間は待ってはくれない。
王都崩壊への道は、刻一刻と迫ってきている。
今、何が大切なのか_____。ハイガーは決意をし、口を開いた。
「…………国王様。あれを、ご覧ください」
そう言ってハイガーは、天使兵に向けて指を差す。それを見た国王は、声を震わせてうろたえた。
「_____なんじゃ、あれは……。まさか、敵国の軍勢が……」
「はい。奴らの狙いはおそらく『破壊』……。その力をもって、この王都に破壊の限りを尽くすでしょう」
「なんじゃと……! 王都には、数多くの住人がいるのじゃぞ……!?」
「ですから、『守る』のです。悪しき力から、我らが民を。この国を!」
「む……無理じゃ! そんなこと……。第一、城の兵士も消えてしまったこの状況で、守る術などありはせん!!」
「いえ……あります」
ハイガーは国王の言葉を真正面から叩き切る。そして目を瞑り、小さく深呼吸をした。
そう_____。
希望は、まだ……潰えてはいないのだ。
人間の、最後の希望。ハイガーは目を開け、その『名』を、希望を託すように国王に示した。
「私たちには……勇者がいます」
「勇、者……?」
「お忘れですか、国王様……。たった1人で魔界の王を打ち倒し、この人間界を平和に導いた、あの者の存在を……。勇者ならば、必ずや……再びこの世界を救ってくれるでしょう」
「無理じゃ……! 勇者がこの国の為に力を貸すなど、ある訳がないであろう! 勇者は私たちを恨んで_____」
「ですが、それでも!!」
ハイガーは国王の言葉を遮り、声を荒げた。
「奴と対峙した時、私は感じたのです! 奴の目は、死んでいなかった! 命を燃やしていた! 今回のこの事件も、黙って見過ごすような者ではない! あの者は必ず、命をかけてこの世界を救ってくれる!!」
魔界での一件。もしかしたらハイガーはそこで既に気付いていたのかもしれない。レイドという男の、その本質を。
「国王様! 貴方に出来ることは何だ! 貴方がもし本当に、自責の念に駆られてしまっているのであれば! 命の1つくらい_____かけてみてはお如何か!!」
「_______……!!」
決死の説得。ハイガーのその言葉を、国王はどう受け取ったのだろうか。
「……それが、私たちが勇者に出来る、たった1つの償いなのではないでしょうか……」
やがて国王は再度俯き、その口を開く。
「……臣下に諭されるとは……。私はやはり、王失格じゃな……」
「何を仰いますか。貴方のような義に厚い御方の下で、日々国の為に尽力できることを……私は誇りに思っております」
命をかける_____犯してしまった罪に対して、これ以上の償いはないだろう。たとえそれで許される訳では無いのだとしても……国王は決意し、ハイガーを見上げた。
その時だった。
「そうです! 国王様!」
不意に国王の背後から聞こえる声_____。振り返ってみると、そこには……行方不明の王宮の兵士の内の3名が、敬礼をして佇んでいた。
「お前たち……何故ここに……? アドネーに消されたのではなかったのか……?」
ハイガーは目を丸くして、3人に問う。
この3人は、何を隠そうハイガーの直属の部下なのだが……、やがて、それぞれがキョトンとした表情で答えた。
「いえ、それが……自分たちにもよく分からないのです」
「いつものように王宮にいた筈なのですが、急に意識が遠くなり……」
「そして、気がついたら近くの川のほとりで倒れていたのです」
左から順に仲良く言葉を並べていく兵士たち。どうやら詳細は彼らにも不明なようだ。
だが、ハッキリとした事実が1つ。
「そうか……理由は分からんが、お前たちだけが助かったというわけだな」
ハイガーは取り敢えずの事態に、小さく息を吐いて安心する。
「はい。ですから、国王様! 隊長!」
真ん中の兵士が声のボリュームを上げ、一歩前へ踏み出した。
「私たちも、勇者の元へ行きましょう!」
次いで、右の兵士も一歩歩み寄る。
「敵の兵力は未知数。確かに我らだけでどうにかなるかなどとは思いませんが……」
最後に、左の兵士。同じようにその足を動かし、胸の内を打ち明けた。
「それでも、何もしないよりは全然マシです! なんでもいい、この国の為にできることを! その為に私たちは、兵士になったのですから!」
「お前たち……」
部下たちの頼もしい言葉に、ハイガーは思わず目頭が熱くなる。
同時にそれは、まだこの国が死んでいないということを表す瞬間でもあった。
そして……国王が決意を新たに、その口を開いた。
「そうじゃな……。どうせならば、格好悪く足掻いてみるのも悪くはないじゃろう」
「国王様!」
国王の言葉に、ハイガーは喜びの意を表に出す。そして国王は、彼ら全員に目配せをした。
「行くぞ、『王国親衛隊』よ。こんな頼りない国王であるが……最後まで、ついてきてくれ」
「はい! 勿論です! 国王様!」
兵士たちが一斉に国王に同調した時だった。
その内の1人が、天使兵を見て『とある異変』に気づく。
「あれ……? なんだか、あの兵……二手に分かれていませんか?」
「!!」
王都に向かってくる兵と、近くの森へと向かっていく兵。
それを聞いて直感的に、ハイガーは森へと向かっていく兵を凝視した。
それはハイガーにとって、決して起こってはならない事態だった。
「なんだと……! あの森には、ユミナとタークがいるのだぞ……!」
ハイガーには、妻と1人の子供がいる。
その家族は、王都から離れた森にある家で暮らしているのだ。
そして、その森が今、天使兵によって襲われようとしている。
ハイガーが額を汗で滲ませたその時だった。
「行ってあげてください、隊長!」
真ん中の兵士が、ハイガーにそう告げる。他の兵士もそれに続いた。
「そうですよ、隊長! ユミナさんとタークくんを助けに!」
「後のことは私たちに任せてください、ハイガー隊長!」
「……お前たち……」
そして最後に、国王がハイガーに言葉を贈った。
「……これはお前にしか出来ぬ任務じゃ、ハイガー。そして……必ず戻ってこい。大切な家族と、共に。」
「_____!!」
国王と、部下の決意。
そして今、交わした約束。
それら全てを胸に刻みつけ、ハイガーはビシッと敬礼をした。
「……不肖、ハイガー! 必ずや、国王様の元へ戻ってまいります!」
そう言って、ハイガーは家族の待つ森へと足を急がせる。
この先に待つのは、とある家族の団結の物語。
彼の大切なものを守る闘いが、今始まった_____。




