54. 旅立ちの前、それぞれの思い②
「なに? リリ、やくそくって」
リリへと振り返り、ベゼルは首を傾げる。その屈託のない表情を見てリリは何を思ったのだろうか。
人差し指を唇に当て、しーっと内緒話をするかのように彼女は口を開いた。
「人間界に行ったら……絶対に私と離れないこと、です。……迷子になったら大変ですからね」
クスリと微笑むリリに、ベゼルは子供らしく頬をぷっくり膨らませて反抗した。
「……むー! 大丈夫だよ! 僕もう子供じゃないんだもん」
だが、それでもリリはクスクスと微笑みを止めない。いまいち納得のいかないベゼルであったが、やがて諦めて頰に蓄えた空気を吐き、別の話題を持ち出した。
「それよりもさ、リリはなにか欲しいものとかある?」
「え……欲しいものですか?」
キョトンとするリリに近づき、ベゼルは元気よく頷く。
「うん! いつもリリは遊んでくれるから、お礼になにか買ってあげる!」
その言葉を聞いて、リリは思わず目頭が熱くなる。
「ベル様……。ふふ、ありがとうございます。そうですね……それでは人間界へ行ったら、一緒にいろんなお店に行きましょうか」
「うん!」
お互いにニコリと笑顔を見せて、2人はまた廊下を歩き始めていった。
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「ぜぇい! おらぁ!」
「う、ウル太郎さん……何してるんですかい? さっきから」
大庭園にて。
清々しい汗を流し、見えない何かと闘うウル太郎。それを見かけたゾン吉にはハテナマークが浮かぶ。
「あ? 決まってんだろ、特訓だよ。人間界の武闘大会に出るための」
ウル太郎は右腕で額の汗を拭う。だがしかし、特に理由もなく闘う、というのは悪魔にとってご法度だ。ゾン吉は声を荒げた。
「ええ!? そりゃちょっとマズいんじゃないですかい!? サル様やリリさんに知られたら……」
「だーいじょぶだって。そこら辺は上手くやるさ。折角人間界に行くんだ、人間共と腕試ししなきゃ損だぜ!」
楽観的にそう返し、ウル太郎はまた特訓を始めた。その姿を見ながら、ゾン吉は呆れながらに呟く。
「そういうもんですかねぇ……」
ウル太郎が『こう』なってしまっては、ゾン吉にはもう止められない。今の彼を止められるのはサルタンくらいである。
そしてこんな時、大抵は被害を被るということを、ゾン吉はまだ学習していなかった。
「へっへっへー。今から楽しみで仕方ねぇぜ! そうだゾン吉、ケンカするぞ!」
突如言い放つウル太郎に、ゾン吉は目を丸くして答えた。
「なんですかい、いきなり!? 嫌ですよケンカなんて!」
今にも飛び出しそうな白い眼で首を横に振るゾン吉。一歩後ずさりをし、いつでも逃げられるよう準備を整えた。
だがウル太郎はゾン吉の返事を聞くと、残念そうにため息をつく。
「そうか……残念だ……」
いつもなら問答無用でゾン吉に襲いかかるウル太郎。だが、何故だろう。今日の彼はやけに聞き分けがいい。
「……? え、ええ。わかってくれたのならいいんですけど……」
ゾン吉は少し不思議に思いながらも、心の内で安心する。が、この5秒後、すぐに考えを改めることになる。
「ああ、残念だよ。お前に『拒否権』がない事が」
「……は?」
目をギラリと光らせ、ウル太郎はゾン吉に飛び掛かる。
「つまり……問答無用だぁ! 行くぜオラぁぁあ!」
流れるように上空から見事なまでの飛び蹴りをその顔面に食らわせると、ゾン吉は「ギャース!」と叫びながら地面を何バウンドもして吹っ飛び、「なんでこうなるんすかー!」の声と共に柱に打ちつけられるのだった。
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「ん、図書室……?」
医務室を出て、プラプラと歩いていたアルフ。彼は『図書室』という名を冠した部屋にたどり着き、何の気なしに中へと入っていった。
そこには想像していた通り……いや、想像をはるかに凌ぐ程の膨大な本の数々。独特の匂いと静けさの中を一歩一歩あるいていると、やがて椅子に腰掛けている1人の女性がいる事に気が付いた。
「おっと、アンタは……」
ちらっと見覚えのある顔。眼鏡をかけて淑やかに本を読んでいたのは、エリスだ。
「あら。アナタ……アルフくん、だったかしら? 勇者の仲間の。こんな所に何の用?」
エリスはページをめくる手を止め、アルフに気付く。アルフは右手で後頭部を掻きながら、やや苦笑いで答えた。
「えーっと、この城やたらと広いからさ。レイドの部屋に行こうと思ったんだけど……」
「迷ったわけね」
エリスに言葉の先を読まれ、再度笑う。
「まあ、見物がてら色々と楽しんでるよ。ここ、見たところ図書室っぽいけど……本好きなのか?」
「ええ。ここにある本は全部読んだわ」
エリスは読んでいた分厚い本に視線を戻し、ページをめくった。
「そりゃスゲーな」
「別に凄くもなんともないわよ。私たち悪魔の寿命は、貴方達人間のおよそ100倍なの。いつだって暇を持て余してるのよ」
「へぇー……。暇ね……」
アルフは何か思うところがあったのか、一拍置いて言葉を続けた。
「……それは、千年前からって事か?」
エリスはその言葉にピクリと反応し、目だけをアルフへと向ける。
「…………どういう意味?」
「千年前にこの魔界が平和になったって話を大魔王から聞いたが……『暇』っていうのは、争い事が起きなくなって退屈だからか? って意味だ」
少しだけピリピリとした空気が流れる。エリスは背もたれにもたれかかって腕を組み、足を組んでアルフを睨んだ。
「……違うわ。私は……いえ、私達は今のこの魔界が好きよ。暇な事や退屈な事が嫌なんじゃないわ。みんなで手を取り合って平和に暮らしていく事……その暖かさを『あの方』が教えてくれたから、今を大切に生きているの。貴方達にとっては生まれた時から当たり前のことだったのかもしれないけれど、私たちにとっては何にも代え難い大切なもの……。何も知らない貴方が、そうやすやすと首を突っ込まないで頂戴……!」
ほんの数秒、室内に静寂が訪れる。といっても今図書室にいるのはアルフとエリスだけなので、ただ2人が沈黙しているだけでそれは成立する。
「……そうか。悪かった」
やがてアルフが口を開き、謝罪をする。
「その『あの方』ってのは、大層凄え人だったんだな。魔界を平和に導いて、みんなから慕われて……」
「…………」
エリスは黙って本に目を向け直すが、アルフは構わず続けた。
「俺にもいたんだよな、似たような奴が」
「……? 勇者のことかしら?」
「いや、違うよ。まあアイツも大概そんな感じだけど、もっと別の……」
「別……?」
「ああ。つーてもそいつは『弟』なんだけどな」
エリスの反応を待たずにアルフは語り出した。
「オリハ……。生まれつき身体が弱くてさ、かけっこも木登りも出来ないような奴だった。それでも子供の頃からレイドに憧れてて、よく2人して『勇者になる!』なんつって毎日のように意気込んでた。心の強い奴だったんだよな」
「でも、『いた』ってことは……」
ここでエリスが興味を示し、反応する。アルフはこくりと頷いた。
「俺がレイドと一緒に魔王を倒す旅に出てる途中だったさ。オリハは容態が急変して、ベッドからまともに動くことが出来なくなった」
すました顔で言葉を連ねていくアルフ。だが、ぎゅうっと握ったその拳には力がこもっているようで、小刻みに震えていた。
「俺はその事に何一つ気付いてやれなかった……。旅が終わって帰った時には、もうオリハは何処にもいなかった」
「…………」
エリスも、黙って話に耳を傾けていた。
「あいつが最期に言った言葉をオヤジから聞いたんだ。『兄貴、頑張れ』って言葉を……。その時俺は、どうしようもなく自分を責めた。『何してたんだ俺は?』『何でもっと、あいつの側にいてやれなかった?』ってさ。あいつは……オリハは、最後まで俺たちの心配をしてたんだ。頑張んなきゃいけねえのは自分の方なのに……それすら棚に上げて一丁前にさ」
アルフは握り拳を顔の前に持っていき、すっと開く。
「でも、気付いたんだ。俺がここで後ろを向いたら、きっとオリハは怒るだろって。そんなら背負ってやる。オリハが生きた証を、『頑張る』事を。それを教えて貰ったんだ。そこが何となく似てると思ってさ、あんたたちの言う『あの方』とな」
話を終えたアルフはにっと笑い、エリスに目を合わせる。エリスは少し驚いて、ふと視線を下に逸らした。
「そう……でも、分からないわ。何故さっき出会ったばかりの私にそんな話をするの?」
「……なんでだろうな。今でもたまに思うんだ。オリハは実はどっかで生きていて、そんで魔界にでもいるんじゃねえか、って……。そんな筈ないのにな。きっと俺がまだ過去を割り切れてないだけなのかもしれないな」
言葉の最後に、アルフは悲しそうな表情を一瞬浮かべた。
「…………」
「まあ、それだけだ。済まなかったな、興味もない長話なんかして。それじゃあまた人間界に行く時にな」
アルフはそう言って、図書室を後にするのだった。
人にはそれぞれ辛い過去がある。だがそれを強さに変えて生きていくことが出来るのも、また人だ。
それは悪魔も同じ。今を笑って生きるために、『頑張って』いるのだ。
そして夜は更ける。
次に出会うのは、勇者と大魔王。
物語は、次回へ続く。




