53. 旅立ちの前、それぞれの思い①
「え、大魔王も来んの……?」
レイドは目を丸くする。だが、それもそのはず。
サルタンが人間界になんて行ったら、何が起こるかわかったものではない。
「なんじゃ。儂が人間界へ行っては駄目というのか?」
「いや、当たり前だろ!」
若干食い気味にサルタンの言葉を否定するレイド。
「お前『大魔王』じゃねーか! 人間界ではお前が復活してる事誰も知らないんだぞ!?」
「じゃが、儂の顔を知っておる者もおるまい」
「確かにそうかもしれないけどよ……!」
レイドとは対照的に、サルタンは至って冷静だ。
しかしそれも一変、今度は芝居がかった涙声でレイドに訴えかける。
「ぬぅ。儂ゃ悲しいぞ。皆で楽しくワイワイと旅行の計画を立ててる時に、仲間外れだなんて……」
「いや、旅行でもないんだが……」
苦い顔で大魔王を見やるレイド。コイツ、こんな感じの奴だったか?……とでもいいたげな表情だ。
「まあまあ、いいじゃないですかレイドさん。サル様も来たがっている事ですし、連れて行ってあげましょうよ」
「そうだよ勇者。パパがかわいそうだよ」
追い討ちをかけるように、リリとベゼルがサルタンを肩を持ち始める。レイドは呆れた声で呟いた。
「……子供か、この国の大魔王は……」
が、その直後。レイドに『とある考え』が浮かんだ。
「ん……いや待てよ……?」
「? どうかしましたか、レイドさん?」
リリが首を傾げ、レイドに尋ねる。
「ん、あぁいや……」
しかしレイドはリリを見ることなく、ブツブツと何かを企てる。そして、はっと顔を上げた。
「仕方ねえ、いいだろう。大魔王、お前も付いて来い」
「勇者……!」
レイドの口から許可がおり、ベゼルは喜びの声をもらす。
「おお、良いのか? すまんのう」
サルタンも顎鬚を触って白い歯を見せるが、レイドはそこから一言付け加えた。
「ただし! 条件付きだ」
「条件? 何じゃ、それは」
その言葉に、サルタンは薄い眉毛の片方を逆への字に曲げる。
「それはだなー……」
レイドはサルタンに近づき、ゴニョゴニョと耳打ちをした。
2人以外は恐らく何も聞こえていない。リリやベゼルたちはその光景を疑問に思いながら眺めていた。
「ふははは、そんな事か。良かろう。その条件とやら、約束しよう」
内緒話が終わり、レイドがサルタンから離れる。サルタンは何を言われたか、快諾した様子だ。
「おし、そんじゃあ決まりだ。出発は3日後。忘れんなよ!」
その言葉で、その場の全員が軽く返事をして散り散りになっていく。そこでリリはレイドに疑問を投げかけた。
「……レイドさん。条件とか約束とか、一体サル様と何をお話したのですか?」
「まぁちょっとな。それよりもリリも早く準備しろよ? 3日後なんてすぐなんだからな」
「ええ……それはわかってますが……」
話を逸らされ、レイドは自室へと戻っていく。リリはその背中を訝しげに見つめていた。
「全く、レイドさんは一体何を考えてるやら……」
そのまま彼女は胸に手を当て、少しばかり俯く。
「いえ、それは私も同じ……ですね……」
そう呟く彼女の瞳は、どこか儚く、悲しげに揺らめいていた。
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「よう、ハイガーさん。傷の調子はどうだい?」
ところ変わって医務室。
ベッドに横たわるハイガーの元へ訪れたのはアルフ。食堂での話し合いの途中で彼は1人、こっそりと抜け出していたのだ。近くの薬棚に軽く背中をつけ、そのまま腕を組む姿勢をとる。ハイガーは上体を起こし、無愛想に口を開いた。
「アルフ……ふん、この程度かすり傷だ」
「なーんて言う割には包帯ぐるぐる巻きみたいだけど?」
「……黙れ。勇者の跡を追って、共に魔界のしもべと成り下がりおった貴様が、今更何の用だ」
ハイガーはイライラしていた。
アルフの、魔界へ訪れる前と何ら変わらない態度がどうも気に入らない。
その感情を裏へ隠すことなく、ハイガーはアルフを睨みつけていた。
「なんでそういう解釈になるかねぇ……。ま、それでも別にいいんだけど」
「…………」
アルフも同様に何も隠すつもりはないようで、沈黙するハイガーに変わって言葉を放つ。
「ハイガーさんも思っただろ? この世界が、自分の思い描いていた世界とはまるで違うってことにさ」
「……ふん」
目を合わせず、会話する2人。
「アイツ、人間界に帰るってさ」
「知っている。先程、あの子供が来て泣きながら言っていた」
「おー、そうなのか。ベゼル……あの子、ここに来てたんだな……」
「勇者め……人間界へ行って、一体何をする気だ……?」
「気になる?」
アルフはハイガーの方へ顔を向け、軽く笑う。
「当たり前だ。もし攻撃するつもりならば、その前に私が止めなければ……」
握り拳を固め、険しい顔をするハイガー。それを見たアルフは薬棚から離れ、ハイガーへと歩いていく。
「まあ実際、ここの悪魔たちを何人か連れて行くみたいだしな」
「おのれ……何故こんな時に私は動く事が出来ぬのだ……!」
ハイガーは絞り出すように声を荒げる。自分の無力さを八つ当たりするかのように、握り拳で一度、ベッドを殴りつけた。
「そりゃ、あんだけボロボロにやられちまったら、ハイガーさんじゃなくてもそうなるだろ」
アルフは腰に手を当て、横の窓の外へと視線を逸らす。
そして少しの静寂の後、窓から入り込む風に髪をなびかせて言葉を続けた。
「ただ、アンタなら大丈夫だろ?」
「……なんの話だ?」
「普通の奴なら良くて3ヶ月はまともに動けない。でもハイガーさんなら、そんなに待たなくても少しは動けるようになると思うけどな。例えば……3日くらい」
「…………!」
ハイガーは何かに気がついたのか、目を少しだけ見開いてアルフを見る。アルフも視線を戻し、これまでのヘラヘラした態度とは違う、真剣な面持ちで話を切り出した。
「ハイガーさん。もしアンタが今、魔界と人間界に少しでも疑惑を抱いているなら聞いてほしい」
「そして『真実』を知るために_____協力してくれ」
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「人間界……どんなところかなぁ? やっぱり人間がたくさんいるのかなぁ?」
「ええ。そうですよ、ベル様」
食堂近くの廊下を歩きながら、ベゼルは人間界への思いを馳せる。リリを話し相手に、どんどん想像は膨らんでいった。
「えへへ、それじゃあ友達ができるといいな。みんなでいっしょに『勇者ごっこ』であそびたいなぁ」
「……そうですね」
相槌を打った後で、リリは気付く。振り返ると、ベゼルが歩みを止めてリリをじっと見ていた。
「……ベル様、どうかしましたか?」
疑問に思い、ベゼルの元へ駆け寄るリリ。その時、ベゼルが不思議そうな表情をしていることにも気が付いた。
「リリ、大丈夫?」
「え?」
ベゼルにそう問われ、リリは一瞬肩をピクっと動かす。
「なんだか元気ないみたい。嫌なことでもあったの?」
どうやらベゼルは、リリの様子がいつもと少し違うことを見抜いていたようだ。
「……そんなことないですよ。私も、人間界に行ったら何をしようかなーって考えてましたよ」
リリは誤魔化すように自然に笑う。その中に、どこか申し訳なさを含みながら。
「ほんと?」
「ええ、本当です」
「むー……」
ベゼルは細目をして、リリをじっと見つめる。
「ベ、ベル様……?」
笑顔のまま、リリはすり足で微妙に後ずさりをした。
だが、やがてベゼルも笑顔を取り戻し、
「……そっか! それじゃあ、いろんなところに行こうね! リリ!」
リリにそう言ってパタパタを先へ進んで行く。
「はい!」
リリはホッと胸をなでおろし、無邪気に手を横に振って歩くその後ろ姿をほんの数秒、目に焼き付ける。その後で、手を口の横に添えて、前を行くベゼルに呼びかけた。
「……ベル様! ひとつだけ、約束してもらえますか?」
その言葉でベゼルは振り返る。日の光に照らされたあどけない表情が、疑問を含む表情に変わり、リリに聞き返すのだった。
「……やくそく?」




