55. 旅立ちの前、それぞれの思い③
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魔王城の屋根の上。
文字通り城の中で一番高いその斜辺に、レイドは1人仰向けに寝転がりながら夜空を見上げていた。
「…………」
「おや、先客かの」
低い声で背後からやって来たのは、大魔王サルタン。右手には酒瓶を持ち、左手にはおちょこを携えている。
「大魔王……」
レイドは上体を起こし、サルタンへと顔を向けた。
「ふはは。何しておる、そんな辛気臭い顔で」
サルタンはそう笑いながら、斜辺の屋根の上で「どっこいしょ」と胡座をかく。斜辺といってもそれほど急ではない為、基本誰でも出来る芸当だ。どっしり座ったサルタンは、そのままレイドに嫌味を投げかける。
「儂ゃ毎晩ここで月を見ながら茶を飲むのが楽しみじゃというのに、折角の月見が台無しじゃな」
酒瓶を器用に自分の横に置き、顎髭をなでる。どうやら、瓶の中に入っているのは酒ではなくただの茶のようだ。
「……うるせー。そう思うんならもっとあっち行きやがれ」
「嫌じゃ。ここからが一番月が良く見えるからのう」
おちょこに茶を注ぐサルタンに多少の煩わしさを覚えながらも、レイドは続けて口を開いた。
「……なぁ、大魔王」
「なんじゃ?」
サルタンは返事をし、おちょこの茶をくいっと飲み干す。
「3年前、俺がお前を倒した時のこと、覚えてるか?」
「ぷっはぁ、やはり茶は美味いのお」
「聞け、人の話」
サルタンの間抜け面に、レイドは軽く怒りマークを浮かべた。サルタンはそのまま笑いながら言葉を返す。
「ふはは、無粋な質問じゃのう。逆に問うが、主は儂が覚えておらぬとでも言いたいのか?」
「……あの時お前、バカみてーにあっさりやられたよな。今にして思えば、どうにも信じらんねぇ」
レイドは言葉を区切り、視線を前方の山々へと向けて続けた。
「もしかしてあの時……ワザと負けたのか?」
ほんの一時、静寂が訪れる。心地よい夜風が、さあっと2人の髪をなびかせた。
「……何故儂が主にワザと負けなければならぬのじゃ」
そう言ってサルタンはもう一杯、おちょこに茶を注ぐ。話半分で聞いているようであるが、レイドの次の言葉で顔つきを変えた。
「『俺に』じゃなく、『負けた』という事実が欲しかった。違うか?」
「…………」
沈黙するサルタン。これが意味することは、レイドの考えが的を射ているということか、はたまた逆か。いずれにせよレイドは一層決意を固め、左膝を引き寄せてその上に腕をのせた。
「今回の旅でわかるはずだ。お前の目的と、人間界の事が……。その為に俺は……」
「迷っているのか? 勇者」
しかし、ふと出たサルタンの言葉。しかしこの言葉が、レイドにやたらと突き刺さる。まるで、固めた決意の奥に潜む不安や焦燥を見透かされるように。
「……俺は、俺の思う通りにやる。迷いなんかねぇ。……だがどうしても思っちまうんだ。『勇者』ってモンが何なのか」
レイドはぎゅっと握り拳を固め、月を見上げる。
「倒したと思った魔王は生きてるし、人間界の奴らは俺を忌み嫌う。結局、俺は何にも成し遂げてないんだ。それが本当に『勇者』って奴なのか、ってな……」
「ふはは。確かにそうじゃのう」
サルタンは楽観的に笑ったかと思うと、指をすっと立ててレイドに進言した。
「ならば、考えを変えてみてはどうじゃ?」
「考え?」
サルタンは「うむ」と頷く。
「主にはまだ為すべきことがある。それはつまり、『途中』にいるということじゃ。儂を一度倒した事で主は『勇者』と呼ばれるようになった。じゃが、それで『終わり』ではない。自分の存在、その意味を決めるのは他人ではなく、自分自身であると儂は思っておる。主は今、暗き穴から光を求め探し続ける『勇者』という道の途中にいるのかもしれぬのう」
_____レイドにとって、敵であるサルタンの言葉を受け入れるわけにはいかない。だがそれでも彼の心持ちはいくらか楽になる。そうさせるのも全て、その中に『誰かに言って欲しかった』言葉が入っていたからだ。
「道の、途中……」
「うむ。何処で終わるのか、そもそも終わりがあるのかもわからぬ遠い道のりかもしれぬがのう、『勇者』という道は。どう歩くも戻るも、はたまた立ち止まって考えるのも、決めるのは全ては主自身じゃよ」
顎髭を触り、にっと笑うサルタン。レイドもそんなサルタンの顔を見て、呆れながらも軽く笑った。
「……まさか大魔王にそんなことを言われるとはな」
「ふはは。少しはマシな面構えになったようじゃのう。これで月見も楽しめそうじゃ……」
サルタンはそう言ってもうひとつおちょこを取り出し、レイドに差し出す。
「どうじゃ? 茶でも飲むか? 勇者よ」
レイドは差し出されたおちょこを見る。一度目を閉じて何かを思い出したかと思うと、おちょこを手に取り一言添えた。
「……仕方ねぇな。一杯だけなら付き合ってやるよ」
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そして夜は明ける。
あっという間に3日の月日が流れ、朝。
目指すは人間界_____。




