51. 勇者の決意②
「俺は、人間界へ帰るよ」
ゆっくりと言い放ち、テーブルの上で指を交差させるレイド。
「……そうか。それは良かった」
それを聞いたアルフは、皿に残った食べ物をナイフとフォークを駆使して一瞬にして口に運び、咀嚼して飲み込む。その後で満足そうに小さくゲップをすると、また何事もなかったかのように話を続け出した。
「それにしても唐突だな。お前のことだから、人間界に連れ戻すのは一筋縄じゃあいかないと思ってたが……何か理由でもあるのか?」
アルフはもう一度出かかったゲップを寸前で止める。
レイドは少し考えた後、口を開いた。
「……お前だから話すが、実は……」
だが、その言葉はそこで中断される。
「ゆうしゃ、人間界へ帰っちゃうの……?」
レイドの背後から聞こえたその声……。振り返るとそこには、不安そうに手をモジモジさせながら立ちつくすベゼルの姿があった。
「! ……ベゼル」
驚きとともに、レイドは言葉を探す。だが、それよりも先にベゼルが弱々しく声を上げた。
「そっか……勇者は、もう魔界にいたくないんだね……。お家に帰りたいんだよね」
徐々に目に涙を溜めていくベゼル。
「あ、いやベゼル、あのな……」
流石のレイドもこれには慌てるが、もう遅かった。
「うっうっ、ゆうしゃ……」
ベゼルはぽろぽろと大粒の涙を頬に垂らしていき、
「ゆうしゃのバカーー!!」
そう叫んで一目散に食堂から出て行ってしまった。
「……どーすんだよ、レイド」
爪楊枝を咥えながら少し楽しげに頬杖をつくアルフ。
「いや、どうするったって、お前……」
レイドは困り顔で、呆然と椅子から立っていた。
「リリーーっ!!」
医務室にいるリリたちの前に現れたのは、先ほど泣きながら食堂を後にしたベゼルだ。
「ど、どうしたのですか、ベル様! 誰かに意地悪されたんですか!?」
もう既に泣き止んではいるものの、真っ赤な目をしたベゼルを見て、リリはすぐに何かあった事を察知する。
「勇者が……」
しかしまた泣き出しそうになるベゼル。
「勇者さん? レイドさんが意地悪を?」
リリはベゼルの前にしゃがんで、ハンカチで優しく目の周りを拭く。レイドがまたケンカでも始めたのか、そう思っていた。
だが、返ってきたのは全く予期していなかった言葉。
「ちがうよ、勇者が……人間界に帰っちゃうんだよー!」
「ええっ!?」
リリはハンカチをパサッと床に落とし、驚きの表情を見せた。
いや、リリだけではない。そこにいたもう1人……。
「なんだと……!?」
ベッドに伏したケガ人ハイガーも、小さく声をもらした。
ベゼルはわなわなして、服の裾をギュッと掴む。
「勇者は、僕たちのことが嫌いになっちゃったんだ、だから……」
「ベル様……」
俯くベゼルに、リリは一瞬かける言葉を失う。だがすぐに思い直し、なんとかベゼルを励まそうと言葉を探した。
「大丈夫です。レイドさんは、ベル様を嫌ったりなんかしませんよ」
リリの口から出た言葉は、紛れもなく彼女自身がそう思っている言葉。
「でも……」
「とりあえず、ウル太郎さんたちも呼びましょう。そしてみんなでレイドさんを引き止めるんです。そうすれば、レイドさんもきっと人間界へ行くのをやめてくれますよ」
「ほんと……?」
ベゼルの声に、少しだけ明るさが戻る。
「はい。もちろんです!」
リリが優しくそう返すと、ベゼルは弱気になっていた目をゴシゴシと拭い、力強く頷いた。
「うん……わかった! 僕、ウル太郎たちを探してみる!」
「私も他の人たちを探してみます。ベル様、頑張りましょう!」
「うん!」
2人はそれぞれ医務室を後にし、急いでウル太郎たちを探しに行くのだった。
「勇者が人間界に……!? 一体どういうつもりだ……?」
その後でハイガーが1人、深刻な顔でそう呟いていた。
「なっ、本当ですか、ベル様! 勇者のヤローが帰るって!」
「何ですって!? そんなの聞いてないわよ!!」
「とにかく、勇者さんと一度話をしやせんと!」
城のあちこちにいたウル太郎、ゾン吉、エリスを見つけ出したベゼルとリリ。
一度大庭園で合流し、レイドを引きとめようと5人で食堂へと向かっていった。
__________
「……なるほどな。そういうわけか」
ところ変わって、その食堂。
レイドから何かしらの話を聞き、納得顔のアルフ。
「ああ。どうしても確かめたいんだ。俺の考えが本当なのか」
レイドの考えていること……。それはまだ定かではないが、恐らく人間界や魔界にとって、良くないことが起こる前兆なのかもしれない。
「なら尚更、この魔界の人たちと話つけてかなきゃな。たぶん、そうやすやすと人間界へ行かせてはくれないぜ?」
アルフはそう言って、どこか嬉しそうにニヤニヤと笑う。それに反して、レイドは依然として真剣な顔で口を開いた。
「……いや、実はな。それについてはもう考えてあるんだが……」
だが、またしてもそれは中断される。
「ゆうしゃーー!!」
大きな声でそう放ちながらレイドの元へと戻ってきたベゼル。先ほどとは違い、何か固い決意を込めた表情をしていた。
「ベゼル……それにお前たちまで」
後ろにはリリ、ウル太郎、ゾン吉、エリスの4人。
「ちょっと、勇者! 私たちに黙って人間界へ帰ろうだなんて、そんなことさせないわよ!」
いつもはキレ口調のエリス。しかし今回ばかりはそれを少し含みながらも、どこか心配げな様子だ。
「そうですよ勇者さん! ちょっと冷たすぎるんじゃないですかい!?」
「まだ俺との決着がついてねーだろーが! 勇者!」
次いでゾン吉、ウル太郎。みんなレイドが人間界へ帰ってしまうと聞き、急いで駆けつけたのだ。
「お前たち……」
レイドはみんなの顔を見合わせる。最後に、リリがベゼルの隣へと並び、全員の気持ちをぶつけた。
「みんなレイドさんに魔界にいて欲しいんです。このままずっととは言いませんから、どうかあともう少しだけ……」
レイドはしかし、その言葉を遮って口を開く。
「あーもう! わかった、わかったよ!」
彼はあっさりと、彼女たちの願いを聞き入れた。
「え……?」
それにしても、やけにすんなりとである。リリたちは思わず、素っ頓狂な声を出していた。
レイドはそこから言葉を続ける。
「ちゃんと話そうと思ってたっての! 俺だってちゃんと考えてんだ!」
リリたち全員を一度黙らせ、静かになる食堂。
レイドもそこから声を抑え、とある質問を投げかけた。
「俺は一度人間界へ帰る。一緒に来る奴はいるか?」




