50. 勇者の決意①
「…………」
魔王城にある医務室。
レイドに敗れ意識を失ったハイガーは、そこで目を覚ました。
「目が覚めましたか」
数あるベッドの内の、いちばん窓際に位置するその上で横たわる彼に、冷たい口調で声をかけるのはリリだ。
「ここは……そうか、私はまだ……」
上半身を起こし、包帯が巻かれた身体を見るハイガー。
「まだ、何ですか? 『生きている』とでも言うつもりですか?」
リリは戸棚の薬を整理するような作業をしながら、目を合わせずにハイガーの言葉を遮った。
「……何故手当てをする? 私は、魔王の息子を手にかけようとしたのだぞ」
ハイガーの言葉を、リリは無関心に戸棚の薬のラベルを見ながら返す。
「そのベル様からお願いされたのです。貴方の傷の手当てをして欲しいと」
「……余計なことを……。貴様ら魔物共に手当てされるくらいなら、死んだほうがマシだ」
「どうぞご勝手に。ただそれは貴方の傷が癒えた後、私たちと何ら関係のない場所でお願いします」
「…………」
会話が途切れる。最も、続ける気などお互いないのだが。
リリはどうやら、ハイガーがベゼルを手にかけようとしたことが相当頭にきているようだ。
「あ! おじさん、目が覚めたんだね!」
そんなリリの心中など知らず、ベゼルがひょっこりと顔を出してハイガーに駆け寄ってきた。
「よかったー! いきなり寝ちゃったから、びっくりしたんだよー!」
だが、リリは当然それを止めようとする。
「べ、ベル様! いけません! はやくそのおじさんから離れてください!」
「お、おじ……?」
立て続けに「おじさん」呼ばわりされたハイガーは、目を丸くした。
「えー、なんで? おじさんはいい人だもん、大丈夫だよ!」
リリ達ほかの悪魔にとって、ハイガーは魔界を襲撃した『悪』という認識しかないのだが……。一体ベゼルは、何をもってハイガーを「いい人」だと言うのだろうか。
「魔王の息子……」
ふと、そう呟くハイガーにベゼルは頬を膨らませる。
「ベゼル!」
「!?」
突如として叫ぶベゼルに、ハイガーはたじろぐ。ベゼルは言葉を続けた。
「ぼく、ベゼルって言うんだ! おじさんは?」
「……ハイガー、だが」
「うわぁーっ、つよそうな名前だね! 空でおおきなドラゴンが出てたけど、あれもおじさんの魔法なの?」
「ああ、そうだが……」
「すごーい、カッコイイ! ねぇねぇ、こんど僕にも教えて!」
ベゼルはテンションを上げ、狭い医務室内をパタパタ駆け回る。
「おじさんみたいにカッコイイドラゴンを出して、一緒に空をぼうけんするんだ!」
そう言って両手を広げ嬉しそうに駆けていたところ、戸棚に頭をぶつけた。
「あいたっ……」
その小さな衝撃で、戸棚の上に置いてあったバケツがベゼルの頭上へと落下_____
「あ……」
リリの助けも間に合わず、ガポッとバケツは見事にベゼルの頭を飲み込んだ。
「わぁ、くらいよ! なにも見えなくなっちゃった! リリ、おじさん、どこー!?」
「ぷっ……」
ジタバタもがくベゼルを見て、リリとハイガーは思わず少し吹き出す。その直後でお互いに変な気まずさが流れた後、リリは咳払いをしてベゼルに近づいた。
「ほらほらベル様。そろそろお昼ご飯の時間ですよ」
そう言いながらベゼルの顔を覆い尽くすバケツをゆっくりと引き抜く。
「ぷはぁ、びっくりしたー」
ベゼルは暗闇から解放され安堵の声を漏らすと、
「うん! わかった!」
今の出来事などすっかり忘れたかのように、ニッコリ笑顔を見せた。
「おじさんも来てね! 魔界のご飯、すごくおいしいから!」
その笑顔でハイガーにもそう告げると、医務室の入り口から出て食堂へと走っていった。
ベゼルがいなくなり、室内にはまた気まずい静寂が訪れる。
「……とにかく、傷が癒えるまで安静にしてください。何かをしようものなら、すぐに追い出しますからね」
リリが元の冷ややかな目に戻ってそう言うと、そこから二人の間に会話は無かった。
__________
「いやー、しっかし、ここの飯ほんとに美味いな!」
所変わって、食堂。そこで食事を摂っているのは、レイドとアルフだ。
「相変わらずお前は、見た目に反してめちゃくちゃ食うな……」
アルフの食べっぷりに、レイドは頬杖をつきながら呆れる。因みにレイドはすでに、『魔界特製スパゲッティ』を完食した後である。
「あ、そうだ」
ここでレイドは、ふと思い出したようにポケットから何かの薬を取り出し、アルフに渡した。
「食い終わったらこれ飲んどけ」
それはカプセルタイプの錠剤。
「? なんだそれ、風邪薬?」
「ああ。どうも人間には魔界の食い物に対する「免疫」がないんだと。これを飲めば抗体が出来るらしい」
「へぇー、サンキュー」
アルフは礼を言い、受け取った錠剤を皿の隣に置いた。
「それにしてもレイド。お前変わったな」
アルフはそのまま箸も置き、食事を中断させる。
「はぁ? なにがだよ」
「とぼけんなよ。まぁ、変わったってより、『戻った』って方があってるけど」
「…………」
レイドは沈黙する。しかしその表情は、何か思いつめているような表情だ。
「とにかく俺は、お前がまた『勇者』らしくなってくれて嬉しいよ」
「……なぁ、アルフ」
「ん?」
「勇者って、なんだろうな」
「……は?」
「3年前は疑問も持たなかった。『魔王を倒して世界を平和にする』って。それが勇者なんだって思ってた」
レイドは机の上に置いた手を交差させ、続ける。
「でも今は違う。ハイガー……あいつにも、あいつなりの正義や信念がある。俺とあいつの『正しい』と思ってることは違うんだ。俺が『正しい』と思うこと……それを押し付けるのは、勇者のすることなのかな」
レイドは疑問に思っていた。
『勇者』とは一体何なのか。
自分は今、本当に『勇者』と呼ばれるに相応しい事をしているのかを。
だが、それに対しアルフは、全く涼しげな顔で答えた。
「……いいんじゃねーか。難しく考えなくても」
背もたれにもたれかかり、手を後頭部に当てながら続ける。
「ただ今はやってきゃいーんだよ、お前が『正しい』と思う事を。それが『間違い』ってんなら、その途中で気付く筈さ」
アルフは、ニヤッと笑った。
「3年前だって、そうやってきただろーが。俺は信じてるぜ、お前が『正しい』って事を」
3年前から冒険を共にする以前から、2人は顔馴染みだ。
お互いの良き所、悪き所も十分承知なのだろう。
「……そうか。そうだな」
だからこそ、レイドはアルフのその言葉を聞いて、安心できるのだった。
「で? どーすんだ、これから」
「…………」
話題を変え、アルフはレイドに話を持ちかける。
「お前は、お前の正しいと思うことをすればいい。俺はそれについてくぜ。もちろん、『アイツ』もな」
レイドは先ほどとは一転して、決意の表情を浮かべる。そして、口を開いた。
「……ああ。決めたよ。俺は……」
「……ふう。やっと食堂についたー」
そんな折、食堂に入ってきたのはベゼル。
「勇者、いるかなあ? ……あっ」
辺りをキョロキョロ見回すと、すぐ近くにレイドの後ろ姿が確認できた。
「おーい、ゆう……」
だがここで、ベゼルは聞いてしまう。
レイドの衝撃的な一言を。
「決めたよ。俺は……人間界へ帰ろうかと思う」
「…………え?」
ベゼルは思わず、その足を止めた。




