39. 予期せぬ来客
公園での魔法講座から1日……。
今日も、いつもと変わらぬ日常がやってきた。
「ゆうしゃ! 起きて、朝だよー!」
朝早くから元気いっぱいのベゼルに起こされ、レイドは目を覚ます。
「んが……もう朝か……」
ベッドからムクリと上半身を起こし、寝ぼけた半目のまま腹をボリボリ掻くレイド。その姿は、とても勇者とは思えない。
「おはよー、勇者!」
「おう、ベゼル。今日も元気だな」
レイドはベゼルの顔を見て、ふと昨日の事を思い出す。
「もういいのか? あの魔物のことは……」
その言葉でベゼルは俯く。そして、少しだけ哀しそうに笑った。
「うん。いつまでもメソメソしてたら、ギィーちゃんにも心配かけちゃうから……」
そう言ってベゼルは人差し指を立て、魔法『フラニィ』を発動させる。小さな炎がその指に力強く灯った。
「勇者とマーシュと、ギィーちゃんがおしえてくれたこの魔法があるから、僕はもう大丈夫だよ!」
ベゼルのその姿を見て、レイドは小さく微笑んだ。
「そうか……。強くなったな、ベゼル」
ベゼルも褒められて、一緒に笑う。
「えへへ。……それよりも勇者、もう朝ごはんの時間だよ。僕おなかペコペコだよ」
「まじか、もうそんな時間か……! よし、すぐ支度して早いとこ食いに行くぞ!」
「おうー!」
腹が減っては何も出来ぬと、2人は急いで食堂へ向かうのだった。
そんなこんなで食堂に着いたレイドたち。しかしそこには、いつもと違う風景が広がっていた。
「ん? なんかいつもと違ってやけに人が少ないな……」
食堂に入るなり、テーブルに座っている者が少ない事に気がつくレイド。何かあったのだろうか。
「あ、おはようございます。レイドさん、ベル様」
通りがかったリリが、忙しそうに歩きながら2人に挨拶をする。
「リリ、今日何かあったのか? いつもならほぼ満席なのに」
「ええ、それが……」
リリが怪訝そうな顔をして、視線を奥の席へと向ける。それと同時に、ベゼルもその方向を指差した。
「勇者、あっちの方にたくさん人が集まってるよ」
ベゼルの言葉に従い、チラリとレイドは目を向ける。そこには確かに、ひとつのテーブルを取り囲むように人だかりが出来ていた。
「本当だ。何だありゃ」
レイドの言葉に、リリがため息まじりに答える。
「今、特製の早食いメニューに挑戦中の方がいまして……。その名も『超巨大お好み焼き』、20分以内に食べ切る事ができたら賞金5000ダクです」
「なにっ、そんなメニューあったのか!? 知らなかったぞ!」
過敏に反応するレイドを横目に、リリはほっぺたに手を当て、困り顔で続ける。
「早食いなんて体に良くありませんのに……、それに今まで成し遂げた人がいないものですから、あの通り見物人の行列ができてるんです」
「はぁー、なるほどねぇ」
レイドは腕を組み、関心を持つ。もし今挑戦中の者がリタイアしたら、すぐにでも自分が挑戦しそうな雰囲気だ。
「ね、勇者。僕たちものぞいてみようよ」
ベゼルもレイドの服の裾をちょいちょい引っ張り、興味を示す。
「そうだな、どんな奴がやってるのか気になるしな。行ってみるか」
「うん!」
レイドとベゼルは、ひとまず朝食を後回しにして人だかりの所へ向かっていった。
「おー! すげえぞ兄ちゃん! いい食いっぷりだ!」
「あと少しで完食だな! おい誰か、時間計ってる奴いないのか!?」
「まだあと10分もあるぜ! 見た目に反して、大したヤローだ……!」
「いけるいける! 頑張れ若いの!」
挑戦者を取り囲む人だかりからは、応援やら驚きの声やらで大いに盛り上がっている。
「……うーん、これじゃ中の様子がわからねぇな……」
レイドたちが人だかりの輪の後ろにつき、立ち止まる。背伸びをしても顔を左右に動かしても、その人の波に阻まれ彼らには何一つとして見えない。仕方なく、レイドは隣にいるゴツい男に状況を尋ねた。
「なぁ、一体誰が挑戦してるんだ?」
ゴツい男は快く答える。
「おお、勇者じゃねえか。いやなに、今挑戦してんのは、なんでも金髪の兄ちゃんらしいぜ」
「金髪?」
レイドはそれを聞いて、片眉を上げる。男は言葉を続けた。
「おう。長い金髪を三つ編みで結んで背中に垂らしてる奴でな。俺もチラッとしか見えなかったが、かなりの美形だったぜ」
「長髪? 三つ編み? 美形……?」
レイドは話を聞くにつれて、『誰か』を思い出しながら一筋の汗を垂らし始めた。
「勇者、どうしたの?」
ベゼルもレイドの様子を伺うように見上げる。が、聞こえていないのか、レイドは構わず男に質問をした。
「なあ。変なこと聞くけど、そいつ_____『悪魔』だよな?」
だが、レイドの悪いカンはあたったようで。
「……いや、驚いた事によ、お前さんと同じ『人間』らしいぜ?」
「! ……にん……!!」
それと同時に人だかりが一斉に、わっと歓声を上げる。どうやら挑戦者が『超巨大お好み焼き』を時間内に完食したようだ。
「すげーぜ、兄ちゃん!! これを食いきったのアンタが初めてだ! よくやったぜ!!」
「くぅー、見てて清々しいくらいの食いっぷりだった! 人間にしとくのが勿体無いくらいだ!」
「俺も明日挑戦しようかなぁ! なんだか出来るような気がしてきたぞ!」
挑戦者は賞賛の声を浴びながら、爪楊枝で歯をいじって満足気に声を上げた。
「あーっ、食った食った! みんなも応援ありがとな!」
腹をぽんぽん叩きながら、椅子の背もたれに寄りかかり足を組む挑戦者。その周りにたむろする連中の熱気は、暫く上がったままだった。
「ちょっと悪い! 通してくれ!」
そんな連中の間を縫うように、一番前へと飛び出るレイド。そしてそこには、予想通りというかなんというか、彼にとって見知った顔があった。
「おまえ、やっぱり……アルフじゃねーか! なんで魔界に……!?」
「おー、レイド! やっと見つけたぞー!」
アルフと呼ばれた挑戦者は、レイドを見て喜びの声を上げた。
魔界の通貨単位はDです。
ゴツい男というのも当然『悪魔』でございます。




