38. 魔王の闘い 〜VSフラニィの魔物〜
「ベゼル、準備はいいか?」
「お、おう! いつでもおーけー!」
魔界公園にて。
炎魔法『フラニィ』を習得すべく、ベゼルは魔法書を抱くように持ちながら地面を見つめていた。
この世界における『魔法』の習得方法は以下2つ。
① 魔法書を読んで、その魔法について理解すること。
② 魔法書の最後のページに記された魔法陣を描くことで出現する、『魔物』を倒すこと。
ベゼルは勇者になる為の試練として、②の方法を選んだのである。
「よし、じゃあ本を開いて魔法陣を描くんだ」
「うん!」
レイドに言われるままベゼルは本を開き、地面に魔法陣を描き始めた。
微かに震える手が、魔法陣の形を少し歪にさせる。今ならまだ引き返すことも出来るだろう。だがしかし、ベゼルはそんな事などしなかった。
「……よしっ」
そして魔法陣が完成し、ベゼルは指を地面から離す。
「勇者! できたよ、まほうじん!」
ベゼルが思わずレイドに視線を向ける。だが_____
「油断すんな! 出て来るぞ、魔物!」
「え_____」
途端、地面に描いた魔法陣が突如淡く光りだし、轟音とともに砂煙を巻き起こす。
「うわっぷ、すな、すなが……!」
ベゼルが顔を手で覆い、砂煙から身を守る。そしてそれが止んだ時……、魔物は現れた。
「あーあ、ほんとにやっちゃうんだから。」
その頃、マーシュは滑り台に寝そべってヘソを曲げていた。
「いくら初歩の魔法陣だからって、子供の魔王様が魔物に勝てるわけないじゃん。」
顔に被せていた帽子をスッと持ち上げ、ため息混じりに呟く。
「ま、でもこうなったらしょうがない。魔王様がピンチになったら颯爽と駆けつけて、リリさんとの話題作りを_____」
滑り台から起き上がって顔を出す。そして現れた魔物を見た瞬間……マーシュは驚愕した。
「……こ、これが『まもの』?」
場面は戻りベゼルの言葉。彼もまた、驚いていた。
何故なら目の前に出現した魔物が_____あまりにも『弱そう』だったからである。
『ギィー!』
ベゼルの膝くらいまでの、イモ虫のような体。顔部分には、触るとチクチクしそうな小さなトゲが上部に生えている。その鳴き声も、やや甲高い声で放たれるため強そうには見えない。いや、むしろ……
「うわぁ、かわいいねー!」
『ギィー!』
そう言ってベゼルは魔法書を地面に置き、ひょいと魔物を抱き上げた。
『ギィィー!』
イモ虫の魔物も、ベゼルに抱き上げられ嬉しそうな声をあげている。
「ベゼル、気をつけろ! そいつ何をするかわかんねぇぞ!」
レイドがベゼルに注意を促す。いくら小さくても魔物は魔物だ。なにか恐ろしい能力を秘めているかもしれない。
だがそんな心配とは裏腹に、ベゼルは依然として魔物と戯れていた。
「きみ、ずっとまほうじんの中にかくれてたの?」
『ギィー!』
「僕ベゼルっていうんだ! きみは?」
『ギィー!』
イモ虫の魔物と仲良さそうに話しかけるベゼル。ここでやっと、レイドも異変に気がついた。
「あれ……? どういう事だ、魔物が懐くなんてそんな……」
レイドが疑問に思いながら、ベゼルに近寄る。そして魔物にそっと手を伸ばしてみた。すると……。
『シャアァァァ!!』
魔物はそれまで聞いたことのない呻き声で、レイドの指に噛みついてきた。
「ぐおおおおお!!?」
突然の事態と痛みに驚くレイド。もの凄い形相で噛みついて離さない魔物を、腕をブンブン振ってやっとの思いで地面に叩きつける。
「あーっ! ギィーちゃん!」
慌ててベゼルが魔物の元へ駆け寄る。レイドは赤く腫れた自分の指に息をフーフー吹きかけていた。
「いたたた……!! なんだこいつ、急に噛みついてきやがって……」
「勇者、なんてことすんだよーっ! かわいそうじゃないか!」
そう言ってベゼルは魔物を抱きかかえる。
『ギィィー!』
「よかったぁ、無事みたいだね」
ホッと胸をなで下ろすベゼル。どういうわけか、その魔物はベゼルに対して敵対心をみせないようだ。
「な、なんだぁ? 魔法陣から出てきた魔物が誰かに懐くなんて、聞いたことねぇぞ!?」
目の前の光景を、にわかには信じ難いレイド。するとそこに、ケラケラ笑いながらマーシュがやってきた。
「あははは。仮にも『勇者』が、あんなイモ虫に一杯食わされてやんの。」
「う、うるせえな。ちょっと油断しただけだっての」
「おやおやぁ、さっき魔王様に「油断するな」とか言ってたの、どこの誰だったっけ?」
「む、ぐぐ……」
返す言葉もないレイド。まさにマーシュの言う通りだった。
そんなレイドを尻目に、ベゼルへと向かうマーシュ。その手には短剣が握られていた。
「さ、魔王様。その魔物が本性を表す前に、この剣でトドメを……」
そう言ってベゼルに短剣を差し出すマーシュ。だが、ベゼルはそれを拒否した。
「だ、ダメだよそんなことしちゃ! ギィーちゃんがかわいそうだよ!」
庇うように魔物を自分の後ろに隠すベゼル。いつの間にか、可愛らしい名前もついていた。
「ギィーちゃんて……。そんな事言ってたら、魔法覚えられないよ?」
呆れ顔で返すマーシュ。
「う、うん……。でもダメったらダメ!」
しかしベゼルは頑としていうことを聞かなかった。
魔物がベゼルに懐いているのは事実。だがマーシュの言う通り、本性を隠している可能性もある。いずれにせよ、このままではどうしようもなかった。
「よし、ならこういうのはどうだ?」
いつの間にか2人(と1匹)の側にいるレイド。彼はふと、こんな提案をした。
「要はベゼルがその魔物と勝負して勝てばいい。そうすればベゼルは魔法を覚えられる」
「何を今更。そんなの当たり前じゃないか、だからこうやって……」
口を挟むマーシュの言葉を遮り、レイドは続ける。
「まぁ聞け。何も『戦って勝つ』ことだけじゃないだろ? 勝負ってのは」
レイドの言葉にマーシュは首を傾げた。
「じゃあ、ほかに何か手があるのか?」
「ああ。簡単だ、こうすりゃいいのさ_____」
レイドは指を立ててそう言うと、ベゼルを見てニヤリと笑った_____。
_______________
「……おい、なんだよこれは。」
マーシュがわなわなしながらレイドに問いかける。
地面に引かれた50メートル程の3本の直線_____その線と線の間にそれぞれ、ベゼルとイモ虫の魔物……もといギィーちゃんが立っている。
「見てわかんねーか? 50メートル走だ」
レイドは何食わぬ顔でマーシュに返した。
「なんでだ! これに何の意味がある!?」
「だから、これでベゼルが勝てば『魔物に勝つ』って事になるだろ。そうすりゃ魔法習得だ」
レイドの説明にマーシュはため息をついた。
「そんな確証もない事をするよりも、魔物を倒す方が手っ取り早いじゃないか……。」
「いいんだよ。それだからこそ、やる価値は十分あると思うぜ。それに……」
レイドは50メートル先のスタート地点にいるベゼルに視線を向ける。
「……自分に懐いてる奴と、戦う理由なんてねぇからな」
少しだけ微笑むレイド。その横顔を伺いながら、マーシュは帽子のツバに触れて答えた。
「……あっそ、よくわかんないけどいいや。それじゃあパパッとやっちゃおうよ。」
マーシュの言葉にレイドは軽く頷く。そして、大声でベゼルに声をかけた。
「おーい、ベゼル! 準備はいいかーっ!?」
50メートル先のベゼルも負けじと大声を出す。
「うん! いいよーっ!!」
続いてギィーちゃんにも声をかける。
「負けないからね、ギィーちゃん!」
『ギィー!』
「よし、じゃあマーシュ、向こう行ってスタートの合図出してくれ」
レイドが思い出したようにマーシュに言う。
「ええーっ? ……はいはい、わかりましたよ。」
マーシュも早く終わらせたいのか、素直に従ってベゼルたちの元へ歩いて行った。
「じゃあいくよー、魔王様。」
「おう!」
『ギィ!』
マーシュのダルそうな声でベゼルたちは走る構えをとる。そしてついに、50メートル走が始まった。
「いちについてー、よーいスタート。」
適当なその合図で、ベゼルとギィーちゃんは一斉にスタートを切る。ゴールは50メートル先、レイドが待つ場所だ。その場所へ向けて、一生懸命に走るのだった。
_______________
「マジか……」
どんな白熱なレースだったのかは、申し訳ないが割愛させてもらう。だがしかしそのレースを見て、レイドは驚いていた。
「ふぅー。いい勝負だったね、ギィーちゃん」
『ギィィー!』
「それにしても速いんだねぇ、ギィーちゃん。でも次は負けないからね」
『ギィー!』
彼らの言葉からも分かるが、結果から言えばギィーちゃんが僅差で勝利した。
「魔王がイモ虫に負けるとこなんて初めて見たぞ……」
レイドはそう言って冷や汗を垂らす。魔法習得の思惑も水の泡だ。
「どーすんの、勇者。魔王様負けちゃったけど。」
マーシュも同じ言葉をかける。
「いや、50メートル走がダメでも、他の競技なら……」
次の策を考えるレイド。しかしそんなレイドにベゼルは、
「勇者、もういいよ」
「は?」
ギィーちゃんを抱き抱えたまま、首を横に振った。
「僕が魔法をおぼえたら、ギィーちゃんは消えちゃうんでしょ?」
「…………」
レイドは口ごもるが、その通りだ。倒されて役目を終えた魔物は、魔法陣の中へと再び姿を消す。ベゼルもそれを分かっているようだった。
「それなら、僕はこのままがいいな。せっかく仲よくなったギィーちゃんを消しちゃうなんて、そんなことできないもん」
ベゼルは、ぎゅっとギィーちゃんを抱きしめる。そしてその温もりは、ギィーちゃんにも伝わっていた。
『ギィー……』
「安心して、ギィーちゃん。僕たちもう友達だからね」
その光景を見て、レイドはやれやれと肩をすくめる。
「はぁー……そうか。お前がそれでいいってんなら、止めないけどな……」
どうやら今回ばかりは完全に彼の負けのようだ。ベゼルもレイドに向かってニッコリ笑顔を見せる。
「うん! ……あれ?」
そこでベゼルは、ギィーちゃんの頬に僅かな傷があることに気がついた。
「ギィーちゃん、ケガしてる。ちょっと待ってね、たしかポケットの中に……」
そう言って取り出したのは、ひとつの絆創膏。もし何かあった時の為にと、リリが持たせてくれた物だ。
「じっとしてね。んしょ……っと、これでよし!」
ベゼルはその絆創膏をケガした所にペタリと付ける。これで一安心……と思った、その時だった。
『ギィー……ギィーー!!』
突然ギィーちゃんが、鳴き声を放ちながら薄青く光り出す。
「わわっ! どうしたの、ギィーちゃん!?」
ベゼルが驚いてレイドの方を見る。そしてレイドは、この光の正体を知っていた。
「これは……魔法陣の魔物を倒した時に出る現象と同じだ……。ってことは……」
倒された魔物は、魔法陣の中へ還っていく。
しかしこれは厳密に言えばそうではない。レイドも知らない、他の方法があったのだ。
ひとつは、『魔物に負けを認めさせること』。
そしてもうひとつは_____『魔物が人の優しさに触れること』。
ベゼルは意図せずして、その条件をクリアーしたのである。
「そんな、ギィーちゃん……。消えちゃダメだよ。せっかく仲よくなれたのに……」
光を放ちながら、ゆっくりとベゼルの上空へ上がっていくギィーちゃん。どうやら、もうお別れの時間のようだ。
『ギィー……ギィィィー』
目に涙を溜め、手を上にかざすベゼルに、ギィーちゃんはそう告げる。そしてその顔がニッコリ笑ったように見えたかと思うと、青い光に飲み込まれて_____消えていった。
「あ……ギィーちゃん……」
ベゼルは、ギィーちゃんのいなくなった空を少しの間見つめる。レイドは、そんなベゼルにそっと声をかけた。
「ゆうしゃ……」
「ベゼル、アイツはな……きっと、役に立ちたかったんだよ。初めて友達になってくれた、お前の……」
「そんなこと……一緒にいてくれれば、それでよかったのに……」
「一緒にいるさ。お前がアイツの事を忘れない限り、ずーっとな……」
レイドは、ベゼルの目をじっと見る。
「……最後、なんて言ってたんだ? ギィーちゃんは」
そこでベゼルは俯き、ボソッと呟く。
「…………いってた」
「ん?」
顔を上げ、目に溜めていた涙をお構い無しにほっぺたに流し、聞こえるように、力強く。
「……『ありがと』って、いってた……!」
「……ん、そうか」
それを聞いたレイドは微笑み、泣きじゃくるベゼルの頭を優しくなでる。そして、立ち尽くしていたマーシュに声をかけた。
「おいマーシュ。帰るぞ」
「あ、……うん」
時刻は夕方。
泣き虫な魔王様を勇者はおんぶし、魔王城へと歩いて行くのだった。
_______________
その頃、魔界のとある場所にて。
「……よいしょっとー! うわー、やっと着いた、魔界! 綺麗な夕焼けだなぁー!」
人間界から来たと思われる、金色長髪の優男。
「静かにしろ、敵の本拠地だぞ。見つかったらどうする……!」
そしてその優男を叱る、長い口髭の男。どうやら二人組のようだ。
「あはは、ごめんごめん」
優男は軽く謝り、続ける。
「それにしても本当にいるのかねぇ、レイドのバカヤローは」
「間違いない。この耳で聞いたのだ、『魔界へ行く』と……!」
口髭の男が憤怒の情を露わにする。優男はそれを聞いて、スタコラと前へ歩き出した。
「そういやそうだったな。……とりあえず行こーぜ、ハイガーさん。さっさとレイド探さないと」
「……ふん、貴様に言われるまでもない。遅れをとるようならば捨てていくからな、アルフ」
_______________
ここは魔界。魔界である。
2人の客人を招き入れ、物語は次回へと続く。
【大魔王復活編】完
ハイガー?
アルフ?
あ! もしかして番外編に出てた……!?




