表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【魔王生誕祭編】
31/122

27. それは勇者な誕生日④

「えーと……」

 レイドは困惑していた。目の前に広がる惨状は、彼の想定の範囲を軽く飛び越えていたからだ。

「一体なぜこんなことに……」

 床に伏し仰向けになりながら頭を抱えるレイドの近くには、倒れた机、割れたティーカップ、そして……泣き叫ぶベゼルの姿があった。

「うえええええん!!」

 上を向いてもなお溢れ出る涙を流しながら床にへたり込むベゼルを横目に、レイドは10分前からの出来事を順を追って思い出していた。


____そう、思い出すこと10分前____ベゼルを部屋に迎え入れてから、この事態は起こったのだ。



_______________


「ほら、そこ座ってろ」

「う、うん」

 元気のないベゼルを椅子に座らせ、レイドは食器棚からティーカップを取り出し、机の上に置いた。椅子に座ってからもベゼルは大人しく、行儀よくモジモジしていた。

「えーっと……茶はどこにあったっけ……」

 しかし辺りをキョロキョロするレイドを見てはっとし、椅子から降りてレイドに駆け寄ったかと思うと、突然勢いよく声を上げた。


「ゆ、勇者っ。僕、僕がさがすよ!」

 戸棚の中を探すレイドは手を止め、驚いて振り向く。

「は、はあ? いや、俺の部屋なんだから俺が探した方が……」

「大丈夫だよ! 僕ひとりでさがせるから!」

 根拠のない自信はどこから来るのか、胸を手でトンと叩き戸棚を漁り始めた。……と言いたいところだが、実際には背の小さいベゼルでは戸棚の高い所まで届くはずもなく、

「むぐぐ〜〜」

 小さく唸りながらも、懸命に背伸びして戸棚に手を伸ばしていた。


「あと、ちょっと〜……」

 伸ばした手の指をくいくい動かして、遥か頭上のお茶セットを掴もうとする。そしてついに、その手が何かに触れた。

「あっ!」

 が……喜びも束の間、ベゼルの指先に触れたのはお茶セットではなくガラス製のコップだった。

 さらにあろうことかそのコップはベゼルの指によってグラリと傾き、戸棚からベゼルの頭へと一直線に落下してきた。


「___っバカ、あぶねぇ!」

 それにいち早く気づいたレイドは、慌ててベゼルに駆け寄りコップをキャッチ。

「えっ? ____あ……!」

 しかしベゼルは突然の出来事に呆気にとられ、バランスを崩してレイドに背中から倒れこむ。


「っ! おわっ!」

 そして負の連鎖は続く。ベゼルが倒れこんだことによりレイドもバランスを崩し、あろうことかティーカップの置いてある机に背中からダイブしてしまったのだ。

「うわーっ!!」

 ドスンと音を立ててレイドたちは床と接触。机から弾き出されるように上空に飛ばされたティーカップは、クルクル舞ったあとで無惨にもパリンと音を立てて床に飛び散ってしまった。


「いたたぁ……勇者、ごめんなさ……」

 一時の静寂のあと、後頭部を抑えながら立ち上がるベゼルだが、目の前の惨状を見てしばらく固まってしまう。そして目から溢れる涙をこらえきれずに、

「うえええええん!!」


 ……大泣きして床にへたり込んでしまったわけだ。



__________________


「勇者が死んじゃったよーーー!!」

「……いや、死んでねーから」

 10分前の悲劇を振り返り終えたレイドは、ベゼルの泣き声で我に返る。

「あ! 勇者……良かった……じゃなくて、えっと……」

 レイドが死んでいなくて少し落ち着きを取り戻したベゼルだが、依然しどろもどろしながら言葉を探している。

 そんなベゼルとは対照的にゆっくりと起き上がったレイドは、特に何を言う事もなく近くに散らばったティーカップの破片を拾い出した。


「ゆ、勇者……」

「じっとしてろ、危ねーから。そこ動くなよ」

 ベゼルに素っ気なくそう返すレイド。ベゼルの目には、彼が怒っているように見えたかもしれない。目にたまった涙をゴシゴシ拭きながら、言われた通りにじっとしていた。



「よし、もう大丈夫だろ」

 破片を処理し、レイドは倒れた机と椅子を立て直す。その一言でようやく、借りてきたネコのように大人しくしていたベゼルも口を開いた。

「あの、ごめんなさ……」

「あーもういいって。怒ってないから」

 手のホコリをパンパン払い、若干被り気味に言う。

「ケガはねーか?」

「う、うん、大丈夫」

「そか、じゃあ椅子に座りな」

 再び元気のないベゼルを椅子に座らせ、レイドは『シーカー』を開く。

「はじめから、こっちにしときゃ良かったんだよな……」

 そう呟いて中からミカンの缶ジュースを取り出し、ベゼルの前に置いた。


「ほれ、飲みな。魔界製のじゃあないが、美味いぜ」

「うん、ありがとう……」

 缶ジュースを差し出した後で、レイドも缶コーヒーを取り出し一口飲む。飲みながら、ふと些細なことを考えていた。



 ったく、なんでコイツは急にティーセットを探そうだなんて言い出したんだ……?


 そこでレイドは、ふとエリスの言葉を思い出した。


_____『ベル様は……アナタが風邪を引いたのはご自身のせいだと思っているのよ』______


 …………。

 あ、そうか……コイツは、俺の手助けをしたくてあんな事を……。



 缶コーヒーを口から離し、ちらりとベゼルに視線を向ける。その小さな両手で持ったジュースをもくもくと飲む姿は、900歳を超えているとはいえ、まさしく子供そのものだ。それなのに気を遣わせてしまっている事に、少々面目ない気持ちになる。

 逸らすように窓の外を眺めると、そこには城の悪魔たちが変わらず楽しそうに明日の準備にとりかかる姿が眼に映る。共に協力しあい、ひとつの目標に向かっていく彼らの姿は、人間のそれと何ら変わらず……いや、レイドの目には、悪魔の彼らたちの方が人間よりも輝いて見えていた。


「なんか……いいな」

 思わずポツリと呟くレイド。ベゼルはその声に、ぴくりと顔を上げる。レイドは視線を動かさず続けた。

「いいところだよ、魔界。来てよかったとおもう」

 そこで、すっとベゼルに視線を合わせて小さく笑い、

「お前が呼んでくれたんだよな。……ありがとな」

 穏やかな声でそう口にした。ベゼルも一拍おいた後で、

「……えへへ」

 ぱあっと、満面の笑みを見せた。


「もうカゼは大丈夫なの?」

 一連のやりとりで場の雰囲気が少し明るくなり、ベゼルは足をパタパタさせて口を開いた。

「ん? ……あぁ、まあな。治ったよ」

 レイドはすぐ近くのベッドに腰を下ろし、そう返す。……といっても、完全に良くなった訳ではない。ベゼルをまた不安にさせない為の嘘だ。

「そっか! よかったぁ!」

 案の定ベゼルは喜び、自然に声も大きくなった。

「あのね、明日は僕の誕生日なんだ! だからお城でパーティーをやるんだよ!」

 椅子から降り、レイドの横に一緒になって腰掛ける。

「勇者もいーっぱい楽しんでね!」

「……いいのか? 俺が参加しても」

 レイドはふと、そう聞き返していた。


「えっ? いいに決まってるよ! ……もしかしてお祭り、キライ?」

「いや、そうじゃなくて……だって俺、人間だろ? それなのに悪魔達の祭りに参加していいのかと思ってな」

 レイドの戸惑いに、ベゼルはキョトンとする。が、すぐにまたニッコリ歯を見せて答えた。

「なぁんだ、そんなのカンケーないよ。悪魔も勇者もおんなじだもん」

「同じ?」

「うん。おんなじ」

 レイドにはその意味がよく分からなかったが、取り敢えず大丈夫だろうと、それだけは分かった。


「ね、ね。それと勇者、あとひとつね、勇者にききたいことがあるんだ」

「ん? ……なんだ?」

 そこでレイドは、ベゼルが目をキラキラさせている事に気づく。なにか興奮するようなことでもあったのだろうか。

「このジュースをだした魔法って、どうやったらつかえるようになるの?」

 ……どうやらレイドの魔法『シーカー』に、大変興味をわいている様子だ。

「この前も、何もないところから剣をとりだしてたよね?? ずぱーって!」

 ベゼルが興奮しながら両手をあげる。実際の魔法ではそんな挙動はしないのだが。

「剣とジュースのほかにも、なにかだせるの??」

「あー、わかったわかった。一旦落ち着け」

 ベゼルの質問攻めにやっと口を開けたレイドは、コホンと軽く咳払いをしてから人差し指で空間をなぞり、『シーカー』を出現させた。

「わぁーっ……!」

「どうだ、凄いだろ。この中に入れたものなら、いつでも好きな時に取り出せるんだぜ」

 自分の魔法に素直に関心を持たれ、満更でもない様子のレイド。

「すごいすごい! ほかにはどんな魔法がつかえるの!?」

「え、ほかの魔法……?」

 そこで何故かレイドは一瞬動きを止める。そして何か都合が悪いのか、誤魔化すように話をそらし始めた。

「そ……それはまた今度な! 今度!」

「えーーっ!?」

 残念という気持ちを前面に出すベゼル。でも、それは楽しみが増えたということでもある。この場はすんなり諦めて、次の質問を切り出した。

「じゃあ、どうやったら勇者になれるの?」

 ひとつじゃなかったのか、というツッコミを軽く飲み込み、レイドはその質問にも答える。

「ん、そうだな……。詳しくはよく分からんけど、やっぱり、…………『魔王を倒して世界を救う』事だな。そんで気がついたら『勇者』って呼ばれてた」

 話がのってきたのか、腕を組みはじめる。

「まぁ、『勇者』なんて定義が曖昧だからな。でけーことして認められて、それが世間に浸透していけば、それなりの名誉や称号がもらえる。それが俺の場合は『勇者』だったって事なのかもしれねーな」

「…………???」

 そこでレイドは、ベゼルがちんぷんかんぷんになっている事に気がつく。やはり知能はまだまだ子供のようだ。

「……っと、つまりだなー。んー、お前も勇者になりたかったら、まずは色々挑戦してみる事だな」

 レイドがベゼルを指差す。するとベゼルも、つられて自分の顔を指差した。

「挑戦?」

「ああ、例えば……喋り方を変えるとかさ。『僕』じゃなくて『オレ』とかにしたりな」

「お、おれ……」

「そうだ、ん、イヤ違う。もっと強そうにだ。ほら、『オレ!』って」

「お、おれ!」

「違う、『オレ!』」

 レイドは立ち上がり、ベゼルに指導をはじめる。ベゼルも気合が入り、立ち上がって精一杯レイドの真似をした。

「『オレ!』」

「もっと自信持て! 『オレ!』」

「『オレ!』」

 力いっぱい声を出すベゼル。そしてそれは、ついにレイドに認められた。

「よぉし、そんな感じだ! やれば出来るじゃねーか!」

「ほ、ほんと!? やったー!」

 レイドという勇者に一歩近づけたかと思うと、ベゼルはとても喜んだ。そして俄然やる気を出して、

「ねぇねぇ! ほかにはどんなことをすればいいの!?」

 意気揚々とレイドの指導を求めた。

「そうだな……じゃあ次はコレだ。今のやつとは違って難しいから、しっかり聞けよ」

「うん!」

「違う! 返事は『おう!』だ!」

「お、おうー!」

 しかしながら、レイドもなかなかノリノリである。こうして、勇者の教師と生徒の図が出来上がった。



__________


 どれだけの間、話していただろうか。気づけば、窓から見える空の色は、清々しいほどの青色から夕焼けへと変わっていた。

「ようし、今日はこんな所で終わりにしとくか」

 レイドの部屋。2人共、休むことなく「勇者」の声出しをしていたようだ。息を切らしながら出すレイドの声は少し枯れていた。そして、それはもちろんベゼルも同じこと。

「うん、…おう! イエッサー隊長!」

 ガラガラ声で叫ぶベゼル。その口ぶりからは、特訓のいい加減さが若干伺えるが…。なんにせよ、ベゼルのキラキラした目が、充実した時間を過ごしていたということを物語っていた。

 訓練が終わった後は、休憩タイム。レイドが取り出した2本の缶ジュースを、2人して腰に手を当てグイッと一気飲みをした。

「っぷはぁ! あーうめぇ!」

 一足先に飲み干したレイドが活気付いた声を上げる。それを見たベゼルも、当然真似をした。

「ぷはぁーうめー!」

「……そこまでは真似しなくていいんだが……」

 レイドがそう呟いたのは言うまでもない。



「勇者、今日はありがとう! ぼく、……じゃなかった、おれ、すこしだけ勇者になれたきがする!」

「はは、そりゃ良かったよ」

 レイドにとっても、楽しかった時間である事は間違いないだろう。ベゼルに出会ったときは「勇者を教える気は無い」と言っておきながら、今まさに教えていた自分がいた、という事に、レイドは少し鼻で笑った。

「……明日は、大事な日なんだろ? 今日はもう部屋に戻った方がいいぞ」

「うん、そうだね」

 あと一夜過ぎれば、ベゼルは一歩大人に近づく。人間のそれと比べてしまえば、あまりに小さい一歩だが……確かに、確実に、前へと向かっている。

 レイドも魔界へ来てから何かが変わった。悪魔と人間という似てるようで全く違う2人だが、そんな小さな事は関係ないのだろう。人生で起きる全ての出来事が、その者にとっての真実なのだから。


「じゃあ行くね、勇者」

「おう。またな、ガキ」

 そこでベゼルはムッとし、レイドを軽く睨んだ。

「な、なんだよ……」

 突然の事にレイドはたじろぐ。ベゼルは少し不機嫌さを混ぜた声で、

「勇者。ぼく、ベゼルだよ! 『ガキ』なんて名前じゃないんだから!」

 どうやら自分の呼ばれ方に不満を持っていたようだ。

「ちゃんと名前でよんでくれなきゃ、いやだよ!」

「お、おう、いやでもなぁ……」

 ベゼルに釘をさされても、バツの悪そうな顔をするレイド。まるでそれは、他人と距離を置きたがるかのような、ささやかな表れのように見える。

「リリたちの事も名前でよばないよね? なんで?」

「…………」

 レイドは続いて困った顔をし、だんまりを決め込む。構わずベゼルは言葉を続けた。

「勇者はお客さんなんだから、お城のみんなのことも名前でよんでいいんだよ!」

 そう言って詰め寄るベゼルを手で制し、レイドはやれやれといった風に小刻みに頷いた。

「わかった、わかったよ。名前で呼ぶようにするから。今日はもう戻れ、な?」

 レイドが折れたことでベゼルも笑顔を取り戻し、

「ほんとだね!? 約束だよ!」

 一方的にそう告げるとドアへ向けて歩いていき、レイドに手を振り部屋を後にした。



「ふぅ……やれやれ、久しぶりに疲れたな……いろんな意味で」

 1人ため息をつくレイドの部屋は、まるで台風でも過ぎ去ったかのように静寂が広がっていた。手に持っている空き缶を机の上に置き、再びベッドに腰掛ける。天井を見上げ、部屋が少し薄暗くなっている事に気がつく。

「……客、か……」

 ポツリと呟き、両手を広げて背中からベッドにうずまる。

 彼にとって、誰かに歓迎されたという事態が数年ぶりの出来事のため、それに対する「お返し」というものをどうするべきなのかが分からないようで、暫くそのまま考え事をしていた。いつの間にか風邪もほぼ完全に治っているようだ。

「……俺は魔王を倒した勇者なのにな……。やっぱ、このままじゃいかんよなぁ……」

 意味深なことを言い放った後で、レイドは起き上がった。そして何か決意をしたように、城の外へと歩き出した……。



______________


 雲ひとつ無い青空は相変わらず、魔界の空を明るく迎える。

 5月19日。魔王ベゼルの誕生日という記念すべきこの日を、魔界全土が祝福しているかのようだ。

「ベル様ー! 起きてますかー!?」

「うん! 起きてるよ、リリー!」

 ベゼルが起きてから始まるこの祭りは、朝早くから賑やかな雰囲気が城全体を包んでいた。城の中も周辺も、朝っぱらから酒を飲み、ご馳走を食べ、そこかしこで芸をする者たちで盛り上がっている。

「勇者、ゆうしゃー!?」

 ベゼルも元気いっぱいにレイドの部屋のドアを開ける。そのには昨日と同じ、当たり前だが、レイドの部屋があった。ただひとつ昨日と違うのは_____……



「勇者……?」

______そこに、レイドの姿はなかった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ