28. それは勇者な誕生日⑤
第二部、完!!
勇者失踪_____。
それはベゼル聖誕祭で盛り上がっている魔王城に、衝撃を与えた。
「なにィ!? あのヤロー、どこ行きやがった!!」
その報せを聞いたウル太郎は、骨つき肉を口に含んだまま怒号をあげていた。
「このあと手合わせする約束だったじゃねーか! 逃げやがったのか!?」
「いや、勇者さんはその話断ってたじゃないですか」
丁重にウル太郎に突っ込むのはゾン吉。レイド失踪の話をウル太郎にしたのも彼だ。
「だいたい、風邪ひいてた病人と本気で手合わせするつもりだったんですかい?」
「う、それは……」
珍しくゾン吉に言い返すことが出来ないウル太郎。その苛立ちを食べ物に当てるかのように、皿の上にある次の肉へと手を伸ばした。
レイド失踪の件を知っているのはリリ、ウル太郎、ゾン吉、エリス、そしてベゼルの5人。あまり事を大きくしてしまうと祭りどころではなくなってしまうためと、必要最小限の者だけに事実が伝わっている。
「それにしてもおかしいですよ。いくら勇者さんとはいえ、病人が何処かに消えてしまうなんて……」
ゾン吉が顎に細い手を当てて推理する。
「これはもしかして……『誘拐』とかじゃないんですかい?」
「いいえ。それはないわ」
ゾン吉の後方から、推理を否定しながら現れたのはリリとエリス。勿論、今の言葉はエリスのものだ。
「エリスさん……。どうしてそんな事がわかるんですかい?」
城の賑やかな雰囲気は相変わらず、リリたち5人だけが異彩を放っている。エリスは険しい顔をして、
「あの勇者ァ、姿を消す時に『アレ』も持っていったのよ」
「『アレ』?」
ゾン吉とウル太郎が同時に聞き返す。すると今度はリリが1歩出て口を開いた。
「人間界で間違えて持ってきてしまった『帽子』です。レイドさんは、自分の部屋にあったその帽子も持って何処かへいってしまったんですよ」
そう。リリたちが人間界でレイドを探すにあたり、大活躍した誰かの帽子。恐らくはレイドのかつての仲間の物だと思われるが……。レイドは、リリからその帽子を受け取ったあと、『シーカー』に収納せずに部屋に飾っていたのだ。
「ってことは……どういうことすか?」
ウル太郎が肉を一口かじる。エリスは声を荒げて答えた。
「決まってるでしょ! 姿を消して帽子もない、となれば行く先はひとつ! アイツ、私たちに黙って人間界に帰ったのよ!」
「え……ええーーーー!!?」
ウル太郎とゾン吉が揃って驚く。まあしかし、当然の反応だろう。苦労して連れてきた勇者が何も言わずに元の場所へと帰って行ってしまったのだから。
「全く……アイツ、何も分かってないんだから。これ以上ベル様を悲しませないでって釘を刺しておいたのに……!」
エリスがメガネをくいくいいじる。その奥の瞳は、どことなく寂しそうな輝きを放っていた。
「そーすよ! ベル様! どこにいるんすか!?」
間違いなくこの件で一番悲しんでいるのはベゼルだ。しかしウル太郎が辺りを見回しても、どこにもベゼルの姿が見当たらない。
「ベル様は……おそらくご自分のお部屋でしょう。何と声をかけていいものか……」
リリが右下に視線を落としながら、左手で右腕に触れる。折角のベゼルの誕生日だというのに、完全に予想外の事態である。
「でも、何で勇者さんは急に人間界に帰ってしまったんですかい?」
ゾン吉が、ふと疑問にする。そしてそれは当然の疑問だ。
「そんなの……知らないわよ。帰りたくなったから帰ったんじゃないの?」
「いや、そんな安直な……。勇者さんだって、魔界に馴染んでたじゃないですかい。その辺に隠れてるんですよ……きっと」
ゾン吉がそう言うと、
「そうだよ! 勇者はかくれんぼしてるんだよ!」
どこからかそれに同調するように声が聞こえた。幼い男の子の声……全員が聞き覚えのあるその声の主は、もちろんベゼルだ。思わずリリが声を上げる。
「ベル様! どうしてここに!?」
「だって! 勇者がかくれんぼしてるのに、僕がかくれてたらおかしいじゃないか!」
ベゼルは辺りをキョロキョロ見回す。
「早くさがさないと、勇者だっておこっちゃうよ!」
事実を認めたくないのか、それとも本当にそう思っているのか、いずれにしても、ベゼルのそのひたむきな姿に、リリたち4人は顔を見合わせた。
やがて、リリが静かに口を開ける。
「ベル様……残念ですが、レイドさんは……」
しかし、その続きをベゼルは大声で中断させた。
「勇者はどこにも行かないよっ!」
ベゼルの声に、周りの者たちからの視線も集まる。構わずベゼルは続けた。
「勇者は……ありがとうって言ってくれたもん! 勇者のこともおしえてくれた! 昨日も、ずっと一緒にいたんだ!」
ベゼルの声がくぐもっていく。やがて、目に大量の涙を溜め、
「だから、だから勇者はいなくなったりしないんだぁぁぁぁ」
大粒の涙を流しながら、服の裾をぎゅううっと掴んだまま泣き出してしまった。
「うわぁぁぁぁん!!」
ただただ響き渡るベゼルの泣き声。
「ベル様……」
リリも、いや、この場にいる者全てが、ベゼルにかける言葉を失っていた。こうなってしまってはもう祭りどころではなかった。
が。それも全て、『ある者』の登場により、良き方向へと動き出す。
「おー。何かうるせぇ声が聞こえると思ったら……やっぱりお前か」
その場にいた全員が一斉に驚く。振り返ると、そこにはずっと探していた『彼』の姿があったからだ。
「レ……レイドさん!!」
「勇者!!」
「勇者さん!!」
一同が声を上げるとともに、再度びっくりする。
ふらりと帰ってきたレイドは、何処へ行っていたのか、身体のあちこちが傷だらけだったからだ。
「どうしたんですか、レイドさん! そんなにボロボロになって! 一体どこへ行ってたんですか!?」
リリが駆け寄り、傷の具合を診る。近くの者に救急セットを持ってくるように頼むと、取り敢えず近くの椅子へ座るよう促した。しかしレイドは首を横に振り、
「いや、傷はそれほど痛まないから大丈夫だ。それよりも……」
さっきまで泣き叫んでいたベゼルの所へ歩み寄る。
「ぐす……勇者……? 帰っちゃったんじゃ、なかったの……?」
ベゼルはくしゃくしゃになった顔を手でゴシゴシ拭く。
「よお。何泣いてたんだ?」
「ゆ、勇者がいなくなっちゃったから、かくれんぼしてるのかとおもって……でもほんとは帰ってて……」
少し頭が混乱しているようで、上手く話せない様子のベゼル。しかし、それほど悲しかったのだろう。現にあんなにも泣いていたベゼルの姿は、もうどこにもない。
「はぁ? そんな事で泣いてたのかよ? ……ったく」
レイドは自分の顔を抑えて、やれやれと首を振る。そしてしゃがんでベゼルと視線を合わせ、
「いいか? 勇者たるもの、簡単に泣くな。嘘っぱちでもハッタリでも、『強さ』ってのを見せてなきゃダメなんだぜ」
ベゼルの頭をポンと叩いた。
「う……うん」
「返事が違うぞ。昨日教えたろ?」
「あ、お、おうー!」
「それでよし」
レイドは小さく微笑み、すると今度はポケットから何かを取り出した。
「勇者、これ……なに?」
取り出されたのは、七色に光る綺麗な石。
ベゼルが目の前に出されたそれを不思議に見ていると、それを横から覗き込んだリリが驚愕した。
「れ、レイドさん! それ、『マグマ龍の涙』ですか!? 持ち主の感情によってその輝きを変えるという……超激レアアイテムですよ!」
リリの言葉に、周りが一気にざわつく。どうやらコレを生で見るのは、皆はじめてのようだ。
「え? そんな凄いものなのか、コレ。魔界を探索してたらたまたまその龍に会ってさ。闘って泣かせてやったんだよ」
一同の開いた口はふさがらない。マグマ龍と言えば、魔界でも指折りの強さを誇る龍だ。
「昨日の夜にこの城を出たはいいが、結構時間がかかっちまってな。今日の明け方には帰ってくるつもりだったんだが」
「ってことは、さっきまでずっと闘ってたんですか? マグマ龍と……」
リリももう、聞き返すのでやっとだった。
「ん、まあそうだな。でもそのおかげでイイもんゲットできたし、結果オーライだな」
レイドがケラケラ笑う。すると、次はエリスが口を挟んできた。
「そ、そうよ! アナタ、一体なんでそんなもの取りに行ってたのよ! 折角のベル様の誕生日だって、昨日あれ程言ったじゃない!」
「いや、だからそれは……」
レイドは面倒くさそうに頭をかく。そして、エリスに対する返答を行動で示した。
「ほら。これやるよ。お前のもんだ」
「え……?」
そう言ってレイドは、ベゼルにマグマ龍の涙を差し出した。
「誕生日だろ、今日はお前の。だからこうやって探してきたんだよ。誕生日プレゼントを。くそう、誰にも知られたくなかったんだがなぁ……」
そう_____
レイドがボロボロになってまでマグマ龍の涙を取ってきたのは、ベゼルの誕生日プレゼントになりそうなものを探していたからなのである。
「あ、ありがとう……」
ベゼルはキョトンとして、差し出されたプレゼントを両手で受け取る。ベゼルの手と同じくらいの大きさ。
だが、レイドのプレゼントはこれだけではなかった。
「あれ……? なにか書いてあるよ」
マグマ龍の涙を一回転させてみる。すると、ちょうど裏側にペンで文字が書かれていた。それは……
「ん、たしかここに来たとき、お前にせがまれたからな。気分で書いてみた。オレのサインだ」
「え!? その宝石、売れば高値で_____ムゴッ!?」
「エリスさん、少し静かにしててください」
はやるエリスの口をリリは抑え、黙らせる。そしてベゼルを見守った。リリだけではない。ゾン吉やウル太郎、その場にいる者全てがだ。
レイドの誕生日プレゼント。
ベゼルは目をパァっと輝かせ、視線を宝石からレイドに合わせる。そして最高の笑顔で、
「_____わぁっ! ありがとう勇者! 僕のいちばんの宝物にするね!」
いつもの調子に戻り、再度キラキラ光る宝石を眺め始めた。太陽に照らし、透き通るその宝物を。
「おう。そりゃあよかったよ。それじゃあ_____」
レイドはニヤリと笑う。近くのテーブルに乗っている豪華な料理に手を伸ばし、
「_____祭りの再開といこうぜ! もっと食いモンもってこぉぉい!!」
気分を一転、祭りのテンションに切り替えた。それに合わせるように、ほかの者たちも一緒に騒ぎ出す。
「オォォォオォ!!」
こうして、ベゼルの生誕祭は無事再開した。
かたや酔い潰れる者。
かたやケンカする者。
各々の芸を披露する者、歌い出す者。
この良き日に、皆して騒ぐことができ、祝うことができ。
魔界という平和な世界が、ずっとずっと続けばいいと、誰もがそう思った。
そしてそれは三日三晩休まることなく、盛大に繰り広げられたという……。
_______________
祭りが終わり、その次の日の朝_____。
「ふあぁぁぁ……」
いつもと同じ、部屋のベッドで熟睡したレイド。昨日までの騒ぎが嘘のように、城内は静かに、爽やかな日の光に包まれていた。
「さーて、祭りも終わったことだし……。これからどうしようかな……」
ボサボサ寝癖のまま顔を洗い、歯を磨く。お腹をボリボリ掻きながら、魔界の平和にどっぷり浸っていた。
「暫くは何も起きなそうだな……。うーん、いい退屈しのぎになりそうな事は無いものか……」
そう。レイドは退屈していた。
しかし、この時の彼は知る由もなかった。
この正にすぐ後、彼にとって人生を左右する程の事態が起こると言うことに。
「たっ、たたた、大変ですーーー!!!」
魔界の朝の静けさにそぐわない大声。リリが珍しくそう取り乱しながら、レイドの部屋に入って来た。
「……おい、ノックくらいしろよ。いやまあカギ掛けてないオレもオレだけど」
寝巻きから着替えようとしていたレイド。彼は今、パンツ一丁だ。
「きゃあ! なんて格好してるんですか、レイドさん!」
リリは近くに積んであった本をぶん投げる。それは見事にレイドに命中し、「ぐわぁ!」と声を上げた。
「って、こんなことしてる場合じゃないですよ!」
リリは構わず続ける。
「復活したんです!」
「つつ……なにが?」
レイドは本が命中した腹部を押さえつつ、聞き返す。
「だから、復活したんです!」
「だから、何が!!」
「あーーもう!!」
リリが足をジタバタ動かして、急かすように言った。
「だから、復活したんです! ベル様のお父様が……先代魔王様が、復活されたんですよーー!!」
「.…………え。」
レイドは一瞬硬直する。そしてその後口から出たのは、やはりこの一言しか無かった。
「なにィィーーーーーーーっ!?」
【魔王生誕祭編】完




